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日々のことを徒然と。あと、絵や二次小説も掲載しています。主にリリカルなのは中心です。
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まつろわぬ日々(リリカルなのは・クロノ憑依)

2-7




 士官教導センターの学生及び有志をクラナガン地上本部に派遣・研修を行う事柄に関する企画。

 というのが俺たちが今回地上本部に向かうことになった企画の正式名称だ。この企画、もともとはただ士官学校生に地上本部の施設や訓練を見せるとともに、実際の任務の映像などと併せて勉強させ、あわよくば地上本部への興味を抱かせて進路として選ばれるように仕向けるというような思惑から始まったらしい。

 当初はそれだけでも良かったらしいのだが、十年ほど前から事情が変わってきた。現場の魔導師の数が著しく減少してきたのだ。毎年毎年、年が経るごとに少しずつ下降を続ける魔導師数。これはいかんと判断した上層部は、この企画を利用して学生らを局員見習いとして実際の任務に使用することを決めたらしい。最初は学校側も渋っていたのだが、そうそう危険がない任務だけだと保証したことと、実地演習は何より学生のためになるという旨味もあったことで、結局GOサインを出したのだった。

 実際、人手が足らないのは調査や探索といった戦闘の要素が少ない地味な仕事の方だったので、地上本部側と士官学校側の利害は一致していたのだ。だからこそ、この企画はすぐに通り、翌年からはそのようにプログラムが変更されたのだった。

 さらに地上本部は学生だけでも足りないとして、一般からの有志も募った。こちらは人数があまり揃わないらしいが、それでも数人は来るらしいので無いよりはマシといったところか。

 さらに、まだ足りないということで、地上本部からはこの企画を年に三回にしてほしいという要望まで来ているらしい。どれだけ困ってるんだ地上本部。管理局の人員不足は深刻だというが、地上部隊はその中でもさらに消費が激しいらしい。怪我で引退したり、過酷さに辞めたりする者もいるのだとか。だからこそ、人材という資源には目がないという。なんと今年の地上本部への就職率は96%だというから驚きだ。よほど能力が足りなかったり、性格に問題があったりしなければまず通る。別名、“名前を書けば受かる会社”とまで呼ばれているほどだ。会社、というあたりに皮肉がきいていると思う。

 そして、今回そんな企画に参加した士官学校生は、俺を含めて四十二名。確かに人手不足ならたとえ学生でもこれだけいれば多少は違うだろう。それに、士官学校生は基本的に学力も高く基礎能力も出来上がっている。低ランク任務の即戦力としては申し分ないというわけだ。


 というわけで、俺たちは五日間を過ごすことになる官舎に荷物を置くと、まずは初日のスケジュールに沿って動かされた。

 そう、第一日目。施設見学である。

 ガイド役なのか金髪の美人なお姉さんに引率されながら、俺たちは所定のコースを歩く。まずは受付から始まり、大ホール、ミーティングルーム、技術研究室、各部隊待機室、戦術研究室、訓練施設、オペレーションルーム……などなど、多くの施設を見せてもらう。それらの施設は全て最新の魔法科学技術が駆使されており、門外漢の俺たちも思わず唸ってしまうほど非常に高性能かつハイレベルであった。

 確かにこういうものを見せられれば、地上本部は凄いと思えるだろう。実態が人手不足に喘ぐ中小企業のようだとしても。

 それから途中でお偉いさんのお話も聞けた。といっても、上層部は忙しくて時間が取れないということで、実際に話してくれたのは大佐という高級士官の人だったが。

 だが、まさかこの人がこんなところで出てくるとは。俺はきっと相当間抜けな顔を披露していたと思う。


「――われわれ地上部隊は、市民とその財産を守る第一の防衛機構として存在しており、そういった意味では本局よりも直接的に市民の生活を守っているといえる。これは管理局員として誇るべきものであり、また我々に大きな充実感を与えてくる。諸君らもいずれは進路を選ぶ時が来るだろう。その時、我々のように誇りを持った職に就くことを願うものである」


 ……ちょ、おっさん、なにやってんすか。

 どこからどう見てもレジアス・ゲイズです。本当にありがとうございました。


 いやいや、そういえば確かにStrikerS時点で中将だったんだから、この時点で大佐として地上本部にいることはそれほど不思議じゃないんだが。しかし、完璧に記憶から抜け落ちていただけに、本当に驚いた。この分だと他の第三期メンバーにも会えるかも。ゼストとかクイント・ナカジマさんとかさ。

