幕間3 無印~A's
ピンポーン。
立派な門脇の柱に設えられた呼び鈴を鳴らす。
備え付けられたスピーカーから、はーいと幼い声が返って来た。久しぶりに聞くなのはの声だ。
「あ、俺俺。久しぶりー」
『え、え? ど、どちら様ですか?』
「いやだから俺だって。俺。お嬢ちゃん、悪いんだけど鍵を開けでッ!?」
『開けで?』
「いえいえ、なんでもないのよなのはさん。リンディですけど、門を開けてもらってもいいかしら?」
『リンディさん! わかりました、ちょっと待っていてくださいね』
プツッ、と回線が途切れる音がして、スピーカーは押し黙った。
だがしかし、俺はそれよりも脳天に叩きつけられた拳の痛みのほうが問題であり、スピーカーなんぞに意識を割く余裕はなかったりした。
しゃがみこんでとにかく頭を押さえる。さすがは元戦闘派魔導師。母さんの拳は予想以上に重かった。
「……まったく、あなたはその歳にもなって悪ふざけばかりして!」
「つつ……、いや、俺はあれだ。少年の心を持ったまま大人になるのが夢だから」
それに、なのはって真面目だし純粋だからからかうと面白いんだよ。
≪身体は大人、頭脳は子供。その名は駄目人間クロノ!≫
うっさい。
「はぁ……どこで育て方を間違えたのかしら……」
俺とイデアの掛け合いを見つつ、悩ましげに溜め息をつく母さん。だが、これは個性というものだと思ってほしい。というか、割り切ってくれないとどうしようもないですよ?
なんて心の中で言いながら、ようやく痛みが引いてきた頭をさすりつつ立ち上がる。
それとほぼ同時に、目の前の門が開かれた。そこから顔を出すのは、精悍な体つきながらも優しげな表情が印象的な士郎さんと、その横にちょこんと立つなのはだった。
士郎さんは俺達を見ると、優しげな表情をさらに笑みで飾った。
「どうも、お久しぶりです。高町家にようこそ。さ、お入りください」
士郎さんに迎えられ、俺達は門をくぐり足を踏み入れる。
PT事件末期の訪問から約一か月半。二度目の高町家への訪問だった。
今回俺たちがなのはの家を訪ねたのにはわけがある。
というのも、かねてから高町の人たちにぜひ来てほしいと頼まれていたからだ。
管理局と直接関係のない彼らが、どうして俺たちを招待するのか。その理由は至極簡単なことで、まず一つはお礼を言いたいからだそうだ。
あの時、なのはが自分だけで飛び出していくことがなかったのは、俺がなのはに家族に話すのが筋というものだと言ったからだ。母さんにも、俺たちには説明する義務があるとも言った。それにより、士郎さんたち家族は心配しつつも、ある程度は娘の安全が保障されていると知ることが出来た。
娘が何をしているのかわからないより、何をしているのかわかったほうが、心配するにしてもだいぶ違う。また、わりと一人で何でもやろうとするなのはに家族を頼らせてくれたこと。それらの点について感謝している、ということだ。
それから、魔法のことがよくわからない自分たちに、よければ色々教えてもらえないだろうかというお話だった。
あのとき既になのはの持つ桁違いの才能については話してあったから、親としてそれらについて知っておく必要があると思ったのだろう。
なのはが現在、または将来この力をどうするのか。それについて家族でも考えたいということらしい。当然と言えば当然の反応といえる。
なのはも隠し事がなくなったということが心の負担を軽くしたようで、今では家ではかなりオープンに魔法を使ったり、その訓練をしたりしているらしい。それもあって、何かあった時の為にもと考えるのは自然な流れだ。
