3-3
ピピピピピピピ。
むくり。
「ふぅぁ~あ……」
≪おはようございます、マスター≫
イデアの目覚ましアラームによって目を覚ます。
別段朝に弱いというわけではない俺だが、イデアは俺の為に自主的にこういったことをしてくれている。
まったくもって俺には出来た相棒である。少々真面目すぎて面白みに欠ける奴ではあるが。
例えばほら、俺がこんな風にふざけても、
「べ、別にイデアに感謝なんかしてないんだからね!」
≪ツンデレ乙≫
…………………………………(゚д゚ )ポカーン
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
『朝起きたらイデアがOTAKUになっていた』
な……何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が起こったのか分からなかった……。
頭がどうにかなりそうだった……。
まさかの展開だとかジョグレス進化だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
「……で、結局なぜ?」
≪マスターに言われたこの世界の情報を得るためにネットを彷徨っているうちに≫
「……アニメとかマンガとか?」
≪日本パネェ≫
「……巨大なネット掲示板ってあった?」
≪3ちゃんねるですか?≫
………………日本パネェ。
なのはがアースラに来てから十日目、事件の日はこうして始まりを告げたのだった。
午後。
艦内に突如鳴り響く耳障りなアラーム音。この音だけはどれだけ聞いても好きになれそうにない。俺はこれを聞くたびにいつもそう思う。
『エマージェンシー! 捜索区域の海上にて大型の魔力反応を探知!』
(きたか……)
捜索班に組み込まれたアレックスの声を聞きながら、俺はついに来たひとつの転機に心身を引き締める。
彼の言葉のすぐあとにメインモニターに現地の状況が映し出される。そこには海水を巻き上げて荒れ狂う竜巻群と、それに立ち向かおうとしているフェイトとアルフの姿が映っていた。
海中からは巨大な魔力反応。間違いなく複数のジュエルシードが魔力を解放し始めたことによる自然干渉の結果だろう。フェイトの放った魔力に触れて反射的に魔力を漏らしただけでこれである。
明確に意識してジュエルシードを扱った時の威力は、到底想像できるものではなかった。
「フェイトちゃん……!」
突然後ろのほうから息をのみ、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。
横目で後ろを確認すれば、ユーノと並んでブリッジに入ってきたなのはが誰が見ても無謀なフェイトの行動に言葉を失くしている姿が見えた。
その顔色は青くなっており、もはや心配を通り越してフェイトが死ぬかもしれないという恐怖を感じているようだ。
そしてその認識は正しい。このまま一人で無茶をすれば、いずれ力尽きる。よしんば目的を遂げても、五体満足でいられるとは思えない。
「なんとも、呆れた無茶をする子だわ」
母さんは常と変わらない態度でそう言うが、瞳の奥には隠しきれない心配の色が浮かんでいる。彼女とて幼い少女が死に行くのを見たいわけではない。けれど、立場上それを放置するしかない自分に苛立ってもいるようだった。
「あ、あの、わたし急いで現場に!」
「待て、なのは!」
言いながら踵を返そうとしていたなのはを、一喝して制す。
びくっと肩を震わせたなのはは足を止めて俺の方を見る。そんななのはに、母さんは出来る限りの威厳を纏って話しかけた。
「なのはさん。私たちには数多の次元世界の危険を取り除く責任がある。そのために私たちは常に最善の選択をしなければいけない。残酷に見えるかもしれないけど、これが現実」
「そんな……!」
言い聞かせるような響きを持った母さんの言葉を聞きつつ、俺は今の内に捕獲の準備をするように、と周囲のスタッフと武装局員に連絡を入れておく。
なのはとユーノはそんな俺の姿に目を向けるが、俺は特に気にしてもいない風を装って諸々の準備作業を手伝い始める。
俺は執務官であり、組織に勤める人間だ。上の意志は絶対であり、俺の意志は俺の意思に左右されてはならない。それは俺が組織の駒だからである。
ちらりとなのはを見れば、隣のユーノと何か目を合わせている。モニターやデータ類を見ている母さんやエイミィらは気づいていないが、俺は気づいている。恐らく原作と同じように命令無視をするつもりなのだろう。
