2-13
駆け出した俺はホバリングをしながら縦横の高速移動でチンクに迫る。限りなく地面に近いホバリングなら、縦もある程度は使えることから、これは今後室内で重宝しそうだなと頭の片隅で思った。
「どりゃあっ!」
魔力スフィアを形成してチンクに飛ばす。ナイフの隙間を縫うように進んだそれは、チンクに勢いそのままに衝突する。
が――、
「AMFがある、と言ったのを忘れたのか? そんなもの効かんよ」
コートの力に阻まれてダメージにはならない。そんなことはわかりきっていることだ。今のはただの、試しにすぎない。
「はっ、そうかい。じゃあ……」
再び魔力スフィアを作る。今度は三つ。そして、彼女にまっすぐ進むようにスフィアの裏側にブーストの円盤を設置する。
「これならどうだ!?」
言葉と同時に円盤から魔力が噴出。さっきとは比べることすらおこがましいスピードで、スフィアが一直線に向かっていく。
「なっ……!?」
想定外のスピードで迫るスフィアに、慌ててナイフを操作して迎撃。しかし、一つは撃ち漏らしてそのまま向かってきている。チンクはコートを翻して対処しようと試みる。結果、それはなんとか成功してぎりぎりでスフィアはかき消えた。
俺の十八番、円盤ブーストを利用した対象の急加速。自身に使うこともあれば、こうしてスフィアやブレイドなど色々なものに使うこともある。
あんまりこの戦闘では使っていなかっただけに、真正面から使えばさすがに怯ませるぐらいはできたか。俺は上々の結果を確認しながら、一直線に猛接近する。
「せやぁッ!」
≪ブレイクインパクト≫
もうその魔法名を告げてくれる相棒はいないが、魔法そのものを使えなくなったわけではない。術式は自分で覚えている。組み上げていたそれを起動させて一撃を見舞う。魔力を纏わせた一撃を。
「ぐっ!」
当然、コートに当たった瞬間に魔力は霧散する。しかし、拳の衝撃まで消せるわけではない。また、魔力でコーティングされているので、一瞬とはいえ纏わせた魔力の消失から拳自体の接触までは誤差がある。その間、事実上拳に触れていない彼女はランブルデトネイターをG-1にかけられない。
結果、衝撃はそのまま彼女に伝わり、チンクは空中から地面に落下するかのように降下していった。
「どうだ、チンク。魔法そのものが効かないなら、二次的な効果で倒せばいい。それだけのことだろ?」
原作でなのはもやっていた。AMFが魔法に対する絶対的なアドバンテージになるわけではない。既に原作で証明されている以上、それが俺に出来ない道理はない。
とはいっても、あっちはガジェットドローンであり、こっちはナンバーズのチンクだ。俺に対して絶対的有利な状況で無意識に油断しているだろう今の彼女でなければ今の一撃は不可能だっただろう。
しかし、この一撃は大きい。これでチンクには警戒が生まれる。油断はなくなるが、今度はあり得るかもしれない可能性を考慮した戦い方になるだろう。その本来のスタイルから少しずつ乖離した戦いの中にこそ彼女の隙は徐々に生まれ、逆に俺の勝機は生まれてくる。
「……確かに。私はまだお前をなめていたようだ」
地面に降り立ったチンクは、再びナイフを両手に装備し、構える。違うのは、わずかに前傾姿勢で、これまでのように後方で観戦するようなスタイルではないこと。
「全力で行く」
「来いよ、戦闘機人」
直後、彼女の手から放たれたナイフがあり得ない機動で俺に迫る。それと同時に、弾かれるように駈け出した彼女の身体。
俺は迎え撃つようにナイフの群れに向かっていった。
近づくナイフをかわしていく。自身も動いているからか、さっきまでの精度がない動きだが、それでも物理法則に反した動きをするナイフは十分に脅威だ。俺は注意深くチンクも目の端で追う。
左から接近してきたチンクは、ナイフを至近で発射。俺はそれを紙一重でかわしつつ、チンクに攻撃を加える。しかし、後ろに下がって避けられると、さらに空中で舞っていたナイフが俺に迫る。
いくつか魔力弾で撃墜しながらも、ついに一本が足に刺さる。
「づッ!」
しかし痛がっている暇はない。すぐさま俺はナイフを抜き取ってチンクのほうに投げ捨てる。
途端、やはり爆発させようとしていたらしく、チンクによってナイフは爆発。チンクの目の前に煙幕が張られ、俺はそこに向かって思いっきりドリルを投げた。
「くっ……!」
