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日々のことを徒然と。あと、絵や二次小説も掲載しています。主にリリカルなのは中心です。
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まつろわぬ日々(リリカルなのは・クロノ転生)

3-5

※今回のお話は全て第三者視点です。そこのところよろしくお願いします。










 上から見下ろすフェイトと、下から見上げるなのは。まだ僅かに赤く光る太陽が眩しい早朝の公園で、二人はじっと互いの姿を見据え続けていた。

 両者ともにその瞳に宿るものは決意の色。フェイトは母の願いを聞き届け、その期待に応えるために。なのはは、友達になりたいと思ったフェイトと本当の友達になりたいがために。衝突しなければ二人の間にある壁が取り除けないのなら、自分はもう戦うことを迷わない。その瞳がそれを強く物語っていた。

 これまで争い続けてきた二人。かたや母の願いだからと何の疑問を抱くこともなく戦ってきた少女。かたや巻き込まれながらも自分の意志を見出し、戦いたくはないのに目の前の少女と戦ってきた少女。

 そんな二人が、この時ばかりは一つの気持ちになっていた。

 願いはお互いに違う。しかし、いま思っていることは同じであると断言できる。


“この子に勝ちたい”


 決意の証を示すように、二人は己がデバイスを強く握りしめた。

「フェイト! もうやめよう……こんなことをしたって、フェイトは幸せになれないじゃないか!」

 しかしながら、たとえそれがフェイトの望むものだとしても出来れば戦ってほしくはない。アルフはそう思っていた。

 深く触れあったのはたった一日だけだったが、なのはとユーノのことをアルフは信用できるいい奴だと感じていた。そんないい奴と自分の御主人様が戦いあうなんてアルフは出来れば見たくなかった。

 そしてもし上手くいってジュエルシードを持って帰っても、プレシアはジュエルシードに関心を示してもフェイトには見向きもしないだろう。

 報われない。だというのにそれを行うという自分の主を、アルフは何とか止めたかったのだ。

 その願いをそのまま言葉に乗せてフェイトを止めようと制止の声をかける。しかし、それに返ってきたのは首を横に振る――拒否の動作だった。

「だけど……それでも、私は、あの人の娘だから……」

 それはまるで全て分かっていると言いたげな悲しい表情だった。

 確かに、アルフの言う通りなのかもしれない。フェイトは年齢からは考えられないほどに聡い。それぐらいのことはわかっていた。

 ――しかし、それでも、フェイトは母の為に何かしたかったのだ。自分を愛してくれていた、その過去の事実があるから。確かに優しかった母を、覚えているから。

 そんなフェイトに、アルフは何も言えない。すべてひっくるめて自分の内に抱えこみ、なお今の道を変えようとしないフェイトに、アルフは何も言うべき言葉が見つからなかった。

 うなだれ、一歩下がったアルフ。それに対してなのはが一歩、前に出る。

<ユーノくん、アルフさん。わたしに、任せてくれないかな>

<え、なのは?>

<アンタ、なんで……>

 なのはの突然の要請に二人は驚きを隠せない。つまり自分から不利になると言っているようなものだ。

 なのはの魔法戦闘技術がフェイトより拙いのは周知のこと。その状況下で、なぜまたさらに不利になると言い出すのか。

<だって、自分自身で――自分の全てで戦わないと、あの子に応えることなんて出来ないと思うから>

 さらに一歩、前へ。

<クロノくんも、手を出さないでね>

 この間フェイトを助けるために飛び出してきた執務官にも一応釘をさしておく。それに対してクロノはやれやれとでも言いたげな口調の返信を返した。

<りょーかい。無理はすんなよ>

 その言葉に、苦笑を返す。きっと、無理をしないであの子に勝つのは不可能だから。

(ごめんなさい、みんな)

 無茶はするなと言われていたのに、自分は家族の約束を破ります。

 それでも果たしたい願いがここにあるから。

 だから、ここから始めたい。

 レイジングハートを構える。

「ただ捨てればいいってものじゃない。ただ逃げればいいってものじゃ、もっとない」

「………………」

 フェイトはなのはの言葉が何を表しているのか、理解は出来ない。それでも、なんとなく耳を傾けてしまっていた。

「きっかけはきっとジュエルシード。だから賭けよう、全部のジュエルシードを!」

 その声に呼応して、レイジングハートが内に収納していたジュエルシードを外に出す。これは決して約束を違えず、そちらが勝てば全て渡すという証拠だった。

「………………」

 フェイトは、そんななのはの姿を見て自分でも不思議な気持ちになっていた。

 最善はここで乗る振りをしておいて、戦闘の混乱に紛れてジュエルシードを掠め取っていくことだ。アルフとあのフェレットを出し抜くのは難しいかもしれないが、それでもやってやれないことはないだろう。

 管理局だって、瞬時にこの場に来れる確率は低い。他世界を介しての断続転移ならば、振り切ることもできるはずだ。

 母さんのことを考えるなら、それが一番いいとわかっている。

(けど……私、は……)

 けど、が浮かんでしまう。断固たる決意でその行動を実行できない。今この時に限っての自分の一番の望みは、きっと母さんの願いじゃない。

 それを自分でもわかっているから。

(あの子に、勝ちたい……!)

