2-11
――ちくしょおっ、予想以上にやりづらい……!
チンクから放たれるナイフをかわしながら、俺はずっと心の中で毒づいていた。
「はっ!」
気合いの声とともにチンクの手から離れたナイフは、一直線に俺に向かってくる。俺は舌打ちをしながら足の裏に発現させた円盤によって、滑るようにそれらをかわしていく。
足の裏の円盤で俺は地面から少し浮いている。地面の上であっても、決して着地はしていない。それが、俺の空戦型地上戦スタイル。ホバリング・ブーストである。まあ、名前は違ったところで、結局はハイアームーブなのだが。
ひゅん、と風を切る音を引き連れてナイフは俺の横を通り過ぎていく。しかし、安心はできない。すぐさま俺は天井付近まで上昇。さっきまで俺がいたところをナイフが通過していく。……俺の背中側から。
「ふむ。かわすか。勘もよければ、センスも悪くないな」
余裕綽々といった表情でチンクは戻ってきたナイフを回収している。
それを見て、俺は思いっきり渋面を作るとチンクを睨みつける。あのナイフのせいで、俺は全く近付けていないのだ。
名前はもう忘れてしまったが、確かチンクのIS能力は爆発能力を物に与える……だったはず。さっき一度確認もしているが、あのナイフは爆発する。さっきかわし損ねたナイフをS2Uで弾こうとしたとき、ナイフが急に輝いたのだ。咄嗟にラウンドシールドを張ったので事なきを得たが、あのままだったらS2Uは最悪破壊されていたかもしれない。それ以降、ナイフはかわさざるをえなくなった。
そして、それよりもずっと厄介なのがあのナイフがチンクの手でリモコン操作されていることだ。それにより、かわしても安心が出来ず気の休まることがない。ナイフが投げられたら、その軌跡を常に追わなければならない。インテリジェントデバイスならそこら辺は対応してくれるんだろうが、残念ながら俺のデバイスは共に人工知能未搭載だ。すべて自分で判断しなければならない。
さらにとどめにもうひとつ。ここに天井があるという点。何度も言うが、俺は空戦魔導師なのだ。空を思いっきり飛べないなんて、空戦魔導師にとっては致命的だ。いくら近接型とは言っても、上空からの突撃とか、空を使った三次元機動とか、そういった工夫や撹乱が一切使えないのは正直きつい。
最後に。これまでの長い行程を歩きづめだったことで、疲れが出ている。さっきのナイフだって、やろうと思えば魔力をぶつけて撃ち落とすことだってできたのだ。しかし、それをやるための集中力が足りていない。もっとしっかり集中しなければ、と思うのだが、いきなりのナンバーズとの接触に動揺していることも手伝ってか、上手くはいっていない。
つまるところ、俺にとっては全くもって悪い条件しかそろっていないのだった。
「ったく……、子供相手にムキになるなよ。ここは寛大な心で子供たちを逃がすところだろうが」
空中に浮かびながら、俺は軽口を叩く。左手で握っているS2Uにも力がこもる。冗談交じりの口調だが、内容は俺の本心だ。ホント、レリックなんてどうでもいいんで帰ってくれないだろうか。
しかし、チンクはそんな俺に苦笑するだけだった。
「私としても、子供の命を奪うのは本意ではないんだがな。……それでも、任務は任務だ。私を見た以上、口はふさがなければなるまい」
「はっ、ふざけんな。誰が簡単に殺されるものかよ」
それより、と俺は挑発的に笑う。
「任務、と言ったな? つまり、お前は誰かの命令でここにいるってことだ。なら、その理由はなんだろうな? ここにある特別なものと言えば、人の手で作られたこの構造物と――お前の後ろのロストロギア。ただの遺跡とロストロギア。学術的価値は置いておいて、それ以外の基準で見るならロストロギアだと考えるのが普通だ。つまり、それを得るためにお前はここにいるってわけだ」
ぴく、とチンクの眉が動く。それに俺は気づくが、なおも言葉をつづけていく。
「そして、さらに言えばお前の名前。“チンク”は数字の5を表す名前だ。つまり、お前のほかにも仲間がいる。そして、お前がこういった任務についていることから、そいつらも同じくロストロギア探索を行っていると推測できる。それがそこの宝石と同じものかはわからんが……お前ら、それを使って何かをするつもりだな? 宝石型のロストロギアにはは魔力貯蔵型が多い。つまり、魔力炉とするのが一般的」
俺は一気に話す。はっきり言って俺にとってここが生死の分かれ目だ。もう原作がどうとか第三期がどうとか言っている暇はない。まずここを生き残らなければ話にならないのだ。
だから、少しでも動揺させて穴を探す。俺の持てる知識をフルに使って、意地でも穴をこじ開けてやる!