 そう考えるとwktkしてしまう俺の心は、たとえ十年以上たってもかつてのままなのだと知る。喜ぶべきか嘆くべきなのかは非常に判断に苦しむところだ。

 そんな内心の葛藤を俺が繰り広げている間も、レジアス大佐による演説は続いている。極端な話、管理局いいとこ、地上本部マンセー、ってな内容を延々と語っているだけだ。いくら多くの新人を得たいからって、あからさますぎる気がしないでもない。

 というか、既にStrikerSでの管理局上層部の腐敗を見ている身としては、どうしても管理局のことを信じきることが出来ないと俺は思っている。そもそも俺の父さんが死んだあの事件だって、闇の書の管理は管理局上層部の判断で行われていたのだ。上層部の指示した命令通りに保管して運んでいたらあの事件だ。過去何度も煮え湯を飲まされた闇の書に、何の対策も講じていないはずはないのに、闇の書は簡単に抜け出して転移してしまったのだ。

 とてもじゃないが、偶然とは思えない。闇の書の力がそれほど強かったとなれば話は別だが、闇の書に関する情報はその危険性と特性については十分に得られていたのだ。そしてそれを抑える技術は既にいくつか確立されているのは周知の事実。それなのに、こうも簡単に取り逃がしたのは何故だ。そして、そのことについて責任者であるグレアムおじさんにほとんど何のお咎めもないことも気にかかる。管理局にとっては目の上のたんこぶでもあった闇の書を逃したというのに、なぜなんの処罰も下さず、おじさんは未だに提督として動けているのか。

 考えれば考えるほど疑念は深まる。――そも、闇の書を捕まえる気がないとしたらどうだろう。闇の書は無作為に転移してその力を振るう。それを管理局が直ちに見つけ、その事件を納める。そして闇の書を見逃し、やはりアレは封印も出来ないロストロギアなのだという認識を広め、一種の自然災害のような扱いにする。

 するとどうなるか。闇の書の脅威に遭った人々は、管理局の助けに感謝するようになる。そして、管理局に対するイメージは良くなり、管理局が振りかざす魔法技術の独占などの特権にもある程度の理解を示すようになる。私たちの生活のためにやってくれているんだから、というわけである。

 そして、独占した技術によって管理局の力、権力は強まっていく。それは日に日に新しく発見される次元世界への強い影響力となる。それらの世界を使って、実験や研究を行えるようになる。そして、また闇の書が現れれば適度に対応して追い返す。その繰り返しだ。

 俺の妄想だと切り捨てることもできるが、あながち無いとも言いきれない。それならば、闇の書に対する杜撰な対応も納得できるというものだ。おそらく、これぐらいのことには母さんもグレアムおじさんも気づいているだろう。あの二人は別に管理局に心酔しているわけではない。昨今は管理局こそ絶対正義だと信じて疑わない輩も出て来ているから、タチが悪い。それこそ、上層部の思惑通りだと思うが。……まあ、それも八神はやてが“最後の夜天の王”となれば、その思惑は自然と潰えることになる。その時の管理局の対応によって、今の俺の考えが妄想かどうかが決まるだろう。

 そして、レジアス大佐が言っていることはまさに管理局の思惑だった。作られた管理局のイメージ。それに沿って喋っているにすぎない。地上本部への並々ならぬ忠誠心と誇りが、管理局への服従を強く意識させるのだろう。レジアス大佐の言葉には迷いがない。

 だが、疑いを持つ俺からすれば気に入らないものだ。そもそも俺の目標は『父さんが目指した理想』であるので、何もその手段を管理局にこだわる必要はない。だが、実際に数多の世界に影響を持つ組織は管理局が一番だから此処にいるだけだ。管理局は手段の一つであって、管理局員であることが全てじゃない。いざとなれば管理局と敵対することだって、俺は厭わないのだ。

 顔も知らない誰かの笑顔のため。せめて目の届く範囲の人の笑顔のため。そのために俺は生きようと誓ったのだ。その手段として管理局がふさわしくないとなったなら、俺はすぐに管理局から離れるだろう。俺の理想は、きっと管理局とは相容れないだろうからだ。