煙の向こうからチンクの苦悶の声。
「ひぃっ!?」
そのあとにランドの恐怖の声。どうやら投げたドリルの先にいたランドに掠ったらしい。すまん、さすがにそれは予想外だった。
そうして徐々に煙が晴れ、その先には頬から一筋の血を流すチンクの姿。かすっただけだったか。俺は舌打ちする。そのあとにようやく足のナイフが刺さった傷が痛み始める。血も出しているが、大きな血管を傷つけてはいないようだ。そこまでの出血ではない。
それだけを確認して、チンクに目を合わせた。
「……まさか、自分の能力に邪魔される日が来るとは」
「物は使いようだぜ? 力が足りないなら、相手の力を利用すればいい。利用するものがないなら、自分で何か作り出せばいい。やろうと思えば、手はいくらでもあるもんだ」
「ああ、勉強になる」
だが、とチンクは続けて言葉を切る。
「この身で味わった以上、次はない。……行くぞ」
「上等だ!」
再び戦闘が始まる。
チンクはナイフを放ち、時には接近してきて直接攻撃すら加えてくる。それもまた、ナイフの弾幕故の行動だろう。実際、俺は接近してきてくれているというのに決定的な攻撃はできていない。
俺もまたナイフを打ち落とし、チンクに接近して攻撃を加えている。しかし、綺麗に入ることはない。チンクにかわされ、ナイフに邪魔される。
逆にナイフが俺に傷を負わせることは普通にある。掠ったこともあれば、近くで爆発したせいもある。S2Uほどの質量はないので爆発自体はさっきに比べれば大きくはないが、直撃すればヤバい。状況は明らかに俺に不利だ。
ナイフが飛ぶ。
かわす。接近して攻撃。
避けられ、ナイフが迫る。
魔力弾で迎撃。ついでにチンクにも放つ。
コートで払ってかき消される。その隙に俺は接近。一撃を見舞うが、コートに掠っただけだ。再びチンクからナイフが放たれて距離が離れる。
そんな繰り返しだ。
決定打がなく膠着状態。たとえランブルデトネイターのナイフで周囲を囲まれても、俺は機動でかわす自信がある。伊達に幼いころから飛んできたわけではないし、空中で近接戦をやるからには俺の機動力は教官でさえ舌を巻くほどの機動性がある。そもそも、そんな状態には持っていかせない。だから、チンクに決定打はない。
対して、俺も同じだ。ナイフをかわせても、ナイフの軌道によって俺の動きをある程度制限できる彼女にとって俺の動きは読みやすい。そのため、一撃を入れようとしても簡単にかわされてしまう。接近戦専門でない彼女にことごとく避けられるのはそれが原因だった。
さらに、AMF効果のコートによって魔力攻撃も効いていない。ゆえに、俺にも決定打はない。
だが、この状態が続けば俺が負けるのは必至だ。なにしろこっちは盛大に怪我を負っているのである。いまだに頭はガンガン痛いし、肋骨辺りはズキズキ痛む。ナイフが掠ったところからは血が滲み、ナイフが刺さった足などからは血が滲むというよりは流れている。
このままでは失血死。あるいは身体が動かなくなったときにチンクにやられるだろう。
つまり、膠着状態に見えつつも俺はいま絶賛大ピンチというわけだ。
(ああ、ちくしょう)
思わずそんな悪態もつこうというものである。何度目かの攻防を終えて宙で睨み合う状態のまま、俺は心の中でそう思った。
『だ、大丈夫なのクロノ君?』
にらみ合う状態にある今を見計らって、ランドが念話を入れてくる。俺はそれになんでもないように返す。
『ああ、まあな。それより、俺が言ったことを忘れるなよ』
『う、うん……。……課題って奴は、どう?』
『……なんとかなる。心配するな』
『わ、わかったよ』
そこで念話を切り、再びチンクとの睨み合いに集中する。ランドから言われた言葉を反芻しながら。
(課題、か……。力不足、とか言ってる場合じゃないんだよな)
アリアは将来的には、と言っていたが、今出来なくては困る。それさえ出来れば、間違いなくこれは現状打破のきっかけになると確信できるからだ。なにしろあの鬱陶しいコートを無力化できるかもしれないのだ。
そこだけでもクリアすれば十分に俺でも対抗が可能になる。なにしろ、今のチンクはまだ稼働し始めてから時間があまりたっていないだろうせいか、いかにも戦術が弱い。