もしそうだとするのなら。俺が言うべき言葉は決まっていた。
<おい、お二人さん>
<く、クロノくん!>
<くっ……>
なのはは気まずそうに、ユーノは悔しそうに各々違った声を漏らす。互いの根底にある思いは一緒だろうが。
つまり、執務官である俺に企みを知られてしまった、ということ。
だからこそ、二人は次に続く俺の言葉に一瞬呆けたのだろう。
<行くなら早く行け。あのままじゃ長くは持たないぞ>
<――え?>
<ど、どういうつもりだ?>
まさか俺の口から命令違反を肯定する声が聞けるとは思っていなかったに違いない。二人は驚き、怪訝な目を俺に向けた。
<いやなに、ちょっと目にゴミが入ってね。ゴミが入っちゃあちょっと周囲が見えない。もしお前らが何かやっても、迅速な対応は出来ないなあ、と>
俺は目の辺りをこする仕草をする。念話の内容は記録されていないのだから、目にゴミが入ったことは偶然だ。そして偶然俺がすぐに動けない状況だったのなら、二人を見逃してしまうのは仕方がないことだった。
あまりに芝居くさいその態度に、二人は険が取れた唖然とした顔を俺に見せる。
俺はそんな二人に、にやりと笑った。
<そうそう、知ってるか? 俺、命令違反の始末書を書いたの、もう二十枚を超えたんだぜ>
俺のいきなりのカミングアウトに、二人はやはりぼうっとしていたが、すぐに俺の意図が本心であることを悟ると、すかさず行動に移り始めた。
<なのはっ! 転送ポートへ一直線! ゲートは僕が開く、行って!>
<うんっ! クロノくん、ユーノくん、ありがとう!>
礼の言葉に、ユーノはにっこりと笑い、俺はひらひらと手を振ってこたえる。そして俺は再び目をこすった。
駆けだすなのはとユーノ。転送ポートの上に立ったなのはとその前に立ちふさがるユーノに気がついた母さんが、制止の声を投げかける。
「なのはさん、ユーノさん! これは命令違反よ!」
「ごめんなさい! ――でも、それでもッ!」
決意を込めたなのはの瞳は、思わず黙るほどの美しさがあった。組織に縛られ、現実を見続けてきた俺たちには出来ない、澄んだ意志を感じさせる。
思わず押し黙った母さんが、今度はこちらに彼女らを止めろと矛先を向ける。
「クロノッ!」
「あー……すみません艦長。タイミングが悪いことに目にゴミが入りました。これは目薬どころかホースでもないと取り除けそうにないデカいゴミですね」
「あぁ、もう!」
俺が言えば、母さんは俺もグルだと気づいたのだろう。息子のささやかな反抗期にフラストレーションを爆発させていた。
その間に、ユーノの術式が完成し、現地の座標へゲートを繋げることに成功する。
「ごめんなさい……転送ッ!」
光の粒子に包まれ、なのはとユーノの姿が艦内から消えた。
すぐさま俺はモニターに視線を移し、現状を確認する。しばらくして上空に光源を感知。なのはがバリアジャケットを纏ったのだろう。その予想は違わず、ゆっくりとなのはが降下してきて、フェイトのそばに向かう。
攻撃をしてきそうなアルフにはユーノが向かい、バインドを使って竜巻を次々に拘束、同時に二組は何かを話し合っていた。
しかし、すぐに彼女らは手を組み、ともに竜巻群への対処に向かう。アルフも信用してくれたのか、ユーノとともにそれらの災害を妨害し始める。
それらの様子を確認した後、俺はふぅ、と安堵の息をついて食らいついていたモニター画面から一歩下がった。
「……目のゴミはどうしたのかしら、クロノ執務官?」
後ろから聞こえてきた声に、ぎくり、と全身に鳥肌が立った。
まるで地獄の釜の底から話しかけられたようだった。俺はぎこちない素振りで、ゆっくりと後ろに振り返った。
「あ、あー……その、デカすぎたせいか目から勝手にこぼれ落ちました。偶然って怖いでひィっ!」
思わず最後の声が悲鳴に変わってしまった。
こちらを見る母さんは何も言葉を発していないが、目を見れば何を言いたいか分かる。その目の中には「フザケんなよ、コラ。あんま舐めてっとブチ殺すぞワレッ!(誇張あり)」と書かれていた。
そのくせ表情筋は笑みを形作っているのだから空恐ろしい。コロス目をした母さんは、オヤシロモードの魅音みたいで怖いからホントに勘弁してください。
周囲も俺たちの雰囲気に呑まれたのか、見ないふりを決め込んだのか何も言ってこない。エイミィはあからさまに背を向けていた。薄情者め!