 そこまで考えたところで、俺は自分でも気づかないうちに握り拳を作っていることに気がついた。俺は拳を開いて力を抜くと、ふぅ、とひとつ息を吐く。

 ……とはいえ、今は管理局の力は有効だ。それに、StrikerSでは上層部の脳味噌爺さんは最後で殺されていたから、あのあとの管理局は良くなるのかもしれない。まだ希望を捨てるには早すぎる。

 だから、今は精いっぱい出来ることをするしかない。いずれ何かがあった時、後悔することがないように力をつけなければならない。そのためにも、今回の企画を有意義なものにしなくては。

 長引くレジアス大佐の話を聞きながら、俺は開いた拳をもう一度握りしめるのだった。















 

 二日目。

 初日の施設見学はつつがなく終わり、その後は各自部屋に戻って明日の任務従事への準備時間とされた。

 何の任務に従事するのか分かっていなければ、準備のしようがない。そこらへんはぬかりなく、施設見学の後に俺たちは大きなミーティングルームに集められ、そこでそれぞれがどの任務に参加するかの指示を受けた。

 一人ひとりが割り振られていく中で、俺にあてられた任務はロウラン教官の口からも聞いたものだった。

 『クラナガン郊外の渓谷が中心と思われる地震の調査任務』。近隣の町の住人から苦情が来ているらしく、また魔力の乱れも感知されているのでこちらから調査のグループを出す。その際の護衛兼サポートスタッフとして派遣する。それが俺に与えられた任務だった。

 とりあえず、渓谷に向かうということで一応は登山まがいの道具もいくつか用意。そこに支給された品――携帯食糧や救難信号装置なども加えて、俺は一日目を終えた。用意された個人部屋は意外にも快適で、ぐっすり眠れた俺は今日も元気に二日目の朝を迎えていた。

 自室で軽い鍛錬を終え、食堂で軽く朝食をとっている最中。時計を一瞥すれば、俺がお世話になるグループに指示された集合時間が近づいていた。俺は最後にオレンジジュースを一気にのどに流し込むと、トレイを持って食堂の返却口まで持って行く。そして、必要な物を手にとって、集合場所へと俺は歩いていった。









 

「ぃよしっ、全員揃ったな!」

 明るい声が耳朶をうつ。

 威勢良く声を発したのは、指定された部隊待機室の中で一列に整列した俺たちに向かい合うようにして一人立っている人物。深い紺色に見える長い髪を頭の後ろでひとまとめにし、乱雑にまとめられた髪は肩のあたりまで下がっている。中肉中背の男は、見た目三十代前半ぐらいの容姿だった。

 その人は髪と同じ紺色の瞳を整列した十四名一人ひとりをじっと見つめる。そしてひとつ頷くと、にっと明るい笑みを見せた。

「技術部調査課一班の班長、ロン・ディーノだ。今回はいつもの十二名に加えて二人の士官学校生が来ているからな。一応、自己紹介だ」

 ディーノ班長は快活に笑ってそう言うと、班員十二名を順々に紹介していく。十二人中、男が七人で女が五人。その誰もが優しそうで温和な雰囲気を持っていた。班の空気も暖かく、気持ちよく任務に集中できそうだと感じさせた。

 俺の他にもう一人いる士官学生もそう感じたのか、ほっと息をついたのがわかった。男二人、学生側には華がない。が、そのもう一人はちょっと太ってはいるが気の良さそうな奴なので、居心地の悪い思いをすることもなさそうだ。

 そうこうしているうちに俺たちが自己紹介をする番が回ってきた。まずは俺以外のもう一人が自分の名を名乗る。

「し、士官教導センター技術士官コース所属のランド・コルベット、十三歳です! 魔導師ランクは総合Bです! よ、よろしくお願いします!」

 緊張しているの大きく声を上げて言うと、丸っこい身体を勢いよく前に倒す。薄い茶色の髪とメガネ、気弱そうに八の字になった眉が特徴的な奴だが、やはりその身体つきに目がいってしまう。そんなランドの挨拶を受けた彼らは、笑顔でよろしく、と返していた。

 逆に俺はびっくりだった。確かこの企画は陸海空士官志望者が中心のはず。もちろん俺という存在がいる以上、俺のように他コースの奴がいる可能性もあるのはわかるが、本当にいるとは思わなかった。

