3-4
フェイトは、なぜ今も母からこのような仕打ちを受けるのか分からなかった。
「……どうして、この程度のこともできないのかしら……」
気だるげに吐き出される言葉と共に、その手に握られた鞭が振り上げられる。それはすぐに勢いを伴って振り下ろされ、フェイトの身体を打ちつけた。
「あぅッ……!」
革の鞭が肌を勢いよく弾き、高い音が鳴る。フェイトはその痛みに耐えられず、苦悶の声を漏らした。
両の手は頭の上で括られ、足は地面についていない。フェイトは両手を拘束されたうえで吊るされているのだった。
「あぐ、あぁッ……!」
高い音が鳴るたびに、堪え切れない苦痛にフェイトは喘ぐ。その様子を、プレシア・テスタロッサは静かに見下ろしていた。
そしてあからさまに落胆したような表情を作り、もう一度鞭を振り下ろした。
「――うッ!」
フェイトはなぜこうして母に鞭打たれるのか、つい考えてしまう。
今回、確かにあれだけのジュエルシードを前にしながら二つしか持ち帰れなかったのは自分の落ち度だと思う。そのことについて怒られるのは、フェイト自身仕方がないと思う。
けれど――。
フェイトは記憶を呼び起こす。
最近の記憶で、褒められたという思い出がないことにフェイトは気がついていた。アルフが母さんのことを悪く思うのも、わからなくはないのだ。それは悲しいことだが、事実プレシアはフェイトのことを一度も褒めたことはないのだから。
昔。もっと昔は、笑ってくれたはずなのに。
かつての幸せな光景を脳裏に描く。青い空と暖かい太陽の光。草原で、花を摘んで笑いあう姿。
ずきり、と何故か頭が痛んだ。
「あっ、うぅ……!」
再び肌を打つプレシアの鞭。フェイトは何度も襲いかかってくる激しい痛みと、実の母がそれを行っているという事実に打ちのめされ、だんだんと意識が朦朧とし始めていた。
それを感じ取ってこれ以上は無駄だと思ったのか、それとも単に飽きたのか。プレシアはフェイトの両手の拘束を外し、鞭もその形状を変化させて彼女愛用の杖へとその姿を戻した。
唯一両手の拘束によって吊るされていたフェイトは、その支えを失って床に崩れ落ちる。
もはや自分の身体を支える力も残っておらず、フェイトは頽れたまま荒い呼吸を繰り返すだけだった。
そんなフェイトを冷たい眼差しで見降ろし、プレシアは尊大な物言いでフェイトに声を掛ける。
「フェイト……。まだまだ足りないわ……、もっと、もっと……もっと必要なの。わかるでしょう、フェイト……」
そんなプレシアの声に、フェイトは力を振り絞って向き合おうとする。しかし、その意志に応えたのは首から上だけだった。顔だけをプレシアに向けて、下から見上げる。
目はうつろで、フェイトの目に映るプレシアの姿は滲んでいた。
「は、い……かあ、さん……」
掠れた声で何とか返事を返す。フェイトは、母の言葉にだけは答えたかった。
しかし、プレシアは何も変わらず。表情も少しも動かない。
「早く……早くしなさいフェイト……いいわね」
フェイトはそれにも返事をしようとするが、それを待たずにプレシアは踵を返して部屋の奥へと歩いていった。
大きな悲しみがフェイトの心に迫るが、母から任された願い事のことを思い、ぐっと我慢する。
今は周りのことが目に入っていないだけ。私がジュエルシードを集めれば、きっと母さんは前みたいに笑ってくれる。
フェイトはそう信じているのだった。
プレシアの姿が見えなくなる。それを待っていたかのように、フェイトの意識もすーっと消え失せようとしていた。
意識がなくなる間際に浮かぶのは、友達になりたいと言った少女の姿だった。ずっと自分の邪魔をしてきた、けれど憎めない、きっととても優しい子。
(なまえ……なんだっけ……)
聞いたことがあるような気がするのに、思い浮かばない。大して気にも留めていなかったことを、フェイトはなんだか悔しく思った。
(そう、いえば……)
あの人。