「そして、お前が使っている能力。本で見たことがある。レアスキルではない魔法以外の力。人工的に作り出された特殊技能。確かIS……だったか。それが組み込まれているのは戦闘機人と呼ばれる存在だけ。つまり、お前は戦闘機人。ということは――」
「それ以上は言わなくてもいい」
べらべらと喋り続ける俺の語りを強制的に止めたのは、さっきまでの笑みをすっかりなくしたチンクだった。両手の指の間に一本ずつ握られていたナイフを、チンクは徐々に増やしていく。その数は最終的に倍の数となっていた。今はまだ眼帯のない両眼は鋭くなり、一分の隙もなく俺を見据えている。
……正直、ちょっとあおりすぎたかもしれない。
「……クロノ・ハラオウン。おまえの洞察力と博識には恐れ入るよ。任務、という一言と私の能力を一度見ただけでそこまで判断するんだからな。戦闘機人に関する研究書はほとんど出回っていないはずだが……よく見つけたものだ」
いえ、ごめんなさい。チートしました。そんなことを言えるはずもないので、俺は曖昧に笑って誤魔化しておく。それを見たからなのか、チンクはふっと小さく笑った。
「子供だ子供だと見た目で侮っていたのかもしれんな。……だが」
カチャリ、と指の間のナイフが金属音を立てる。ナイフを握る手に力を込めながら、チンクはさっき以上に意思をこめた眼で俺を捉えた。
「お前という存在は危険だ。その年齢でその知力と推理力……驚嘆に値するが、ここで私に会ったのが不運だったな。貴様の才能、悪いが潰させてもらう」
すでにチンクの目に油断の文字はなかった。一応、俺の作戦は成功……なのだろうか。油断がなくなったということは本気でかかってくるということ。だが、逆を言えば余裕をなくしたということだ。そこに俺の勝機がある。
だが、本当にそうだろうか。俺とチンクの能力の差、そして相性の悪さは明らかだ。リモコン操作が可能な飛び道具は近接戦闘者の天敵だ。相手のタイミングですべてこちらの動きを止められる上に、向こうは遠距離から攻撃ができるのだから。
その現実は確かなものだ。いくら少しばかり心の余裕をなくしたところで、俺のアドバンテージになりえるのだろうか?
そこまで考えて、俺は弱気になってきている自分に気づく。はっとして、これではダメだと情けない心境になりつつあった自分の心を叱咤する。そうだ、俺は、こんなところで倒れるわけにはいかない。
――思い出せ。父さんの理想を思い出せ。俺が力を得ようと思った原点を思い出せ。そう、“どこかの誰かの笑顔のために”。そのために俺は生きていくんだろ!
だったらこんなところでモタついていられるか? 答えは否だ! 俺は父さんと同じ道を目指す。いつか絶対にそんな明日のために力をふるう男になるのだ。そのための障害があるのなら、俺が拳で突き破ってやる!