 そう思っている自分の心に嘘をつけない。

 ずっと自分の邪魔をしてきた女の子。私と友達になりたいと言った、きっととても優しい子。そんな子が身体ごと自分にぶつかってこようとしている。

 友達になりたい。そう言った時の表情、そのままで。

「バルディッシュ……」

≪Put out≫

 主の声に応えて、バルディッシュもまたジュエルシードを外に出す。朝陽を受けて輝く宝石は、神秘的な光を放っていた。

 フェイトはバルディッシュを正眼に構える。なのはも、レイジングハートをフェイトに向けた。

「それからだよ、全部……」

 緊迫感が辺りを覆っていく。周辺にかけられた結界の強度は折り紙つき。全力でぶつかりあうことをためらう必要はない。

「わたしたちの全てはまだ始まってもいない。だから、本当の自分を始めるために……」

 なのははそこで言葉を切り、そして叩きつけるように最後の言葉を口にする。

「始めよう、最初で最後の本気の勝負!」

 同時に、二人の少女が地を蹴った。














 広い空に向かって、黒と白の軌跡が描かれていく。公園から飛び上がった二人は、互いにデバイスを握りしめ、まずはより良い位置を確保しようと動きまわる。

 時には牽制の一射。時には接近して一撃。単発で後が続かない攻撃を何度か繰り返し、互いの手の内を探りながらの行動だった。

 そうしてやがて海上に出ると、より大きな機動を以てまずなのはが動いた。

「レイジングハート!」

≪Devine Shooter≫

 主に応えてレイジングハートがその意を汲む。

 もとが砲撃魔導師に適性がある彼女である。高速移動型のフェイトよりも、自分にとって良い位置を掴む感性はなのはに分があった。

 桜色の魔力弾が形作られ、それが待機状態で宙に浮かぶ。

 対するフェイトも、減速しつつバルディッシュに指示を出す。

「バルディッシュ」

≪Photon Lancer≫

 確かになのはに機先をとられたフェイトだが、しかし彼女の真骨頂は速さにある。それは何も移動速度だけではなく、魔法にも同じことが言えた。

 金色の魔力弾は指示して一秒もせずに発射可能状態に移る。この速射性こそ、フェイトが好んで使う理由であった。

「シュート!」

「ファイア!」

 互いの掛け声が重なり、二色の魔力弾がそれぞれの主の傍を離れて標的に向かって牙を剥く。

 ちょうどなのはとフェイトの中間地点でディバインシューターとフォトンランサーの弾は交換され、フォトンランサーは一直線になのはに向かい、ディバインシューターは若干速度で劣りながらも、着実にフェイトの後を追っていた。

 迫りくる金色の弾をなのはは機動で避け、全てを避けきると同時にフェイトへと視線を向ける。

 フェイトは追尾してくるディバインシューターに僅かに苦戦しているようだった。どうやら振り切ろうとしたが、そう上手くはいかなかったらしい。

 とはいえ、フェイトのことだ。すぐに対処してしまうに違いない。その絶対的な確信のもと、なのはは次の手を用意する。

「ディバインシューター、もう一回行くよ」

≪All right≫

 なのはの周囲に浮かぶ、新しい魔力弾。

 視線の先で、フェイトに先の弾が追い付くのが見えた。フェイトがシールドを張ってそれを防御しようとする。動きが止まった。

(今だ!)

 左手に握ったレイジングハートを右手側に振りかぶる。着弾の煙が晴れきる前に、追撃の一手を打つ!

「シュート!」

 レイジングハートを振り抜く。それと同時に、待ってましたとばかりに待機していた誘導弾がフェイトに向かって飛んでいった。

 煙が晴れ、フェイトがなのはの方を見て驚きを露わにする。振り抜かれたレイジングハートと共に、また同じ弾がこちらに向かってきていたのだから。

「くっ……!」

 逃げるのはナシ。たった今逃げるのが無駄なことを知ったばかりだ。ならばどうするのか。その答えを導き出した時間は、ほんの一瞬だった。

(迎撃する!)

 決めたと同時にフェイトはバルディッシュを強く握り、思い描くプランに必要な形態を相棒に要求する。

≪Scythe Form≫

 バルディッシュはその要求に確かに応え、通常の杖形態から金色の魔力刃が美しいデスサイズへとその姿を変える。

 主に接近戦の時に使われる形態である。フェイトはデスサイズとなったバルディッシュを握り込み、向かってくる桜色の弾丸に向かって突進した。

 狙い違わず迫る魔力弾に、しかしフェイトは冷静に対処する。避けられるものは避け、避けきれないものはデスサイズを操り、確実に斬り捨てる。体勢が整わなければ、その勢いを殺さずに空中での前転一回転を披露してのトリッキーな動作も行った。

 そうしてスピードを極力殺さずに誘導弾を無力化させると、一気になのはに向かって突撃を敢行する。

「ッ!」

 爆発的なスピードで迫るフェイトに、なのはは急いでシールドを張る。その動作の間にフェイトは既になのはの目の前にまで辿り着き、大きな死神鎌を振りかぶっているところだった。

「やぁッ!」

 裂帛の気合と共に金色の大刃を持ったバルディッシュがなのはに向かって振り下ろされる。そのほんのコンマ何秒前に、なのはのシールドは完成していた。

 魔力同士の反発による激しい接触音が辺りに響き渡る。

 なのはのシールドは間一髪であった。フェイトに悟られぬように、内心でなのはは安堵の息をつく。

 対して攻撃を防がれたフェイトだが、フェイトはそんななのはのシールドを破る気満々であった。より魔力の爆発を起こし、突進力を生み出させる。バルディッシュにも魔力を送り、力技で突破しようと試みる。

 ぐっ、と少しずつフェイトの刃がシールドの防御力を上回り始め、刃がなのはに近づく。このままあと五秒もすればシールドが砕ける。フェイトはそう確信した。

 だがしかし、何かおかしい。そんな違和感が拭えず、フェイトに奇妙なズレを感じさせていた。

(―――……)

 観察する。何がそんなに引っ掛かっているのだろうか。

 シールド越しのなのはの顔を見る。……なんだか、目の前の子の表情は厳しいが、切羽詰まった時のものではないように思える。どちらかと言えば、何かに集中しているかのような――。

「ッ!」

 はっとする。

 そういえば、自分はさっき彼女の誘導弾をいくつか躱していたのではないか。

 つまりそれは、彼女が操作できる魔力弾が自分の背後にまだ残っているということ――!

 思考は一瞬、すぐさま振り返る。

(やっぱりっ)

 案の定、既にこちらをロックオンした弾丸が高速で突っ込んできていた。

 攻撃に傾けていた力を一気に防御に戻すには時間がない。若干体勢が崩れるのは仕方がないことと割り切り、シールドを張って防御する。

 弾丸はシールドにぶつかり、その本体は消滅、わずかな衝撃しかフェイトに届くことはなかった。

 すぐさまフェイトは意識を切り替え、なのはの方へと向き直る。

 が――、

「なっ……」

(いないッ!?)

