3-6
なのはとフェイト、それにユーノとアルフも連れて、俺たちはアースラの転送室に戻ってきた。
ここで直接艦橋に向かわないのは、フェイトとアルフがロストロギアを私的に保有しようとした現行犯であるからだ。立場がそうなっている以上、艦長がいる艦橋にそのまま連れていくことなどできない。
少なくとも、こちらが指定する服装と手錠をはめるなどの処置が必要だった。
「さて……早く行くぞ」
まだどこか急な展開に折り合いを付けられていない四人だったが、俺が歩き出せば自然とついてきた。まあ、掴んだままだったなのはの腕とフェイトの手を引っ張って歩き出せば、そうなるのは当たり前ともいえる。
そうして転送室の隣にある部屋(そこには取り押さえた相手を拘束する道具や服が置かれている)に入り、ロッカーなどから白一色の病院服のような服一着と、手錠を取り出した。
「ほら、これ」
「え、あ、ああ」
服の方をアルフに投げ渡し、着替えさせるように言う。ついでになのはにも手伝ってもらえ、と言い残し、俺はユーノの襟をひっつかんで部屋を出ようとする。
「あ、あのっ!」
けれど、俺がドアを開く前にフェイトから呼びかけられた。無視するわけにもいかず、俺は振り向いた。
フェイトは、なんだか泣きそうな顔をしてこちらを見ていた。
「あの……さ、さっきの雷は……」
そこまで言って、口ごもる。
続く言葉は何だったのか。「どこからきたものだったのか?」「誰からのものだったのか?」とそう言いたかったのか。
それとも、ただ否定してほしかっただけなのかもしれない。ひょっとしたら、あの雷を放ったのは私の知っている人じゃないのではないか、という甘い願望を認めてほしかったのかもしれない。
だがしかし、俺はそれに対する答えは一つしか持っていない。それはどうしようもない現実で、目をそらすことが出来ないものだ。
このあと、彼女は衝撃的な事実を知ることになる。できれば、少しでも安定した状態で受け入れてほしかったが……。聞かれて、答えないわけにはいかなかった。嘘を言っても、すぐにばれてしまうから意味がない。答えるしかなかった。
不安そうに瞳を揺らすフェイトを見据えて、俺はただ簡潔に告げた。
「――あの雷からは、プレシア・テスタロッサの魔力反応が確認された」
その言葉を聞き、驚愕した後、虚ろな表情となるフェイトから目をそらし、俺は部屋を出た。
何か言いたげなユーノは俺を見るが、しかし何も言いだすことはなかった。何も言わないならそれでいい。俺はアースラ内の医療スタッフを通信で呼び出し、すぐに来るように伝えた。その作業を終えると、そのままお互いに何も話さず、黙ってフェイトたちが出てくるのを待つ。
そして五分も待たずにフェイトが出てくる。その時には医療スタッフの女性が来ていたので、フェイトの身体検査とそれが終わったら手錠をはめるようにと指示を出して手錠を渡した。
その女性は武骨なそれを見て微かに眉をひそめたが、何も言うことはない。頷き、手錠を受け取った彼女は柔らかい笑みを浮かべてフェイトを医務室へと先導していこうとする。
その際、なのはたちがフェイトのことが心配だと言うので、フェイトの傍にいてやれと言ってやった。もちろん、それが終わったらすぐに艦橋に来るようにとは言っておいたが。
そうしてスタッフに先導されて歩いて行くフェイトたちを見送り、俺は足早に艦橋へと向かった。
俺の言葉で傷ついた表情を見せたフェイトの顔を脳裏に浮かべながら。
「遅れました、艦長」
「叱責は後にします。今は自分の職務を果たしなさいクロノ執務官」
「了解」
艦長席の横を抜け、すぐさまエイミィの隣――いつもの位置へとつく。お疲れ様、と笑顔でこちらを労うエイミィに、軽く笑みを返す。
フェイトが心配なことは確かだが……、それでも心が軽くなったような気がした。
さて。気持ちを切り替えよう。
俺は俺の仕事をこなさなければ、と気合を入れる。このあとに待つ決戦に備える意味でも、俺は自らの気をぐっと引き締めた。
庭園の扉前に立つ武装隊の姿をウィンドウで見ながら、俺は彼らへ通信回線を繋ぐようにエイミィに指示を出す。
「こちらクロノ。おっさん、隊の様子は?」
『おお、隊長か! いやなに、いつも通りだ。気合は十分、いつでも行ける!』
映し出された髭もじゃの熊男が自信満々に答えてきた。俺が隊にいない時、現場での指揮代行を任せている通称おっさんである。
その濃い顔と頼りがいのある大きな身体が特徴で、隊にまだ不慣れな頃の俺をフォローしてくれたりもしていた。執務官補佐であるエイミィとは別に、俺が頼りにしている男である。
「そうか。……おっさん、頼むぜ」
『了解! お前ら通信回線開け! 隊長から命令が下る!』
おっさんの一声で待機していた局員たちが一斉に回線をつなげ、そして再び沈黙する。
じっと佇む奴、早く行きたくてうずうずしている奴。色々な奴がいるが、その誰もが俺の一言を待っているのだと理解させられる。
(やれやれ、原作にこんな場面はなかった気がするんだけどな……)
<マスターの人徳というやつでは?>
内心の呟きが念話となってイデアに聞こえていたらしい。しかし、人徳か……。自分がそんな優れた人間だと思ったことはないが、それでも慕われているというのなら悪くない気分だった。
ちらりと母さんに目線を向ける。視線が交差し、母さんは首肯で俺の無言の問いに答えた。ならば、俺がすることは一つだけである。
「よし! アースラ武装隊諸君ッ!」
『はッ!』
一糸乱れぬ返礼を受け、俺はさらに声を張り上げた。
「目標はプレシア・テスタロッサの確保だ! 途中の罠には気をつけろよ! 全員突撃ッ!」
『了解ッ! お前ら行くぞ! 遅れんなよ!』
『おおッ!!』