「……イデア。あなたもクロノを止めてくれてもいいでしょうに」
≪私はマスターのデバイスですから。マスターからの指示はありませんでしたが、慮って意向を汲むのは当然のことです≫
ああ、ありがとうイデア。さすがは俺の相棒だぜ。
≪もちろんです、AIBO≫
今の変な発音は聞かなかったことにするよ、相棒。
「ああ、もう……いったいどれだけ命令違反をすれば気が済むのよ……」
さっきまでの怒気はどこへやら、一転してがっくりと肩を落とした母さんには何か哀愁のようなものが漂っていた。
というのも、たびたび俺がこういった違反行為を繰り返しているからなのだが。
なのはらに言ったように、俺が執務官となってから、命令違反の回数はすでに二十を超えている。その大半が今のアースラに配属される前の職場でのものではあるが。
というのも、その前の職場では人道は二の次であり、まずは大局的結果である、という主義があったのだ。
もちろんその主義は正しいものだ。人一人の命に固執して世界が滅べば本末転倒である以上、それは正しい。
しかし、助けられる場面で無視をしろという命令には従えなかったのだ。どうしても助けられない場面は存在するが、助けられるのに助けないというのは間違っている。
俺はそういった自分の考えに従って、命令無視を繰り返したのだった。
それは組織の人間としては決してやってはならないことだったが、それなら俺は管理局を止めることも考慮に入れていた。苦労して入った管理局であり執務官ではあったが、それでも自分がしたいことを出来ないのならば意味はない。
もともと管理局入りを希望したのだって、その後ろ盾が有効だと思ったからだ。ならそれがマイナスになるとなれば辞めるのは自然なことだった。
今では新人ゆえの青い意見だったと思えるが、当時は本当にそう思っていた。だがしかし、そうはならなかった。俺がその艦の艦長に辞表を叩きつけた翌日、俺の元に転属の知らせが届いたからだ。
本局からの正式な書類だった。「君の実績と能力を鑑みて、君は非常に稀有かつ特別である。ぜひ管理局でその力を発揮してほしい」とそんなような内容の手紙も添えられていた。
そして俺はそれを結局受諾し、転属先であった母さんの艦に所属しているというわけである。
ちなみに俺が母さんの艦に配属されたのは、まんま上層部の思惑。こう考えたのだ。身内の艦ならそうそう無茶はしない筈だと。それ以外にも、母さんが俺の命令無視を握り潰してくれるのではないか、という思惑だ。
どう見ても俺を贔屓しているのが丸わかりだが、これは俺の過去の実績とレアスキルが原因だった。
詳細は省くが、要するに俺はその最初の艦で結構な活躍をしていたのだ。そうして敵味方通じて有名な存在となった俺は、わずか十四歳の若き執務官という経歴もあって管理局のプロバガンダ的存在として広告塔にされたのだ。
であるから、そんな俺に管理局はあまり不利な実績は作らせたくない。
だというのに俺は命令無視を繰り返すものだから、母さんが俺がそれをしても握り潰してくれることを期待しているのだ。
さらに俺のレアスキルは、対魔導師犯罪に対して非常に有効に働く。俺のスキルは格下の魔導師には抜群の性能を発揮するものだ。高ランク魔導師を片っ端から管理局が搾取している現状、犯罪者の中には俺の持つAAAランク以上の魔導師はそうそういない。
つまり、俺がいれば大抵の犯罪者に対して魔法的有利に立てるのだ。俺が新人ながらにそれなりの実績を築けたのは、実力もあるがこの能力によるところもあった。
プロバガンダであり、かつ便利な駒である俺には管理局を離れてもらっては困る。そこで上層部が俺に下した指令が「リンディ提督の下での勤務」なのである。