決意は胸に。意志は瞳に。その為の力は全て拳に注ぎ込んで。俺はチンクと相対して、不敵に笑って言ってやる。
「はっ、なめんな戦闘機人」
弱気になどならない。なぜなら俺には夢がある。理想がある。だからこそ、進む道は譲れない。譲れない以上、弱気になって退くなんて選択肢は存在しない。
だったら、先に進むだけだ。
「才能なんてもんで括ってくれるなよ。俺の力はすなわち俺の意志だ。絶対叶えるっていう俺の意志の力なんだよ。人の意志は誰にも潰せないし、夢を叶える意志は曲げられない。……俺の夢を、父さんの理想を! 任務なんて他人任せな理由で潰されてたまるかよ!」
吠える。
咆哮となった俺の意志は、魔力という形で放出されて俺の拳を包み、周囲に魔力スフィアを形成していく。それと同時に、スティンガーブレイドもいくつか作り出す。魔力で編まれたナイフだ。コントロールはこちらでとれる魔法なので、せいぜい場を有利にするのに役立ってもらおう。
円盤は俺の足の裏と背中に。いつでも目の前の壁を突きぬけられるように、推進剤は満タンだ。今すぐにでも飛び出していける。
俺は最後にS2Uをチンクに突きつけ、なぜか驚いた顔をしている彼女に最後の啖呵を切ってやる。
「自分の意志で俺を倒そうとしていない奴なんかに、この俺が負けるわけないんだよ! 他人の意志に依存して俺の前に立つような! そんな奴に負けるわけがない! そんな障害は突き破る! わかったかこの幼児体型!」
さあ、ここからが本当の戦闘開始だ。呆けている暇はない。全力で目の前に立ちふさがる壁に俺の拳をねじ込んでやる!
心の中でそう叫ぶと、俺は一気にブーストをかけてチンクに向かって突撃していった。
■
スティンガーブレイドを計十個。勢いだけでとりあえず作り出したそれの内、四つだけを伴って、俺は一直線にチンクに向かっていく。
水色の魔力光を纏ったS2Uは左手に握り、右手の白い手甲も同じく水色に輝いている。ちなみに、さっき取り外し忘れていたドリルもくっついたまんまである。
「どりゃあぁぁぁあぁあぁぁぁあッ!!」
あんな啖呵を切ったからだろうか。今の俺の気分は最高潮だ。さっきまで疲れでバテて集中できなかったのが嘘のように集中力が湧き出てくる。微妙な魔力調整を行ってS2UとG-1それぞれに適量の魔力を振り分けることもできている。今までここまで正確に自分の力を振り分けることなどできなかったのに、だ。
この土壇場で、多少はマシになったかな。あくまで多少だが。
「ふっ!」
裂帛の気合とともに、チンクがナイフをまるで弾幕のように投げる。視界いっぱいに迫るそれはまさに脅威である。某メイド長の殺人ドールなみの恐ろしさだ、といえばその脅威が分かるかもしれない。あれは正直、俺のトラウマである。
迫りくるナイフの大群。そこに突っ込んでいこうとしている俺。明らかに俺は危険だが、しかし、今の俺には危機感はなかった。
≪Shot≫
S2Uの声と同時に、俺のそばに控えていた四つのブレイドが迎撃に向かう。だがしかし、どう考えても数が足りていない。
チンクもそれに気がついたのだろう。明らかに怪訝な顔をしている。しかし、これでいい。
「遅延付随効果発動」
≪Boot up≫
瞬間、ブレイドに付けられていたある魔法術式が起動する。発動されたそれはブレイドを急速なスピードで補強していく。一気に加速した四つのブレイドはナイフの弾幕の間隙をすり抜ける。
「なっ!?」
まさかすり抜けて素通りしてくるとは思っていなかったのか、チンクは狼狽した様子を見せる。
ちなみに俺が何をしたかというと、ブレイドにはすべてハイアームーブの超小型バージョンを不可視の状態にしてくっつけておいたのだ。あとは俺の一言ですぐに発動するように設定した状態で、だ。
それによって、起動された円盤は一気にブーストを噴かせてブレイドを加速させる。ナイフを操って撃ち落とされる心配もあったが、さすがにあれだけの弾幕を張られれば下手にチンクも動かすことはできなさそうだったので、遠慮なくやらせてもらった。
さて、というわけでとりあえず俺に向かってくるこの弾幕をどうにかしないと。というわけで、俺は新たに魔法を発動。
≪Stinger Snipe≫
S2Uから水色の帯が出てくる。俺はそれを出来るだけ長く出し、鞭のように目の前の弾幕に振りぬいた。
ドン、ドドド、ドドンッ!