母さんが私に向かって落とした雷を、代わりに受け止めていた人。アルフはもともとあの雷はあの執務官を狙ったものだったと思っているみたいだけど、本当はそうじゃないことを私は知っている。
だって、雷から感じられた魔力は母さんのものだった。そして、私はそれをあの執務官が現れる前から感じ取っていた。
だから、あの執務官が狙われたわけじゃない。
(すまん、って、言ってたっけ……)
私を助けたんだとしたら、やっぱりあれは私を狙っていたんだろう。母さんの言う通りに出来ない、悪い子だから。
ああ、そういえば、あの人の名前も聞いたことがあったような気がする。
けれど、やはりフェイトに思い出すことはできなかった。
あの二人の名前はなんだったっけ。フェイトは最後にそれだけを考えていた。
そして、アルフが大きな音を立てて扉を開き部屋に乗り込んできた瞬間、限界が訪れたのだろう。フェイトはついに意識を手放した。
気を失ったフェイトを楽な体勢で寝かせた後、アルフはプレシアが向かったと思われる地下空洞へと向かっていた。一度だけアルフはその場所を見たことがあり、場所は覚えていたので、全速力でそこに向かう。
そしてその目的地と通路とを隔てる壁まで辿り着く。しかし、アルフの目の前には扉はない。それでもアルフは構わなかった。この向こうにアイツがいる。それだけの事実があれば十分だった。
思いっきり拳を振り上げ、魔力を纏わせる。そしてそれを彼女渾身の豪力でもって壁へと叩きつけ、破砕音を轟かせて目的の奴との間に立ち塞がる障害を取り除いた。
それだけの大技を為したというのに、アルフには感慨など欠片も湧かない。ただ衝動に任せるままに突き動くだけである。
そう、アルフは完璧なまでにキレていたのだ。
「――っらぁぁぁぁぁああああッ!!」
骨が軋みを上げるほどに握り込まれた拳がプレシアへと叩きつけられる。フェイトの母親であることなど、気にもならない。ただ、心優しい自分の御主人様を目の前の女が心身ともに踏みにじったことが許せなかった。
しかし、アルフの拳はプレシアまで届かない。プレシアは身体に病を抱える身ではあるが、大魔導師とまで言われた人間である。たかが使い魔の一撃を防ぐなど、バリアの一枚も張ればどうということもなかったのだ。
自分の攻撃では、プレシアを殴ることすら出来はしない。その事実が、どうしようもなくアルフには悔しかった。
「アンタは! アンタは母親で、フェイトはアンタの娘だろうが! なのに、あんなに頑張ってるあの子に……っなんだってあんな酷いことが出来るんだよぉおッ!!」
叫びながら、アルフは諦めずにプレシアが張ったバリアに拳を突きつけ続ける。魔力を限界まで練り上げる。全身の力を拳一つに集める。自分が持ち得る全ての力をバリア突破の一点に集中させ――、
ついにプレシアのバリアは破られた。
アルフはそのまま前につんのめりそうになるが、逆にその勢いを利用して一瞬で前に出て、プレシアの胸倉を掴み上げる。
獣のように縦に割れた瞳孔がプレシアを射抜く。至近に顔を合わせて、アルフはプレシアに詰め寄った。
「フェイトは……! アンタに、アンタに笑ってほしくて、あんなに頑張ってるってのに!」
アルフはプレシアが嫌いだ。当然である。自分の愛するあの子に害を与えるコイツを好きになれるはずもない。
だが、フェイトはコイツと共にいることを望んでいる。コイツが笑ってくれることを願っている。あれだけ一途に、ずっと真摯に、どんな仕打ちにあっても、母親の幸せを願ってくれているというのに!
「アンタはなんで、応えてやらないんだよぉおおッ!!」
コイツが笑うだけでフェイトが幸せになれるというのなら。
自分が感じるコイツへの感情なんて我慢できる。フェイトが幸せなら、ただそれだけでいい。自分のことなんて、フェイトにとって二の次でも一向に構わない。
ただ、フェイトに笑顔を向けてくれればいいだけなのに――!