 それも技術士官。ある意味で今回の任務には適した人選なのかもしれない。

「へぇ、技術士官志望か。なら、もし地上に来ればまた一緒になるかもな。頑張れよ、コルベット」

「は、はい!」

 ディーノ班長に激励され、ランドは恐縮したように身を固くさせた。今から任務に赴くというのに、大丈夫だろうか。同じ学生の身でありながら、ついつい心配してしまう。一応、俺より年上のはずなんだがなぁ。もうすぐ十一歳になるとはいえ、十歳の俺にここまで気をもませる十三歳ってどうなのよ。

「それじゃ最後に君か。自己紹介よろしくー」

 軽いノリで言う班長に促され、俺は一歩前に出て口を開いた。

「普通士官コース特殊士官クラス所属のクロノ・ハラオウンです。年齢は十歳。魔導師ランクは空戦Aです。よろしくお願いします」

 空戦、というあたりで僅かに動く皆さんの眉。やはり陸の人にはいい顔をされないな、と俺はため息を吐く。きっと、今頃俺と同じく空戦ランクを持つ人たちは苦労していることだろう。陸と空、お互いもう少し仲良くしてくれればいいのに。常々そう思う俺である。

 だが、ディーノ班長は変わらず笑みを浮かべたまま俺に声をかける。

「へぇ、空戦か。やっぱり砲撃か?」

「いえ、近接です。俺の場合、飛んで突っ込んで殴るしか能がないもので」

「近接?」

「はい。近接空戦が俺のスタイルです。どうも性格上、総合も砲撃も合わないみたいで」

 俺が答えると、周囲の皆は途端に少しざわめき始める。珍しい、それなのにAか、などなど。やはり管理局全体でもミッドの空戦近接型は珍しいというのに、地上部隊ではそれ以上に物珍しいらしい。あまり聞いたことのないスタイルであるとともに、遠距離戦主体というイメージのある空戦とは違ったそれに、違和感を持っているようだ。

 微妙にざわついた集団だったが、班長がひとつ柏手を打つと、ぴたっと静かになる。そこらへんは流石に正規の局員だ。学生ではこうもすぐにはいかないだろう。

「はいはい、話はあとあと。今は何よりこの二人を歓迎しよう! 二日間だけだがようこそ、調査課一班へ!」

 班長の言葉が終わると同時に、俺とランドを除いたメンバーから一斉に拍手が贈られる。隣で照れたように頭を下げるランドを見ながら、俺も悪くない気分で頭を下げる。一時的とはいえ仲間として受け入れられたようで嬉しかった。それはランドも同じだっただろう。頭を下げた状態でちらりと見れば、同じくこちらを見ていたランドと目があった。同じ気持ちを抱いていた俺たちは、互いに小さな笑みを浮かべるのだった。

 それからはミーティングルームで今回の任務についての説明がされた。といっても、ごく簡単なものだ。地震が起こっているという渓谷に赴き、周囲が崩落したりしないか様子に注意しながら調査担当者らが魔力素濃度やその乱れによる影響との関連性、そして地下のプレートの様子を探る。俺たちはその護衛とサポートを行う。そして十分なデータが取れたら即座に本部に戻り、そのデータの解析を行う。

 とはいっても、データの解析は俺たちには出来ない。つまり、実質ここに帰ってきてしまえば俺たちの任務は終わりということになるのだ。技術士官志望であるランドならデータ解析にも手を貸せるのかもしれないが、俺にはどうしようもない。真実、俺にとっての今日の任務はそれだけで終わりなのだった。

 いくらなんでも、これだけではあんまりではないだろうか。そんな気持ちが表に出ていたのか、班長は苦笑して俺の頭に手を置いた。

「まあ、そう腐るなよ。今日はお前の活躍はないかもしれないが、明日の任務は違うかもしれないじゃないか。まあ、任務内容は明日発表だけどな」

 はっはっは、と快活に笑いながら俺の頭をぽんぽん叩くディーノ班長。完全に子供扱いだが、今の俺は確かに十歳。それは仕方ないが、本当の俺はディーノ班長とは同年代なのだ。なんとなく悔しい。いっそのこと、班長の後頭部でゆらゆらと揺れる尻尾を引っ張ってやろうかとも思ったぐらいだ。さすがにいきなり関係を悪化させたくはないので自重したが。