爆発効果がついたナイフなので、スナイプが触れたとたんに誘爆を起こしていく。しかし、全部を一度で対処できたわけではない。抜けてきた奴らは、さらにスナイプを操って対処する。長いひも状となって伸びきっている今のスナイプ。俺はS2Uを持っている左腕を大きく上下に揺らしてスナイプに波を作り、その状態で大きく横に振る。横だけでなくある程度の縦範囲も攻撃可能範囲になったことで、ほとんどのナイフは対処できる。
次々と誘爆を起こして土煙を上げさせているナイフを確認すると、俺は次にさっき作ったまま放置されていた五つのブレイドを一気に加速させてチンクに向かわせる。
土煙を勢い良く突きぬけていった六つの刃は、向こう側のチンクに一直線に進む。先に到達していたであろう四つのブレイドをさばききった彼女は、さらに向かってきた六つの刃にも対処する。バックステップでさらにナイフを放りながら、羽織っていたコートをブレイドに向かって翻す。そのコートに当たった瞬間、ブレイドは嘘のように掻き消えた。
「は?」
その光景に思わず呆然とする俺に、チンクが投げたナイフが迫る。
はっと我を取り戻した俺は、スフィアを出現させて一つ一つナイフを迎撃していく。大した量ではなかったのですぐに対処ができた。向こうも操作はしてこなかったし。
俺が踏み込んだ分さっきよりお互いの距離が近くなった状態で、俺たちは向かい合う。そして、早速俺が口を開いた。
「ちょ、おま、今の何だよおい!」
「これのことか? これはシェルコートといってな。バリアを発生させる機構が内蔵されている。まあ、今のはバリアではなくAMFを発生させたんだがな」
「え、AMFだと!?」
あ、あのコートってそんな機能があったのかよ! まったく知らなかったんだけどちょっと!?
いきなりの魔導師殺しの登場に俺はさすがに内心キレ気味である。そこだけうっかり物忘れをしていた俺が悪いのだが、まったくもて厄介なことである。
AMF――Anti Magilink-Field――は、その名の通りに魔力の結合を無効化するフィールド系魔法である。つまり、このフィールド下におかれた魔導師は強制的に魔法使用不可の状態になり、一切の魔法が直接的効果を持たなくなるのである。
ゆえに魔導師殺し。対魔導師としては最悪なフィールド魔法なのだ。
「ほう、さすがに自分たちの天敵は知っていたか。魔導師である以上、このコートを抜くことはできん。それに――」
再びナイフが投擲されて俺に迫る。それを何とかかわす俺を見ながら、チンクは言葉の続きを紡いだ。
「――私自身、お前のような魔導師の天敵だ」
ちっ。
思わず舌打ちする。
確かにチンクの言うとおりである。まずAMFは魔導師全般に対して天敵だ。俺たちが使う技術のほとんどは魔法技術によるものであり、その源が魔力である以上AMFの影響は避けられない。ISのように魔力由来でない能力でもない限りは、魔導師は限りなく不利になる。
そして、さらに厄介なのがチンクの能力。金属を爆発物にしてなおかつそれを遠隔操作する能力。これによって投擲された物質は物理法則に反した動きをするのでかわしづらい。さらに爆発するので触れて捌くこともできない。つまり、近接魔導師は距離を詰められない。確かに、その意味でもチンクは俺にとって厄介な相手だった。
近づくことができず、AMFによって攻撃が通らないということは、そもそもダメージを与えられないということ。ただでさえ力の差があるというのに、この差はでかすぎる。
くそっ!