雄叫びはその一回だけ。あとは無駄な言葉は一切話さずにおっさん達は一気に庭園内部へと雪崩れ込んでいった。
ここから先には恐らく罠や敵が待っているだろうが、こちらにはレーダーがある。大きな魔力反応を目指せばいいのだから目的地を見失う心配はない。二つある巨大な魔力反応のうち、さっき海鳴からジュエルシードが持ち去られた瞬間に現れた一方。そこにプレシアがいるのは間違いないのだから。
少しずつ、しかし順調に進んでいく武装隊員たちの様子を眺めていると、自分もあそこに混ざりたいという欲求が湧きあがってくる。あそこで、仲間と共に戦えたら、どれだけ爽快だろうか。事件の中で不謹慎だとは思うが、ついついそんなことを考えてしまう。
言うなれば、仲間外れにされた気分といったところか。このあとに控える戦いを知る俺は、ここで出ないのが正しいとわかってはいるのだが、それでも同じ釜の飯を食った仲間が戦っている中で自分が見てるだけというのは何とも言えない気持ちだった。
そんなふうに考えていると、横でエイミィが小さく笑っているのに気がついた。こんな時にどこか笑える要素でもあっただろうか? たった今自分の欲求に従って戦いに行きたいと思っていた自分もおかしいとは思うが、エイミィの場合はなぜだろうか。
俺が不思議そうな顔をしていると、こちらに目線を向けたエイミィがそれに気がつく。すると、エイミィはこほんと小さく咳払いをして笑いを収めると口を開いた。
「ん……いやぁ、クロノ君ってわかりやすいよねぇ。自分も行きたいって思ってたでしょ?」
「うっ」
まさに言うとおりだったので、思わず言葉に詰まる。
ってか、なんでわかったんだ? やっぱり士官学校からの付き合いは伊達じゃないってことか?
≪マスターにサトラレ疑惑が浮上した件≫
「ありえないだろう常考」
≪ありえないなんて事はありえ≫
「グリード乙」
皆まで言わせるものか。
「仲がいいねー、二人とも」
エイミィが感心したように言うが、まあ同類同士の会話ですから。
というか、いつからイデアはこんな奴になってしまったのか……。ああ、俺がこの世界のことを調べてくれなんて言ったからか。いや、けどまさかデバイスがOTAKU文化に染まるなんて思わないでしょ普通。
なんて、そんなやり取りをしていると、艦長席の母さんがパンパンと手を叩いた。
「はいはい、和やかな空気はそこまで。今は非常時なんだから、もう少し集中なさい」
「は、はい!」
「了解」
≪了解です≫
エイミィ、俺、そしてなぜかイデアも返事を返し、再びウィンドウに神経を注ぐ。まあ、喋っている間もしっかりチェックはしてたんだけどな。さすがに放り出すほど馬鹿じゃない。
で、実際におっさん達がどうなっているかというと、さっきから最短経路を突き進み、一人の欠員を出すこともなくプレシアがいるだろう主広間前までもうすぐ辿り着くところまで来ていた。さすがは、アースラの誇る武装隊である。
隊長として鼻が高い。まあ、俺が何かしたってわけじゃないけど。
と、そんな時だ。俺たちが今いる所より一段上――つまり艦長席の後ろにある転送ポートから新たに人がやってくる。言うまでもないが、なのはとフェイト、ユーノとアルフの四人である。
見れば、フェイトの手には手錠が付けられている。改めて見ると、小さな女の子の腕にあんなものがはまっているのは、あまりいい気分がするものではなかった。
なのは達に付き添われながら俯いて立つフェイト。それをどこか危ういと思ったのは俺だけではないだろう。母さんも同じくそう思ったのか、今は非常時だと言ったさっきの張り詰めた声ではなく、どこか優しげな声音でフェイトに話しかけた。
「はじめまして、フェイトさん」
しかし、フェイトがその言葉に反応を示すことはなかった。ただ、手に握られたバルディッシュを見つめるだけだ。
<……やっぱり、平静ではいられないわよね>
実の母親に攻撃されたとあっては。
それを言外に含ませながら、母さんは念話でそう呟いた。
更に言えば、フェイトには攻撃しておいて、ジュエルシードは余すことなく持ち去っているのである。これはどれだけ言葉を飾っても“捨てられた”に近い状態だと言わざるを得ない。
それが分かるから、母さんも辛いのだろうと思う。
<お母さんが逮捕される瞬間を見せるのは忍びないわ……。よければ、なのはさん>
<はい>
リンディに話を振られ、なのはは当然とばかりに頷いた。
その瞳はフェイトを思う気持ちが表れているように、強い輝きを放っていた。ただの幻想なのかもしれないが、少なくとも俺にはそう思えた。
「フェイトちゃん、よかったらわたしの部屋に――」
『隊長! 着いたぜ!』
なのはの言葉を遮るように、おっさんからの通信が入る。それを聞いて、フェイトが顔を上げてウィンドウを見た。
仕方ない。俺はおっさんに通信を繋いだ。
「わかった。……全員突き進め!」
『了解ッ!』
俺が言うのとほぼ同時なんじゃないかという時間差で、主広間の大きな扉が打ち破られる。
ウィンドウに映るのは、暗い色で統一されたその広間。いや、ただの広間というには豪奢にすぎる装飾類は、どちらかというと城の一室のようである。部屋の奥に備え付けられた玉座からすれば、さしずめここは王に謁見する間ということになるか。
事実、その玉座にはこの庭園の主が泰然と座っているのだから、その表現が間違いだとは思えなかった。
『プレシア・テスタロッサ。あなたを時空管理局法違反の疑いと時空管理局艦船への攻撃容疑で逮捕する。武装を解除して、こちらへ』
おっさんが普段の砕けた口調は微塵も出さずに、しかし強く力を込めてプレシアへと武装解除を促す。