ナイフの大量さを利用しての弾幕は確かに脅威だが、それらを一点集中で使用してこない。その利用方法を思いつかないのか、一点に集中させてナイフを制御しきれる技術がまだないのか。ナイフを一点に集中させて発射した後、もし相手の撃墜に失敗したとき。ぶつかり合ったナイフを一本一本動きを把握できるほどまだ習熟していないのか。あるいはその時に爆発機能を使用した際の大爆発のあとに煙の向こうのナイフを制御できないのか。
理由は多々思いつくが、いずれも彼女の未熟性を補強するものばかりだ。もし原作でスバルにやっていたようなナイフの一斉制御による高等技術を使われていたら俺は今頃死んでいるかもしれない。
ナイフを空中に撒き散らしつつも、実際に彼女が操るのはそのうちで五本から十本だけだ。他は空中で静止して機雷のような役割にしかなっていない。明らかに彼女は――少なくとも原作よりはまだ未熟なのだ。
(……それに、あのナイフの奇怪な軌道。あれも、たぶんなんとかなる)
そこまでくれば、今の俺でもなんとかなるはず。というか、そうじゃなけりゃ何とかなるはずがない。原作時のチンク相手とか、勝てるわけないし。だってゼストにも勝ってるんだぜ原作のチンクは。俺なんか無理だろ常識的に考えて。
今の俺でも何とかなるかもしれないというレベルが今のチンク。だからこそ、俺はアリアが言っていた俺の戦闘スタイル――その基礎となる技術を身につけなければいけない。この場で。この時で、だ。
前々から考えてはいたし練習もしていたから、イメージはしやすい。だから、こうした睨み合いに入るたびに、俺は自分の内へと意識を傾けていた。
思い描くのは、アリアに言われたあの技術。とんでもなく魔法制御術が要求されるそれは、明らかにオーバーSランクの技術である。しかし、それがやれなければ、俺は勝てないだろう。
ゆえに、やり遂げる。やれるかどうか、不安になるな。やれるに決まっている。
俺はこの先に行く。行かなければならない。母さんが待ってる。父さんの理想がある。俺の夢がある。だから、俺には出来るに決まっている!
俺は確信に近い信念とともに、ゆっくりと自身の内で力を練り込んでいった。
□
「――『合成』?」
「そう」
俺はアリアから聞いた言葉を、鸚鵡返しに口にする。それに頷いて答えるアリア。……うむ、よくわからん。
「よくわからないって顔ね。どういうことか、説明しましょう」
顔に出ていたらしい。なんだか単純バカを地で行くような反応を返してしまったようでちょっと落ち込みつつ、実際に疑問だらけなので、素直に頷いて聞く態勢に入る。
それを見届けて、アリアは口を開いた。
「まず、魔導師と呼ばれる人間は魔法を使う。そのためには魔力が必要であり、魔力には魔力光に代表されるように各個人間でそれぞれの特性を備えている。これはわかるでしょ?」
こくり、と頷く。
それは本当に常識レベルの話だ。俺で言うなら水色の魔力。なのはなら桜色、フェイトなら金色。魔力の特性とは言うが、ほとんどは魔力光だけのことだ。魔力変換資質はあれは魔力を個人の先天技能で変換しているだけで、魔力そのものの特性ではないし。
「さて、ここでいま私が魔力の特性と言ったことに疑問を感じなかった? 普通、魔力光などを指す場合は特性という言い方はしない。教科書でも個人の魔力光の違いなどの差異は、例えば単純に『魔力ごとに色分けされている』みたいな回りくどい言い方をする。それはなぜか」
アリアは右腕を立ててその肘に左手を添えると、右手人差し指をぴんと上に向けた。
「答えは簡単。ごくまれに固有魔力そのものに特性を持った存在が現れ、その特殊能力を“魔力特性”と呼ぶから。レアスキル以上のごく稀に、魔力変換資質とは異なり、なんの過程も踏まずにただ魔力を出すだけで効果を生む特性を持つ者が現れるのよ」
「ほう」
それは初耳だ。リリカルなのはの中でも聞いたことはなかった。俺はより一層興味を増してアリアの言葉に耳を傾ける。
「以前には、魔力特性“氷”がいたわね。魔力そのものに冷気があって、巨大な魔法を使うと付加効果として“氷結”が加わるという人だったわ。魔力そのものが要因だから、あらゆる魔法にその効果は現れるっていうところが、自分の意志で魔力を変換して付加効果をつける変換資質との違いね。ちなみにその基準は魔力をどれだけ使うか。使う魔力量に比例して、涼しい程度から寒い、最後には氷結という結果まで至る。暑い日はバリア張って涼んでたりしてたらしいわ」