……というか、なのはのやつ随分とあれだな。この時点で魔法バレしたところでたかだか半年早まった程度なのだからそんなに影響はないと思っていたが……。家で普通に魔法使うとか。余計依存しなければいいけど。
まあ、それだけではなく魔法というファンタジーに触れるのが純粋に楽しみというのもあるみたいだ。この世界では空を飛んだりビーム撃ったりなんて、間違いなくファンタジーなのだ。それらを知りたいと思うのは仕方がない。
ちなみに、ユーノは高町家で楽しく過ごしているようだ。もっぱらペットとして。
奴の過去の罪(女性との混浴)については、9歳の子供なんだから、と高町家はやんわり赦免。しかし、なのはを始めとした女性陣との混浴は主に男性陣から禁止をくらったようだ。
ユーノ曰く、あの目に逆らうほど命知らずじゃない、とのこと。さすがは親バカ・シスコン。なのはのことになると、途端にマジになるから怖すぎる。
とまぁ、そんな諸々の理由により、俺達は高町家に招待されたのだ。
これまではフェイトの裁判やら他の仕事やらで忙しいこともあったが、ようやく一区切りついたので二人してやって来たというわけだ。
既にイデアの修復・改造も完了し、今は俺の胸元に揺れている。イデアも数えれば三人。これでエイミィもいれば、あの時と同じ面子になったのだが。
そう、今日はエイミィはいない。というのも、どうしても母さんと俺の都合が重なる日が今日しかなかったが、エイミィは外せない仕事があったためだ。今頃は仕事に精を出していることだろう。まあ、土産ぐらいは買っていってやることにする。
さて、そんなこんなで迎えた今日。
高町家にお邪魔させていただいた俺達は、早速居間で再会の挨拶を交わしたのだった。
「こんにちは、桃子さん。お久しぶりですね」
「リンディさんも。お元気そうで何よりです」
何やら瀟洒な雰囲気を醸し出しながら話し始めたマダムたち。マダムとはいっても、双方ともが見た目三十いくかどうか、というのはなんの冗談だろう。
まぁそれは置いておいて、俺も久しぶりに会った恭也さんたちに挨拶をしておく。
「どうも、お久しぶりです、恭也さん、美由希さん」
「ああ。元気そうだな、クロノ」
「うん、お久しぶりだねクロノくん」
型にはまった挨拶をしつつ、互いに笑みを浮かべて近況を話す。といっても本格的に会話を始めるわけではなく、あくまで触れる程度だ。
それは母さん達の方も同じようで、適当にタイミングを計って、今日この家に来た本来の目的を始める機会を窺う。
そろそろいいかと判断したところで、俺達は持ってきた資料なんかを空中のウインドゥに出していく。それらの準備が整うと、母さんはこほんと一つ咳払いをした。
「……それでは、私達の技術である魔法についてお話しますね。以前は詳しいところまではお話できませんでしたし、私達の所属する組織についても掘り下げられませんでしたから」
そう母さんが前置きをして、魔法その他諸々の説明がいよいよ始まる。士郎さんと桃子さんは娘のためということもあるが、魔法と聞いて目を輝かせ、美由希さんは読書少女ということもあってか食い入るようにウインドゥにデータが映し出されるのを待っている。クールな恭也さんも興味は隠しきれないようで、物静かながらもじっとウインドゥを見つめていた。
ちなみになのはも座って見ている。ミッドチルダや魔法世界というものをなのはは知らない。だからこそ楽しみなようで、美由希さんのように目を輝かせている。その肩にいるユーノは魔法世界出身なせいか、いつもとあまり変わりがなかった。
そんな面々を前に、母さんはウインドゥにタッチする。パッと画面が切り替わり、俺が用意した資料の最初の一枚が現れる。
そう、その最初の一枚とは――!