上の方は相当きちゃってるなぁ、と思う今日この頃。現場や指揮官レベルならいい奴がいっぱいいるんだけどな。レジアスのおっさんみたいに、上に行っても理想を貫いている輩は希少種ってことかね。
ちなみに受諾した理由は単純明快。この知らせに載っていた差出人の名前が有名どころばかりで、なおかつその中にグレアムおじさんがいたからだ。
あの人が積極的にこういうことをするはずがないので、恐らくは俺との関係から巻き込まれたのだろう。実際、次に会った時におじさんは俺に土下座しかねない勢いで謝っていた。理由は言わず、ただ頭を下げられるのは結構きつかった。
おじさんの立場に不利になるのなら、まあ仕方ない。そうして俺は管理局に残ったのだ。今では好きで局に残ってるけどね。
と、そういう経緯で母さんの艦に着任した俺。母さんのもとに来てからは違反行為は三回しかしていない。
ちなみに今回が三回目。でも母さんは俺の前歴を当然知っているので、俺の命令違反には少々思うところがあるようだ。やっていることは人道的に適っているものが殆どなので、強く叱りつけるのは躊躇われるらしいが。
まあ、それでも一度思いっきり注意された。けど、真っ向から反論した。その時は難しい顔をして黙りこんでしまったっけか。それ以降、母さんは強く押しつけることは控えたようだった。
どうにも手のかかる息子で申し訳ないと言うしかないんだが……けど、やっぱり譲れないものっていうのはあるのである。
「うん、まあ、その、ごめんなさい。でも、正しいと思えることはどうしても妥協できないんだよね、俺の場合」
バツが悪い思いをしながら俺が言うと、母さんはことさら大きなため息をついた。
胸の内の憂い全てを吐き出す勢いのそれを聞き、苦労させていることを実感して俺の良心がわずかに痛むが、それでも俺はそれ以上のことは言わなかった。
母さんは俺の目を見て、やがてふっと小さく笑った。
「……もう、頑固なところはあの人に似てるんだから……」
ぽつりと呟かれた言葉は、人に聞かせるためのものではなかったようだ。俺は聞かなかったふりをしてモニターに視線を戻す。
自分の勝手のせいで迷惑をかけていることはやはり心苦しいが、それでも俺自身の意志をなくしてしまっては本当にただの駒になってしまう。
ただ組織の為に機能する歯車。そうなってしまうのだけは御免だった。
「ん?」
ぽん、と腕を柔らかく叩かれた。
視線を腕に落とせば、視界に入るのはこっちを見て笑うエイミィの姿。
「ま、私はそれぐらいのクロノくんのほうがいいよ」
そう言って、にっと笑うエイミィに幾分か救われたような気持ちになる。
普段から俺の姉を自称するエイミィだが、最近では俺も本当に姉のように思ってきている。だからこそ、エイミィの気遣いには遠慮も作為も感じることはない。
それがありがたかった。
「そうだな。ま、俺は俺らしくやっていくとするさ」
「うん、それでこそクロノくんだよ」
家族のように飾らずにいられる相手が近くにいるというのは存外助けになるものである。
俺は少し気が楽になるのを感じながら、モニターに目を向けた。
大人しくなった六つのジュエルシードがなのはとフェイトの間に浮かび、静止する。
モニターから響いていた騒音も止み、今はただ静寂がそこにあるだけ。その時、小さくなのはの声だけが聞こえてきた。
『友達に……なりたいんだ』
それは、十日前になのはが俺たちに語った彼女の覚悟の証だった。ただ目の前の子と友達になりたい。この子と手を繋いで、一緒に笑いあえたらいい。そんな、単純な夢。
その声を聞いて、フェイトの表情が揺れる。フェイトが何を考えているのか俺に知る術はない。だが、何かを迷っているのは確かなようだった。
そこまで見ていて、唐突に俺の脳裏にもはや遠い記憶が僅かに蘇る。瞬時、はっとした。
マズイ、確かこの後は――ッ!