 さっきまでそこにいたはずのなのはの姿が、どこにもなくなっていた。

「どこに……」

 戦場で相手を見失うなど致命的である。その意識と自分の失態への焦りから、フェイトは慌ただしく前後左右を見回す。

 もしこれが常の落ち着いた彼女であったなら、前後左右を確認した段階で気づいただろう。

 遮蔽物のない空中で身を隠せる場所は、頭上と足元の二か所しかないということに。

≪Flash Move≫

 頭上から聞こえた音に、フェイトは反射的に上を向く。

 そうして彼女の視界に飛び込んできたのは、こちらに向かって急降下しながら、レイジングハートを思いっきり振りかぶっているなのはの姿だった。

「たぁぁあああ!!」

「くっ……!」

 空気を切り裂く音と共に振り下ろされたレイジングハートを、フェイトはバルディッシュを掲げて受け止める。

 閃光と爆音が二人を包み込んだ。













「なのは!」

「フェイト!」

 ユーノとアルフが思わず叫ぶ。

 これまで静観してきたが、今の爆発はかなりの大きさだった。下手をすれば意識を失ってもおかしくないほどの。

 それぞれ彼女たちを案じて爆発のあとを見つめていたが、徐々に煙が晴れていくと、二人の姿が見えた。二人ともこれといった外傷はなく、まだまだいけるとばかりに瞳は強く相手を見据えていた。

 ユーノとアルフはそんな二人に安堵するが、まだ続くことに不安と心配の念を抱く。

 どうか、早く終わってほしい。できれば、誰も傷つかずに。

 それがあまりに無理な願いだとは知っていても、そう願わずにはいられなかった。

『おい、お前ら』

「え?」

「クロノ?」

 そんなとき、突然アースラにいるクロノから映像通信が繋がれる。何かあったのかと思わずいきり立つ二人を制し、クロノはふっと笑った。

 その笑みがユーノとアルフには信じられなかった。なのはとフェイトが己の力を振り絞って戦っている時に、笑うなどと。いったいどういう了見なのか。

 ユーノは思わず飛び出しそうになった言葉をぐっとこらえた。自分たちが気を揉んでいることが馬鹿にされたように感じたことは確かだが、それをぶつけるのは子供っぽいと思えたからだ。

 だが、アルフはユーノほど深慮でもなければ経験もなかった。率直に気持ちを言葉に表す。

「なにがおかしいんだい! フェイトたちがあんなに真剣に戦ってるっていうのに、よく笑っていられるもんだね!」

 隠そうともしない悪意に、ユーノは思わず天を仰ぐが、それは自分の気持ちでもあった。ポーズで天を見はしたが、内心ではその通りと言わんばかりにアルフに拍手を送っていた。

 そんなアルフの言葉を受けたクロノは、一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐにそれを和らげさせて再び笑みを見せた。

 アルフがまた言い募りそうになるが、その前にクロノが口を開いていた。

『そりゃお前、こんなもん見れる機会は滅多にないからな。一秒ごとに、一撃ごとに、二人ともが少しずつ速く、鋭くなっていってやがる。なあイデア、なんだっけこういうの……はじめの一歩でさ、ほら……み、ミ……』

≪ミックスアップですか?≫

『そう、それ! いや、あそこまで激しくはないけど』

 何のことを言ってるんだろう。

『ごほん、要するに、二人ともが今まさに成長してるってことだよ。子供ってのは勝手に成長していくもんだからな。真剣勝負とはいえ、こうして目に見える形で成長していくのを見れば、嬉しいような微笑ましいような気分にもなるってもんだろ』

 そう、なのだろうか。

 クロノが言う気持ちはユーノにはわからなかった。なのは達と同じく九歳の子供であるユーノには無理もないことではある。クロノの思考はどちらかと言うと大人側の考え。前世では既に成人であったからこその感想なのかもしれなかった。

 同じく生まれてからまだ日が浅いアルフもよくわからなかったようで、首をかしげている。とはいえ、クロノが何も小馬鹿にして笑ったわけではないということは理解したのか、さっきのような感情的な態度は既に消え失せていた。

『で、だ。なんで俺が話しかけたのかもそこに起因するんだが……』

 クロノのその言葉に、そういえばとユーノは思う。

 もともと話しかけてきたのはクロノだったのだ。こっちが話を遮ってしまっただけで。

『早く終われ、早く終われって願うのは別にいいけどな。そうあからさまに心配げな顔を見せるもんじゃないぜ。そっちがそんな顔してたら、あの二人はたぶん後でそんなに心配させたことを気に病むと思う』

 言われて、そうかもしれないとユーノとアルフは思う。

 なのはもフェイトも、どっちも優しい心を持っていることを二人は知っている。クロノが言うことに頷けるだけの積み重ねが二人にはあった。

 だが、だからといって心配な気持ちが消えるわけではない。無理を言うなと二人が言ってやれば、クロノはまた笑った。

『ん、まあそうだろうな。だからさ、心配するのは後でいいってことだよ。今はただ頑張れって言ってやれって。どうせ心配したって、あの二人は戦うの止めたりしないんだからさ。終わった後に「心配しただろバカ!」って言ってやればいいのさ。成長していく子供を見て、応援できないなんてそんなことはないだろう?』

 あくまでそうすればいいんじゃないか、と薦めるだけの態度でクロノは言った。それを受けて、ユーノとアルフは考え込む。

 視線を上げると、そこにはデバイスを武器に斬り合う少女の姿。時にはそのように接近し、時には魔力弾の打ち合いになり。徐々に徐々に、二人の姿が鋭さを増していく。

 それは活き活きとしていると言い換えることができるかもしれない。

 フェイトという競争相手ができ、ずっと悩み続けていたなのははその楔から解放されたように思いきった動きを見せる。母の為だけに自分を殺してきたフェイトは、なのはという競い合える相手の登場により少しずつ自分というものをさらけ出していく。

 活き活きとしているという言い方は、なるほどその通りなのかもしれない。二人はそう思う。

 フェイトのデスサイズがなのはを捉え、その身に迫る。それをなんとか身を引いて胸元のリボンを裂かれるだけに留めるなのはだが、逃げようとした先にはフェイトのフォトンランサーの弾が待機していた。

 それが一斉になのはに襲いかかるが、辛くも防ぎ切り、なのはは距離をとった。フェイトもそれ以上追うことはせず、二人の間に長い間合いが出来る。束の間の膠着状態であった。

 ともに肩で息をしているが、それでも諦めという文字はどこにも見当たらない。

 そんな二人を地上から見上げて、ユーノとアルフはクロノの言葉を思い返す。

 ――頑張れ、と胸の内で呟いた。














「はぁっ……はぁ……」

 ――強くなった。

 呼吸を整えつつ、幾許かの距離の向こうにいる白い子を見ながらフェイトは素直にそう思う。

 最初の頃は魔力こそ多いものの、戦闘技術は拙いというレベルにすらなく、文字通りお話にもならない相手であった。はっきり言って、当時の彼女には十秒で勝てる自信がある。今では嘘でも口に出来ない事実になってしまったが。