だが、プレシアはそれに頷かない。それどころか、今自分が管理局員に囲まれていることも知らないとばかりに、一切の動きを見せなかった。
おっさん達現地にいる局員はじめ、俺達アースラにいるみんなも、あまりに動じないプレシアにどうしようもない違和感を感じる。
こういうとき、大抵の犯罪者は何か動きを見せるものだ。抵抗したり、逃げようとしたり、余裕ぶったり……。
それを俺たちは経験的に知っている。だからこそ、“何の反応もない”というのは不気味ともとれる強烈な違和感であった。
『……おい、お前らは奥へ行け』
『はい』
玉座に座ったまま動かないプレシアを警戒しつつも、おっさんはやるべき仕事を果たすために部下たちに指示を出す。
プレシアを確保すること以外にも、証拠物件の差し押さえや状況検分など、やることは山ほどあるのだ。こちらが受けた魔法との魔力検査を行うだけで十分罪を問うことはできるだろうが、正確に事件を把握して立件するには証拠品のような様々な要素が必要となるのである。
ゆえに、突入班には当然そういった物品などの捜索任務も与えられる。それがわかっているからこそ、おっさんの指示に隊員たちはすぐさま了解を示し、行動に移った。
プレシアのほうを警戒しつつも、玉座の裏側――奥へとつながる扉へと駆けて行き、隊員たちが扉の前に立つ。その様子をアースラから見つめているみんなにも緊張が走る。
俺も、唾液を呑み込んで見守る。俺の知識が正しいならば、きっとあそこに居るはずだ。果たして“居る”と表現していいものなのかどうかは、わからないが。
扉が開かれる。
まずは比較的狭い一本道が目に入る。両側の壁には、長い間放置していたことが分かる、ボロボロな状態のいくつもの太いパイプの群れ。
そして――、
『な、なんだ……?』
「あれ、は……」
「うそ……」
「な、なんで――!?」
もはや誰のものなのかわからない、困惑の声がところどころから上がる。
「フェイト……ちゃん……?」
細い一本道を進んだ先。部屋の中央あたりでぼんやりと淡い緑の光を放つ液体が入った巨大なシリンダーの中に。
フェイト・テスタロッサ瓜二つの少女がたゆたっていた。
(アリシア・テスタロッサか……)
本当にフェイトによく似ている。いや、フェイトのほうがクローンになるのだから、正確にはフェイトがアリシアに似ているというべきだろうか。
ちらりとフェイトを見る。
フェイトは、今自分の目に映っているものが何なのか理解できないという面持ちで、ただ茫然と目の前のモニターを見つめていた。
『――ッ、おい待てッ!』
思わず誰もが言葉を失う中、唐突におっさんの叫び声が響き渡る。
はっとして何があったのかを問おうとするが、その前におっさんが叫んだ原因がわかる。
あのシリンダーの前に、玉座に座っていたはずのプレシア・テスタロッサが転移してきたからだ。
『私のアリシアに近寄らないで……』
不快極まりないというように顔を歪めて、一歩踏み出していた局員を彼女は魔法で吹き飛ばす。
攻撃を受けたことで、局員側に武力での制圧許可が自動的に下りる。局員たちは一斉にプレシアに向かって魔法を放つが、それがプレシアに届くことはなかった。さすがは大魔導師とまで呼ばれた人物だと言わざるを得ないだろう。
『邪魔よ』
「危ない! 防いで!」
プレシアが魔力を集めたことに気がついた母さんが咄嗟に叫ぶが、言われたとおりに防御を行えたものはごく少数だった。
大魔導師の手から放たれた雷が局員たちに襲いかかる。それによって、多くの者が一気に倒された。
防御行動をとれた少数にしても、防御をした上から昏倒させられた者も多い。
残ったのは、おっさん含めてわずか三人だった。しかも、三人ともかなりダメージを受けている。
「いけない! 局員たちの送還を!」
「は、はいっ!」
母さんの指示を受けて、エイミィ以下アースラスタッフが慌ただしく動き始める。
ダメージを受けたままの三人ではプレシアの相手にはならない上、あちらの攻撃には非殺傷設定が使われていない。局員たちが昏倒で済んだのは、恐らくプレシアの身体が弱っているせいで強力な魔法が使えないせいだろう。
だが、いくら常より弱めの攻撃といっても二度も食らえば死もあり得る。今のうちに皆を回収してしまうのは当然のことだった。
『たい、ちょう……すまん……』
「気にするなよ、おっさん。あとは俺たちに任せとけ」
『ああ……頼む』
その会話を最後に、庭園内から局員たちの姿が消える。今頃は転送室に送られて医療スタッフが対応に追われているだろう。
「………………」
まあ、ああしてみんなが倒されるのは分かっていたんだけどな。けど、改めて目の前で見せられると、意外とこう……ムカつくもんだね。
殺傷設定で魔法を撃つ必要がある状況というのは、わかる。俺だって、そんな攻撃に晒されたことはあるからだ。向こうにも、必死の何かがあるってことは、わかる。
けど、感情が納得しない。俺のことを隊長と呼んで慕ってくれる連中が、ひょっとしたら殺されていたかもしれない。そしてそれをしたのが、目の前の奴だというのは、さすがに俺もちょっと頭に来た。
今まで散々犯罪者を捕まえてきた俺が、自分が奪われるのは我慢ならないと叫ぶのはいかにも滑稽だが、それでもやはり感情が納得しなかった。
<なあ、イデア。矛盾してると思うか?>
<……いいえ。マスターは彼らとは違い、一度も人を殺したことはありません。殺して奪った彼らと殺さずに奪ったマスターでは、全く違います>
<……そうかい>
慰めかもしれないが、それでもそう言ってくれるイデアの存在は有難かった。なんだか最近はフザケた感が否めなかった奴ではあるが、やはり俺の相棒はコイツなんだと思わせてくれる。
俺は再び視線を上げ、画面内の庭園の様子に目を向ける。