俺は踵を返して艦長席の方に走る。ほぼ同時にアラートが鳴り響いた。
「次元干渉!? 本艦及び戦闘区域に魔力攻撃きます!」
その時には既に、俺は転送ポートに乗っていた。
「クロノッ!?」
「あと六秒ッ!」
瞬間、俺の視界が移り変わる。
転送されたのは現場よりも十メートルは上空だった。
ここからでは普通にやったのでは間に合わない。俺は一気に下降しながらイデアに声をかける。
「イデア!」
≪Accel mode,gear-top≫
身体の限界まで加速する。バリアジャケットがなければ一瞬で気絶してしまうような速度で、俺は現場に突撃していった。
突然上空から現れた俺に、四人の視線はこちらを向く。しかし加速した俺は彼女らにはまるで消えたように見えたことだろう。俺はその速度のまま一直線にフェイトへと向かっていく。
「すまん――!」
勢いに任せてフェイトを蹴り飛ばす。加速時に何とか足先にラウンドシールドを張っていたので、吹っ飛んだのは単純に衝撃波だろう。
フェイトの身体が海面に落ちていく。が、シールドによってダメージは軽減されているのですぐに身体の制御を取り戻し、態勢を立て直そうとしていた。
『クロノくん来るよ!』
一息かつ早口でエイミィが伝えてくる。咄嗟の俺の行動にも瞬時に対応するあたり、さすがに付き合いが長い。
俺は今出来る限り最大の魔力を込めたシールドを天に向かって展開した。
一拍の後、まるで神の裁きかと見紛う程の特大の雷が上空に現れる。
「くそったれぇ!」
≪推定ランクSランク級の攻撃です。――エンゲージ!≫
竹を割ったような甲高い音が響き渡り、さらにその竹を欠片も残さず爆発させたような轟音が辺りに満ちていく。
そしてその轟音は止まることなく俺のシールドを喰い破ろうと猛威を振るっていた。
「ぐ、が……!」
≪稀少技能、起動しません。魔力値が相対的に下回っています≫
イデアの声に当然だと内心で思う。俺はこのシールドに複合術式を使い、かつAAA相当の魔力量を惜しみなく注ぎ込んでいるが、相手の魔法は推定S。“魔力遮断”の発動条件を満たしていない。
稲光が突き出した俺の左腕で起こる。腕を包むイデアの身体とも言うべき純白のガントレットが軋む音がするようだ。
<ユーノ、アルフから目を離すな! 出来れば拘束しろ!>
「え?」
<なのは! すぐにジュエルシードを回収! 急げ!>
「あ、は、はい!」
念話でそれらの指示を出すと、二人はすぐに行動に移してくれる。ユーノはすぐさまチェーンバインドでアルフの足首を捕らえようとするが、その前にアルフはジュエルシードの方に向かっていた。
なのは、フェイトも同じくこちらに向かってきている。マズイ。このまま接触すれば、先日の二人の衝突によるジュエルシードの暴走のようなことが起こりかねない。
俺は一つ咄嗟に思いついた策を実行する。
<なのは、さっきのナシ! すぐにユーノのほうに行け!>
<は、はい!>
二転三転して申し訳ないが、なのはにさっきとは正反対ともいえる指示を出す。さっきアルフの捕縛に失敗した時点で、ユーノの手は空いている。ならば、そこを利用する。