クーラー要らずとはなんと羨ましい。今一瞬、純粋にその能力欲しいと思ってしまったぞ。
感心しきりの俺に対して、アリアは表情を引き締める。それを見てとって、何かあるのだろうかと俺も表情を改める。そして、アリアの話は続く。
「魔力特性はそれだけ聞けばお得な能力に思えるけど、回避不能な問題があるわ。何か分かる?」
突然話を振られて一瞬対応がとれないが、すぐに考え始める。……が、考えるまでもない。アリアが言っていた魔力変換資質と比べれば、答えはすぐに出た。
「あらゆる魔法にその効果が現れるってことはつまり……自分の意志で制御できないってこと?」
俺の回答に、アリアは首肯で答えた。
「そう。魔力特性は非常に便利で利用度が高い能力だけど、勝手に発動してしまうものだから自分で制御がきかないのが最大の問題点。魔力を使えば必ず発現してしまうそれは、時に術者の首を絞めることになる。……実際、その人はある任務中に相手に魔力を暴走させられて、自分とその半径三キロにわたり氷結させて地上にコキュートスを作り出したらしいわ。植物も、人間も、当然仲間も敵も諸共ね」
あくまで淡々と告げるアリアの口調に、思わず俺の喉を唾液が嚥下する。地上に現れた氷結地獄。それがただの魔力の暴走で起こったのだとしたら、それは恐ろしいの一言にすぎる。
普通、ただの魔力の暴走であった場合そこまでの破壊は起きない。なぜなら魔力それ自体に破壊という指向性はないため、単純に高純度の魔力に影響された物質などが崩れやすくなりはするが、わかりやすく破壊されるということはない。
それを考えれば、魔力特性は恐ろしい。これでもし魔力特性が“爆発”だったりしたら、核爆弾級の爆発が起こってもおかしくないのではないだろうか。
ごくり。自分の想像に怖気が走った。かつて日本に暮らした者として、核のもたらす効果は単純に爆発力だけでも十分にわかる。
魔力特性。それが備える問題点は非常に恐ろしいものであると認めざるを得ないだろう。
「……わかってもらえたみたいね。この能力の恐ろしさが。まあ、ここまで来ると話が脱線しちゃってるけど、とりあえずそういう能力があって、そういう問題点があったって認識してくれればいいわ。今の話は完全に蛇足だしね」
「そ、そうなのか?」
「そうよ。……さて、ここでもう一つ質問。魔力そのものに発現する能力で、氷結などの特性を持ち、自分の意志に依らずに現れる効果という問題を持つもの。そして魔力量に比例して威力が上下するもの。何か思い当たらない?」
「へ?」
再び問われて、俺は再度頭をひねる。それらの特質を備えたもの……。アリアがこうしてわざわざ問うからには俺が知っているものなのだろう。うーん、と首をかしげてみるが、出てこないものは出てこない。
俺が唸っていると、呆れたようにアリアがため息をついた。
「はぁ……あのねぇ。あなた、自分で使ってるでしょうが」
「え? ……ああ!」
はっとして俺は思わず声を大きくする。
「ATフィールド!」
「……まあ、そうね。あなたの持つレアスキル“魔力遮断”。これも魔力特性に非常に似た効果を持っているわ。魔力を問答無用で遮断するという特性、自身の魔力は打ち消せないという問題。それらは能力そのものが有する特徴であり、クロノ自身が使おうと思っているわけではないという点。そしてともに先天技能であるという点もね。魔力遮断がスキルである以上、自分の意志でオン・オフは可能だけど、発動すれば効果が術者の意志に依らないという点はとてもよく似ているわ」
改めて言われてみればそうだ。発動の意志以外は能力そのものの力であって、別に俺がそうしているわけじゃない。発動させた後はオートで効果が現れるATFは、その特性や特徴を見ればアリアが言う魔力特性に似通っている点がある。
「魔力特性とあなたのレアスキル“魔力遮断”。それらが似ているという点を理解したところで、ではなぜ私がこの二つを比較したのか」
右手の人差し指を揺らしながら、アリアは続ける。
「答えはこう。魔力特性を持つ使用者が行っていた魔法活用法をあなたも使えるだろうと思ったからよ」
「はぁ」
と言われても、その使用法を俺は知らないので頷くことも出来ないのだが。
しかし俺にかまわずアリアの説明は続いていく。