(ううん、これはむしろ……)

 乱れた呼吸を戻しながらフェイトは考える。自分はむしろ、押されていると。

 自分は高速機動を売りにした魔導師であるとフェイトは自覚している。ゆえにその戦闘方法は動き続けることが基本であり、多重攻撃による撃滅がその本分なのだ。彼女の持つ魔法に一撃必殺といえる魔法はわずかしかない。いや、正確には自分と同等かそれ以上の相手に対した場合の、一撃で決められるものが乏しいと言うべきだろうか。

 しかしそれは何も大きなマイナスというわけではない。一撃必殺の魔法はないと言ったが、フェイトの持つ魔法には電気という彼女の魔力変換資質も相まってかなりの威力を持つものもある。多くの魔導師をただの一撃で仕留めることも無理ではないだろう。

 だが、そんな比較は今は関係がない。”目の前で対する白いあの子と比べれば軽い”。その事実だけが今の彼女にとっての現実だった。

 とはいえ、忘れてはならないのがそもそも自分の戦闘方法は高速機動が主であるということだ。つまり、元々そんな大砲を持つ必要はなく、むしろ速射と連射に優れた短機関銃こそがフェイトの戦闘には相応しいということである。

 速さという才能を持つからこそ生まれた自分の戦闘技術。しかし、その特性ゆえにフェイトは常に動き続けなければならない。足を止めることはその有利性を著しく削ぐからである。しかし、それはいくら英才教育を施された天才とはいえ、九歳の身体にはいささか重荷である。

 そして速射・連射に優れ的確な攻撃を行うという攻撃方法ゆえに、フェイトには使い勝手のいい決め手がない。あるにはあるが、それは大規模かつ大消費を伴う多面攻撃であって、効率的な一点突破型の攻撃ではない。それはなのはのような高ランク魔導師との一対一の状況では不利である。

 もちろんサンダースマッシャーなどといったなのはのディバインバスターに相当する一点突破型と言えなくもない魔法もあるが、威力は比べるまでもないものだ。撃ち合えば負ける。そもサンダースマッシャーは雷撃に重点を置いて放つ魔法なので、いくらかは拡散してしまうのである。物理的な破壊力では上だが、魔砲戦となればディバインバスターには敵わないのだ。

 動けば疲れ、効率よく一撃で決める決め手もない。導き出される結論は――じり貧である。いずれなのはの砲撃に当たる時が来る。相手は防御が固く、なにより攻撃が重い。天敵のような存在だった。

 しかし、真にフェイトが恐れるのはその成長速度である。あの素人同然の時から何カ月も経っていない。だというのに、もう自分に迫っている。

 それどころか、今この瞬間も成長を続けている――。

(なら……)

 つまり、時間を長引かせれば長引かせるほど不利になることは確定している。ならば、ここで決める。たとえそれがコストのかかる大規模攻撃だとしても、負けるよりはいい。

 あの子と比べてこちらの攻撃が軽いというのなら、そんなことが気にならないほどの物量で押せばいい。ただそれだけのことである。

 幸いにして、既に罠は張ってある。

 ゆえに、一気かつ確実に。

 これ以上手に負えなくなる前に、ここで決めさせてもらう!

「バルディッシュ」

≪Yes,sir≫

 足元に金色の魔法陣。だがしかし、その魔法陣にはこれまでとの大きな違いがある。それはその巨大さ。フェイトの足元に広がる魔法陣は、通常の魔法陣のゆうに三倍は大きかった。

 さらにまるでなのはの行動を阻害するようになのはの周囲にもフェイトの魔法陣が断続的に現れる。なのはは目眩しか何かかと緊張に身を強張らせる。

「……これで決める!」

≪Phalanx Shift≫

 その魔法名の宣言がトリガーとなり、フェイトの周囲の空間にまるで埋め尽くさんばかりのフォトンスフィアが形成されていく。その数38基。フェイトの周囲という限定空間にひしめく光の群れは、まさにファランクス(密集陣形)の名に相応しいものだった。

 それを見て、なのはは明らかにまずいと悟った。高速機動が出来ないなのはにとって面制圧攻撃は最悪の攻撃である。一つ一つを撃ち落とすことなど、一撃必殺の砲撃が主である彼女には出来ない。かといって、その全てを防ぎきれる自信もなかった。

 ゆえに、逃げる。範囲外に逃げてしまえば、どうということはないからだ。その選択はまさしく最善であり、なのはの行動は当然ともいえるものだった。

 ただし、それも行動に移せれば、だが。

「えっ!?」

 逃げようとしたまさにその時、唐突になのはの腕が金色の輪で宙に括りつけられる。その次はもう片腕を。次に両足それぞれを。なのはは逃げることもできず、ただの的になり果てた。

「ば、バインド!? そんな!」

 空中で強制的に大の字をとらされ、目の前にはフェイトが用意した特大のフォトンスフィアの群れがある。

(わ、わたしひょっとして……大ピンチ?)

 なのはは冷たい汗が頬を伝うのを感じた。

<まずい、フェイトは本気だ!>

 フォトンランサー・ファランクスシフト。それは、アルフが知る限りフェイトが扱える最大最強魔法である。それを持ち出すということは、なのはを本気で仕留める気なのだとアルフは読み取った。

<なのは、サポートを!>

 ユーノから見てもアレは明らかにまずい。下手すればオーバーキルである。それに加えてアルフの焦ったような叫びもあり、ユーノはなのはの支援をしようとその傍へ行こうとする。

 それを感じ取ったなのはは、念話など忘れて叫んでいた。

「ダメぇぇ―――ッ!!」

 突然の制止の言葉にアルフが動きを止め、ユーノが立ち止まり、フェイトも思わずきょとんと目を丸くした。

<二人とも、手を出さないで! これは、全力全開の勝負だから。わたしとフェイトちゃんの、一騎打ちなんだから!>

 それ以降は念話に切り替えて二人に伝える。

 咄嗟に出た言葉に驚いたフェイトも、すぐに我を取り戻して詠唱を始める。これだけの大規模魔法を扱うには、詠唱というプロセスを踏まねば発動させられないからだ。少なくとも、今のフェイトにはまだ必要な過程だった。