「……あの子は、使い魔の作り方が下手ね」
ぺたり、とプレシアの手がアルフの腹部に触れる。
魔力弾が音もなく発射され、アルフは一撃で吹き飛ばされた。
「余計な感情が多すぎるわ」
倒れ伏したアルフを、プレシアは氷を思わせる怜悧な眼で見下ろす。
アルフは何か言ってやろうと口を開くが、横隔膜に衝撃を受けたせいか声が出ることはなかった。むしろ無理に動かそうとしたせいか、傷つけられた細胞が血を流し、それが口内へと逆流してくる。
口から血を流して、それでも動こうとするアルフを、しかしプレシアは気にも留めず更に魔力を集め始める。
彼女のデバイスである杖の先に魔力が形となって現れる。
「消えなさい――!」
それがアルフに向かって向けられる瞬間、アルフは一か八か全力の攻撃を下に向かって叩きつけた。
固い岩盤を打ち砕き、そこに穴が出来る。プレシアの攻撃がアルフに届く前に、アルフはその穴へと身を投げ、辛くもプレシアの前から離脱することに成功した。
穴が空いた地面。アルフが逃げたことは気がついていたが、プレシアはアルフをどうこうするつもりはなかった。彼女にとっては、アルフなどどうでもいい存在でしかないからだ。
彼女にとって特別な存在足りえるのは、アリシアとフェイトだけである。
「………………」
プレシアは無言でアルフが作りだした穴を塞ぎ、フェイトがいるだろう部屋へ向かわなければと考える。
まだフェイトには働いてもらわないといけない。プレシアはゆっくりと来た道を戻り始めた。
■
「――“大魔導師”プレシア・テスタロッサ」
エイミィが映し出した映像を前に、俺は今回の事件の元凶である彼女の名前を発する。
「次元航行エネルギー開発を専門とする魔導師。出身は俺たちと同じミッドチルダ。研究者としてだけではなく魔導師としても類まれな能力を持つ人物だったが、違法研究の事故によって放逐された人物だ」
モニターに映る長い黒髪を持つナイスバディな美人に、母さんやなのはらの視線が固定される。母さんはプレシアの高名さを知るゆえに。そしてなのはは、そのファミリーネームに反応してか。
あれからなのはとユーノは母さん直々に注意を受けたが、結果的に良かったといえる点もあったために不問とされた。
まあ、なのはらは協力者ではあっても嘱託魔導師でもなんでもないのだ。しかも民間であり現地のだ。むしろ、罰など与えては問題になる可能性もある。せいぜい公務執行妨害で拘束するぐらいしかできない。そういった理由もあっての不問だった。
対して俺。勿論こってり怒られました。わざわざ部屋を移して十分間。延々と正座させられてお説教タイムを頂きましたとも。
まだ仕事があるということで十分だけで解放されたが、またあとで色々と言われることは間違いないだろう。若干そのことを思うと憂鬱になる俺である。
とはいえ、今はお仕事中だ。後の苦労は未来の自分に頑張ってもらうとして、今の俺は仕事を全うすることである。
「登録されている魔力波動とさっきの攻撃との一致も確認は取れてる。つまり、ほぼ黒幕は彼女で間違いないということです、艦長」
母さんに目を向ければ、首肯で俺の意見と同じだということを示していた。
「そして、そのファミリーネームからも推測できることだが、たぶん彼女――フェイトは……」
「プレシアさんの……娘……」
呟かれたなのはの言葉に対して、母さんやユーノは無言だが同意見のようだ。
これだけ状況証拠が揃ってこれば、もう親子であることはほぼ確定だろう。もともと俺は知っていたわけだが、そんな様子は微塵も見せずに尤もらしく頷く。
「フェイトちゃん……お母さんって言ってた……」
「そう……やはり、親子ということみたいね」
「でも……」
なのはは少し口ごもる。目を伏せながら口にする声は、絞り出すようなものだった。
「なんだか、怖がっているみたいでした……」
その一言で少し場が暗くなる。
母。娘。ジュエルシードという危険物。母を怖がる娘。これだけの条件があれば、想像できるものは限られる。母さん、なのは、ユーノ。この場にいる全員がその可能性を考えただろう。
親子であっても、本当に愛情があるとは限らない場合があることを。
「――エイミィ。プレシアについてはまだ調べるように言ってあったよな? 詳細は出てきたか?」
『全部とはいかないけど、かなり出てきたよ』
「ナイス、それ持ってきてくれ」
『はいはい、りょーかい』
弾むような声音でエイミィは答える。これで暫くしたら資料を持ってこちらに来るだろう。母さんやなのは達には少し待ってくれと伝え、エイミィが到着するのを待つ。
そして五分後。急いでまとめてきたのだろう、小走りにエイミィは会議室に入ってきた。