「まあ、魔法活用法と言っても、彼らにとっては普通に魔法を使っているだけなんだけどね。でも、それは私たちからすれば異なる魔法の使用法に他ならないわ。現れる効果が違うのだから、区別するのは当然ね。例えば氷特性の人は魔法を撃てば相手が凍りついたり、という効果を持つ。私は、これがあなたにも出来ると考えたわ」
「相手を凍りつかせることが?」
俺が素直に口にすると、あからさまに憐れむような目を向けられた。……そんな目で見ないでよアリア。俺だって考えなしの発言だったって思ってるんだから。
「そうじゃなくて、あなたのレアスキルの特性はなに?」
「魔力を問答無用で打ち消すこと……あ、つまり?」
「そう」
アリアは俺の考えを肯定するように頷く。
「つまり、“魔力遮断”をすべての魔法に混ぜ合わせることであらゆる魔法にその効果が表れるんじゃないか、ということよ。レアスキル自体は魔力が基だし、同じ魔力由来の技術である魔法なら可能だと思うわ」
アリアの言葉を聞きながら、俺は大きくうなずいた。
それなら確かに魔導師の天敵と評したのも頷ける。あらゆる魔法が魔力遮断の特性を持てば、相手のバリアやシールド、対抗魔法は全て無力化されることになる。もっとも俺の魔力量や魔力資質が上がらなければならないという条件はある。しかし、それもいずれは克服できるだろう。AAAを超えることがほぼ確定されている以上、将来的に俺は非常に大きなアドバンテージを魔導師相手に持つことになる。アリアが言ったとおりだ。
「幸運なことに、あなたの能力は“自身の魔力は打ち消せない”という特徴があるから、あなたの使う魔法と融合させてもあなたの魔法が打ち消されることはない。もっとも、魔力を遮断するという特性上、最初は反発しあうでしょうけど。でも、合成させることができれば、それだけで大きな力になる」
なるほど。はじめは鬱陶しい制限だとしか思えなかった“自身の魔力は打ち消せない”という特性だが、そう考えると悪くない。これまでも魔法を纏った拳の前に展開させたりしてはいたが、魔法そのものがその効果を持つとなれば、まるっきり話は変わる。
壁を出現させるためのワンテンポがなくなる上に、見た目ただの魔法でしかないのだから最高の奇襲が可能になる。さらに魔力由来の攻撃あるいは防御はほぼ無力化可能と将来的にはなるわけだ。
まさに魔導師殺し。俺が思う以上にATFには使い道があったみたいだ。
「付け加えれば、相反する性質を持つ力を掛け合わせるのだから、その魔法自体が持つ破壊力も増すと考えていいと思うわ。魔力遮断の効果を持ち、見た目は通常の魔法と変わらず、より破壊力を持った魔法。これは大きな武器よ。だから、魔法とあなたのレアスキルを混ぜ合わせる合成技術があなたには必要。それさえ出来れば、対魔法戦の切り札にもなりえる。……まぁ、あなたの保有魔力量が上がって資質も上がれば、だけど」
ですよねー。わかってましたよもちろん。破壊力も上がると聞いて、おお、と思ったけどやっぱりそれだけじゃないっすよね。
まあ、そこも忘れてはならないATFの特性である。ホント、そこさえなかったらこんなに便利な能力はないのに。まあ、それも俺のランクが原作近くになるまでの我慢だ我慢。
それに、実際のところAAまで行けばほとんどの実践魔法を上回れるから、そこまで行けば大丈夫だろうけどね。よっぽどの敵に当たらない限りは。
「それで、その合成ってのはどうすれば?」
とはいえ、やり方が分からなければ、鍛錬もくそもない。輝かしい俺の未来の為にも、必要な力は修めておきたい。
俺が尋ねると、アリアは少し悩んだ後、ひとつ頷いた。
「……とりあえず、一番分かりやすい方法でやってみましょうか。それじゃあ、右手に魔力遮断の壁を出して、左手に魔力弾でも作ってみて」
「ん。……これでいいか?」
右手の上に八角形の水色の壁。左手の上に水色の光る球体。それを確認して、アリアは続ける。
「それを両手を合わせるようにして混ぜ合わせてみて。ちゃんと融合した姿をイメージしながらね」
……それなんてカンカホウ? もしくは極大消滅呪文でも作るつもりなのだろうか。破壊力も上がるという時点で似たようなもんだと思わなくもないが。
まあ、冗談はそこまでにして、言われたとおりにやってみる。二つの力が合わさった姿。魔法を無効化する魔法。その姿を強くイメージしながら、両手を合わせて――、
「ぅわぁッ!?」
バチィイイッ!!
