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日々のことを徒然と。あと、絵や二次小説も掲載しています。主にリリカルなのは中心です。
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まつろわぬ日々(リリカルなのは・クロノ憑依)

2-15





「――……っく……ぅ」

「お、目が覚めたか」

 背後から聞こえてきた息遣いに、俺は目を覚ましたのだろうと察して声をかけた。

 しかしまだ意識がはっきりとしないのか、声は漏れ聞こえてくるが、どれも明瞭としないものだ。だがしかし意識が戻ったのは事実だろう。しばらく待っていると、ようやく意識が覚醒し、今の状況を理解したのか背の彼女は声を荒げる。

「――なっ! これは……ぐっ!」

「あまり騒ぐなよ。危ないし、傷に響くぜ」

 俺がさっきドリルでえぐった部分には穴が空いたと言ってもいいぐらいに、肉がなくなっている。機械類が見えていたところはやっぱり戦闘機人なんだなぁ、と思ったぐらいだ。

 とりあえず持っていた包帯などで応急処置はして、運んでいるのが今である。

 さて、これまでのやりとりなんかである程度分かってもらえたと思うが、俺は今チンクを背に背負っている状態である。あのあと、部屋をくまなく調べたところ、あの台座の近くに扉を発見。使った形跡があることから、チンクはここから入ってきたのだろうと俺たちは判断して、そこから地上に向かうことになった。

 その時、扱いについてランドとともに頭を悩ませたのがチンクである。さっきの衝撃などで気を失っている彼女は、治療後に寝かせているが、このまま置いていくか、連れていくのか、という問題があったのだ。

 最初こそ二人して置いていこうか、と思ったのだが、敵とはいえ怪我をした女の子を放置というのはさすがに良心が痛んだ。ってか、そもそもその傷つけたの俺だし。

 このまま連絡もなく時間が過ぎればいずれ仲間が来るだろうとはいっても、それまで放っておくのはやはり人道的ではない。というわけで、連れていくということに決定。

 再び襲われるんじゃないかとランドは危惧したが、もともとチンクは紳士的というか、常識的な奴で、無意味に敵対するような奴ではない。戦闘中の言動からもそこらへんは判断できた。

 というか、お前がいきなり俺たちの立場を暴露しなければ戦闘自体なかったかもしれないんだぞ。そう言ってやると、ランドは顔を青くして落ち込み、ごめんなさいと謝った。これを機に、管理局至上主義じゃなくなってくれれば幸いである。

 ちなみにレリックもちゃんと回収。ランドが持っている。俺がチンクを背負って準備が整ったところで、俺たちは地上を目指して歩き始めたのだった。

 いやぁ、魔力も体力も底をついて、怪我まで負っているから辛い辛い。ランドに何度か支えてもらいながら、歩いている。ランド自身、魔力を俺に全部渡したようなものなので、体力以前に意識がなくなりそうになっていた。

 俺だって、全魔力を使った戦闘に慣れてなかったら今頃倒れてるに違いない。シャッハさんとの日々の模擬戦がこんなところで役に立つとは。

 実際、さっきまで極度の緊張状態でもあったし、無理はないと思う。

 それでもこっちを気遣えるんだから、基本いい奴なのだろう。まあ、とりあえず。そんなこんなで今の状況となっているのだった。

「……何のつもりだ」

「さすがにあのまま放っておくことは出来なかったんだよ。これでも男なんだ。それぐらいの見栄は張らせろ」

 しかも俺は精神年齢でいえば大人だ。今はもうそんな意識はあんまりないが。それでも、チンクぐらいの女の子に大怪我をさせて放っておくなんて、夢見が悪すぎる。

 背後でチンクが力を入れようとしているが、あまり上手くいっていないようだ。まあ、当然だろう。これほどの大怪我の上に、あの最後の攻撃にはATFが混ぜてあったのだ。おそらく魔力炉を内蔵しているチンクの身体に不具合が起こったとしても不思議じゃない。とはいえ、魔力なんて時間をおけば回復する。そのうち動けるようになるだろうとは思うが。