『リンディさんの☆すぐにわかる魔法講座!』
でかでかと書かれたカラフルなテロップ。それがシャラーンなんて効果音と共に現れた。
あまりの出来事に母さんが凍った。
「あ、間違えた」
あれは遊び心で俺とイデアが作った冗談だ。ちなみに字体は本家リリカルなのはを参考にしました。
≪マスター、そっちは暇潰し用です。決定稿は私の中に入れたじゃありませんか≫
「うわ、そうか。そうだった。すみません、いま出します」
ウインドゥをいったん消し、イデアの中のデータを抜き出して反映させる。
新しくウインドゥが浮かび、今度は真面目な資料が表示された。
「どうぞ母さん」
何事もなかったかのように俺が言うと、母さんは何か言いたげな顔をしたが、結局溜め息をつくだけで終わらせた。
「はぁ……、もういいです。それでは、早速説明させていただきます」
じろりと俺を睨むも、すぐさま高町の皆さんに母さんは向き直る。
いや、今回のあれはホントに意図したものじゃなかったんだけどなぁ。言っても信じてもらえなさそうだが。
<日ごろの行いって奴ですね>
<その通りだが、改めて人から言われると何故か腹が立つな>
遊び心で作ったものが、まさかまだ残っていたなんて。片手間だったせいか、全部消したかどうかは曖昧だったんだよなぁ。
暇つぶしで作ったわりに凝りすぎなものだったが、作っている間は楽しかった。ストレス発散にもなったし。けど、おかげで後で母さんにお小言をいただくことが決定してしまった。そのストレスを考えると、割に合うんだか合わないんだか。
<私も楽しかったです。アニメのテロップ作っているみたいで>
<お前のその感想もどうなんだろうな>
話の邪魔になることがないように念話で話しながら、母さんの話に聞き入る皆の様子を見る。
全員が興味深そうに耳を傾ける光景は、どこかほのぼのとしていて心が安らぐ。
とはいえ、さすがにこの説明を受ける本来の理由を忘れているわけではないようだ。管理局や魔法で起こせることなどの説明になると、誰もがなんとか理解しようと真剣だった。それだけなのはが思われていることを思うと、本当に素晴らしい家族だと思う。
けど、なのははそんな彼らには気づかず、興味深そうに話に聞き入るだけだ。彼女も家族の自分への思いは理解しているのだろうが、それがどれだけ得難いものなのかはあまり実感がないのかもしれない。
いや、あるいはわかっていながらそれを受け入れるのに反発しているのか。昔、確かに自分が蔑ろにされていたこと。それがあるゆえの家族への小さな反抗。本人も意識なんてしていないことだろうが。
しかし、それではあまりにも虚しい。高町の皆はなのはも含めていい人ばかりだ。だというのに、お互いに心を開いて向き合えないでいる。それは、なんだかもったいなく思えるものだった。
だから、俺としてはこの機会になのはには色々考えてもらいたかった。フェイトやプレシアの姿を見て、家族という物について。
なのはが幼い頃、士郎さんが重傷を負うことで家族がそれにかかりっきりになり、結果としてなのはは放っておかれた。それゆえなのはは一人で何でもやろうという姿勢がつくと同時に、自分を見てほしいという考えが根付いたんだと思う。
それが原作での魔法依存の原因だろう。魔法に有り余る才能を持つなのはは、魔法でなら誰もが認める存在になれると考えただろうし、頼られるということは素直に嬉しかったはずだ。
それが悪いとは言わない。だが、過去の傷の上に立った状態というのは危険だ。カサブタが崩れてしまえば、また傷の中に落ちてしまうだろうからだ。
経験上、それはよろしくない。だからこそ、ここで何とか家族間の問題に気付いてもらいたかったりする。
だが同時に、無理だろうなぁとも思っている。