激しい稲妻が両手の間で飛び散り、ものすごい力で右手と左手がそれぞれ反対方向に吹き飛んだ。結果、思いっきり両側に腕を引っ張られたような状態になった俺。
「~~~~~~ッ!」
声もなく地に伏せて悶絶する。一人大岡裁きとか、何やってんだよ。ちくしょう、これマジに痛ぇ!
「ま、それが今の限界。あなたはまだ魔力の細かい作業をするには技術もなければ、集中力もない。一ミリ単位の誤差をなくすほどの精密さがないと、これは出来ない。それほどの技術よ。コツをつかめばそうでもないけどね」
ほら、と言いつつ右手に出したバリアと左手に出したバインドを合成してみせるアリア。
「これはただ合成しただけだし、別に新しい効果が出るわけでもないわ。強いて言えば、これじゃあどちらの効果も出ないただの魔力の塊ね。でも、本来は異なる術式で記述された魔法式を突然合成させるのは、それだけでかなりの難度になるわ。まずは術式を理解して、そこに違和感なく“=”を混ぜ合わせることよ。不等号が入れば、バランスが崩れるし、術式が合わない個所で融合させようとすれば、それだけで暴発する」
ふっ、とアリアの手から魔力塊が消える。
「術式にも、“ヘソ”みたいな部分はある。その魔法そのものの根幹。そこを見極めて新しい術式を書き込むことで、新しい魔法は生まれていくの。私みたいに最初から生み出すこともできるけど、クロノはそういうのは無理っぽいし。この合成技術を極めたほうが明らかに強くなれるわ」
いまだに痛みに腕がひりひりする俺は、地面に伏せながらアリアを見上げる。アリアは見下ろすように俺を見ていたが、その瞳の中の光はとても優しい光をたたえていた。
「だからクロノ。これはあなたに出す課題よ。いつかこの技術をモノにしてみなさい。私はロッテみたいにあなたを直接鍛えるようなことはしないし、出来ないわ。せいぜい知識と手数を増やしてあげる程度。だから、これが私が出す唯一の課題。あなたがこれをクリアして一回り大きく成長するのを楽しみにしてるわ」
ふっと柔らかい笑みを浮かべて言うその姿は、俺から見てもすごく魅力的だった。思わず見とれるほどに。
いきなりクロノ・ハラオウンという人物として生きることになった俺。魔法なんてものを学ぶことになるなんてまったく予想もしていなかったが、今こうして力をつけるのは意外と楽しい。
ましてや俺には夢がある。今はまだただの絵空事にすぎないが、俺がこの世界で生きる指針となった夢だ。父さんの理想をいつか実現する。“どこかの誰かの笑顔の為に”自分の力を使おうという俺の誓い。
それまでの俺は、ただ父さんと母さんを慕いつつも、これからこの世界で生きていくことに漠然とした不安を抱えるただのガキだった。
そこに意味を与えてくれたのは父さんだ。父さんの理想と、生き方こそが俺に生きる決意を与えてくれた。
憧れた父さんの理想。その生き方を貫くためには、まずなによりも力がいる。何かあった時に自分の信念を貫くための力がいる。だからこそこうして力を求めてリーゼの二人に教えを乞うているのだが、
(……楽しい)
そういった夢や信念とは別に、二人との時間は単純に楽しい。こうして何かの為に必死になって動き、誰かとの触れ合いの中に楽しさを見出す。人間の幸福とはこういうものじゃないだろうかとも思う。以前の仕事やしがらみに囚われた世界では、なかなか出来ないこれは生き方だった。
もう俺はこの世界の住人なのだ、となんとなく実感する。ここはもう俺の世界なのだ。俺は確かにここで夢を持って生きている。優しい母さんと、厳しい師匠たち。不満なんかない生活だ。
毎日ロッテと訓練する中で、魔法の講義以外ではアリアから直接的な指導を受けたことはない。そのアリアが俺のためにこれだけのことを考えていてくれたのだとしたら、それはやはり嬉しい。