 しばらく動いて、まともに動けないことに気づいたのだろう。チンクは諦めたようにぴたりと止まった。

「気は済んだか?」

「……ああ。治療もしてくれたようだな。一応、感謝する」

「おう」

 どうしようもないと悟ったのか溜め息まじりに言ったチンクに、俺は簡潔に応えた。

 とはいえ、ランドと二人して魔力切れで昏倒寸前だったので、魔法による治療は一切行えなかった。本当に純粋な医療による治療だ。しかし、俺たちには応急処置の知識しかないし道具もない。だからチンクの身体は今も重体には違いない。それは俺自身にも言えることなのだが。

「……負けたな、私は」

「ああ、まあな。俺の勝ちだ。二人がかりも同然だけどな」

「だが、戦術としてはそれも有り、だ」

「その通り」

 チンクの言葉に当たり前だとばかりに俺はそう返す。足りないものは他から持ってくる。それは俺が言ったことだ。だったら足りない戦力をランドに求めた俺は正しい。戦闘である以上、卑怯なんて存在しない。それはむしろ、巧いと褒められるべきなのだ。

「………………」

「………………」

 無言で歩く。

 ランドは少し前でこの先の様子を見ながら歩いている。この中で一番元気なのは魔力が足りないだけのランドだからだ。俺もチンクももうフラフラだ。それでもチンクを俺が背負っているのは、単に道の先を念入りに確かめながら歩くことになるランドに任せるのは酷だったからだ。

 それと、技術士官であるランドはあまり腕力がないからということも挙げられる。持ちあげられるだろうが、長い間は無理だろう。そう判断してのことだ。

 ざり、と土を踏む音が断続的に続く。視線の先にいるランドは周囲の壁なんかを注意しながら歩いている。そこに、朝の気弱な様子はあまりない。精神的にちょっと強くなったのだろうか。そんなことを考える。


「……感謝している、お前には」


 唐突にチンクは口を開いた。

「そういえば、戦闘中もそんなことを言ってたな。いったい何のことだ?」

 さっきまでの戦いの最中にチンクが言っていた言葉を反芻しながら、問い返す。それに、チンクはすぐに応じた。もしかしたら、聞いてほしかったから口を開いたのかもしれない。

「……私は、“自分”というものにいま一つ自信がなかった」

 そんな言葉から始まった話は、知的生命ゆえに抱いた疑問のことだった。

 自分は作られた存在であるのに、自我がある。しかし、私はなぜ必要なのか。なぜ自我があるのか。自我があると言いつつ、結局自分の意思で行動なんてしていないんじゃないか、と。常々チンクは悩んでいたらしい。

 ……ぶっちゃけて言えば、誰もが一度は持つ定番の悩みだと思う。俺だって、昔はアイデンティティがどうとか考えたものだった。具体的には中学生ぐらいの頃。とはいえ、俺の場合は別に生活に直結してはいなかったから、片手間の悩みだったけど。

 しかし、チンクは違う。この悩みはまさに自分の根っこに関わるほどのものなのだろう。

「……結局、私はドクターの言うがままに動くだけの存在にすぎない。命じられれば行き、言われれば殺す。それのどこが人形と変わらん? 意志というものが薄弱で、そもそも意志があるのかすら曖昧だった」

 首を回して横目に背中のチンクの顔を確認してみれば、沈痛な表情でうつむいていた。やはり、それだけ重要な悩みだということだろう。

 しかし、だ。

 なんというか、俺にとっても“俺”という存在のまま“クロノ”として次の生を生きることになった身としては、他人ごとではない問題なわけで。そしてこの十年間、“自分”という存在を確立させながら生きてきた俺には、ある意味いまさらな問題でもあるのだった。

「えーっと……人の悩みを馬鹿にするわけじゃないんだけど……別にそんなもんじゃね?」

「なんだって?」

 顔を上げたような気配を後ろから感じつつ、俺は前を向く。真面目なセリフは戦闘中ならともかく、素面で言うには恥ずかしいからだ。

「俺だって、昔師匠たちに鍛えられてた頃はさ。色々と命令されてたし、こっちの意志なんて関係ない、みたいなしごきもあったぞ。けど、別にそれで自分の意志がどうこうとは思わなかったな。……まあ、俺は戦闘機人じゃないし、ちょっと違うかもしれないけど」