<で、でもさ――>

<おーい、なのは>

 フェイトのことをよく知るアルフはなおも言い募ろうとするが、それを遮ってクロノがなのはに声をかけた。その声音がいつも通りのものであることに、なのはは少し驚いた。

<出来るのか?>

 たったそれだけの単純な問いかけ。しかし、だからこそそれは信頼の証だとなのはは受け取った。自分という人間を、クロノはよくわかっている。

 だから、なのはも当然とばかりに言い返す。

<平気!>

<そうか。なら、頑張ってこい>

<ちょ、クロノ!?>

 ユーノが納得いかないとばかりにクロノに噛みつくが、なのはは最早そちらに意識を向けてはいなかった。

 そうだ、出来る。出来るに決まっている。そう信じる。

「出来る。……そうだよね、レイジングハート」

≪By all means(もちろんです)≫

 相棒の力強い返答を聞いて、より自信が強まる。そう、出来るに決まっている。わたしとレイジングハートなら。

 なのははその絶対の思いを抱き、フェイトを見る。既に詠唱は佳境に入り、待機しているフォトンスフィアは今か今かとその時を待ち侘びているように見えた。

 わずかの後、詠唱が終わった。フェイトの力に満ちた赤い瞳がなのはを見据える。バルディッシュを高々と掲げ、最後のトリガーに指を添える。


「――フォトンランサー・ファランクスシフト」


 バルディッシュを倒すべき目の前の強敵へと突きつける。


「撃ち砕け、ファイア!!」


 瞬間、発射台から放たれたフォトンランサーが豪雨のようになのはへと向かっていく。その速さはまさに弾丸。勢いは怒涛の如し。

 38基のフォトンスフィアから放たれる弾丸は毎秒7発という速度と密度で以て敵を殲滅せんと突き進む。その様は圧巻と言わざるを得ないだろう。金色の弾丸の雨は4秒間もの間たった一人の少女を倒すためだけに注ぎ込まれたのだ。

 放たれたフォトンランサーの数、実に1064発。まともに食らえば非殺傷設定といえども、大ダメージは免れない大攻撃だった。

「くっ、はぁっ……はっ……」

 しかしそれだけの大魔法であるからこそ、魔力の消費も激しかった。自らのほぼ全魔力を注ぎこんだ必殺の攻撃。その疲労は想像以上にフェイトの身体を蝕んでいた。

 毎秒7発を4秒間斉射という圧倒的な速射性と連射性。フェイトの魔力では4秒が限界であったが、これで決まったという自信をフェイトは感じた。

 いや、あるいはそうであってほしいという願いであったのかもしれない。

 膨大な攻撃に晒された空間は、爆煙によって確認できない。だが、あれだけの攻撃だったのだ。あれほどの面攻撃を受けて、無事でいられるわけなどない。

 煙が晴れていく。フェイトはいつしか祈るような気持ちでそこを見つめていた。

 これで終わって、と。

 煙がついに晴れた。



「――いったー……。撃ち終わると、バインドも解けちゃうんだね」



 そこには、五体満足どころか全くダメージを受けていないのではないかと思えるほどピンピンしたなのはがいた。

(そ、そんな……!)

 ありえない。

 いくらなんでも、これはありえない。どれだけ成長しようと、人間の身体であることに変わりはない。魔力量だって自分とそう変わらないというのに、いったいどんな手品を使えば無傷などという状況を作り出せるのか――?

 あまりと言えばあまりな状況に、フェイトは意識をその疑問に持っていかれる。それは、なのはにとってこれ以上ない好機だった。

「それじゃあ、今度はこっちの――」

≪Devine――≫

 レイジングハートがフェイトの方へと向き、その先端へと桜色の魔力が集束していく。ここにきて、ようやくフェイトは思考を抜け出してなのはに向き合った。

「――番だよ!」

≪――Buster≫

 まずい。

 桜色の砲弾がこちらに放たれた瞬間、フェイトは反射的に魔力弾を形作ってそれを放り投げていた。しかし、それがまだディバインバスターと接触する前に、フェイトは己の失策に気がつく。

 馬鹿な、さっき一撃の威力では敵わないと認識したばかりではないか!

 それをよりにもよって即席の魔力弾で防ごうなどと。愚策としか言いようがない。

 フェイトの予想は正しかった。その考え通り、即席の攻撃など紙のごとく突き破られて壁の役割すら果たさずに消え去ってしまう。

 迫る砲撃。もはや取れる手は一つしかない。フェイトはラウンドシールドを作り出し、ぐっと身体に力を込める。

(――絶対に、負けない!)

 その意思を改めて確かにしたその時。まるでトラックがぶつかってきたような衝撃がシールドにぶち当たった。

「ぐ、ぅ……!」

 衝撃は続く。なのはのそれは砲弾というよりは砲射と言った方が正しい攻撃である。すなわち点である弾ではなく、射線――線の攻撃だ。それはつまり、接触時間が弾とは圧倒的に異なり長いのである。

 例えるなら、トラックがぶつかっただけに飽き足らず、そのままアクセルを目一杯踏み続けているようなものだ。その衝撃は計り知れないものがある。

 しかもそれだけではない。シールドの横を通過した魔力の奔流が横からシールドの裏に回り込み、フェイトの身体に少なからずダメージを与えていく。ただでさえ大攻撃のあとで魔力が少ないというのに、フェイトは自身の身体を守るバリアジャケットにも魔力を回さなければならなかった。

(でも……耐える……!)

 魔力が絶対的に足りない。バリアジャケットですらもはや限界となり、服の端が魔力に焼かれて千切れ飛んでいく。シールドを支える腕も気だるさで今にも折れそうだ。

 それでも、なのはの撃った砲射は終わらない。

(あの子だって、耐えたんだから……!)