『時間がもうない……。たったこれだけのジュエルシードでアルハザードに辿り着けるかはわからないけど……』
ウィンドウの中で、アリシアが収められたシリンダーに触れながらプレシアが独白している。その様を眺めながら、俺はフェイトを見た。
フェイトは、もうただ無言で画面を見つめるだけだった。
『でも、もう終わりにするわ。この子を失くしてからの暗欝な時間も……この子の身代りを娘扱いするのも……』
そこまで言って、ずっとアリシアだけを見ていたプレシアがこっちを向く。視線がフェイトと交錯した。
『聞いていて? あなたのことよ、フェイト』
「――――……ぇ」
何を言われたのか分からない。目を見開き、フェイトはプレシアを見つめた。
プレシアは薄ら笑いを浮かべている。
……なにが、可笑しいというのだろうか。
『せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずで、ちっとも使えない私の……お人形……』
……それが、薄ら笑いを浮かべながら言うことなのか。
もう何も考えずに奴の顔にこの拳を叩きつけることが出来れば、どれだけいいだろう。そんなことを考えながら強く拳を握り、目の前の女を睨みつける。
たとえこの敵意が今は奴に届かないとしても、到底我慢することなどできなかった。
「……最初の事故の時にね。プレシア・テスタロッサは実の娘アリシア・テスタロッサを亡くしているの。そして、彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる……人造生命の生成――」
エイミィが肩を落としながら辛そうにその事実を話す。そんなエイミィの様子を見て、俺も少し頭が冷えた。エイミィがこれだけ辛そうにしているのに、俺だけ向こうみずに怒りを抱えているのは、男として情けないと思えた。
エイミィの横に立ってその肩に手を置き、最後は俺から話すと告げる。やはりエイミィ自身話すのが辛かったのか、ありがとうと言って小さく笑った。それに応えるべく、俺は口を開く。
「それから死者蘇生の秘術もだ。それらの研究の名が“Project F.A.T.E.”――つまり、フェイトの名前の由来になった」
『そうよ。よく調べたわね』
ごく当たり前だとばかりに簡単に頷くプレシアに、怒りが募る。
自分の名前がただの開発コードだと告げられるのが、どれだけフェイトを傷つけるか。エイミィだって、話すだけでも辛そうにしていたというのに。
それを、なぜ何の感慨もなく頷くだけで片付けられるのか。
『でも、駄目ね……。所詮作り物は作り物……失ったものの代わりにはならない。アリシアとは比べるべくもない……』
フェイトから視線を外し、ただアリシアが浮かぶシリンダーを撫でる。それは壊れ物を扱うかのような、優しい手つきだった。
『アリシアは、もっと優しく笑ってくれた。アリシアは時々わがままも言ったけれど、私の言うことはとてもよく聞いてくれた』
プレシアは本当に幸せそうに自らの娘のことを懐かしむ。それこそ、フェイトのことなど眼中にないと見せつけるように。
「やめて……」
そのあまりな仕打ちに、たまらずなのはが声を漏らす。
その気持ちはよくわかる。うつむき目を伏せたフェイトの姿は、あまりにも小さく見えた。
『アリシアは、いつでも私に優しかったわ……。フェイト、やっぱりあなたはアリシアの贋作。ただの作り物……。せっかくあげたアリシアの記憶も、あなたじゃ全然駄目だった』
プレシアは言葉を続ける。
なのはの声が聞こえていないわけではないだろうに、まるでそれを告げることが義務であるかのように淡々と話し続ける。
再度のなのはの制止の声も当然のように無視をして、プレシアはただフェイトを見る。
『アリシアを蘇らせるまでに、私が慰みに使うだけのお人形……――だから、もういらない。どこへなりとも消えなさい!』
どれもこれも、娘に対して言う言葉じゃない。
俺はエイミィに後のことを任せることを伝え、艦長席傍へと向かう。もういくらなんでも我慢出来ん。
「お願い、もうやめて!」
なのはの言葉には激しく同意だ。だが、プレシアはそんなことを素直に聞くわけがない。
『いいことを教えてあげるわフェイト。あなたを作り出した時から、私はずっとあなたのことが……大嫌いだったのよッ!』
これまでとは違う、はっきりとした嫌悪の感情を示され、フェイトは息を呑んだ。これまで犯罪行為と知りつつも、ただ母の為にと奔走していたフェイト。その愛情が、こうして最悪の形で慕っていた母から裏切られる。
それがあまりにショックだったのだろう。フェイトの身体から目に見えて力が抜け、その場に頽れた。その手に握られていたバルディッシュも、甲高い音を立てて床に落ちる。あれだけ頼りにしていた相棒だというのに、フェイトにはそれを拾う気力すら残っていないようだった。
何も映さず、絶望した目がどことも知れぬ何処かを見つめている。そんなフェイトになのはが寄り添う。それでも、フェイトが反応を示すことはない。
そのフェイトの様子を見た瞬間、俺はプレシアを完全に敵として認識した。
<――イデア>
おちゃらけた雰囲気なんぞ欠片もない。俺はただ簡潔に相棒にその決意を伝える。
<アイツはムカつく。一発ぶん殴るぞ>
<Yes. You call the shots,my master(はい、マスターの仰せのままに)>
俺の様子を見てイデアもどれだけ俺が頭に来ているのかがわかったのだろう。同じく真剣な声音で俺に応える。
いずれは知ることならば本人から、と思ってこの場に来るようにしたのだが、よもやこれほどひどかったとは。原作知識のある程度はメモってあるのだが、さすがに一期の細かい台詞とかまでは覚えていなかったので、こんなにキツイとは思っていなかった。