「それは……どうしてだ?」

 別に、と前置きをしてから俺は答える。

「だって、あいつらのことは好きだし、言われたことが必要だって事はわかったし。俺の為ってのもわかったしな」

「………………」

「チンクの場合はどうだ? そのドクターってやつとか、仲間のやつとか好きか? そんでもって、今自分がやっている任務っていうのが自分……じゃねえか。そのドクターや仲間の為になってるって思えば、“その為に頑張ろう”って気になれないか?」

 命令だろうか、気にしなければいい。結果として、その行為が自分が好きな人たちの為になるというのなら、それはそれでいいと思う。

 俺の場合は自分の為になるから、だった。チンクの場合は、そいつらの為ってことでいいんじゃないだろうか。

「そんでもって、そう思えればその時点でチンクっていう個人は確立されてるだろ。仲間の為、ってのも立派な意志だよ。……ってか、そもそもこんなこと考えてること自体、自分の意思の証明じゃん。“我思う、ゆえに我あり”ってな」

 この世界にデカルトの言葉ってあるのだろうか? 伝わっててもおかしくはないと思うけど。

 あるいはそれすらドクターの刷り込んだものかもしれないが、そんなことを考え出したらきりがない。それに、どっちにしろ”刷り込まれた自分”だって考えられる時点でそれは”チンクという個”だろう。

 まあ、あのドクターがそんな杓子定規な部下をわざわざ造り出すかは甚だ疑問なので、おそらくそんなことはないだろうが。

 と、そんなことを考えながら歩く俺の耳に、小さく笑みを漏らす声が聞こえてくる。湧き上がる笑いたい衝動を無理やり噛み殺したかのようなくぐもった声は、間違いなく俺の背中から発せられていた。

 思わず首を回してチンクに横目を向けた。

「ふ、ふふ……、そうか、なんだ、やっぱり簡単なことだったな。悩んでいたのが馬鹿らしくなるぐらい、簡単な答えだ。なるほど、“我思う、ゆえに我あり”か」

「まあ、な。考える知性がある時点で、それは意思だ。人間だろうとロボットだろうと小動物だろうとそれは変わらないと俺は思うぜ」

「そうか……そうだな」

 チンクはそう言うと、不意に力を抜いた。やはり身体がまだ辛いのだろう。俺はしっかりとチンクの身体を抱え直す。それ以降、俺たちは黙った。チンクはいまだ自分の中で葛藤があるだろうし、俺は俺でそれを邪魔しちゃ悪いと思ったからだ。

 だから、次にチンクが口を開いたのは一分か二分ほど時間がたってからだった。

「……そういえば、あの時言っていたお前の夢とは何だ? お前が言う大切な人たちに支えられたお前の夢というものには、興味がある」

「――……」

 一瞬、顔から火が出るかと思った。改めて考えると、随分とクサいことを言ったもんだと少々後悔。内心でちょっと悶えつつ、俺の夢を口に出す。はっきりと。……けど、ちょっとは照れくさいが。

「……俺の夢は、力をつけて、その力を“何処かの誰かの笑顔の為に”使える人間になることだよ。もとは父さんが言ってた理想なんだけどな。父さんが死んでからは、俺の夢にもなった。だから、俺は強くなるし偉くなるぞ。管理局は影響力があるから、何処かの誰かに手を伸ばしやすいしな」

 明確な目標がない以上、ある意味で途方もない夢だが、追い求めるだけの価値はあると思う。どこぞの正義の味方気どりというわけではない。だが、自分の力が、この広い世界にいる顔も知らない誰かの力になっていると考えたら、それは結構凄いことなんじゃないかと思うのだ。