 いかなる手を使ったのかが定かではないが、彼女は自分の最大攻撃に耐えきって見せたのだ。なら、なぜ自分がこの攻撃から逃げることができるだろうか。

 意地である。単なる負けん気である。けれど、なんとなくソレに屈することだけは絶対に我慢がならなかった。

「ぁ、ぁあ……ッ!」

 何秒の間その奔流に晒されていたのかはわからない。しかし、徐々にその勢いが弱まっていくことをフェイトは感じていた。そしてついに砲射が終わった時、フェイトはシールドを解除して荒く息をついた。

 しかし、すぐさま視線を上げる。負けたくない。その気持ちの表れだった。

 だが、視線の先に目的の相手はいない。どこに行ったのかとフェイトが考えを巡らせる前に、頭上から見覚えがある色の光が降り注いできた。

 視線を上げる。ずっとずっと上に。そこには、彼女愛用の杖を頭上に掲げ、こちらを見据える強い瞳があった。

 白い服が光に映える。高町なのはがそこにいた。

「受けてみて、ディバインバスターのバリエーション!」

 なのはの足元、フェイトのはるか頭上に魔法陣が展開される。先のフェイトほどではないが、かなりの大きさの魔法陣である。

 魔法陣が形作られた瞬間、その前面に小さな魔力スフィアが形成される。ほんの拳大にすぎなかったそれは、しかしだんだんとその大きさを増していく。よく見れば、これまでの戦闘で周囲に拡散していた自身の魔力を集めているのがわかる。

 それを見てフェイトは驚愕し、慄いた。使用済みの周辺魔力を集束させて実用レベルで再利用するなんて、それはSランクオーバーの技術である。フェイトもまだそこまでは出来ない。いったい彼女はどこまで成長していくというのか――!

(……あれ?)

 慄きつつ、ふとフェイトはあることに気がつく。よくよく見れば、集められて出来たスフィアには若干金色が混じっていたのだ。

 それはつまり、フェイトが使った魔力でさえもなのはは僅かながら己の武器にしているということ。

(そ、そんなのズルいッ!)

 思わずそう思ったフェイトを責められる者はいないだろう。

≪Starlight Breaker≫

 レイジングハートが魔法名を告げる。

 周囲の空間の魔力が線を引いて集まっていく様は、なるほどまるで流星の光のようである。星の光の名のままに輝くスフィアの上で、なのははレイジングハートを少しずつ肩に担ぐようにして振りかぶった。

 そのなのはの切り札を見て即座に危険性を見抜いたフェイトは、常の彼女からは考えられぬほどに鈍重な動きで回避しようと試みる。既に疲労と魔力不足でまともに動けないのだ。

 そして、その鈍った動きがフェイトの首を決定的に絞めることになる。

「ば、バインド!?」

 突然手足の自由が奪われ、空中に磔にされた。もがくが、解ける様子はない。いつの間に仕掛けたのか、フェイトにはわからない。とはいえ、これでフェイトは避けることも防ぐこともできなくなった。

(や、やだっ!)

 力も魔力も全然足りない。それでも、フェイトは抵抗することを止めなかった。バインドが解けないと理性では分かっていても、感情で納得できない。頑なに現実を認めず、もがき続ける。

(負け、たく、ないッ!)

 ただその一心であった。それだけは許せないとばかりにフェイトは何とか抜け出そうと足掻く。

 しかし、それもわずかな間の抵抗となった。なのはは既に周囲からの魔力収集を終了させている。それはつまり、発射可能状態に移行したということであった。

 眼下にもがくフェイトの姿を捉え、なのははライバル相手に宣言する。


「これがわたしの、全力全開ッ!」


 振りかぶっていたレイジングハートを渾身の力で振り下ろす。狙いは当然フェイトへ。絶対に勝つのだという意志を込めて叫ぶ。


「スターライトぉ――ブレイカァアアア!!」


 振り下ろされたレイジングハートに呼応して、特大のスフィアがその楔から放たれる。限界まで凝縮されたそれは志向性を持って突き進み、圧倒的な魔力の奔流となってフェイトをその中に飲み込んだ。

 更にそれだけでは飽き足らず、桜色の奔流は威力を少しも落とさずに海へと到達する。一瞬の後、まるで本当に大砲が撃たれたのではないかと聞き間違うほどの轟音を立てて海面が爆発する。海はうねり、行き場を失った海水が空中高く打ち上げられた。

 そのあまりに桁違いな威力と畏怖さえ覚えるド迫力は、見る者を残らず唖然とさせるほどであった。

 なのはが放った砲撃はしばらくその威容を周囲に知らしめていたが、それも段々と勢いをなくして減衰していく。

 そうして全ての魔力が残らず空中に散ると、なのはは全身を襲う虚脱感に肩を落とした。いくら周囲の魔力を集めて撃った砲撃とはいえ、基本は自分の残存魔力で練ってある。さらに、なのはもフェイトと同じく戦闘の疲労がかなり溜まっていた。なのはもまた限界だったのだ。

「そうだ……フェイトちゃん!」

 雌雄を決するべき相手の名前を叫び、なのはは眼下に目を向ける。スターライトブレイカーに飲み込まれたフェイトは、なんとかまだ意識を保って空中にいた。その事実に驚きつつもホッとなのはが息をついた瞬間。

 フェイトは意識を失って海へと落ちていった。

「フェイトちゃんッ!」

 真っ逆さまに海に落ちたフェイトを見て、なのはは残り少ない魔力を何とか練り出して海へと突進する。

 海中に潜り沈み行くフェイトを見つけると、バルディッシュを掴み、フェイトの膝裏と背中に手を回して抱え上げ海面に向かう。

 海から空へと再び戻る。なのはの足元に展開された飛行魔法に付随する魔力の羽根は、明滅を繰り返している。フェイトほどではないが、なのはもまた疲れ切っていた。

「ん……」

 ふと腕の中のフェイトが身じろぎをしたのを感じ、なのはは視線を落とす。

 フェイトはさほど時間を置かずに目を覚ました。うっすらと目を開き、目の前にある顔を見つめる。優しげな表情を浮かべるさっきまで戦っていた相手に、フェイトはなんだか自分が負けたことを実感してしまった。

「ごめんね、大丈夫?」

 問いかけにコクリと頷く。

 負けた。負けてしまった。けれど、なぜかフェイトの中に妬ましさや憎らしさといった類の感情は浮かんでこなかった。どちらかといえば、爽快でさえあったように思う。それがなぜかは、わからなかったけど。