なのははなのはで家族に対する思いは根底では複雑だろうし、士郎さん達は士郎さん達で放っておいたことを気にして踏み込めずにいる。
お互いに大事に思っているのに、踏み込めば下手をするともっと傷つけてしまうかもしれないから現状維持。気持ちは分かるが、このままいけば原作と同じようになのはが重傷を負うのは必至だ。なんとかしないといけない。
(はぁ……)
胸の内で溜息をつく。
なんだって俺はこんなことを考えているのか、とつい思ってしまったからだ。俺がこんなことを考える必要は本来ない。だが、結局俺はどうにかしたいと考えているのだ。
原作知識により先を知り、かつなのはたちと出会って、俺は彼女らを気に入ってしまった。だから、行動を起こそうと思ってしまうのだ。
(知っているってのは、厄介だよなぁ)
嘆息しつつ、それでも彼女たちを気に入ってしまった以上やれるだけのことはやる。つまるところ、結局俺は彼女たちにあんまりキツイ目に遭ってほしくない。そう思っているのだから。
「クロノ、ここの説明はあなたのほうが詳しいでしょう。任せてもいいかしら?」
不意に母さんが俺を呼び、ウインドゥを指し示す。
目を向ければ、確かに俺の方がある程度は明るい分野の話だった。思考に沈んでいる間に話は随分と進んでいたらしい。
「了解」
応えて、説明に加わっていく。
もう何分も話を聞いているにもかかわらず、飽きることを知らないように真剣で楽しそうな瞳でこちらを見る高町家の面々。
そんな彼らに少しだけ苦笑しつつ、俺は説明を始めた。
■
説明がある程度終わった後、母さんは桃子さんとリビングで歓談の時間に入った。士郎さんと恭也さん、そして美由希さんは道場へと鍛錬に向かい、残るのは俺となのはとユーノの三人。
どうするか、という話になったところで、なのはが私の部屋でお話しようと提案。それに対して俺は、砲撃を撃ってこないならいいよ、と了承。そんなことしないよ、なんて頬を膨らませながら、なのははお茶とお茶菓子を準備するために台所へ入っていく。俺とユーノは先になのはの部屋にお邪魔することになった。
ちなみにユーノは人間形態をとっている。飲み食いするにはやはり人間の姿が一番便利なのだろう。
ピンクや淡いオレンジなどの女の子らしい内装の部屋で、適当に腰を下ろす。さすがにベッドに座るほど非常識ではない。相手は幼女とはいえ。
ユーノはそんな俺の隣に腰をおろした。クッションは敷いていないが、勝手に拝借するのも何なので、まあいいだろう。
「それにしても、クロノと最後に会ったのはもう一か月以上前なんだね。やっぱり、フェイトの裁判が?」
俺が高町家に招待されながらも、ここまで時間が空いてしまった理由についてユーノが問う。
俺はそれに頷いて答えた。
「まあな。そもそも本当なら実刑が下されてもおかしくない案件なんだ。それを無罪にしようってんだから、それなりに苦労はするさ」
「うっ、なんかそう聞くと申し訳ないよ。元は僕がバラまいちゃったからなんだし……」
別段責めているわけではないのに、途端にしゅんとなるユーノ。おいおい。
「あれはプレシアが襲撃したのが原因だろ。そこまでお前が気にする必要はないって。まあ、その後の対応がお粗末だったのは確かだけど」
「うっ!」
痛いところを突かれたのか、ユーノの胸に何かが刺さったような幻覚が見えた。
まあ、あそこで本来なら管理局に連絡をして協力を仰ぐのが普通だっていうのは、さんざんアースラの中で言ったからな。ユーノも冷静になって考えればそうすべきだったというのはさすがに分かる。
突然の出来事で混乱し、かつロストロギアが船外に落ちようとしている状況で咄嗟にそれを追いかけたのはわからないでもないが……。自分で封印しようと考えたのは、ちょっとまずかった。