もしくは、テレビ越しに見るのと目の前で見るのとでは全く違うということだろうか。テレビで見ていた時はここまでの怒りは感じていなかったように思う。
いずれにせよ、結局は俺が浅はかだったのかもしれない。とはいえ、そもそもプレシアがフェイトのことをきちんと娘として扱っていればこうはならなかったわけだから、怒りが収まるということはないが。
俺の思考とは別に、状況は進んでいく。
プレシアがいる時の庭園内部から複数の魔力反応が現れる。伏兵、あるいは罠といったところか。武装隊がプレシアまで辿り着いたのがどうにも順調すぎるとは思っていたが、こういうことか。
より重要な儀式を邪魔されないための数の壁。おっさん達武装隊員に使うよりも、主力である俺達が来ることを考えて残しておいたのだろう。かなりの数の敵兵の存在がレーダーから窺えた。
その数とAランクは下らない魔力値を持つ敵の存在、そして急速に動き出した状況に慌ただしく対応していくアースラスタッフ。そんな俺たちを尻目に、ウィンドウの中のプレシアはアリシアの入ったシリンダーを宙に浮かせて、ゆっくりと歩いていた。
「何をするつもりなの……」
力強く悠然と歩くプレシアを睨みつけながら、母さんが静かに呟く。プレシアはその言葉が聞こえたのか、ぴくりと少しだけ反応を返した。
『私達の旅の邪魔をされたくないのよ』
さっきの主広間――玉座の前に辿り着いたプレシアは、大きく腕を広げて唇の端を吊り上げる。奪い取ったジュエルシードがプレシアの前に現れ、さらにプレシアは哄笑する。それは、紛う方なき狂気の笑みであった。
『私達は旅立つのよ……忘れられた都“アルハザード”へ!』
言葉と共にジュエルシードが強く光を放ち始める。プレシアの魔力がジュエルシードへと注がれている証である。
やがて臨界を迎えたジュエルシードは、ついにその能力を発動させる。
『そして取り戻すのよ……あんな過去じゃない……失われた全てを!』
瞬間、アースラが大きく揺れる。ジュエルシードによって時空間ごと揺らされているのだ。
「次元震が発生! 中規模以上です!」
ついに始まったか。
オペレーターからの報告に、俺は気を引き締める。
「振動防御! ディストーション・シールド展開!」
母さんが報告を受けて各所に指示を出していく。どんどんと寄せられる情報に、それぞれ的確に命令を下す母さんの背中を見つめ、その背中に俺は踵を返した。
<いくぞ、イデア>
<了解です、マスター>
艦長席のすぐ後ろ。そこにある転送ポートを目指す。ここからでもあそこには行ける。さっきから色々と腹に据えかねる言葉ばかり聞かされたんだ。さっさとこのストレスを解消したい気分だった。
歩き出した俺の先には、艦長席と転送ポートの間でへたり込むフェイトとそれに寄り添うなのは達がいた。フェイトの瞳には、さっきの決闘の最中にこれでもかと輝いていた光がない。諦めきったような、虚無だけがそこにあった。
「クロノくん……」
近寄れば、なのはが俺に気づいた。
なのはもさすがにあれだけの悪意を目の前にして、それなりに堪えているようだった。フェイトという友達になるんだと言っていた子が、目の前で傷つくのを見ているのも辛かっただろう。
少しだけ彼女に笑いかけ、俺は足元に転がっていたバルディッシュを拾い上げた。
フェイトにも何か声をかけたほうがいいんだろうか。考えるが、いい言葉が思い浮かばない。こんな時にどんなふうに話しかければいいのか。俺には思いつかなかった。
「……“人生はいつだって、こんな筈じゃなかったことばっかりだ”」
だから、他人の言葉を借りて話しかけた。これは、俺ではないクロノの言っていた言葉で、結構心に残った言葉である。
いつだってそうだ。こんな筈じゃないことなんて山ほどある。俺だって、母さんだって、なのはだって、誰だって、そうなんだ。
「これは、俺が知っている奴の言葉なんだけどな。結構正しいと思ってる。人生、生きてれば色々ある。俺だってまだ十四だが、父さんはもう死んでるし、俺自身についても最初は執務官どころか魔導師になろうとすら思っていなかった。それが今じゃ管理局の執務官だ。まったく、何があるのかわかったもんじゃない」
わざとらしく肩をすくめるが、フェイトがそれに反応を返すことはない。俺はそれを気にすることもなく、しゃがんでフェイトの頬を手で挟み込んで無理やり目を合わせた。
「……父さんが死んだ時は辛かった。いつだったか地面の下に閉じ込められた時は怖かった。死ぬかもしれないと思ったことだって、何度もある。――けどな、それでもいま俺は生きてる。生きたいと俺が強く思い続けてきたからだ」
フェイトの目を見て、生きたいと思ったその理由を逃さずに伝える。これでフェイトが何かを感じてくれればそれでいい。尤も、今の俺にとっては至極当たり前だったと思えることではあるのだが。
――最初はただ生きてた。次に、原作のクロノの代わりとして生きなきゃと思った。次第に、原作のクロノではなく“俺というクロノ”を受け入れてくれる周囲の皆に気がついて、その思いを裏切れないと思った。
だから、生きようと思える。
「お前は俺と似ている。……昔の、俺はソイツの代わりでしかないと思っていた俺と」
ぴく、と微かにフェイトが反応を返す。
俺は畳みかけるように言葉を投げかけた。
「けど、俺はそれを乗り越えたぞ。周りの皆が、“俺というクロノ・ハラオウン”を信じてくれていることに気がついたからだ。……お前はどうだ。アルフや、なのはや、ユーノや、俺は。お前のことをアリシアの代わりだとは思っていない。“お前はフェイトだと知っている”」