「わたしの勝ち、だよね?」

 なのはは誇るでもなく、得意気になるでもなく、ただ柔らかく笑ってそう言った。

 それを見て、フェイトは自分でも驚くほど素直に自分の負けを認めることが出来た。胸の内にある爽快感がそうさせるようでもあった。

「そう……みたいだね」

≪Put out≫

 フェイトが自身の負けを認める発言をした直後、バルディッシュがフェイトの言葉を待たずにジュエルシードを解放する。

 これをやるから主をもう傷つけないでほしい。まるでそう言っているようにも思えるタイミングだった。

 その意を汲んだというわけではないだろうが、なのははフェイトに飛べるか否かを聞き、フェイトが頷いたので抱いていた彼女の身体を起こして手を離す。

 しかし、やはりまだダメージが抜けないためかフェイトの身体が揺れてバランスを崩す。慌ててなのははフォローに入り、フェイトを支えた。

「大丈夫?」

「大丈夫、ちょっとふらついただけだから……」

 微かに笑んで言うフェイトに、なのはは心配そうな目を向ける。そんななのはに、今度はしっかり微笑む。

 何だか不思議な気分だった。敵でしかない、邪魔者だとしか思っていなかったのに。絶対に負けたくない相手だと思っていたのに。それなのに、こんなに穏やかな気持ちで相対することができるなんて。

 むずがゆいような、奇妙な安心感を感じながら、しかしフェイトはそれを嫌だとは思わなかった。むしろ、積極的に受け入れたいと思える、そんな感情だった。

 この時、フェイトは充足していた。これまでにはなかった、温かい気持ち。それを感じられたことで安心感を得ていたから。

 また、なのはも同じく充足していた。友達になりたいと願った女の子。その子が、笑ってくれている。あの冷たい表情でも、悲しそうな表情でもない。ただ無垢に笑ってくれている。その事実が嬉しかったから。


 ――だから、頭上に迫る雷に気がつかなかったのは仕方がなかったのかもしれない。


 気づいた時には既に遅く、その雷はフェイトへと直撃するコースを辿っていた。そしてその狙いは違わず雷はフェイトに接近し――、





















「ふっざけんなコラァアア――ッ!!」


 横合いから殴り飛ばされた。


 目の前で起きたあまりに突然の出来事に、なのはとフェイトは目と口を大きく開いて驚愕を露わにする。その様はまさにポカーンという表現が相応しい。

 だがしかし、唐突に飛び出してきた闖入者ことクロノ・ハラオウンはそんな二人には全くお構いなしである。とりあえずライトニングシールドを纏わせた右拳で雷をぶっ飛ばした後、クロノは懲りずに再度やってきた雷に真正面から向き合った。

「イデア!」

≪了解。複合術式起動します≫

 ライトニングシールドの特性――雷撃系魔法防御の能力を複合術式で付与させたナックルバーストを起動する。

 右拳に環状魔法陣が展開。拳を引き、ためを作る。

「吶喊ッ!」

≪3rd-gear ON≫

 アクセルモードにより、初速から高速での突撃攻撃を実行する。雷鳴と共に降りかかる神罰の一撃へ向けて、クロノは右拳を強く握り込んだ。


「鋼拳一徹!」

≪Lightning Knuckle≫


 雷に向かって拳大の魔力スフィアが叩きつけられ、圧縮された魔力がその衝撃により解放される。解き放たれた魔力は叩きつけた拳の勢いのまま突き進み、雷と拮抗したのち、なんとか相殺に成功する。

 その結果を見届けると、クロノは一秒の時間も惜しいとばかりにアクセルモードのままなのはとフェイトの前に姿を現した。

 急に目の前にやってきたクロノに二人はまた驚く。そもそも雷が落ちてきたことと言い、クロノがそれを撃退したことといい、二人はまだ状況を何ら掴めていないのである。頭が混乱するのも無理はなかった。

 だがしかし、時間が惜しい現状を認識しているクロノはそんなの関係ねぇとばかりに、がっしりとなのはの腕をとり、次にフェイトの手を握った。

「へ?」

「え?」

 間の抜けた声を出す二人のことは、やはりお構いなしである。

≪お二人とも、鳩が豆鉄砲食らったような顔してますけど≫

「よーし、全員転送だ!」

『はーい』

 イデアの言葉を完璧に無視してクロノが指示を出す。それを受けたエイミィはすぐさまその命令を実行しなければならないのだが、急がなければいけない状況だとは分かっていても、さすがにこれでいいのかと疑問に思う。

 こう……場の空気的な意味で。

 どう考えてもここはもう少し感動的な場面があったはずだろう、と思わざるを得ないのである。そこに割り込んだ自分たちはどう見てもKYなのではないだろうか。

 クロノ自身そんなことはわかっているのだが、プレシアの根城に向かうように先んじて指示を出していた部隊のことが気になるのだ。できれば早く帰って状況を確かめたかった。

 フェイトを助けようとしなければそんな必要もなかったのだが、やってしまったものは仕方がない。

 それに、なのはとフェイトの関係がこれだけで崩れるなどとは思えないからこそ、ひと思いに行動に移したのである。クロノはその点については全く心配していなかった。

 しかし、それは未来の二人の姿を知るからこその確信であったため、エイミィらはクロノほどの確信は持っていない。それゆえ二人の関係修復に危惧を抱いたエイミィが、これでいいのかと考えるのは自然なことだった。まあ、場の空気というのも理由の一つであることは確かであるが。

 というわけで、そんなクロノの内心を知らないエイミィは、確かに心配ではあるが今は速さが求められるということも理解しているので指示に逆らうまでのことはしない。言われたとおりに地上にいるユーノとアルフも含めて全員の艦内への転送作業を実行する。

 次の瞬間、機械的な無色の魔力光に包まれ、五人の姿は海鳴から消えた。

 状況についていけないまま困惑していた少女二人の残した、奇妙な空気だけがその場に漂っていた。










==========
あとがき

 書き上げたから即うp! 何と今回は全編第三者視点なんだぜ、フゥハハハー!!

 ……うん、ごめん。ちょっとテンションおかしかったです。
 とりあえず、今回は前回の続き。無印一番の見どころと言っても過言ではない、なのはVSフェイトのシーンです。
 どうしても書きたかったので、クロノ視点は今回は封印しました。あんまり出てこないし。まあ、最後にちょっと出しゃばってきてますけどね、クロノ君。

 とりあえず、今回はそんなお話でした。
 蛇足ですが、クロノは最後に出てきましたが、その前に部隊への指示とかはちゃんとやってるんですよ。じゃないと来てません。まあ、どっちにしても命令違反なんですけどw

 それでは、また次話で~。

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Comment
誤字報告その他~
>時には牽制の一射。時には接近して一撃。短髪で後が続かない攻撃を何度か繰り返し、互いの手の内を探りながらの行動だった。

×短髪 ○単発

>そして速射・連射に優れ的確な攻撃を行うという攻撃方法ゆえに、フェイトにひあこれという

×フェイトにひあ
○フェイトには (…かな?)