 だから、俺はそれを目指す。そのためにも強くなって、管理局でも偉くなる。力をつけてやる。それが俺の決意であり、夢を目指す俺の意志なのだ。

「と、いうわけで、俺は力をつけるぞ。そのために、目の前に壁が立ちふさがるなら、俺の拳で突き破る! 今回は見事に突き破ってやったぞ」

 はっはっは、と笑い声をあげる俺。しかし、後ろから唐突に加えられた頬の痛みによって、すぐにそれは悲鳴に変わった。

「ひてぇ!?」

「……調子に乗るな。あれは私が油断していたからだぞ。もう一度やれば、私が勝つ」

 後ろから頬をつねるとは卑怯な! すぐに手は放してくれたが、微妙にひりひりする。しかもチンクを抱えているから手でなでることもできん。ちくしょう。

「負け惜しみじゃねぇか! 今度やっても俺が勝つっての。俺には負けられん理由がある!」

「それは私も同じだ。今度は、私にも負けられない理由がある」

「むっ」

 確かに、さっきのチンクはまだ自分の悩みが解決されていなかったことが枷になっていた部分はあるかもしれない。

 だがしかし、俺だって負けるわけにはいかないのだ。まあ、もう戦いたいとは思わんが。

「ってことは、次は意地と意地のぶつかりあいってことか。うーん、いいなぁ。なんかこう、男の戦いって感じで!」

「私は女なんだがな……」

 ふふふ、意地があるんだよ、男の子にはなぁ! 意地と意地のぶつかりあいはまさに男の戦いだろう。某黄金の腕を持つ男みたいな。ああいうのは憧れるよなぁ、男として。

 元の世界の記憶に浸りながら、一歩ずつ歩を進める。再び口を閉ざした俺たちは、ただ前を見据えて歩いていく。前方で先行しているランドの気配を感じながら、静かに歩いている俺の耳に、小さな囁き程度の、微かな声が聞こえてきた。

「本当に……感謝している、クロノ」

 俺はそれに答えず、ただ足を進めた。なんとなく、返事を返すのが恥ずかしかったからだ。別にチンクのためになろうと思ってやったわけではなかったし、ただ自分の考えを披露しながら戦ったにすぎない。それがチンクのためになったというのなら嬉しいが、意図したものではない以上、感謝を素直に受け取るのは妙に気恥かしかった。

 だから俺は無言で歩いた。そうすることでしか、この奇妙な照れくささを紛らわすことが出来なかったからだ。

 とはいえ、そのまま歩いているだけというのはすぐに限界が来る。チンクは俺に聞こえていないと思っているからいいかもしれないが、聞いてしまった俺としては居心地が悪いことこの上ない。

 だから、とりあえず俺はこの空気を払拭することに決めた。だからといって、どうすればいいのか。

 悩む。

 女の子との付き合いの経験がない俺としては、気の利いた言葉なんぞが言えるはずもないのだ。世のプレイボーイ諸君はいったいどんな口八丁でたらし込むというのだろうか?

 ……考えても仕方がない。どうせ俺の乏しい頭脳でいい案が出てくるわけもないのだ。それよりも今はこのどうしようもない空気を何とかすることだ!

 ああ、もう、仕方ない! いま心に浮かんだ、あるがままの言葉をきっかけにするしかない!

 俺はそう結論付けて、極力自分の今の気持ちに正直なままで口を開いた。


「――戦闘機人だからかな。チンクって、結構重いな」

 ゴ、ガンッ!!


 ………………。

 脳天に星が飛んだよスター。

 俺を殴打する音に気付いたのか、前方からこっちに慌てたようにかけてくるランドの姿を最後に――、

 俺は地面に沈んだ。














 

 それから暫くして、俺たちは遂に地上の光が洩れる岩盤にたどりついた。無理やり岩でふさいだような出口は、どうやらチンクが中に入った後に塞いだものらしい。誰かが後から入ってこないようにしたんだとか。それにしてはお粗末だが、すぐに帰るつもりだったから適当に埋めるだけにしたんだそうな。

 結局、俺たちがいたせいですぐに帰ることはできなくなったわけだが。とはいえ、適当に埋めただけならありがたい。俺は歩いているうちにほんの少しだけ生まれた魔力を拳に纏って、ドリルを回転させながら塞いである岩をぶっ壊した。

 それによって俺たちの目を灼く太陽の光。暗い地下に目が慣れていたため、視界が奪われる。徐々に慣らしつつ俺たちは穴倉から踏み出す。冷たい岩肌ではなく、雑草がところどころに生えた暖かい地面は、何とも懐かしい気持ちを俺たちに感じさせた。

 目も慣れてきて、ようやく俺たちは地上に出たんだという実感がわいてくる。ランドは喜びつつも力が抜けたのか、地面にへたり込んでしまった。俺も、チンクをゆっくり地面におろしてから、ストンと腰を落とした。激しい戦闘とチンクを背負っての行程は結構きつかった。俺はもう一歩も動けそうになかった。