なら、これぐらいの課題はやり遂げて見せなければ。まあ、そうとう時間はかかるだろうけど。
俺はそう決意を固め…………ふと、アリアの笑顔から視線をずらす。いや、意図してずらしたわけではないのだが、ゆっくりと視線が下がる。つつ、気づけば俺の視線はアリアのお腹のあたりまで移動していて、
「クロノ、何やってるの?」
「イエナンデモアリマセンヨ?」
すぐさま視線をアリアの顔に戻した。
そこにはコロス笑みを浮かべている師匠の姿。だって、俺って今伏せているから自然に見えそうな位置にいるんだもん。理性と本能は別物なので、これは仕方がないと俺は思うのですが。
しかし、アリアの表情は変わらない。こええ。
「とりあえず、今の合成技術の練習。三十回」
「ぅええッ!?」
俺、本当に腕ちぎれるかと思ったんですけど!? それを三十回もやれと!?
俺が驚愕とともに声を出すと、アリアはにっこりと笑った。
「不満?」
「ハハハ、マサカ」
すぐさま俺は首を振る。そして涙を流しながら合成技術の訓練を開始した。
……結論から言おう。その日の食事はロッテに食わせてもらうという屈辱を味わうことになった。
くそぅ、俺の精神年齢でこれは拷問だ。恥ずかしさで死ねると思った。ロッテはロッテでたまにわざと自分で食って、食わしてくれないし。
あああ、微笑ましそうに見つめる母さんとアリアの視線が痛い! しかも腕はもうしばらくは痛むだろうとのこと。その間はこうして食事を取れと!?
というわけで。俺はその日からしばらく、色々な意味で悶絶しながら食事時を過ごすことになったのだった。
□
……いかん。なんか最後にちょっとトラウマがあった気がする。気を取り直そう。
イメージが大事だと言っていたアリアの言葉。あれ以降、毎日俺は練習を続けているが、あの実際に合成をおこなう練習はほとんど行っていない。なぜなら、あれは負担が大きいうえに、魔力も当然消耗するからだ。
だから、もっぱら普段はイメージトレーニングと、魔法の術式の理解に勤しんでいた。俺のATFはレアスキルであり、意識して組まれた魔法ではないので、その解析には非常に時間がかかった。しかし、その甲斐あって今ではしっかり術式は理解している。
だが、それでもアリアが術式のヘソと称した根幹部分の発見には至っていない。そこさえわかれば、たぶん今の俺にも合成は出来る。しかし、そこがまったくわからない。だからこその高等技術なのだろうが、今はそんなことを言っている状況ではない。
だから、賭けを行う。今から俺はイメージに集中し、合成技術の習得に専念する。マルチタスクでチンクにも対応するが、これまでのように機敏な動きはできないだろう。大ダメージを食らう可能性は高い。
だが、それでも。活路を開く大きな希望がこれしかない以上、俺はこれに賭ける。俺がアリアが示した術式のヘソを理解するか、チンクが俺を行動不能にするか。まさに賭けだ。
もちろん、その合成魔法ができるからといって勝てるようになるわけじゃない。あくまで今よりずっと有利になる。それだけだ。だが、賭ける可能性としては十分すぎる。
勝つための作戦も穴だらけながら考えてあるが、そのために必要な最低限のラインがこれの習得だということもある。今のままではじり貧である以上、ここで俺は課題をクリアしてやる。その気概を持つことが大切だ。
俺はいまAランク。対して、この技術はオーバーS。だが、それがどうした。そんなもん、突き破ってこその人間の意志だ。チンクにあんな啖呵切った以上、自分で証明して見せなきゃ、笑われるってなもんだ。
だからこそ賭ける。この可能性に。この希望に。その結果が、最良の未来につながると信じて!