んで、ファランクスシフト食らったなのはさんの件ですが
細部は多少異なる小説版ですが(とは言えど、書いてるのは都築氏ですが)
最初からフェイトの攻撃を受けきる為に
広域防御を発動寸前でチャージしてて、それでファランクスシフトを防御しつつ
その隙にバインド(レストリクトロック)のチャージ→発動→SLB という流れみたいですね。
(1発目のディバインバスターは撃たずに)

小説版では、アースラチーム入りした直後の魔力測定や調査した時の描写で
なのはがクロノ曰く「奇妙な魔法の消し方」をしていた描写がありますし。

ま、それがSLB用の魔力の残滓を集めやすいようにする為の仕掛けであったそうですが
hana 2009/02/03(Tue)06:14:44 編集
RES
>hanaさん
誤字報告ありがとうございます。早速直しておきました。
小説版では確かに広域防御魔法の遅延発生が対ファランクスシフトの肝になっていました。そして、なのはのバリアジャケットはその攻撃の余波などでボロボロであることが書かれているんですよね。
けど、アニメではなぜか攻撃を受けた後にバリアジャケットが綺麗に修復されているんですよ。だから小説版とは違う何かをしたことは間違いないと思うんですよねー。
「奇妙な魔法の消し方」については、なのはがSLBを修得して以降の彼女が使う魔法のほぼすべてに共通する特徴だと思いますので、特に表記していません。
感想一番手ありがとうございました!
雪乃こう 2009/02/03(Tue)09:51:02 編集
感想
>なのはもユーノのことをアルフは信用できるいい奴だと感じていた。
「なのはとユーノのことをアルフは信用できるいい奴だと感じていた。」だと思うのですが・・・

なのは対フェイト決着!ですね。しかし、いくら二人の戦いの後直ぐに雷撃が来ると知っていたとは言え感動的なシーンが台無しですね。アースラに戻ったクロノがどうなるのか楽しみですね。まあ、二人を護る為と知ったら酷い事には成らないでしょうけど。
2009/02/03(Tue)13:43:32 編集
ファランクスシフトですが
>だから小説版とは違う何かをした
 アニメのその場面をよ~く観るとフォトンランサーを迎撃する桜色の魔力がありますよ。
UEPON 2009/02/03(Tue)17:48:42 編集
RES
>俊さん
誤字報告ありがとうございます。直しておきました!
ついついクロノが出しゃばってしまいました。まあ、戦闘を終えたことで一つの心の区切りはついたと判断したので乱入させたんですが。
それに、やっぱり雷くらっちゃフェイトが可哀相ですしね。
次話からはようやく佳境に入ります。

>UEPONさん
感想ありがとうございます。
うーん……確かになのはの魔力に見えなくもないですが、たぶんあれはフォトンランサーの周りでビリビリしてるやつの色だと思います。
それにもしなのはのものだとしても、なのはに4秒間に1064発で襲い掛かってくる攻撃を全て迎撃するような芸当ができるとは思えません。
いずれにせよ、それが決定的な理由ではないいことは確かっぽいですね。

…なんだかファランクスシフト談義が起こりそうなので、それについての話題はこの辺でシメとしましょうか。
ありがとうございました。
雪乃こう 2009/02/03(Tue)18:16:42 編集
無題
今回の話、テンション振り切ってるなぁ。

そういやクロノの魔法、
鋼拳一徹 ライトニングナックルって
スバルのディバインバスター?
フツノ 2009/02/03(Tue)23:57:40 編集
無題
再開おめでとうございます。

決闘シーンでしたが、クロノ、なんというKYぶりを発揮するんだwww

さていよいよ佳境となりましたが、クロノ最大の見せ場はいかになるのでしょうか?

きっとあんな風にカッコ良く行かないんでしょうねぇ。

途中で噛んだり、噛んだり、噛んだりete・・・・・・。
犬吉 2009/02/04(Wed)03:01:09 編集
無題
まさか、三日も経たずに更新とは予想しませんでした。
さてと、オハナーシ・キカセーテ(九歳)の本領発揮の回ですね。やはり、転生しているので、行動や対応が大人ですね。そしてきっと、フェイトに父さんとよばr(ry
…失礼しました。しかし、なのはが九歳からこのようにSランクオーバーの技術を持っているのを知ってティアナがよくへこまなかったなあと最近思います。どうなんでしょうねそこらへん。
2009/02/04(Wed)16:27:53 編集
無題
ああ……ここで知った快楽が後に二人の少女を変えてしまうんですね……(魔王と戦闘狂的な意味で

今回も、とても面白いクロノでした(ぉ
次回も楽しみにしています、お体にお気をつけてください。
カウ 2009/02/05(Thu)22:20:53 編集
RES
>フツノさん
もう私自身のテンションがアレですからねぇ^^;
ちなみにアレは今回限りの技と言ってもいいものですが、イメージはスバルのあれで正しいです。
ナックルバーストという魔法がそもそもスバルっぽい奴ですしね。詳しくはNovel内のクロノ紹介文にて。

>犬吉さん
そもそもクロノの見せ場が来るのかと(ぉ
まあ、それは置いておいて。
原作とはちょっと違った風になってくれると嬉しいなとは思っています。
具体的にどうなるかは新話以降をお待ちください~^^

>鎖さん
気合いで完成させました。それ以降ぜんぜん書けてませんけど(ぉ
クロノとフェイトの関係も原作とはちょっと変わるのかなぁ、と考え中。どうなるかはまだわかりませんw
なのはがSランク以上の技術を持っていることについては、きっとティアナは「あの人はもう人間じゃない…」って感じで納得したんだと思います。うん。

>カウさん
「お話聞かせて!(魔法でボコって言うこと聞かすの☆)」
「言葉だけじゃ、何も変わらない…(だから戦り合おうぜ、フゥハハハァー!)」

と、いうわけですね、わかります。
次回がいつになるかは皆目見当つかない状況ですが、お待ち頂けると幸いです。
次回以降のクロノの活躍にご期待ください!
雪乃こう 2009/02/10(Tue)10:37:42 編集
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