 そうして休んでいた俺たちの横で、不意にチンクが立ちあがった。どうしたのか、と問うこともなく、察した俺も気力を振り絞って立ち上がる。さすがに座ったままでは格好がつかないからな。

「行くのか?」

「……ああ。離れたところで仲間を待つ。信号を出しておけばすぐに来るだろう」

「そうか」

 言いつつ、俺は座り込んでいるランドに近づいて、その荷物を探り始める。ごそごそとしばらく格闘した後、俺の腕には例のロストロギア――レリックが抱えられていた。

「く、クロノ君! それ――」

「ま、いいじゃないか」

 勢い込んで立ち上がったランドに苦笑を返し、俺はチンクに向きなおった。

「ほら」

 そしてレリックをぽんと放り投げる。狙いどおりチンクの胸元に向かったそれを、チンクは両手で抱える。そして怪訝な様子を隠すこともなく俺を見据えた。

「……どういうつもりだ?」

「俺がそいつを持ってても、説明がしづらいんだよ。なんとなく、あの場所はそのままにしておいたほうがいい気がする」

 それに、管理局がこの時点でレリックを確保したとなると、原作の流れが完全にわけわからんものになってしまいそうだ。そうなったらさすがに困る。原作通りとはいかなくても、多少はなぞってくれないとどうしようもなくなってしまうじゃないか。

 それに、チンクの悩みというか抱えているものを知った身としては、これぐらいの報いはあってもいいんじゃないかと思えた。ま、言ってしまえば、それだけのことだ。

「あ、そうだ。じゃあ、それを渡す代わりに俺たちのことは見逃してくれよ。あとで襲われるなんて勘弁してもらいたいからな」

 さっきも言ったが、間違いなくランドはやられると思う。だからこそ、ここで安全を確保しておくべきだろう。

「……わかった。襲撃するような真似はしないと誓おう」

「ん、助かる」

 これで俺たちの安全は保障された。少なくともランドは安心だろう。俺は原作にかかわる時点でいつか再会することは決まっているわけだが。その時はさすがに見逃してはもらえないだろうな。

「……では、そろそろ行くか。クロノ、お前には本当に世話になったな。この抉られた脇腹も含めて」

「お前……意外と根に持つ奴なのか?」

 まさか、と言ってチンクは笑った。

「それから……そっちの奴の名前は?」

「あ、えっと、ら、ランド・コルベット」

「そうか、ランド。お前にも迷惑をかけたな。……過程はどうあれ、私の任務はこれで達成だ。この辺で失礼させてもらおう」

「ああ。今度会う時は戦いなんて関係ないところがいいもんだな」

 暗に第三期では会いたくないと言ってるようなもんだが、そんな事情を知らないチンクにしてみればそのまま受け取ってくれるだろう。案の定、チンクはふっと表情を崩しただけだった。

「そうだな。考えておこう」

 微かに笑みすら浮かべて言うチンクに、俺もわずかに笑みを返す。そしてチンクはコートを翻して、俺たちに背を向けた。

「ではな、クロノ、ランド」

 そう言って、チンクはすぐそばの森の中へと姿を消していった。生い茂る木々と豊かな茂みがすぐにチンクの小さな体など隠してしまう。ほんの数十秒。それだけで、チンクは影も残すことなく俺たちの前からいなくなった。

 そのことを確認すると、俺たちはすぐさまばたーんと地面に倒れ込んだ。

「……あー、血が足りねぇ。魔力も足りねぇ」

「……とりあえず、持たされてた緊急用の救難信号は出しておいたから、しばらくしたら来てくれると思うよ」

「そっか……サンキュー」

 そういや最初に色々持たされた中にそんなもんもあったな、と思い返す。実際に使う羽目になるなんて思ってなかったから、すっかり忘れてた。

 まあ、とりあえずこれで大丈夫ということだろう。ほっと一息つく。

 そして、安心すると眠たくなってくるのは当然というもので。俺はだんだんとうとうとし始めていた。よくよく考えれば血が足りない状況で意識を失うのがどんな意味を持っているかを考えられたはずなのだが、今の俺にそれだけの思考能力はもはやなかった。