なのはとユーノに一声かけた後、すぐに手元の端末を利用してモニターの画面を切り替えていく。いくつかの画面を経由した後、沢山の文字と表が書かれている画面になる。エイミィはそこで一度操作を止めた。
「それじゃ、今のところわかったことを説明しておくね」
そうしてエイミィの口から語られるのはプレシアの経歴ともいえるものだった。
高い魔力を持つ魔導師であり、かつ優秀な研究者であった彼女は、最初はミッド郊外の工業地帯のある会社にて働いていたようだ。研究は順調であり、研究所内だけではなく、既に一部でも名前の知られる存在であったらしい。
その過程で23歳の時に結婚。26歳の頃にミッド中央技術開発局の第三局長に任命される。その第三局もまた郊外に建てられたところで、引っ越しなどはしていない。
ちなみに28の時に一人娘が生まれている。これがフェイトであろう、とエイミィは言った。
そうして次々と、緩やかではあるが着実に研究成果を出していく彼女に一本の仕事が入る。次元航行エネルギー駆動炉「ヒュードラ」の開発である。
しかし、彼女の先導で行われた次世代次元航行エネルギー駆動炉「ヒュードラ」はその使用に失敗。結果として中規模次元震が起こり、プレシアはその責任を問われた。
プレシアはそれは不当であるとして、裁判を起こした。しかし、結果はプレシアの敗訴。もっとも、その裁判記録は残っていないらしい。よって、プレシアが何を以て不当だといったのか、なぜ決着がついたのかも不明である。
その後、プレシアはそれまで以上の成果を短い期間の間に次々と発表し、その功績によっていつしか彼女は大魔導師とまで呼ばれるようになる。
しかし、突然彼女は姿を消す。突然の大魔導師の失踪に一時は事件かと騒ぎにもなったようだ。しかし、結局事件性はなく、いつしか人々から忘れられていった。
そして何年も経った現在、なぜかこうしてプレシアは表舞台に現れたというわけだ。
「――とまあ、こんなところなんですけどね」
「なるほど……」
エイミィが探し出したプレシアに関するあらゆる情報を一通り見終わり、母さんは考えを整理するように頷いてそれらの情報を吟味していく。
俺は俺で、プレシアの来歴の中には知らなかった情報もあったのでエイミィの情報はためになった。なのはは……フェイトのこともあってか、モニターをガン見していた。ユーノは情報を見るということに慣れているのだろう。母さんよりもずっと早く頷き、納得した表情をしていた。
そうして俺たちがある程度自分たちの中で整理できた頃、そのタイミングを見計らったかのようにエイミィが言葉をつづけた。
「ただ、プレシア女史が消息を絶つ原因となった事件――ヒュードラに関しては、資料があまり残っていません。裁判はとても揉めたみたいですが、裁判記録が残っていないので何とも……」
「そう……彼女の夫や親族――家族と行方不明になるまでの行動については?」
「その辺のデータも綺麗に抹消されてました」
……抹消、ね。裁判記録が残っていないことといい、どうにも怪しい。あるいは本当にプレシアが主張したように、彼女は無実だったのではないだろうか。誰かに嵌められたという可能性は否定出来まい。
そもそもフェイトを作りだした技術の大本はスカリエッティだったはずだ。管理局の評議会と繋がりがあるスカリエッティ。そして研究者として高名であり、かつ高位の魔導師であったプレシア・テスタロッサ。そして後にスカリエッティはプレシアと接触し、彼女に技術を授ける。
あるいはそこに管理局の評議会が絡んでいたりはしないのだろうか。邪推とは思うが、どうも気になる。
なんといっても第三期という一つの未来を知る身である。それに、俺自身上層部から特別扱いされる位置にいる。高名な魔導師であったプレシアが俺よりさらに上から何かちょっかいをかけられていた可能性はある。
だとすれば、裁判記録が残っていないことも説明がつく。自分たちに不利な記録は残さない。それぐらいなら評議会の権力があればすぐにできるだろう。
そして裁判後のプレシアの行動。これは十中八九アリシアを亡くしたためだと思われる。この頃からスカリエッティと接触していたかは定かではないが、アリシアを蘇らせるための研究をしていたのではないだろうか。
あるいはそういった研究をしているから、スカリエッティのほうが接触してきたのか。
……考えてもわからないか。今はただ、プレシアの来歴にはどうにも怪しい部分があるということだけがわかっていればいいだろう。
「さて、それじゃあ次はあなたたちね」
思考の海に沈み始めていた頭に、母さんの声が響いてはっとする。
母さんはさっきまでの難しい顔はどこかにしまい込んで、今はなのはとユーノに向き合っていた。
どうやら俺は随分と考え込んでいたみたいだ。
「とりあえず、こちらもすることが出来たので一時帰宅を許可します。ゆっくりお休みして、ご家族や学校にも顔を見せていらっしゃい」