 ふいに、俺の頭に置かれていた手が消えて、班長は再び俺たちの前で向き合うように立った。自然、俺たちも整列して班長に対する。班長はやはり笑顔のままで口を開いた。

「さて! 任務内容は確認したな? 危険度が低いからと油断はするなよ。油断大敵、何かあってからでは遅いんだ。学生二人は特にそれを意識しておくように」

「「はい!」」

 俺とランドの返事が被る。班長は満足げに頷いた。

「よし! それでは調査課一班、現地へ向かうぞ!」

 班長の声に応えるように、俺たち全員による返事が室内に響き渡った。
















 

 そんなわけで移動してきたのはクラナガン郊外に位置する中規模の街、そこから数十キロ以上離れた所にある自然の渓谷だった。

 かなりクラナガンや郊外のベッドタウンから距離があるからか、この渓谷と周囲は自然がそのまま残されている。あまり離れすぎているので、開発しても元手が取れないだろう。

 しかしながら以前一度だけ開発しようという動きがあったらしい。大規模なレジャー施設を建設しようという話が持ち上がったのだ。しかしながらその企画は頓挫することとなる。というのも、開発しようとしたのはいいが、この美しい景観がなくなるのは良くない、と首都や周囲の町の人間の多くが反対の意志を表したからだ。

 実際、高所から見ると、緑豊かな森の中で木々や葉に隠れるようにして存在し、その隙間からちらりと覗かせる悠然とそびえる大岩や岩盤で形作られた渓谷は、自然の壮大さを見る者に感じさせる。当時の人たちが反対した気持ちもわかるというものだった。

 それ以降、ここを開発しようという動きは見られることはなく、自然はそのままの状態で保たれることとなった。岩と緑だけが支配する巨大な渓谷。近づけば、その雄大さには圧倒された。

「すげぇ……予想以上だ……」

「うん……」

 思わず声を洩らした俺の言葉に、ランドも短く相槌を打った。

 調査班と共に郊外のこの場所まで移動してきた俺たちは、今まさに渓谷の入り口に立っている。緑が続いていた道は途切れ、代わりに現れたのは赤茶色とベージュに近い茶色が織りなす大自然の芸術だった。

 左右にそびえ立つ岩壁は悠に十メートルは超えているだろう。それが微妙な凹凸を見せながらずっと視界の先いっぱいまでつながっている。途中でカーブしているのかそこから先は見えないが、きっと同じような光景が続いているのだろう。両側に立つビルほどもある壁は、静かな圧迫感を持って俺たちを迎えていた。

 両側の岩壁。その間に空いている幅二メートルほどの地面を俺たちはゆっくり進んでいく。俺たちは後方に配置され、背後の危険に対応するように言われている。だが、これだけのものを見せられては、目を奪われるのも仕方がないと思う。

「すごいね、クロノ君。僕、こんなの初めて見たよ……」

「俺も同じだ。この光景が見れただけでもこれに参加した価値があるよ。なぁ、ランド」

 俺が同意を求めれば、ランドはやはり頷いて同意を返した。

 ちなみにランドが俺をクロノ君と呼ぶのは、俺がそう呼ばせたからだ。ここに来るまでの道中、同じ学生ということもあって俺とランドはそれなりに親交を深めようと話していた。そんな中、ランドはハラオウン君と言いづらそうなファミリーネームのほうを連呼していたので、呼びやすいクロノのほうを呼ばせたのだ。最初こそ遠慮していたランドだったが、俺が強く言うと、諦めたのかそう呼ぶようになった。そして、同じように俺はランドのことを名前で呼ぶことにしたのだ。

 とはいえ、向こうは君付け。俺は呼び捨て、というのはいかがなものか。一応ランドのほうが俺より三つ上ということになるんだが、ランド自身は呼び捨てにされることに抵抗はないみたいだった。大らかなのか、自分に自信がないのかは知らないが、俺としては呼びやすいので結局そのままである。

 メガネで太っちょという容姿のわりには、どこぞの少佐のように気が強くはないらしい。というのが俺の感想。まあ、あんなデブがそうそう居ても困るが。

 とりあえず、そんなわけで俺たちは互いに気兼ねなく話すほどには仲良くなっていた。二日間任務を共にするのだから、仲が良いに越したことはない。俺たちは後ろのほうで話しながら調査班のあとを歩くのだった。

「そういやランド、なんでこのプログラムに参加したんだ? 正直、積極的に行動するタイプには見えないんだが」

 歩きながら、最後尾に位置するところにいる俺は一歩前にいるそいつに疑問を投げかける。話していてすぐにわかったことだが、こいつは気弱で受け身であることを体現したような男だった。メガネの中の瞳は不安気で、眉はただでさえ八の字だというのにさらに急勾配になっている。見た目的にも、個人の希望制であるこのプログラムにわざわざ出たいと言い出すとは思えなかった。