しかもそれによって民間人の女の子を一人事件に巻き込んでいるのだ。まあ、それは後に民間協力者となったので、書類上は巻き込まれた事実はなかったことになっているが。
ちなみにそれは、どうも体裁が悪いから報告書を見た本局の人が訂正したらしい。まあ、組織ではよくあることだな。
しかし、いまだにユーノはそれを気にしているようだ。なのはの魔法習得に協力的なのも、その罪悪感からみたいだし。純粋に打てば響くように成長するなのはの姿を見るのが楽しいというのもあるだろうけどな。
目の前でちょっと暗い影を背負ったユーノに、嘆息する。
「責任感が強いのはお前のいいところだけど、いきすぎるのは良くないぞ。あの事件は結局のところ上手く収まった。それでいいじゃないか。んで、今回のことを次への反省にすれば最高だ」
「うん……」
落とした肩をぽんぽんと叩いてやれば、ユーノはちょっと元気を取り戻したようだった。顔をあげて、人好きのする笑みを浮かべる。
「ありがとう、クロノ。確かに、ちょっと気を張りすぎてたかも」
「そうそう。俺だって失敗はよくある。けど、それを次への糧にすればいいんだ」
≪そのわりにマスターは命令無視を繰り返していますが≫
「それは気にしてはいけない」
だって、納得いかない命令ばっかりだったんだもん。少なくとも人道に反してはいないからいいんだよ。……いや、よくないけど。
「あはは。クロノらしいね」
ユーノにも笑われてしまった。くっ、ここで頼れる兄貴分っていうのになってみたかったのに。イデアのせいで台無しだぜ、ちくせう。
内心でぶつくさ俺が不平をこぼしていると、ガチャリと扉のノブを回す音がした。反射的に音の方向へ顔を向ければ、ちょうどドアが開いてお盆を持ったなのはが入って来るところだった。
「お、おまたせー」
ってかおい! 三人分のお茶とお茶菓子を一つのお盆に乗せるとか。9歳にはちょっとキツイだろう。
案の定、なのはの腕は微妙に震えている。俺は立ち上がるとなのはに近寄り、お盆を強引に受け取るといったんそれを机の上に置いた。
「にゃはは……ありがと、クロノくん」
「気にするなって。それより、無理そうなら無理するなよ」
「うん、気をつけるよ。ありがとう」
なのははもう一度俺に礼を言うと、クッションを三つ持ち出し、そのうちの一つを敷いて俺たちと同じく床に座った。そして二つのクッションがこちらに手渡される。俺とユーノもそれを敷き、三人の真ん中にさっき机の上に置いたお盆を移動させた。
さて、これでようやく人心地ついたか。
「さっきはあんまりお話出来なかったけど……久しぶりだね、クロノくん」
なのははほぼ正面に座る俺に向かって、そう言って微笑みかけた。
クッキーを早速いただいていた俺は、一口かじったクッキーを飲み込んでから口を開く。
「ん、かれこれ一か月半ぶりだからなぁ。……っと、そうだ。忘れないうちに渡しておこうか」
俺はつまんでいたクッキーを口内に放り込んで処分し、服に付いた大きめのポケットから一枚のディスクを取り出す。
それを見て、なのはは一瞬キョトンとしたが、それが何なのか思い当たったのか途端に表情を緩めて破顔する。
「あ、ひょっとして……」
俺はそれに口の端を上げて応えた。
「そう、フェイトからのビデオメッセージだ。……欲しい人!」
「はいっ!」
嬉しさのあまり頬を紅潮させながら、勢いよく手を上げるなのは。
関係ないけど、子供の頃って「欲しい人!」とか聞かれるととりあえず挙手しなかった? あれってなんでだろうな。ほとんど条件反射的に挙手してた気がするけど。授業なんかで染み付いてたっていうのが俺の持論だったりする。本当に関係ないな。
っと、まあそれはいいや。俺は持っているディスクをなのはの顔の前に差し出す。
「ありがとう、クロノくん!」