 というわけで、俺はあっさりと意識を手放して暗闇に落ちた。夢の中で、妙に綺麗なお花畑と幅の広い川を俺は確かに見た。ふふ、顔も知らないおじいさんが手を振っているぜ。

 そんな妙に和やかな気分になりつつ、俺はまどろみに身を任せるのだった。




























 そして次に俺が外の世界を認識した時。眠った時とは状況がまるっきり一変していた。青い空と緑の森に囲まれていた視界は、真っ白な壁と天井。そしてこれまた真っ白な布団にベッドで占領されていたのだ。

 知らない天井だ。思わずつぶやいた俺は間違っていないはずだ。ある確信を抱きつつ視線を移し、横の窓から見えるのはクラナガンの五本塔。どうやら、やっぱりここは病院らしい。白一色の部屋から推測された予想ははずれていなかったようだ。

 シュッ。

 意識の外で、物音がした。窓に向けていた目をそちらに移す。顔ごと振り向いたそこには、ドアを開いたまま、立ち尽くしている母さんの姿があった。どうやら、あの物音はドアが開いた空気音だったらしい。スライドドアだから、ああいった音だったんだな、うん。

 しばらく茫然としたままドアの前に立っていた母さんだが、俺が上半身を起こしてこちらを見ているという状況を認識すると、眉を吊り上げてこちらに歩み寄ってきた。カツカツと床を鳴らすヒールの音が室内に響く。母さんが移動したことで、ドアは再び空気音とともに静かに閉まった。

 カツン。ヒールの音が止む。

 俺の目の前に立った母さんは、何かをこらえるように口元を引き結び、ぐっと力を入れているようだった。そして、音もない病室に、甲高い音が響き渡る。


 パシンッ!


 母さんの右手が、俺の頬を叩いた音だった。

 母さんに叩かれた記憶など、一度もない。俺は一度成人しているのもあっていい子だった。大人の言うこともよく聞いていたから。ゆえに、叩かれることなどしたことがなかった。だから、一瞬自失してしまった。そして、反射的に叩かれた箇所に手を持っていこうとするが、

 その前に、俺は母さんに抱きしめられていた。


「バカっ! どうしてもっと気をつけなかったの! こ、こんな大怪我までして……っ、ど、れだけ……し、心配を……!」


 母さんの頬が気づけば濡れていた。俺を叱っているのだろう言葉も、途切れ途切れになって空気に解ける。俺を抱きしめている両腕には、痛いぐらいの力が込められていた。

 俺は、無言で母さんの背中に両腕をまわした。申し訳ない気持ちと、情けない気持ちと、悔しい気持ちと……。よくわからないごちゃまぜの感情をどうにか伝えようとするかのように。縋りつくように、母さんの背中に両腕をまわした。

 そして、胸のうちに渦巻くいっぱいの思いを口にしようと、震える唇を何とかこじ開ける。


「ごめん、母さん……」


 けれど、俺の口から出てきた言葉はそれだけだった。母さんはさらにきつく俺の身体を抱きしめた。俺もまた力を込める。

 ごめんなさい。俺はもう一度繰り返した。















==========
あとがき

 第二部終了~!!
 これにてついに『士官学校編』はめでたく(?)終結です。いやー、長かった。本当は2-10あたりで終わるかなぁと思っていただけに、15まで続くとは、本当に長かった。
 しかしこれでようやくクロノの原作前の下地もできてきました。チンクも出せたし、満足満足^^

 次回以降数話は幕間となる予定です。チンクとの遭遇戦後のこと。執務官になれるのか、など。今回のお話の補足的なことをやろうと思っています。
 とはいえ……学校も始まって、色々と忙しくなってきました。サイトを休業することはないでしょうが、更新は滞りそうです。自分自身、就活に向けていろいろあるので無理はしたくないのです。申し訳ありません。

 それでも少しずつ書いていこうと思いますので、ご理解いただければ幸いです。
 「きょう×なの」もなぁ。更新したいけど、先の話が浮かばない……。そっちも考えますので、まずは目先のこっちをやります。「きょう×なの」更新の要望は多いのですが、勝手で申し訳ありません。

 それでは、次話にてお会いしましょ~。
 

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Comment
感想、のような・・・?
二部終了お疲れ様でした。

長かった、でもその分全話通して面白かったです。
ネタ発言多かったですし。
それと『意地があるんだよ、男の子にはな!』のセリフは
もしサブキャラが使ったら即死亡フラグになりますねw
そしてドリルはクロノの手に・・・・

意地のぶつかり合い?なのは達ぶつけまくってません?w

チンクフラグが見事に立ったなぁ。どんなフラグなのか分かりませんが。
同時に数の子遭遇フラグなのかと邪推。

帰還後のチンクの報告によっては勧誘イベントフラグも立ちそう。

そしてランドはこれっきりなのか?