内心で誰とも知れず罵ると、俺は空中で高速機動を開始する。ここが室内である以上、空高くからの強襲は物理的に不可能。ならば、俺がとる手段は一つだ。
縦ではなく横の移動を中心にする。ジグザグに移動を繰り返し、的を絞らせない。追尾されても、魔力弾やブレイドで叩き落とす。幸い、AMF効果があるのはあのコートだけのようだ。ナイフは撃ち落とせば問題ない。
それに、これだけ同じ戦法を取られれば、それなりに対処もできるようになっている。実際、俺は少しずつ彼女に接近することができている。ならば、ここで一気に攻める。
頭の中でチンクに一撃加える算段をしながら、俺は空中を疾駆する。
チンクの両手から放たれるナイフを機動でかわし、撃ち落としつつ、移動しているチンクを追う。離れようとするチンクと、追いすがる俺。しかし、ブーストを使っている分、俺のほうがスピードはある。次第に追いつき、俺は拳を握り込んだ。
「ブレイク!」
≪――Impulse.≫
魔力を込めて輝く拳がチンクに迫る。距離は一足分。十分に射程範囲だ。
「くっ……!」
さすがにこれだけ近寄ればナイフは出せず、チンクはコートを己と拳の間にはさみながら後ろへ跳躍。それだけで俺の拳は届かなくなって空振る。
――だが、それも予想通り。
≪Attack≫
さっき作りだした十個のブレイドのうちの残り一個。それをハイアームーブで高速化させてチンクに突撃させる。一つとはいえ、あれだけの速度で迫られれば、意表もつけるし、それなりにダメージも追加される。
背後から迫るブレイドに気づいたチンクは、何とか体をずらして回避に成功した。――だがしかし、それはつまり体勢を崩したということ。
「おりゃぁぁあっ!」
そこを狙わない手はない。俺は振り抜いた右手ではなく、S2Uを持った左手を思いっきり横に薙ぎ払った。
空気を切り裂いて渾身の胴がチンクを襲う。これはかわせない。コートを扱おうにも、これはただの強化された杖。杖の強化が無効化されても、身体を強化した俺が振っているのだ。それだけで十分に打撃ダメージになる。はたして俺の予想は正しく、チンクはS2Uをよけることはできなかった。コートも使えなかったのか、反射的に右腕で腋を絞めて腕を盾にしただけで、チンクは横に吹っ飛んでいった。
「っつ……!」
態勢を整えて地上に降りるチンク。俺も後を追って床の上に降りた。
チンクはダメージを受けた右脇腹を押えて呼気を荒くしている。さすがに十歳の身体といえど魔力で強化された腕力で振られた杖は相当に効いたらしい。
チンクは右手の感触を確かめながら、眉を歪ませたままでふぅっ、と息をついた。
「……これは、本当に驚いた。お前、Aランク……それもその上位ぐらいの力があるじゃないか。まさか一撃食らうとは……」
「そっちが油断しているからだろうが。だから、たかが子供の攻撃なんて食らうことになる」
俺がそう返すと、チンクは苦笑して、子どもと言ったことを根に持ってるのか? と言ってくる。抜かせ、とそれに答えたところで、チンクは表情を変えた。
「いまだ十歳でこれだけの力。それにさっきみせた知性。性格についてはよく分からないが……お前は、私の雇い主が欲しがるかもしれないな」
げっ。
思わず俺は渋面を作る。こいつの雇い主と言えばあのマッドサイエンティスト。管理局相手にあんな大喧嘩ふっかけるような気違い科学者じゃないか。そんなのに目をつけられたらたまらんぞ。ってか、死亡フラグ余裕でしょそれ。
俺の嫌そうな感じを正確に感じ取ったチンクは、小さく声を上げて笑った。
「なんだ、そんなに嫌なのか? 確かにやっていることはあれだが、頭脳のほうはかなりの切れ者だぞその人物は」
「なんとなく、俺の勘が警告するんで」
「はは、そうか」
そう言ってチンクはまたくすりと笑った。それだけを見ればただの美少女で、絵になる光景だと思うだけだ。しかし、俺たちの状況がそれを許していない。まだ戦闘は続いているのだ。俺は油断なくチンクを見ている。
そして、チンクはわずかに逡巡しながら口を開いた。
「――お前、我々のところに来ないか?」
「は?」
あまりの予想外の言葉に、思わず緊張感が解ける。慌てて気を張るが、困惑を消えなかった。