花が咲くように一気に笑みを深くして、なのははそれを受け取る。そして、ディスクケースの表面を大切そうに指で撫でた。
原作でもあったなのはとフェイトのビデオメールだが、こっちでも問題なく行われている。行われているとはいっても、今回で二回目になったばかりであるが。
フェイトは裁判中の身であり、自由に動いていい立場にない。しかし、フェイトはなのはのことが気にかかっているし、なのはもフェイトのことは気にかけている。
というわけで、ビデオメールならいいよ、と許可を出したのだ。これは9歳というフェイトの年齢を考慮し、そのほうが精神的圧迫をかけることなくスムーズに裁判が進められるという判断も込みでの対応だった。
当然、現在では判決が確定していない相手への連絡になるので、中身は確認される。といっても、せいぜい俺や母さんやエイミィがフェイトと一緒に見るぐらいだ。本来なら裁判所の人間が当たる役だが、そこは俺たちの肩書が物を言った。執務官に提督。信用性はバッチリというわけである。
内容が確認されることについてはなのはも了承している。もちろんフェイトもだ。こうして二人のやりとりは認可され、晴れて二人の交流は保たれることとなったのだった。
「それで、今回もその友達と見るのか?」
ディスクを机の上に置きに行ったなのはが戻り、再び座ったところで俺はそう質問を投げかける。
それになのはは首を縦に振った。
「うん。アリサちゃんとすずかちゃんと見るつもり」
親友の二人の名前を挙げて、なのはは嬉しそうに笑った。
「二人ともフェイトちゃんのこと、可愛くて優しそうな子だって言ってくれてるんだ。それに、早く会って友達になりたいって」
自分の親友二人がフェイトのことを好ましく思ってくれたのが嬉しいのだろう。なのははその喜びの大きさを表す満面の笑みを浮かべた。
どうやらなのはとあの二人との関係は俺が知る通りのものであるらしい。これなら、フェイトもいずれ問題なく彼女たちの輪に入って行けることだろう。俺としても喜ばしい限りだ。
「いい友達じゃないか。裁判が終わってフェイトがこっちに来れたら、ぜひ仲良くしてやってくれ」
「もちろん! ね、ユーノくん」
「うん。もちろんだよ」
なのはとユーノは当然とばかりに頷いてくれる。そんな二人の様子に、俺は内心で安堵した。
「フェイトの周りには俺たちもいるけど、やっぱり同年代の友達ってのはまた違うもんだ。アリサちゃんとすずかちゃん、だったか? 俺も今回のビデオの中で言ってはいるけど、改めてフェイトのことをよろしく言っといてくれな」
安心と共に俺がそう二人に、特になのはに言うと、なのはは何故かきょとんとした表情を見せた。その後はっとして、急いで首を縦に振る。
それを俺は訝しげに見た。
「……俺、なんかおかしいこと言ったか?」
「あ、ううん。ただ……」
そう言って、なのはは少し口ごもる。けど、すぐにまた口を開いてその続きを口にした。
「ただ……クロノくん、フェイトちゃんのお兄ちゃんみたいだなぁって」
どことなくしみじみしたような言い方をされるが、聞き慣れた言葉なので俺は苦笑を浮かべる。
「母さんたちにもよく言われるよ。まあ、俺としても妹みたいに思ってるところは実際にあるし。なんていうかこう……フェイトって保護したくなるオーラを出してるんだよなぁ」
≪一度エイミィさんにロリコンだったのかと言われたぐらいですしね≫
「待てイデア。あの時にも言ったが、俺は断じてロリコンではない!」
さすがにそこは否定しておく。9歳相手にそんな感情は抱かないですとも。だからなのは、少し距離を取ろうとするのはやめてくれ。泣きたくなる。
にゃはは、なんて笑いながらなのははまた元の場所へと座る位置を戻した。
「……でも、フェイトちゃんにお兄ちゃんが出来るのって、きっと凄くいいことだよ」