「あ、はい!」
久しぶりに家族や友達に会えるのが嬉しいのだろう。なのはは顔全体で喜びを表していた。ユーノもそんななのはの隣で、リラックスしたような表情を見せていた。
「一度これまでのご説明に伺いますけど、それが終わればしばらくお別れね。みんなを安心させてあげなさい」
「はい!」
なのはは喜びから、母さんはそんななのはを微笑ましく思って、二人して笑みを交わす。美少女と美人(母だけど)の癒される光景を視界に収めつつ、俺はエイミィの隣へと移動した。
「エイミィ」
「え、なに?」
同じように二人の癒し空間を眺めていたエイミィが、横に来た俺に視線を移す。視線だけを合わせて、エイミィの耳に気持ち口を近づけた。
「……プレシアが起こした事件と、その時の裁判。できればその後の活躍の時も。周囲の状況なんかも含めて調べられるだけ調べてくれ。……母さんには報告しなくていい」
最後に付け加えたのは、もし決定的な何かが出てきた時に母さんに余計な心配をかけないためである。まあ、もし評議会のような連中が関わっているならそんなもの残していないだろうが。
調べて本当にただの事故だったのならそれでよし。それ以後に何者かと接触した痕跡があれば、スカリエッティとの繋がりへと行きつけるかもしれない。まあ、行きついてもスカさんをどうにかするなんて出来るはずはないんだが。少なくとも今の段階では。
だからこれは、とりあえず状況を正確に知りたいという思いからのものだ。情報をあらかじめ知っておけば、色々と考えることもできる。かもしれないという思いを抱えているのは精神的に辛い。怪しさを保証する何らかの確証が欲しかった。
エイミィに妙なことの片棒を担がせるのは申し訳ないが、情報の扱いに一番秀でているのはエイミィなのだ。調べるだけではスカリエッティや評議会のことを知らないエイミィには、何のことだかわからないだろう。さすがにそうでなかったら頼まないけど。
まあ、何も見つからないのが一番いいんだろうけど。
「――うん、わかった。やってみるね」
「ん、頼む」
さて、どうなるか。
まだ無印の方も終わっていないってのに、余計な気苦労は背負いたくないのになぁ。
俺は特大の溜め息をつき、和やかに会話するなのはと母さんを見るのだった。
「――えーっと、アースラのシールドの強化はもう終わったんだっけ?」
≪はい。リンディさんに言われた仕事は先程のもので全て片付きました≫
「やっと、終わったかぁー……」
≪お疲れ様ですマスター≫
アースラ艦内の通路のど真ん中で、俺は肩の力を抜いて一気にだらける。胸に下げたイデアからの労いの言葉が目に染みるぜ……。
きらりと目尻が輝いた気がするが、きっと汗だろう。母さんの無茶なお仕置きに奔走しまくった俺なのだ。汗が出るのは仕方がないことなのさ。
命令無視に独断専行という、厳罰ものの行いをしておきながらこの程度で済んでいるのだから、僥倖と言った方がいいんだろうけど。アースラのゆるい空気ゆえか、俺の別に望んだわけでもない特別待遇ゆえか。母さんも対応に困ったに違いない。
だからといって今ある諸業務を各所に行って手伝い、その報告書を作れとはまた無茶を言う。俺は戦闘主体の執務官なのに、なぜそんな査察官のような仕事までしなければいけないのか。
しかもこれがまたキツかった。これまでの状況がどうで、今がどうなのか。どこをどうしたのか。これはこれでいいのか。調査をしたり報告を受けたり相談されたり……。部署ごとに聞いて回り、フォローもするのは結構骨が折れた。
査察官なんてやってるロッサの奴はすごいんだな、と少しだけ親友を見直してしまったぐらいだ。
ふらふらと、疲れていますと周囲に主張するかのような足取りで俺はブリッジに向かう。まだこれらを母さんに報告しなければいけないからだ。
≪憂鬱そうですね≫
「ああ。これから、報告と共に母さんに叱られると思うとな……」
きっと、これからはもっとしっかりして云々とまた言われることだろう。そう言ってもらえるのは有難いことなんだろうが、疲れた体にはちょっと辛い。
「はぁ……執務官の仕事もあるのに……。終わるかな……」
≪絶対だいじょうぶだよ≫
「無敵の呪文乙」
イデアと会話しながら歩いていると、前方からこの艦所属の武装局員たちがやって来た。人数は三人。現場では俺の部下になる人間なので、わりとこの艦の中でも親しくしている奴らだった。
あちらでもこちらを確認したのだろう、顔に笑みを浮かべて大股で寄って来る。
「よぉ、隊長! またやらかしたんだって?」
「今度は女の子を助けるためだとか」
「隊長もやるなぁ!」
三人の武装局員は、口々にそう言い放ち、俺の背中を叩いたりと好き放題だ。親しげにしてくれるのは嬉しいんだが、なぜこうも子供扱いなのか。