「現状では役に立たないかもしれないが、先物買いはしておくべきだ。雇い主もそう言うだろう。管理局に余計な力を持たせることもない、とか言いながらな。待遇は良くするぞ。お前が言っていた夢とやらの為にも悪くないと思う。なにしろ、うちの科学博士は世界最高の頭脳だ」
ぐ、と黙る。
確かに悪くない話だ。敵対関係を解消することで命は確実に助かる。そして、戦闘機人などを生み出した稀代の科学者の恩恵も得られる。さらに胡散臭い管理局から離れて目的がはっきりしたところで力をつけられる。
力をつけ、誰かの為になるのなら管理局を離れることも厭わない。常日頃から、いずれはそうなるかもしれないと俺が思っていたことだ。だからこそ、チンクの言葉は渡りに船ともいえる。管理局より、少なくともスカリエッティ一味のほうが信用は出来る。裏切りはしないだろうからだ。
デメリットはあまり多くない。原作から離れることは心配だが、第三期まで変わったことは起きないだろう。良くも悪くも、クロノは物語に大きくかかわる存在ではなかった。
それよりも俺の望みを優先するならば、ここで手を組むのは手段の一つとしてはあり得る。
はたしてチンクが同情で俺を誘っているのか、それとも本当にスカリエッティの力に俺がなれると思っているのか。それは定かではない。
しかし、チンクはひとつ忘れている。俺が、切った啖呵を。そのとき口にしたことを。
「いや、遠慮するよ。断る」
俺がそう言うと、チンクはどこか納得したように頷きながら、理由は、と問うてくる。少し予想外の反応だったが、俺は特に気にせずに話し始める。
「俺にはかなえる夢がある。確かに夢のためには力が必要で、実体の見えない管理局よりそっちのほうが信用できるとも思う。……けどな、俺の父さんは言ってた。“どこかの誰かの笑顔の為に”。そのために管理局にいるって。俺も同じだ。どこかの誰か。そういった人たちと繋がりを持つためには、次元世界に大きな影響力を持った管理局が必要だ。地下に潜った組織じゃなくてな」
それに、と続ける。
「言っただろ。立ちはだかる障害は突き破る。立ち塞がったお前は、俺が越えるべき壁だ。だから、断る」
上手くは言えない。ただ、一度立ち塞がった壁に妥協してしまいたくはない。一度壁だと思ったなら、乗り越えなければいけない。ここでもし妥協してしまったら、これから壁を越えられるかどうか、自信がなくなる。次もまた妥協してしまうんじゃないか? そして、最終的には俺の夢にさえ妥協してしまうんじゃないか――。そんなふうに考えてしまう。
不安が生まれる。そんな不安は認められない。だから、俺はこの提案を飲めない。俺の目の前には壁がある。だったら、妥協せずに突き破るのみだ。俺の拳で。俺の力で。自分自身の夢に誓って、自分の力でこの状況を越えるべきだ。
死んではどうにもならない。それがわかっているのに、こんなことをしてしまう。俺ってやっぱ大概バカだよなぁ、と若干自己嫌悪になりつつも、後悔だけはしない。
俺は真っすぐチンクを見つめて、その俺の本心を彼女に伝えた。
「そうか……。お前なら、と思ったが……」
チンクはそう言うと、すっ、と痛めた右手を開いてこちらに伸ばした。
「残念だ」
ぐっ。開かれていた右手が握られる。
その瞬間――、
「がッ!?」
俺の左手のS2Uが輝きを放ち、爆発。
ガォンッ!
轟音が辺りに響き渡った。咄嗟に手を放していたからよかったが、それでも俺の体は大きく吹き飛ばされて勢いよく壁に叩きつけられる。あまりの痛みに身体が麻痺して動かせず、そのまま地面に倒れこんだ。爆発の熱で肌も焼けたかもしれない。チリチリと痛む。
頭も痛い。叩きつけられた時に打ったか。すぐそばにある地面には赤い跡。どうやら、血が流れ出ているらしい。あれだけの爆発を至近距離で食らった上に、その勢いそのままに叩きつけられれば、当然と言えば当然だが。
「ぐ……ぅ……!」
爆風と、壁に叩きつけられた衝撃で呼吸もままならない。しかし、それでもなんとか四つん這いに身体を起こし、俺がさっきいたところに目を向ける。頭だけじゃない。身体全体が痛い。爆発付近だった左腕の痛みもひどい。左腕はしばらく無理だな、と考える。そして、身体もどこかやったかもしれない。
身体の現状が正確にどうなっているか。それを知ることは必要だと思う。しかし、今はそれよりも俺には確認しなければいけないことがあった。
あの時、何が爆発した?
俺の手の中の、何が?