「そ、それは……」

 言いづらいことなのか、ランドは逡巡しているようだった。だが、結局話す決心がついたのか、ランドは俺の顔を見据えて口をひら――

「あ、ひょっとして気弱な自分が嫌で、自分を変えるためとかか?」

 ――いたのだが、そこから言葉が出てくることはなかった。

 ……どうやら被せる形になってしまった俺の言葉がビンゴだったらしい。ふと思いついてつい口をついただけなんだが。

 さすがにバツが悪い俺が微妙な顔をしていると、ランドはもとから八の字の眉を今度は富士山なみの急勾配にしていた。言葉を遮られた上、言い当てられたことが相当ショックだったらしい。

 そしてついには俯いてぶつぶつと何か言い出す始末だ。

「……いいんだ、いいんだ。どうせ僕はいつもこうなんだ。弱虫で臆病なまま一生を終えるんだ。わかりやすい考えしかできないんだ。……う、うぅ……」

 下を向いて何事かを涙声で呟きながら鼻をぐずぐずさせるランドは正直キモかったが、俺はそんな様子などおくびにも出さずにランドの肩に手を置いた。

「まぁ、それがお前の人生だよ」

「よりにもよって君が言うの!?」

 ぶわわっと涙をためた目でこっちを恨めしげに見るランドは、さすがに傷ついているようだ。慰めるつもりが傷口に塩を塗りこむ形になってしまった。正直すまんかった。

「いや、悪かったよ。お前ならきっとできるさ!」

「さっきの言葉が言葉だけに、信用度ゼロだよね」

 きっぱりと言い切るランド少年。なんだ、別に普通に話せるじゃないか。

 とはいえこれでは面白くないので、なに逆らってんだゴラァ、って感じで凄んで見せると、ランドは怯えて眉を八の字に戻した。

 ……ちょっと面白いなこいつ。十歳の子供に怯えるのはどうなのかと思わなくもないが。

 そんな感じで俺がランドで遊んでいると、さすがに見逃せなかったのか班長から叱責の声が飛ぶ。

「こら、ハラオウンとコルベット! 喋ってないで集中ししろ、集中!」

 その声を聞き、慌てて返事を返す俺とランド。ランドがなんで僕まで……、と呟くのが聞こえたが、班長から見れば一緒にふざけていたようにしか見えないわけで。俺のせいということもあって申し訳なく思わなくもなかったが、また怒鳴られることを避けるために口を閉ざすしかなかった。

 それ以降は私語は一切なく、口を閉ざしたまま渓谷を静かに進む俺たちなのだった。















 

 どれぐらい進んだのか。いくらか渓谷の間の道を進んでいくと、ふいに少し開けた場所に出た。そこは、十四人全員が輪になれるほどの広さがある広場だった。班長はおもむろに立ち止まって周囲を見渡すと、ここで調査を行うことを宣言した。そして、それぞれに指示を出し始める。

 ランドを含めた技術系の班員は持ってきた機械類の設置準備。技術系の人間はこの反の中で十人と多いので、ほとんどの人間がその準備に追われることになる。残った俺を含めた四人は周囲に散って警戒を行う。四人という数を利用して、俺たちは四方にそれぞれ移動して警戒に当たることとなった。班長に指示され、俺たちはそれぞれの行動を取り始める。

 ガチャガチャ、カタカタと様々な機具が次々に組み立てられ、俺には少しも使用用途が分からないひとつの機械が出来あがっていく。十人がかりで作業していることもあってか、十五分もすれば機械は組みあがり、あとはコード類をそれぞれに接続していって準備完了。

 仕上がった機械を見て、班長は頷いた。

「――よし。それじゃあ、リタからビリーまでは小型機械を持って広場の隅々まで捜査。マリアとルーシーとケインはこっちで計器を見ているように。何か異常があったらすぐに知らせろよ。コルベットはマリアたちについてサポート。ハラオウンは俺たちと一緒に周囲を散策。といっても、俺たちも小型探査機を持ってだけどな」

 はい、これ。と手渡されたのは携帯電話より一回りは大きいPDAのような機械だった。折れ線グラフのようなものが画面中央にあり、他にも小さく棒グラフとよくわからん数字が絶えず変動している。

 これをどうしろと?