ん?魔力と能力の融合って黙ってればA'sで双子に不意打てそう?
フツノ 2008/10/02(Thu)20:34:42 編集
無題
更新お疲れ様です。

チンクの再登場は3期まで待ちになるのでしょうか?。
小話程度でクロノとの絡みが読みたいなぁとか思います。

就活頑張って下さい。
レネス 2008/10/02(Thu)22:42:41 編集
無題
更新お疲れ様です。そして第二部簡潔おめでとうございます。

ドリルという漢の浪漫全開の武器が出てきたのがよかったですね。
チンクとはいろんな意味でのフラグが立ったけど、これが数の子メンバーのフラグへと発展するのかな?

こっちも大変だけど、そちらも就活がんばってください。
リョウ 2008/10/02(Thu)23:12:34 編集
無題
リンディよ、クロノは悪いことはしていないんだから叩いたりするな。
リック 2008/10/02(Thu)23:45:48 編集
無題
伝家の宝刀「頬を叩いて素早く抱きつく」を実行したリンディさんには吹きました。
露須斗露偽亜 2008/10/03(Fri)01:16:09 編集
無題
あれ、この間に1ヶ月の時間があったんでしょうか?
行方不明になる前は5日間の実習だった割りに
食料が1ヶ月持つとは考えにくいんですが・・
ダブルクエスチョン 2008/10/03(Fri)02:43:56 編集
感想
第二部完結おめでとうございます~

クロノ、戦闘機人とは言え女性に体重の事を言っては駄目だろう?

暫くは幕間との事ですが、そうなるとクロノが研修で楽しみにしていた陸戦魔導師との模擬戦はどうなったんでしょうか?それにドリルの行方も気に成ります。本来の持ち主の隊長に返したのか、それともクロノが譲り受けたのか。後、S2Uに代わる新たなデバイスが何なのかも楽しみですね。

チンクはこの後三期まで出番は無いのでしょうか?何と無くドゥーエ経由で出て来そうな気が・・・
2008/10/03(Fri)13:30:12 編集
RES
>フツノさん
ようやく終わりましたー^^
確かにネタ発言の多いお話ばかりだったような気がしますね。
今回もスクライドのあのセリフがありますし。脇役が言うと、キミ○マのように死亡フラグになってしまうので注意ですねw
さてさて、いろんなフラグについては内緒です。
これからどんな展開になっていくのか。ランドはまた出てくるのか。
次回は幕間ですが、お楽しみに~w

>レネスさん
三期まで出てこないのか、それともちょこちょこ出てくるのか。
それについては未定です。もし出てきたら、「おおっ!」と驚いてやってください^^
就活……まだ本格的ではありませんが、少しずつやっていこうと思います~;;

>リョウさん
第二部長かったです^^;
ドリルはひとえに私がグレラガ好きだったがゆえですね。やっぱり浪漫ですよ、ドリルは。
チンク嬢に関係して数の子らが出てくるかも未定です。
まだ一期の構想練れてないんですよねー(ぉ
就活とあわせて、ゆっくりやっていこうと思います。

>リックさん
あはは^^;
まあ、そうですよね。
でもまぁやっぱり、あれだけリンディさんのことですからクロノのことを物凄く心配してたでしょうから。
感情が先走ってつい、って感じですね。
こういう状況で、理論的にどうこう、っていうのはやっぱり難しいでしょうから^^;

>露須斗露偽亜さん
そういえばありがちなシチュかもしれないですね。
まったく意識してなかったです^^;

>ダブルクエスチョンさん
いえ、これから入院するので一ヶ月です。
実際迷っていた時間は一日もありませんよ。せいぜい半日ちょいってところです。
なので食糧なども問題ありませんです。
次回は入院中のお話の予定ですよー^^