そこまで言って、フェイトの顔から手を離す。代わりに、拾っておいたバルディッシュを未だに虚ろな彼女の手の中に握らせた。
ぼうっと虚空を映していた瞳が、手の中の金色の宝石へと移る。
「お前を信じる俺を信じろ、なんて何処かの誰かが言っていたけど、似たようなもんだ。――俺達はお前がお前だと信じている。その信頼に応えるのか応えないのかは、お前次第だけどな」
立ち上がり、今度こそ転送ポートを目指す。その上に立って、母さんに声を掛ける。
「艦長! 先に行ってます!」
振り返った母さんは、何やら諦めきった面持ちでひらひらと手を振った。その目は帰ったら説教だと物語っている。まあ、命令される前だからこれも違反っちゃあ違反だからな。
だが、最後には母さんは溜め息をついて小さく笑う。
いってらっしゃい。
その口が小さくそう動いたのを確認して、俺はアースラから時の庭園へと向かった。
武装隊が最初に転送された場所に立つ。そして、俺の目に飛び込んできたのは庭園内へとつながる巨大な扉と、それを守るようにして群がっているデカい鎧の大群だった。
俺という侵入者を認識したのか、なんだかやる気を出してこっちに向かってくる鎧たち。ズシンズシンいいながら動く鎧を前に、俺はその存在を特に気にかけずに溜め息をついた。
「はぁ……。大したことを言えない自分が嫌になるな」
≪そうですか? 立派なことを言っていたと思いますが≫
俺の愚痴に律儀にフォローをしてくれるイデア。嬉しいが、イデアのそれは勘違いというものだ。
「あれは、俺の言葉じゃない。他人が言った借り物の言葉を都合がいいから使っただけさ」
お前を信じる俺を信じろ、か……。俺もあれぐらいカッコよければよかったんだけどな。とてもじゃないが、素であれほど心に響く言葉が俺に捻り出せるとは思えん。
≪それでもいいじゃないですか。その言葉をその誰かではなく、その時マスターが言ったということが大切なんですよ≫
「……そんなもんかねぇ」
≪そんなものです≫
そんなもん、なのか? それならそれで……まあ、いいのかね。
……微妙にイデアに誤魔化された気がしないでもないが、そうこう言っているうちに鎧のデカブツが結構接近してきていた。とりあえず、それについては後にしておけってことか。
というわけで。今は目の前の邪魔者を突破して、あのオバサンのところに辿り着くことだけを考えることにしよう。
「――よし、いくぞイデア」
≪Yes,my master≫
鎧連中に向き直り、純白の装甲が包む両腕を構え、腰を落とす。右拳は左よりも後ろに引き、より力を込められるよう体勢を作った。
更にアクセルモードを起動。加速を生み出すための爆発を起こす魔力が両足へと注がれる。
――近接戦が主体の俺には、広域戦闘技術はない。それに、精密な技巧があるわけでもないので、細かく魔法を操作することも苦手だ。というか、もし出来るなら今頃俺は原作のクロノよろしく総合でランクを取っているはずである。
出来ないからこそ、俺は近接スキルを磨き続けてきたのだ。一対一での戦闘はそれゆえ俺の専門分野といっても過言ではない。
本当ならここで最低限の戦闘だけをこなして進みたいところだが、あとからたぶんなのは達も来るだろう。彼女らのことを考えれば、この場の敵を少なくしておくことは無駄なことではないと俺は考える。
というわけで、ここでこいつらは片付けてしまおう。
こちらに向かってくる敵兵をギリギリまで引き付ける。もはやあと数メートルというところまで近づいてきている。しかし、俺は動かない。
機械で出来た剛腕が振りかぶられる。それを目で見て確認し、それが振り下ろされんとした瞬間、
俺は一気に空へと飛びあがった。
眼下には俺という小さな一点に揃って向かったせいで、鎧達のほとんどが一か所に集まっている。そこめがけて、俺は拳を強く握り込んだ。
「鋼拳一徹ッ!」
≪Knuckle Burst≫
そのまま一直線に真下へ降下。俺に向かって拳を振り下ろそうとしたデカブツへとぶつかるが、一瞬の抵抗の後にその鎧を突き抜けて地面へと拳が突き刺さる。
瞬間、魔力が大爆発。周囲を囲んでいた多くの鎧がそれに巻き込まれ、その数を減らしていく。
地面を削り取ったことによる粉塵が辺りに巻き起こり、俺の姿を隠す。今の爆発でできた小さなクレーターの中心で、俺は微妙に痛い思いをしていた。
(つつ、しまった……自分の魔力なんだから、BJじゃ無効化できないんだっけ)
どこぞのセイバーのごとき耐魔力を持つ俺のBJだが、“魔力遮断”の特性上自分の魔力は打ち消せない。よって、俺も今の爆発でダメージを受けてしまった。元々のBJがあるのでちょっと痛い程度だが、自分のうっかりには呆れるしかない。
≪何をやってるんですか≫
呆れ気味に言うイデアにも言い返すことはできなかった。
「う、うっさい! それより行くぞ!」
≪了解≫
粉塵で作られた煙幕から飛び出し、まだ残っていた敵の一体へ的を絞る。拳の両側面の溝から螺旋状の突起――ドリルが2本現れ、それを俺はその敵に向かって伸ばす。
ざっくりと鎧を突き抜けたドリルによって、動きを封じられた鎧がもがく。突き抜けたドリルは先端に仕込まれた鉤爪によって鎧に固定される。
俺は軽く飛び上がり、ドリルをデバイスに戻そうとする。しかし、ドリルは鉤爪で固定されている。となると、どうなるか。
機械尽くしで地面にいる鎧と、若干14歳の人間で空中にいる俺。どちらの体重が重いのかは言うまでもなく、そこに重力が加われば、答えは簡単だ。
空中にいる俺は、勢いをつけて鎧の方へと引き寄せられていく。
「ライダーキ――ック!」
足の魔力を強化させて、足で鎧を打ち倒す。爆発する前にすぐさま移動。そして残った十数体の鎧に関しては両手のドリルをそれぞれ伸ばして頭だけを撃ち抜いておく。