「持ってればいい。それで歩きまわって、異常があればすぐに警告音を出すからそれを聞いたら連絡をくれ。じゃ、みんなよろしく。さ、俺たちはさっき自分たちが担当していた方角を散策するぞ。――調査開始!」

 パァン! と叩かれた手に弾かれるように皆が動き出す。対して俺とランドは慣れていないためか行動開始が少し遅れた。ランドは慌ててマリアさんらの所に向かい、俺は急いでさっき警戒していた方角へと足を向けた。

 俺が担当していたのは北の方角。つまり渓谷の出口の方向となる。班長達はそれぞれ三方に向かっていったようだ。東西は岩壁が邪魔をしているが、どうやったのか既に岩壁の上のほうに彼らはいた。調査班というわりには肉体派な人たちだと思う。

 っと、それより自分のことだ。任されたからにはやりきらなくてはなるまい。俺は改めてあの班の一員として任務を受けている自覚を持ち、PDAもどきを片手に北の方へと足を進めた。





















※メガネで太っちょのどこぞの少佐
「HELLSING」の例の少佐。えんえんと六分間も演説を続ける彼は、結局のところ「マジ戦争大好きヤベェwwちょ、おまいらあの厨坊どもにヤキ入れてやろうぜwwwうぇwwwうぇwww」ということを話し続けているだけである。




あとがき
 なのは映画化かぁ。どうやら内容は第一期の様子。とりあえず見に行かなくてはね。きっと総集編みたいな内容なんだろうけどさ。
 というわけで、今回のお話はクロノ任務に臨む、の巻です。
 オリキャラ多数。まあ、今回だけのキャラばっかなんで深く考えないでください。続けて出る輩もいるかもしれませんけど。
 あと、レジアスさんが出てきましたが、前回言っていた「この時期に出るのか…云々」のキャラは別の人です。次か…次ぐらいに出てくると思います。
 というわけで、次回もお楽しみに~^^

 

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Comment
PDF?
「まつろわぬ日々」大好きで、いつも読ませていただいております。
で、今回、少し気になる部分があったのですが……。
PDFじゃなくて、PDAじゃないでしょうか。
男爵 2008/07/29(Tue)18:32:25 編集
RES
>男爵さん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
しかしながら、こいつはうっかりです^^;
最近AdobeのReaderを扱うこともあったので、ついついPDFと書いてしまったみたいですw
報告ありがとうございます。直しておきました~。
雪乃こう 2008/07/29(Tue)19:12:37 編集
無題
映画ってまじですか?
リリカルやとらハでどんだけ稼ぐ気だ
その前に某誌で一話残して打ち切った伝説の「D」を最後まで書け都築!

それはそれとして映画やるならプレシアの過去話とか苦悩をもちっと描いてほしいな
スケープゴ-ト 2008/07/29(Tue)19:18:03 編集
RES
>スケープゴートさん
映画化はマジらしいですよー。
とらハもかなりのものでしたけど、なのははホントにかなりの儲けでしょうね。これだけ人気が出ているわけですし。
Dは残念ながら知りませんが、すっかり都築さんもなのはにかかりっきりですねw
第四期もやってほしいものです。
過去話…やってほしいですね。でもたぶん、一期の総集編なんじゃないかと私はあたりをつけているんですけどねー。
雪乃こう 2008/07/30(Wed)14:10:51 編集
無題
どうも、初めまして。流刑と申します。
毎回楽しく読ませていただいております。
クロノは、いつエロノへ変貌するのかが気になるところ(え
流刑 2008/07/31(Thu)00:37:08 編集
RES
>流刑さん
はじめまして流刑さん。
毎回来ていただいているようで、ありがとうございます^^
エロノ・ハラマセルンになる予定は今のところありませんが……なったらなったで面白そうですねw
雪乃こう 2008/07/31(Thu)19:22:26 編集
無題
「そして、レジアス大佐が言っていることはまさに管理局の思惑だった。(中略)レジアス大佐の言葉には迷いがない。」

意味不明です。この状況で迷いながら発言する奴が何処にいるのか聴きたい。
かなり変だなと思いながら読んできましたが、このシーンは決定的でした…。
主人公が超人である必要はないが、あまりに的はずれな言動を繰り返すのはどうにかならないのでしょうか?
NONAME 2008/08/11(Mon)21:29:31 編集
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