俺のシールドは魔法を完全に防げてはいないが、壊されてもいない。そしてもう俺の下にフェイトはいないのだから、俺がここにいる必要はもうなかった。
シールドを傾け、雷のエネルギーを人がいない方向に流す。いまだに腕に絡みつくように痺れと痛みが襲ってくる。目の奥がチカチカするが、そこは歯を食いしばって耐える。
そして、目の端にジュエルシードの姿を捕らえると、俺は足の甲の部分に小さめのラウンドシールドを展開させた。
「受け取れやユーノぉぉおお――ッ!」
≪ドライブシュートいきます≫
六つのジュエルシード全てを、足に展開したラウンドシールドの面を利用して纏めて一気に蹴り飛ばす。
無論その先にはユーノがいる。そして、なのはがそのすぐ横にいる。
思いっきり蹴り抜き、ジュエルシードは飛んでいく。弾丸のようになったそれらは此方に近づいていたフェイトの横を高速で通り過ぎていった。
「あっ……!」
思わずフェイトの口から声が漏れる。しかし、フェイトとユーノの間の位置にいたアルフが自らの横を過ぎようとしているジュエルシードに思いっきり手を伸ばした。
「ぐっ!」
アルフが突き出した手が弾き飛ばされる。しかし、気づけばその手は強く握り込まれていた。視線を移せばジュエルシードの数は四つに減っている。どうやら二つ取られたらしい。
残りのジュエルシードはユーノのほうへ。ユーノは高速で向かってきたジュエルシードをシールドや衝撃軽減のエリア魔法を使って柔らかく受け止めてなのはに渡す。その四つをなのはがすぐにレイジングハートに回収。それを見届けて、ようやくホッとした。
プレシアが放ったのだろう雷はすでに消えている。ジュエルシードの行方が決定的になったからだろう。俺は警戒しつつもシールドを解いた。
そしてフェイトらに目を向ける。
俺から見て眼下にフェイトとアルフ。なのはとユーノから見ると斜め上の位置になる。挟まれた形になるフェイトとアルフは俺たちとの距離を測りつつ、寄り添っている。
不意にアルフの手に魔力スフィアが作られる。まずい、と思う時にはそれがアルフの両手に挟まれて破裂し、強烈な閃光を周囲に撒き散らした。
「くっ……!」
思わず目をつぶる。そして次に目を開いた時には、二人の姿は消えていた。転送魔法の類を使ったのだろう。
きょろきょろと周囲を見回しているなのはとユーノを見つつ、通信でエイミィを呼びだす。
「エイミィ」
『なに、クロノくん』
「雷の方はたぶん、追跡できなかっただろう。あの二人は?」
『そっちもダメ。何度かの短距離転送を連続使用。まだこっちの機能が完全回復していないこともあって、結局まかれちゃった』
「そうか……まあ、仕方ないな」
ふぅ、と息をつく。あの二人のことだ。これぐらいで捕まりはしないだろうと思っていた。プレシアについても同様だ。この程度で終わるなら苦労はない。
「痛ぅ……」
少し気を抜いたためか、急に左腕が痛み始める。ガントレット自体に大きな損傷はないみたいだが、中の生身の方はちょっと怪我をしたらしい。とはいえ、俺のデバイスがガントレット型じゃなかったらもっと酷かったに違いない。バリアジャケット、デバイス、シールド。三つの物理的なバリアが重なったから、俺の左腕はその程度で済んでいるのだろう。