「そうだね。フェイトにとって、打算のない気を許せる相手っていう意味じゃ、クロノは適任だったんじゃないかな」
「え、なんでさ?」
なのはとユーノの言葉の意味がよくわからず、俺は二人に疑問を返した。
それに対しての二人の答えはこうだ。つまり、あの時俺がフェイトに言った言葉は、存外フェイトにとっては大きなものだったということ。そしてそれを言ってくれた俺のことを、フェイトはきっと慕っている、と。あ、もちろん親しみという意味でね。
……そういえば、実際フェイトは俺と一緒にいることが多いな。エイミィなんかのほうが同性だし気兼ねもないと思うんだが、なぜか気づけば休みは俺の後をついてくることが多い。
そう話すと、二人はやっぱりという表情で笑った。
「フェイトちゃんにとって、クロノくんはそれだけ大きな人だったんだよ。プレシアさんとは別に、頼れる人だって思ってるんじゃないかな」
ちなみになのはには俺たちの口からプレシアの日記の内容は伝えてある。フェイトにとってプレシアの存在がもう枷ではないことはなのはも知っているわけである。
そして、俺はそんななのはの素直な言葉に、少々照れる。この子はどうしてこう、真っ直ぐにこういうことを言うのか、まったく。
「まぁ……それならそれで嬉しいけどな。フェイトもだけど、なのはだって俺にとっては妹みたいなもんだし」
言って、なのはの頭に手をやってわしわしと乱暴に撫でる。
にゃにゃ、なんて猫っぽい鳴き声を発して俺の手による蹂躙を受けていたなのはだが、俺の手が離れると乱れた髪の毛をすぐに直し始めた。
もう、と怒ったように言うが、その表情は笑顔だった。
「でも、私はお兄ちゃんはいいかな。もう間に合ってるから」
「……確かに、あの兄がいれば他にはいらなさそうだな」
シスコンで有名な恭也氏が一人いれば、妹としてはもうそれで十分のようだ。なのはは苦笑して頷いた。
「あ、そうそう。話は変わるけど、ユーノ」
「え、なに?」
「お前、近いうちに本局に連れてくから」
「は?」
唐突な俺の宣言にユーノは目を丸くして、声にもならない音を漏らした。
なのはも突然のことに驚いているようだ。
さすがにちょっと急だったか。俺は一つ咳払いをして、詳細を話す。
「いや、ほら。今回のジュエルシードって元はお前が見つけたものだったろ? それに責任者でもあった。運搬中に紛失して、しかも事件の渦中にいたってことで、お前の意見も聞きたいんだと」
「ああ、なるほど」
説明を聞けば、ユーノはさもありなんと頷いた。
まあ当たり前と言えば当たり前だ。考えればわかることだが、なのはよりもユーノのほうがこの事件では文字通り当事者なのだ。それもロストロギアの発見者であり、かつ被害者であり、さらに解決協力者でもあるという非常に特殊な立場にユーノはいる。その意見が重要視されるのは当然のことだろう。
それを考えれば、召喚されるのは仕方がないことだとユーノも考えざるをえない。だいたいにして、ユーノはスクライアに所属する言ってみれば社会人だ。そういった立場云々を考えれば、自分がいく必要性はおのずと分かるはず。
そしてユーノは俺のその予想にたがわず、しっかりと俺に対して頷いたのだった。
「わかった。何を言うのかとかは、まあまたでいいかな」
「ああ。急で悪いが、一ヶ月後には向こうにいてもらわないといけない。準備もあるし……二週間後に迎えにくる。悪いな」
「ううん。もともと、僕が向こうにいれば必要なかった手間だから。こっちこそごめん。よろしくお願いするよ」
「ああ」
小さく頭を下げるユーノに、俺も首肯して返す。
「悪いな、なのは。しばらくユーノは借りてくぞ」
「大丈夫だよ、私だけでも魔法の訓練とかはちゃんと出来るから!」
だから安心して、とユーノに笑い掛ける姿は純粋すぎて眩しいほどだ。純粋ゆえに他意は全くなく、逆にそれがユーノには微妙にショックだったようだが。