わかりやすく目が光っていたのであそこにメインカメラがあるんじゃないかと思ったんだが、思ったとおりだった。魔法文化圏のくせに妙に機械にこだわるからこうなる。頭を潰された奴らはうろうろとそこら辺を彷徨い始めた。
ふん、根性のない奴らめ。少しはアムロを見習えってんだ。
それ以外の小さめの奴はまだいくらか撃ち漏らしていて残っているが、まあ最初に比べればだいぶ減ったし問題ないだろう。
これぐらいにして、そろそろ進むこととしよう。
「というわけで、今度こそ突撃だ!」
≪はい。行きましょう≫
俺はでかい扉の中へと入り、やたら天井が高い回廊を飛行魔法で進んでいく。時折現れるデカブツや小さい奴らは、無視したり適当にかわしたり倒したりといった対処をして問題なく歩を進める。歩いてはいないけど。
エイミィから常に送られてくるデータを脳裏に描く。プレシアがいると思われるポイントはここから11時方向に斜め下あたり。
となれば、俺がとる選択は決まっている。
「よーしイデア! プレシアがいる場所の真上を算出しろ!」
≪……何を考えているのかわかりましたよ、私は≫
なぜそうも呆れ気味に言うかね、失礼な。
道沿いにいるであろう敵の相手をして魔力と体力が少しずつ削られていくよりも、一気に大火力でぶち抜いていった方が魔力的にも時間的にも効率がいいと判断したからこその案なのに。
さすがに一気にプレシアの目の前とまではいかないかもしれないが、その少し上ぐらいまでならたぶん行けると思う。俺の保有魔力と能力を考えればたぶん大丈夫。最悪、カートリッジもあるしね。使うの止められてるけど。
≪――出ました。ここから七十メートルほど奥の一室がちょうど真上ですね≫
やれやれと言いたげだったイデアも、しっかりと仕事をこなしてくれていたようだ。
庭園内のおおまかなマップと、その上に目的の部屋が赤い光点で示される。
イデアに感謝しつつ、そのマップに沿って進んでいく。回廊を埋める敵たちをかわしつつ、その部屋まで一直線に向かった。
ほどなくして俺はその部屋の前に辿り着き、扉をぶち破ろうとしたのだが――ふと、あることに気がついて思わずブレーキをかけて床に降り立った。
「“Study”――書斎、か?」
扉に埋め込まれた古ぼけた金属プレート。そこに刻まれた文字は確かにミッドチルダ言語で書斎と書かれていた。
≪プレシア・テスタロッサのものでしょうか?≫
「……たぶん、そうだろうな」
この庭園の主であるプレシア以外にここを使うような人間はいないだろう。
そもそもここに住んでいるのはプレシアとフェイトとアルフと……ええと、リニスだっけ? 昔にそんな使い魔がもう一人いただけだ。フェイトとアルフが使うとは考えづらいし、プレシアの使い魔が書斎を頻繁に使うのもおかしい。
自然に考えるならこれはプレシアの部屋なのだろう。
「――……入るか」
ガチャ、と金属が擦れ合う独特な音を鳴らして、扉が開かれる。
なんだか変に神妙な気持ちになりつつ、俺は部屋の中へと足を踏み入れた。
「………………」
中はひどく荒れていた。
本棚には多くの本が収められているが、思い出したように空白部分があって、どうにも統一感がない。作業机の上は紙とペン、それからいくつもの本が雑多に折り重なって置かれていた。
それは床の上にも言えることで、紙や本、それ以外にもインテリアの小物までもが床に散らばり、まるでこの中で嵐が起こったかのように散らかりようである。
しかし、不思議とここに人がいたのだという雰囲気は残っていた。間違いなく、かつてはここで何かしらの作業をしていたのだろう。研究か、それともただの読書か。
「……なんか、随分とアナログな書斎だな」
微かに見える床は絨毯、壁はシックな薄茶色。机と本棚は木製、椅子は革張りときたもんだ。魔法と科学の世界出身とは思えないほどノスタルジックな内装である。
≪そうですね。しかし、こういった部屋の方が落ち着いたのでは?≫
「まあ、その気持ちは分かるけどな」
本局の執務官室なんかは四方がメタリックカラーに囲まれていて落ち着かない。もし部屋の内装を弄ってはいけないという規則があったら、きっと気の休まらない部屋になっていたことだろう。
それを思えば、この落ち着いたデザインにする気持ちも分かる。俺は本や紙の束を踏みつけながら、机の方へと足を向けた。
「ん?」
机の上を覗き込むと、机には備え付けでコンソールが付けられていた。やはり科学の利便性は捨てきれなかったようだ。効率を求めるなら当然のことであるが。
しかし、俺が本当に気になったのはそれではない。そのコンソールの上。そこに置かれた一枚のディスクだった。
本がまるで塔のように積まれている机の上で、この一画だけが奇妙な穴となっている。まるでこのディスクが特別だと言わんばかりだ。
ディスクのケースは既にかなりの埃をかぶっていて、真白になっている。俺はそれを手に取り、親指でぐいっと埃を拭いた。
そして、驚愕で目を見開く。
「これ……」
透明性を取り戻したディスクケースの中。そこに収められたディスクの表面に書かれた文字。
“Diary”
それは、恐らくはプレシアが書いたのであろう日記であった。
■
「それじゃ、フェイトちゃんのことお願いしますね、アルフさん」
「……ああ」
なのはに言われ、アルフはフェイトを抱えて医務室へと入る。それを見届けて、なのはは隣に立つユーノを見た。
ユーノが頷く。それに対してなのはも頷きを返し、アースラ内の通路を走りだす。少しでも早く、現地に向かうために。
「リンディさん! わたしたちも行きます!」