「イデア。お前は大丈夫か?」
≪問題ありません。損傷は軽微です≫
「そうか……」
思わず安堵が表情に出た。Sランク級の攻撃などそうそう食らう機会はない。不具合がないのなら僥倖だった。
イデアの状態を確認した後、俺はなのはとユーノのほうへと向かう。ゆっくり下降していき、二人に並ぶ。
「お疲れ、お二人さん」
「に、にゃはは……。うん、ありがとう」
「ジュエルシードは結局取られちゃったけどね」
なのははフェイトと結局話せなかったことが心残りなのか、曖昧に笑う。その表情の裏には分かりあえない今の関係に対する悲しみがあるのかもしれなかった。
ユーノについては、ジュエルシードを渡してしまったことが気になっているのだろう。とはいえ、あの状況では仕方がなかったともいえる。気にしても始まらないことではあった。
そんな二人に、俺は肩を竦めるような仕草で応える。
「まあ、これぐらいなら上出来さ。それより、もうすぐ転送装置も回復すると思う。一度アースラに戻るぞ」
「あ、うん」
「わかった」
周囲を一応警戒しつつ、三人で固まる。
思えば、これで原作では後半の佳境に入ってきたところだろうか。俺がいるといっても今のところ流れに大きな違いはないように思える。バタフライ効果ってのは案外眉唾なのかもしれないな。まあ、ミッドにいた俺の中身が違ったところで地球に影響しようがないともいえるが。
今のところの変更点は、なのはの家族に既に魔法の説明がされていることと、今回フェイトが怪我をしなかったことだ。後者は完全に俺の我儘だったのだが、なんとか上手く纏められたと思う。
この怪我をするのが全く知りあうこともない赤の他人だったら、俺はここまで必死になってアースラを飛び出しただろうか。……いや、飛び出したかもしれないが、それでも必死さの度合いは違っていたように思う。
俺は、もしかしたらフェイトが家族になるかもしれない未来を知っている。だからだろう、家族になるかもしれない少女を見捨てることなどできなかったのだ。
それでなくても女の子である。やはり無視はできなかった。
<これで、命令無視は四回目か……>
<通算では二十三回目です>
イデアが正確な数字を提示するが、俺が言ったのはアースラに来てからである。まあ、どっちにしろ回数を数えている時点でもうダメだと思う。
と、俺たちの足元に無色の魔法陣が展開される。転送装備が復旧したようだ。三人がしっかりその上に乗っているのを確認したうえで、俺は軽く右手を上げる。それを合図として、俺たちの身体は空中から消えた。
……まあ、幼い女の子を怪我させなかったことは喜ぶべきことだろう。このあとプレシアに虐待されていないとも限らないが、それについては悔しいが今はどうしようもない。
今は、それだけで納得しておこう。
俺はそう思考を完結させる。同時に、目に映る光景が海からアースラ内の転送施設へと変わる。
「――おかえりなさい、クロノ執務官」
あれ? ここは転送施設なのに、なんで艦長の声が背後からするんだ?