――意識を分ける――
俺の意識の四割を自らに割く。潜るのは俺の中。探すのは必要なもの。見つけてみせる。俺は迫るナイフをよけながら、深く潜っていく。
――頭の中に浮かぶのはATFを構成する記述式の羅列と立体的な発動形態だ。どんな形で術式が発動するのか。そのとき影響されるのはどんな記述なのか。その相互の影響を頭の中でイメージしながら、ヘソを探し出し、合成させた後のイメージを確立させる。それができて、初めて成功といえるのだ。
今はまだ、ヘソが見つからない状態。そもATFは俺が意識する前から使えたものであって、改めて意識すると、途端にどんなものなのかが掴みづらくなる。まずATFのイメージの段階で躓いているのがいつもの俺なのだ。
だからもっと。もっと自分の中に潜る。外への対処に割いている意識をこっちに回す。現在で六割を回している。危険だなんだと言っている場合ではない。やらなければならないのだ。
――頭の中に展開する数式や記号の羅列。
俺はそれを既に理解している。問題はその先にある。
――発動した形。その際に影響する数式の場所。
丹念に探っていく。この時点で、さらに意識を深く持っていく。
――ATFとは。魔力の遮断とは。その効果を表す記述はどこか。
意識をこちらに割いたせいか。足に再びナイフが刺さる。すぐさま捨てるが、さらに意識を割いていく。現在、七割。
――魔力取り込み、魔力貯蔵、一時的なタンク、術式を動かすギア魔力の変換指向性の獲得改変記述による付加魔力の効果決定特性分類必要量計算推測更に変換効率的循環効果設定確認独自式展開術式補強特性確定発動の任意設定魔力素吸引反射分解機構発動行程確認発露形状特性魔力資質魔力量計算現限界使用度確定、発動――
認識できるだけでも莫大な要素を含むそれは、既存の魔法とは比べるべくもなく複雑なもの。俺は、ただひたすら“合わせられる箇所”を探す。
――設定、改変、推測、実行
その個所を重点的に見直す。計算式のどこかにあるはず。ATFを外界に顕すための計算式。その中に、必ずあるはずなのだ。
――計算、推測、形状、顕現、
「ぐっ」
今度は腹に刺さった。すぐに抜いたが、少し遅かった。肌の近くで爆発。バリアジャケット越しに熱が伝わって肌が少し焼かれた。バリアジャケットもぼろぼろだろう。
……だが、見つけた。顕現式。表に現す際の記述を司る計算式。そこの中を、探す。
見つけさえすれば――、
――顕現式、外界の魔力素、自身の魔力素、魔法
ナイフをほとんど勘だけでかわす。頬を掠った。そしてチンクが接近。対応しようとするが、意識の大部分をこちらに割いている俺にチンクの相手を十分にできる道理はない。
「っぐ――!」
腹部を蹴っ飛ばされ、俺は壁にぶつかった。崩れ落ちそうになりながらも飛行魔法は維持する。
血は流れ、打撲などのダメージもバカにならないほどになっている。ここで大きな一撃が来たらヤバいかもしれない。
それでも、と唇をかむ。意識の八割を持ってくる。これでまともな動きはできなくなる。
だが、見つかりさえすれば――、
――魔法、魔力、魔力素、それらを構成する粒子の――
まだ持つ。そう言い聞かせる。せめて、と魔力弾を作り出してチンクに向かって放る。チンクはコートで消す。少しでも、時間が稼げればそれでいい。
そう、見つかりさえすれば、
――枢軸。根幹部分。核。
賭けは、俺の勝ちだ。
続
==========
あとがき
つっこみは受け付けませんと先に言っておく臆病者な私。
それでは、次で決着です。
一度目なら作られてからの戦闘経験などでどうにでもできますけど。
うーん、私もそれは思ったんですけどね。
ただ、状況は空中戦で距離的にはナイフを飛ばす以上遠距離戦。さらに戦闘中の土煙や塵芥もあるだろうし、目視で判断はしづらいだろうなぁと思ったんですよ。
となると、一度失敗しているとはいえ、二度目からいきなりそんな細かい操作が成功するかというと疑問に感じたんですよね。
なので、最終的には爆発のタイミングは近くなったけど、まだズレがあるってところに落ち着いたわけです。
展開上長い文で説明したくない個所だったので、わかりづらかったかもしれないです。
そういうことなので、これで納得してもらいたいと思います^^;
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