>俊さん
ありがとうございます。ようやく終わりました~^^
幕間では俊さんがおっしゃっていることも含めて展開していこうと思っています。
まあ、一期に向けて補足事項を連ねていく感じですかね。
楽しみにしていてください^^
チンクの出番等はまだ秘密。出てきたら、おっ、と思ってやってください。
体重については、その時のクロノの正直な気持ちだったからしょうがないんですw
雪乃こう 2008/10/03(Fri)18:20:59 編集
無題
お疲れ様です^^
今回も楽しかったです。
更新は気長に待ってますので
無理をしないようにしてください
シン 2008/10/04(Sat)00:43:35 編集
無題
久しぶりに感想を投稿させていただきます。
多分忘れられているでしょうが。
どうも、ゼノンです。

第二部お疲れ様です。

第二部になって、リーゼ姉妹の登場が減るかなと結構、残念な気持ちでしたが、回想シーンでリーゼが登場したのがかなり嬉しかったです。
特に空気になりつつあったアリアがクロノの必殺技で活躍するところが。
実は、リーゼ×クロノってありじゃね。思っているので。

チンクとの激戦と別れのシーンは、かっこよかったです。
この戦闘によって恐れく、原作よりも早い段階で己のアイデンティティーを確立するでしょうが、それによって他の姉妹達の人格にどのような影響があるのか非常に気になります。

リンディーは、リリカルおもちゃ箱の最後辺りのクロノとの再会シーンを彷彿させられました。
ただ原作の方のシーンの台詞は、家に中々帰ってこないでよく無茶する夫に言っても違和感がないと思うのは私だけだろうか?

そういえば、気になっていたのですが、こちらのクロノは、使い魔もしくはそれに類するパートナーを持つことはあるのでしょうか?
接近戦主体となるので、原作のような万能型ではないのでどうしても作戦遂行時に熱血系にありがちな穴ができそうなので、ソロで戦闘するのは大変そうだと思ったので。

ちなみにドリルは、男のロマンというのは賛成です。
私は、ドリル攻撃シーンのところで真ゲッター2に搭乗する神隼人の顔をイメージしながら読んでいました。

と長文すみません。
次は、第三部。
そろそろ原作の方へ進行も間近となり、これからも目を離せなくなりそうです。
更新に関しては、私も気長にまっていますので、無理をなさらず。

それでは。

ゼノン 2008/10/04(Sat)14:10:54 編集
感想
この戦いだけでクロノがかなり強くなりましたね。
この調子なら執務官になれる程度の実力を楽にとれるかもしれませんね。
tomo 2008/10/04(Sat)14:15:04 編集
無題
はじめまして
最近リリカルなのはの憑依モノが好きになって読み始めたD・Sです
クロノが大活躍ですね
特にクロノ版シェルブリットバーストは男のロマンを感じます
やっぱり男の武器は自身の拳ですよね
三部も期待してますこれからもがんばってください!
D・S 2008/10/15(Wed)01:13:39 編集
RES
>シンさん
返事自体遅れてすみません^^;
ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります。
次話もどうぞよろしくお願いします。

>ゼノンさん
お久しぶりです。いやーようやく第二部終わりましたよw
アリアはもともと魔法の切り札っぽいシーンで使いたいなぁ、とは思っていましたのでちゃんと使えてよかったです。
チンクの今後にもご期待くださいw
それからクロノが使い魔を持つのかという件ですが……どうしようか考えています。まあ、今のところは持たないと思いますが…まだはっきりとはしませんね。私も同じ考えを持ちましたから^^
ドリル=グレラガ又はゲッターというのは最早公式ですw
ドリルも使わせたいなぁ、と思いつつ、第三部もお楽しみに!
その前に幕間ですけどね。ありがとうございました~^^

>tomoさん
本質的にクロノでない彼の力を無理やり引き上げる意味もありましたからね。
クロノは強くなりましたよ。まあ、最強ものには程遠いですけど^^
執務官についても、幕間で書きたいなぁと思っています。

>D・Sさん
よくこんな辺境の憑依物を見つけましたね~^^;
ありがとうございます!
スクライドの影響を受けすぎな俺自重w
グレラガといい、ああいう男らしさには憧れるんですよね~。
第三部もよければ応援してやってください。
それでは~^^
雪乃こう 2008/10/15(Wed)18:42:52 編集
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