転送室までもう少し。なのはは艦橋に向かって一方的にそう伝える。それはリンディにしても予想済みのことだったため、彼女は簡単な指示を出してなのはが現地へ赴くことを認める。
そして転送室に辿り着き、さあいざ、というところで――、
『あ、ごめんなのはちゃん。ちょっといい?』
「エイミィさん?」
突然エイミィから通信が入り、なのはは何となく機先を制されたような気持ちになる。
何か言い忘れたことでもあったのだろうか。そう思っていると、エイミィはちょっと申し訳なさそうに口を開いた。
『いやー、クロノくんがなんか真っ直ぐにプレシアのところに向かってるっぽいんだけどね。一応、あの要塞の駆動炉も壊さなくちゃいけないんだ。なのはちゃんはそっちの方を担当してくれる?』
「あ、はい。わかりました」
『うん、ありがとう。それじゃ、うちの問題児ともども無事で帰ってきてね』
心配そうというよりは、頑張ってとでも言いたげな明るい口調でエイミィは言う。なのははそれに、笑顔で応えた。
「はいっ!」
『ん、いい返事だ。それじゃ、転送するよ』
「お願いします!」
転送ポートの上にユーノと二人で乗る。足もとの魔法陣が徐々に光を放ち始めた。その光を感じながら、なのはは目を閉じる。
(フェイトちゃん……)
あれだけ必死に、あれだけ一途に頑張っていたというのに、それを捧げるべき相手からあまりにも残酷な裏切りを受けたフェイトのことを思う。
何もかもに絶望し、何も映さない瞳が思い起こされる。それだけで、なのはは悲しい気持ちになった。
(クロノくん……)
そんな自分とは違い、彼ははっきりと怒りをあらわにしていた。しかしそれでも、フェイトに言葉を掛ける優しさも同時に持っていた。
あの言葉にフェイトは微かに反応していた。それがいい影響になってくれればいいと、なのはは思う。
クロノはそうして先に飛び出していった。フェイトに話し聞かせたあと、残るはあの庭園の中にいる人間だけだと言わんばかりに、脇目も振らずに、真っ直ぐと。
なら、わたしも。なのはは決意を新たにして目を開く。
フェイトに届いたかはわからないが、既に自分の気持ちは伝えた。出会ってからずっと、ずっと。友達になりたい。一緒にいたい、と。
なら、自分に出来ることはもうきっとない。だから、今はあそこに向かう。そして、やるべきことをやろう。全力で。
笑ったら可愛いに違いない新しい友達の為に。
(だから行こう。きっと、これが最後だから!)
無色の魔力光が身体を包み込む。若干の浮遊感のあと、なのはは自らが向かうべき場所へと飛び立っていった。
続
==========
あとがき
就職活動中になにやってるんだろう自分……・。
なんだか異様にテンション低い雪乃こうです。
この時期にSS書いてる自分に自己嫌悪。
悔しいっ、でも書いちゃう!ビクッビクッ
いい加減自重しようぜ私……orz
あ、そういえば明日は2月14日ですね。
バレンタイン(笑)
しかし、接近戦がメインだけど、プレシアに近づける場面が想像できね~
こっちは就活で第一志望のところを落ちました。やはり準備不足が痛かった。
ようやくドリルに出番が来ましたw
人相手に使ったら大怪我確定のシロモノなので、機械とか無機物相手にしか使えないんですよね。
チンク戦みたいに切羽詰まってたら別ですけど。
就活……同期なんですね。準備不足っていうのはわかります。というか、そどれだけ準備して行ったって足りなく感じますよね、絶対。
お互いに頑張りましょう。
>俊さん
プレシアの書斎で見つけたディスクは、おっしゃる通りフェイトにとって何かしらの意味を持つものになります。
それがどう影響するかは、またということでw
ちなみにヒロインはいまだ決まらずです。いったい誰にするのか……。今回……というか無印はフェイトのお話と言っても過言ではないですからこうなっただけで、ヒロイン確定ではないですよ。
けど、ヒロインそろそろ決めたいですねぇ。
まあそれでこそ熱血主人公。
だからこそ武装局員ともあんなにフレンドリーなんでしょうね。
一人で何でもできてしまうというのもそれはそれでストイックでカッコイイですけど、こういう真っ直ぐ過ぎるくらい真っ直ぐに突き進んでいる内に仲間達が増えていくというのも展開的に熱くて良いですね。
それにしてもプレシアの真上へ行くとは、ダイの大冒険のドルオーラで攻撃するシーンを想像してしまった。
後、プレシアの日記がこれからの展開をどう左右するか、期待。
カップリングで迷っているのが浮き彫りに^^;
うちのクロノはもう原作の面影がほとんどなくなってます。武装隊のおっさんについては、まあ話の流れ的にも自然に出てこれたんじゃないかなと思います。
好評なようで、そう言ってもらえると嬉しいですね。
ダイ大のドルオーラというと、ダイ君が真下から城の上部を吹っ飛ばしたシーンでしょうか?
確かにそんなノリだったかもですw
プレシアの日記についても、どうかお楽しみに~。
おk、いつかその台詞を使うだろうと期待してましたw
クロノは今からもう“兄貴”の立場ですね。……あれ? これって死亡フr(ry
忙しい時でも、好きなことやって気分転換するのは大切ですよ~。心のゆとりができると、また頑張ろうという活力にもなるかと。
次回も楽しみにしています。が、更新などは気にせず、気楽にやっていって下さい。ではでは~。
ついやっちゃんだ☆
いやあ、カミナの台詞は熱すぎですからね。まあ、使おうと思ったわけではなく、ぽんと頭に浮かんだわけですけど。
死亡フラグではないですよ。たぶんw
ゆとりを持たなければ、と思うんですけどね。
なかなか難しいものです。
次話もどうかご期待ください。それでは~^^
この記事にトラックバックする: |