俺はいきなり頭の中に特大の氷が突っ込まれたかのように、一瞬で背筋が冷え切った。
エマージェンシー・アラートが脳内で派手に鳴り響いている。ここで振り返っては危険だと全ての感覚が告げている。それは、なのはとユーノの顔がこれ以上ないほどに強張っていることからも正しいといえるだろう。
だがしかし、振り向かないわけにもいかない。なぜなら俺は執務官だから。命令無視の常習犯である俺だが、理不尽でも何でもないこの状況で、上司に呼び止められて応えないわけにはいかないだろう。
俺は錆びたロボットがするように、ゆっくりと背後に向き直った。
「少し、お話があります。……あ、お二人も付いてきてね?」
そこにはまたもやコロス目をした母さんが立っていた。立ち上る熱気は抑えきれない怒りを表すかのように揺らめいている。何気に背中にフィンまでうっすらと見えるのは気のせいだろうか。
こくこくとそれしかできない玩具のように頷いた俺たちに、母さんはにっこりと微笑む。その笑顔は抜群に綺麗だったが、纏う雰囲気によって俺達には恐怖という感情しか呼び起こさなかった。
「それじゃ、行きましょうか」
そして母さんはなぜか俺だけは腕をひっつかんで引き摺るようにして歩きだす。軽くみしっと音がした我が腕が非常に心配だった。
そのあとを二人が青い顔をしながら続く。
きっとこれから俺たちは怒られるだろう。その度合いが俺たちの知るレベルで終わるのかは定かではないが。そんな恐怖が俺たち三人の間には流れていた。
俺のしたことを思えば仕方がないとは思うが、やはり怒られるのは怖い。相変わらず笑顔で通路を歩く母さんは、素敵に無敵だ。
腕を掴まれ連れられる俺を見て、なのはが「ドナドナ……」と呟いたのがひどく印象に残った。
続
==========
あとがき
勢いで書き上げてそのままうp! 推敲もしていないんだぜ、これ……!
展開とかいろいろ無茶じゃないかとちょっと心配。けど気にしない。あまりに酷かったら直そうと思う。
さて、もう一話ぐらい近いうちに書きあげて、上げます。もう宣言します。
それで一服しようかなーと。
息抜き程度にちょこちょこ書いていく程度のスピードにしようと思います。
それでは、また次話にて~。
いつも楽しみにしています。
命令違反の常習犯とか、クロノ素敵すぎる(笑)
なんかフラグ臭がするようなしないようなそんな感じも受けますが、今後もめっちゃ楽しみです。
就職活動がんばって!でっす
無理はなさらず
気に入らないことだったら、命令なんて無視したっていいのさァ!(ぉ
この後もどうかお楽しみにです。
就活……はい、がんばります。がんばらないとね……。
ありがとうございます^^
>フツノさん
クロノの性格上、あそこは外せないポイントでしたからね。
イデアについてはサーセンww
温かく見守ってやってください^^
>ziziさん
さすがはDI――じゃない、クロノだ!w
デバイスも主に似るものです。今後のイデアはどうなっていくのでしょうか…w
>俊さん
そんなの関係ねぇとばかりに、気持ち良く自分勝手にやってますw
イデアが行き着く先は……どこなんでしょうねぇww
やっぱりというかなんというか命令違反の常習者だったとはw
もう完全に本史のクロノと別人になってますね。
しかしイデアはっちゃけすぎるwwwこの調子でどんどんネタに走りましょう!
Z.O.Eのエイダとかドロレスとか映画のガンヘッド君とかフルメタのアルとかみたいなミョーに人間くさくてカッチョイイAIを目指しましょう。
「生涯前線執務官っ!!」
「つまり、やりすぎ上等で、うだつのあがらない人生って事だね?」
いろんな意味で、出世はなさそうだな~。好感持てるけどww
あけましておめでとうございます。
もうホントに別人ですw まあ、十四年も生きているわけですから、そりゃ違う風にもなりますよね^^
イデアの目指すところがどこなのか……それは誰にもわかりません。
>通りすがり上等さん
確かにw
こんな奴が上に行ったら相当大変ですよね。
第三期ではどうなるのか……果たしてそれまで続くのか(ぉ
どうかお待ちください^^
ありがとうございます。
母親はやはりいつでも強いものなんですよ^^
ファイトとアルフのセリフは私もちょっと思いました。まあ、クロノの場合はその立場もあって、フェイトと直接向かい合うことが最後のほうまで無いんですよ。原作でもそんな感じだったと思いますが。
その分、次話以降増えていく予定ですので、どうかそれで…。
それでは、また次話でよろしくお願いします。
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