俺の、左手の、母さんからもらった――、
「クロノ君!」
ランドが俺に寄ってくる。さすがに目の前で大きく俺が吹き飛ばされ、血を流して倒れている様を見てはじっとしていられなかったらしい。心配と恐怖を目に宿しながらも、俺の身体を起こして肩を貸そうとしている。
しかし、それでも俺は爆心地から目を背けることができない。俺はあまりに衝撃的なその現実を見て。認めたくない現実を見て。思わず、力が抜ける。四つん這いから、立ち上がれない。
「……S、2Uが……」
視線の先にあるのは、もうS2Uとは呼べないものだった。砕け散った欠片は確かにS2Uのもの。その破片一つでS2Uだったと判断できる。……だが、それはもう過去形だ。だった、なのだ。
俺の目に映るのは、粉々になったS2U。俺の六歳の誕生日祝いに、母さんが贈ってくれた俺の相棒だった。
あの母さんの声で再生される機械音声を聞くことはもう二度とない。S2Uは、完膚なきまでに爆発によって破壊されていた。
「私の能力は『ランブルデトネイター』。金属物質にエネルギーを与えることで爆発物に変化させ、意のままに爆発させる能力。つまり、爆発のタイミングは私の意思による。さっき一撃を受けた際に手を加えさせてもらった」
さっきの一撃とは、彼女が右腕を盾にした時か。つまり、S2Uで直接殴りかかったことは、自分の首を絞めることになっただけだったのか。
俺は、それを聞いて唇をかんだ。知っていた。俺はチンクの能力を知っていた。それだけじゃない。戦闘中にもその能力のことをしっかり考慮に入れていたじゃないか。だというのに、なぜこうなった。なぜ、母さんがくれたS2Uを壊してしまったのだ。
それはひとえに俺の実力不足だ。力がないゆえに、やられたのだ。相手の魔力も、戦闘技術も、その能力も。俺より上であるのは疑いようのない事実だ。たかだか十歳のガキがAランクだからと粋がったところで、どうにもならない。
それだけの差があった。なんで、もっとシビアに、戦力差を計れなかったのか。
俺は悔しさをこらえて、しかしこらえ切れずにG-1をつけた右手を床にたたきつけた。鈍い音とともにひび割れる床。しかし、俺はそんな床を一瞥もせずに、チンクを強く睨んだ。
「……そのデバイスはどうやら大切なものだったようだが……壊したのは私だ。謝ることは、しない」
「……ああ。……わかってるさ。それが、戦闘だ。壊されたのは、単に俺の……」
ランドの差し出す手を見つめながら、俺は這いつくばったまま、口を開く。しかし、そこで強く歯を噛みしめて数瞬黙り込む。しばらくして、俺は自分に言い聞かせるように言葉を続けた。
「……俺の、力が足りなかっただけだ」
力がほしい。ただ純粋に、そう思った。
続
==========
あとがき
チンク戦、開始。
そして紆余曲折の末、S2U大破。ここまで持ってくるのに時間かけすぎかなぁ、と思わなくもないですが、何とか必死に頑張ってます。
それにしても、やっぱり戦闘パートは苦手です。拙い部分があっても、できれば温かい目で見てやってください。
次回もどうか、よろしくお願いします。
SU2壊れちゃいましたね。
チンク戦終わったらどんなデバイスにするにかな?
まあ格闘戦をするならリボルバーナックルをモデルにするといいのができそうですね。
感想2
この話を読んでみましたが絶対チンクがヒロインでしょ。
チンクもクロノのことを気に入ってるみたいだし、ということで今まで通り自分はチンクをヒロインにすることを推奨します。
まあヒロインが複数いる展開でもいいんですけどね。
今回のクロノとチンクの遣り取りを見ていると如何考えてもチンクがヒロインにしか見えないですね。今後二人の共闘する所が見てみたいですね。
たとえカップリングが決まってても、決定的な場面になるまで、ネタばれだけはやめてください!!最後の最後まで、お気に入りカップリングの夢を見たいのです!!