しかも三人とも二十代の青年で、現場に生きる腕っ節が自慢の奴らなので、叩かれた背中が痛い。ひりひりする背中を気にしながらも、なんとか挨拶を返す。
「どーも。みんな仕事はどうしたんだ?」
俺が尋ねると、彼らは揃って休憩中だと言ってきた。さっきまでは武装の確認やミーティングを行っていたらしく、ちょうど今は時間が空いているんだそうな。
羨ましい。
「隊長は……忙しそうっすね。艦長に?」
「ああ。今度の罰は査察官の真似事だったよ」
「面倒臭そうな仕事だ」
「実際かなりメンドかった」
溜め息と共に言えば、三人ともお疲れと言って優しく肩を叩いてくれる。優しさがなんだかとても嬉しい今日この頃です。
ちなみに彼らが俺のことを隊長と呼ぶのは、現場総指揮官が俺だから。最初はクロノ執務官と呼ばれていたのだが、いつだったかノリで俺が、隊長と呼べ! と言ったところ定着した。
言いやすいようで、この艦の武装隊は俺のことをみんな隊長と呼ぶ。
「それじゃ隊長、邪魔しちゃ悪いんで俺たちはこれで」
「また出動の時はよろしくお願いしますよ」
「隊長の分まで休んできますんでー」
俺がまだ仕事中だということを慮ったのだろう。少し会話をしただけで彼らは歩いて行ってしまった。仕事をしているよりは彼らと話している方が楽しいのだが、かといって報告をしないわけにもいかない。
俺は諦めの息をつき、彼らに背を向けて再びブリッジを目指して歩きだす。プレシアの元へ向かう時には、彼らの力を借りることになるだろうと思いながら。
「それも、もうすぐか……。そろそろアルフが見つかるかな」
≪マスターが言っていた未来というやつですか?≫
「そう。たぶん流れはそんなに変わってないから間違いないと思う」
プレシアから逃げ、アリサに保護されたアルフは遊びに来たなのはに発見される。そしてユーノが事情を尋ね、それを俺たちも聞くという流れだったはず。
かいつまんでその状況を言えば、イデアはなるほどと納得した声を出した。
その後、ふと思いついたように俺に尋ねる。
≪マスターのその知識はレアスキルなんですか?≫
違う、と言ってしまってもいいが……。一回こういったことに答えると、芋蔓式にずるずると喋っていきそうで怖い。だからこそこれまで何故知っているかについては言ってこなかったのだから。
よってイデアの疑問に答えるのは難しい……が、しかし。この地球にはその手の質問に対する究極の回答が存在する。あらゆる問題をすべて封じてしまうソレはまさに究極。ひとたびその回答を聞けば、相手は口を閉ざすしかないという。
それを俺は早速実行する。これにはイデアも口を閉ざすしかなくなるだろう。
右手の人差し指だけを立て、それをすっと口の前に持ってくると、ばちんとウインクをかまして、ちょっと高めの声を出す。
「禁則事項です☆」
≪キモい≫
俺のガラスハートは粉々に砕け散った……。
さて。その日の午後、具体的にはなのはの通う学校が終わった頃。なのはとユーノの傍に張り付かせているステルスサーチャーにユーノが接触した。
ステルスサーチャーとは姿が見えない監視カメラみたいなものだ。二人の安全のために近くに置かせてもらっていたものである。
もちろん二人の許可は取ってある。サーチャーは普段は二人の後をついていくが、その様子を写すことはない。さすがにプライバシーの問題があるので。
二人の周囲で二人以外の魔力が増大したり、なのはらから直接接触があった時に初めてその機能を現すのだ。
そして今回、ユーノからの接触があった。つまり、何かあったということ。
聞けば、なのはの友人であるアリサ・バニングス嬢があの狼の使い魔――アルフと同じ特徴を持つ巨大な犬を保護したとのこと。これからその子の家に行くので、見ていてほしいということらしい。
もちろん俺も母さんもそれを受け入れる。ステルスサーチャーの機能が働き、二人の周囲の景色と音声を拾ってモニターに反映する。
なのはとその親友のすずかが、同じく親友でありかつ件の子であるアリサと共に彼女の家に向かう。楽しげに会話しながら歩く三人(と一匹)がひときわ大きな家に着き、彼女らはその足で庭へと向かった。
数秒進めば、綺麗に整えられた庭園には似合わぬ武骨な檻が真っ先に目に付く。その中に、包帯を巻いた赤毛の巨大犬。いや、どう見てもアルフである。確かにアルフがそこにいた。
なのはがアルフの怪我を気にしながら念話で話しかけるが、アルフはそんななのはにゆっくりと背を向けてしまう。
「あらら、元気なくなっちゃった……」
「傷が痛むのかな?」
その様子に、アリサとすずかが心配そうな声を出す。
確かに、俺たちから見ても今のアルフには以前のような気迫は感じられない。母さんも何かあったのかとむしろ心配そうにしていた。
とりあえずユーノがアルフから話を聞くことにして、なのはは友達と一緒に遊ぶことになった。まあ、あまり友人を蔑ろにするのもよくない。念話を介して話を聞けるように取り計らうと言えば、なのはは納得してアリサとすずかと連れだって家の中へと入っていった。
そして、何があったのかと改めてユーノが問う。
<アンタらがここにいるってことは、管理局の連中も見てるんだろうね……>
もちろん見ている。俺は母さんに目配せをし、首肯を受けたうえでアルフに回線をつないだ。
<俺は時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。さっきの子も言っていたが、ホントに元気がないな。一体どうしたんだ?>
その言葉に、アルフはしばし俯き押し黙る。何を言うべきか考えているのだと判断して、俺はじっとその口が開かれるのを待つ。実際には念話なので口は関係ないのだが。
待つこと十数秒。アルフは伏せていた顔を上げ、再び念話を繋いだ。
<ひとつだけ、一つだけ約束してくれ。フェイトを助けるって。あの子は、凄く優しい子なんだよ……>
懇願するような響きは、きっと勘違いではない。
アルフは俺たちに助けを求めている。この間まで敵対していた俺たちに。つまり、プレシアとの折り合いが悪くなったと見ていいだろう。それによってフェイトの身が危ぶまれる状況になったため、こちらに救援を頼みたいということか。
まあ、そんな野暮な論理は置いておいて。
主の幸福の為に、これまでの敵に頭を下げているんだ。しかもアルフは犬耳持ちの美人さんである。助ける理由はそれだけで十分だった。
<最低ですね>
イデアが俺だけに秘匿回線を繋げてわざわざ感想を述べてくる。
し、仕方ないじゃないか! 内心でそう反論しつつ、ひとつ咳払いをして真面目な雰囲気を取り戻す。
<約束する。必ずお前の主は助ける。俺が、何があっても味方になってやる。だから話してくれ。これまでの全てを>
<ああ……ありがとう>
そしてアルフは俺たちのその知る限りの全てを話す。
事の始まりは全て、フェイトの母親。プレシア・テスタロッサから始まった――。
アルフの話を聞き終わり、俺たちはその真偽の程を議論する。……が、わずか一分もたたぬうちに結論は出る。
現在の状況、これまでの行動、今の証言からして、ほぼ間違いなくアルフが言っていたことは事実であると俺たちは判断した。なのはらもその意見に同意のようだ。説明の間、特にフェイトの待遇についての話では、なのはは泣きそうな顔になっていた。
俺が知る通り、彼女がフェイトの救いになってくれればいい。俺は本当にそう思う。
次に俺たちのこれからの行動方針を決める。
最終目的は単純明快。プレシア・テスタロッサの逮捕。そしてフェイト・テスタロッサの保護。最後にジュエルシードの確保。この三つだ。
そのためにはまず実働戦力であるフェイトへの対応。つまり二番目の目的を達成するために動くのがいいだろう。こちらがジュエルシードをある程度持っている以上、確実に接触はしてくる筈。
その時に戦闘になればこれを撃破して確保、保護へ。最善は話し合いで解決だが、恐らくそれは無理だろう。フェイトが応じるはずがないし、うちの誇る未来のエースオブエースであるオハナ・シ・キカセーテさん(9)は「お話きかせて!」と同時に砲撃かますような子だ。まず戦闘になると見ていい。
重要なのはフェイトが次に出てきた時に確実にこちらへ引き込むことだ。こちらが待ち構えている状態で迎えなければ意味がない。帰られては、あちらにも警戒させることになるだろう。
つまり、予定はこうだ。
フェイトと接敵した時から作戦スタート。その時点でフェイトを逃がさず確保し保護する。
次にプレシアのいる位置の割り出し。フェイトの口から聞くか、原作の様にあちらが出す尻尾を捕まえるか、そこは状況次第。
最後にプレシアの逮捕、ジュエルシードの確保。それで終わりだ。
詳細はこれから話し合おう。まあ、その通りに進むわけはないのだから、せいぜいが骨子を組むぐらいだろうけど。
とりあえず、なのはとユーノには既に確定済みの予定を伝えておこう。
<なのは、ユーノ。お前らがアースラに戻るのは明日の朝なのは変わらない。ただ、その途中でフェイトに出会った場合は、彼女を何としても確保だ>
<うん。――大丈夫>
<僕も、サポートするよ>
決意に満ちたその声に、安堵を感じる自分がいた。これなら任せられる。何か譲れないものを宿した人間は、どんな分野でも強い。そのことを俺はよく知っていた。
<もし何かあれば、俺からも力を貸す。だから、絶対にフェイトをこっちに引っ張るぞ!>
<うん!>
<ああ!>