前々あたりのチンク登場直前みたいな思わせっぷりは、どんどんやってほしいのですけど(笑)
しかし、チンクだけでなく、ドクターにも(変な意味で)フラグたてた気がするクロノ…原作開始まで無事に生き残れるのか心配になってきました。
ありがとうございます。
S2U壊れちゃいました^^ 今後の展開については楽しみにしていてくださいw
>tomoさん
S2Uはもともとここで破壊するつもりだったんですよね。
チンクの強さと、新しいデバイスへの布石。そして、主人公の武器が壊れて、新しい武器が手に入るって展開がなんか燃えるから(ぉ
形状はたぶん、ナックル型かガントレット型か……。そんな感じですね。
ヒロインについてはまだ秘密。
その時になったら判断してください。
ただ、複数ヒロインとはいっても、私は二人はまだ許せてもそれ以上は受け入れがたいという人間ですので、ハーレムは絶対にないとは言っておきます。
>NONAMEさん
いやー、出したかったですからw
チンクははたしてヒロインなのか!?
エイミィやシャッハなど、年代が近い女性キャラも少しずつ出てきました。
さてさて、ヒロインはこの中なのか。それともまだ見ぬ誰かなのか。それはその時のお楽しみですw
>俊さん
やっぱり戦闘は苦手です…。
S2U破壊はチンクにやってもらいたかった重要なことです。これがクロノの新デバイスにもつながっていきますしね。
戦闘、今後の展開が怖いなぁ。
ヒロインについては、やはりその時をお待ちを、ということで。でも、二人が共闘というのは確かに面白そうですね~^^
>雲海さん
それなんてジャバ〇ォックwww
でも書いてて自分でも思いましたw
>名無しさん
了解です!
というわけで、ヒロインについてはやはり、その時をお楽しみに! ということで。
原作開始まで生き残れるか……とりあえず、このチンク戦が終われば、ほぼ第二部も終わりとなる予定なので、ご安心をw
原作、設定煮詰めてないやw やべえww
PS
しかし、みんなチンクヒロインにこだわるなぁ^^;
それだけチンクが愛されているということでしょうかw
これは酷い(汗)
理論的には使えるんだろうけど・・・。
なんていうか初めて見ました。
確かに可能な感じですw
これ原作でやってたら案外楽勝で勝ってたかもw
また斬新なアイディアが出てくるのを楽しみにしています。
しかし、カップリングを確定せぬことはもっと正しい。
ラブコメの王道は――らぶこめとは――優柔不断と誹られる(読者にとって)地獄のごとき焦らしにありと見つけたり。
…と、そんなことはともかく。雪乃様のおっしゃる通り、ナンバーズの中でもチンクは類稀なる常識人。
であるが故に、ペドの悪名を恐れぬならば一番買いの有望株だと思うのですがそのへんどうよ?
チンクの能力は「接触」することが必要なんだけど、やろうと思えばできるだろう、と思ったので採用。
原作では早々にバリア張ったのが逆に良くなかったのではと思う。
今後の展開を期待せずにお待ちください!w
>ルシフルさん
S2Uが壊れるのは完全に計画通り!(ニヤリ
それにしても、チンクがヒロインになるのかみんな気にしすぎですw
ヒロインが誰かについては、前にも書いたように私の作品の傾向を見れば分かるかもしれませんね~^^
>通りすがり上等さん
ふふふ、まだカップリングは確定させませんよ。たとえ私の中で決まっていたとしても、公表はまだまだ先です。
どうかお楽しみに!
……でも、ヒロイン云々は置いておいて、チンクはいいね。チンク可愛いよ、チンク(′Д`)ハァハァ
>犬吉さん
そう、クロノにはまだ漢の魂の具現たるドリルがあるのさぁ!!(ぉ
ちなみにレアスキルは忘れてるわけではないです。おっしゃる通り、重要な要素なのですよー^^
スカ一味と聖王教会と魔王と愉快な仲間たちと一緒に管理局(脳爺)にクーデター!なんてルートを夢想してしまいました。
…でも冗談抜きで管理局征服できそうですね。アースラファミリー。
あの頃には私も考えてました^^;
一度、誘わせてみようかなーと。言い当てられてビックリしましたよw
StSでどうおなるかはまだ考えてませんが、まあそこまで続いてたら考えます(ぉ
…アースラは、なのはとフェイトとはやてを加えた時点で、管理局の最強戦力だと思うw
この記事にトラックバックする: |