二人とも本当にフェイトのことを思って、これだけのことに協力している。その純粋さは単純に凄いと思えた。
フェイト自身は知らないことだろうが、誰かにこれだけ思われるなんて、なかなかないことだ。きっと、なのはなら何とかする。そう思えるのだから、全く不思議だ。「大丈夫」ってのは、本当に凄い言葉なのかもしれない。
<アルフ、お前はなのは達についていくほうがいい。そのほうが、もしフェイトが現れた時にすぐに話せるだろ>
<……ああ、ありがとう……フェイトを、頼むよ>
アルフの言葉に、俺はにっと笑う。まあ、実際には俺じゃなくてなのはがすることになると思うが、俺が言ったところで問題あるまい。
<任せとけ>
■
翌日、早朝。
まだ日も昇らぬうちに起き、海鳴公園周辺を徹底的に調べ上げ、これでもかというぐらいに厳戒態勢を敷く。こちら側の事情で管理外世界に迷惑をかけるなど、絶対にしてはならないことだ。……まあ、俺たちが来る前については知らなかったってことでスルー。
ともかく俺たちはそうして万全の準備を整え、もしかしたらなのはを狙って来るかもしれない可能性の為にずっと頑張っているのだった。
そうして遂になのはたちをアースラに迎える時間がやってきた。
なのはたちが高町家からこちらへ走ってきている姿がサーチャーを通して送られてくる。少しずつ公園へと近づいてくる、その時。
「――警戒網に魔力反応を感知! これは、フェイト・テスタロッサのものと一致します!」
「来たわね」
クルーの報告に母さんは短くそれだけを口にした。
モニターを見れば、なのはたちは既に海鳴公園のすぐ傍まで来ていた。そして、それと同じようにフェイトの反応もだんだんと公園に向かって動いている。
なのはが公園に入る。同じく、フェイトが公園の上空に現れる。
なのはがユーノとアルフを連れて転送ゲートを開く場所に立った時。その脇の電灯のポールの上にフェイトは降り立った。
「フェイトちゃん……」
「………………」
二人の魔法少女が向かい合う。片方は見上げ、片方は見下ろし。互いの胸の内に宿る思いは、いったいどれほどのものなんだろうか。
―――激動の一日の幕が開けた。
続
==========
あとがき
クロノ視点を貫き続けているせいか、フェイトたちの口数が少ない…!
なので今回はちょっとフェイト側のお話も入れました。第三者視点ですけど。
これから増えていくと思うので、どうかご勘弁^^;
さて、これからはゆっくり更新していこうと思います。
逆に現実逃避して書きまくるかもしれませんが、また新話が上がったらよろしくお願いします。
それでは~。
いや、古くてすいません。前回、指摘したことですが、見事に改善されていてありがとうごさいます。いや、基本クロノ視点なので、しかたないなあと思っていたんですがね・・・
あれはみくるだからこそ許されるもののような気がしますね。
それをまして男のクロノがやったら…
うん、キモいねw
>鎖さん
それなんてスレイヤーズ?
確かにそれでもよかったですね~。
フェイトが色々と出てくるのは無印の最後からですね。それまでクロノとの接点がありませんから^^;
>俊さん
こちらもスレイヤーズですね。
そっちでも確かにいいんですが、この場合はクロノが未来の情報を知っているという点を鑑みて、ハルヒのほうにしました。
みくるは未来人ですからね。未来繋がりで。
クロノが大暴れ……次の次か次の次の次ぐらいにある……といいなぁ^^;
どうかお待ちくださいです、はい(ぉ
>ziziさん
イデアの擬人化……デバイスの色的に髪の色は白髪かな?
そんなつもりはないわけですけどw
しかし、確かにそう言う設定は見る気がしますね。それも面白そうだな~とは思います^^
やっべ、小説のこと完全に忘れてました……。
そういえば過去の設定とかあった気がする……。
どうしましょう、違っているところとか直したほうがいいんでしょうか。
このままでも、変えてもこれからのストーリーに大きな影響はないですけど。そのたびに考えればいいわけですし。
うーん……あとで小説を読んで考えてみます。
大幅にそこを改訂するかもしれません。
ありがとうございました!^^
※修正しました。小説とNanohaWikiの内容が食い違っててビックリしました。
すいません、まさか反応していただけるとは。
深く考えずになんとなく書いたものだったのに、というか書いたとおりあんまり覚えてなかったくらいなんで。
えっと、今後の展開とも期待しておりますので連載がんばってください。
追伸:
個人的には、あえてstsとかのネタが無印の間に絡んできて欲しいなぁと思います。
単なる期待ですが。(^^;
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