まあ、仕方がないだろう。こういう類には大きな期待はしちゃダメだってことだ。俺はそう内心で思いつつ、慰めるようにユーノの肩に軽く手を置いた。
……さて。なのはにビデオメールも渡し、ユーノに裁判の件も伝えた。これで本当に今日の用事は全部なくなったな。
お茶の入ったカップを傾け、一息ついてからそう言うと、なのはは殊更嬉しそうに笑顔を見せた。
「それじゃ、今度はクロノくんのお話を聞かせて」
「俺の?」
俺なんかの何が聞きたいのか。その意図が理解できず、俺は視線をなのはに向ける。
「うん。そういえば私、クロノくんのことってよく知らないから。せっかくこうやって仲良くなれたんだから、もっとクロノくんのことを知りたいなぁって思って」
にっこり笑ってなのはは言う。
……この幼女、天然か? 同じセリフを19歳バージョンで言われたら、絶対に男は勘違いすると思う。これでもしなのはが男で俺が女だったら、今の笑顔でポッとなっていたかもしれない。末恐ろしい奴だ。
しかし……俺の話ねぇ。
「そんなもんが面白いかぁ?」
「うん!」
なのはは変わらぬ笑顔で頷く。
「……それはつまり、俺の人生は傍から見てきっと面白いだろうって?」
それはそれでちょっとショックだなぁ。
俺がそう拗ねたように言うと、なのはも自分の言葉がそうともとれることに気が付いたらしい。突然わたわたと慌てだした。
「え、ち、違うよ!? そうじゃなくて、私は純粋にクロノくんのことをもっと知りたいと思ったからで――」
両手をせわしなく動かしつつ、何やら必死に言い訳をし始めたなのはの様子は実に見ていて面白い。
本当はそこまで気にしてはいないのだが、真面目な性格ゆえかなのははそんなことには気がつかないようだ。
俺が必死に言い募るなのはの姿を見て小さく肩を震わせていると、そんな俺の様子を見物していたユーノはいち早く見とがめた。
<趣味が悪いよ、クロノ>
<いや、悪い……くく、からかいがいがあるなぁ、やっぱり>
<……はぁ>
念話で溜息までつかれてしまったが、真面目な奴っていうのはからかうと本当に面白いのだ。まあ、からかうにしても程度問題なのだが、これぐらいなら許容範囲だろう。
そんな俺たちをよそにマシンガンのように弁明していたなのはは、そこでようやく俺の肩の震えに気がついたようだ。
それはつまり、俺にからかわれていたと理解したということ。なのはの顔は次第に赤くなっていき、ついには頬をふくらませて怒りを爆発させた。
「もーっ! クロノくんっ!」
怒り出したなのはを見てまた笑い、それを見てなのはがまた怒り、ユーノはそんな俺たち(主に俺)を見て呆れつつ苦笑を浮かべる。
うむ、やっぱりこういう空気が9歳の子供には相応しい。事件の時のように変に責任感を感じた重たい表情より、心から笑って怒って呆れる、そのほうがいいに決まっている。
フェイトからのビデオを渡した時や今のように、出来ればずっとこのまま純粋でいてもらいたいもんだ。もちろん、なのはだけじゃなくユーノもフェイトもだ。
そんなことを思いつつ、俺は笑いを収めて怒れるなのはを宥め始める。なのはも怒っていたのはどこかポーズの面もあったようで、ちゃんと謝ればすぐに許してくれた。
それからは俺の話や最近あったことなんかを話題にしつつ、雑談に興じていく。時に茶を呑み菓子を食べ、笑い声を響かせつつ。賑やかな時間はそうして過ぎていくのだった。
~おまけ~
その後、なのはがアリサの家でフェイトからのビデオメールを三人で見ていた時。
「あ、この人がなのはちゃんが言ってたクロノくんっていう人?」
「確かフェイトのお兄さんみたいな人だっけ? ……なんか、胡散臭そうなやつね」
「あ、アリサちゃん! こう見えても悪い人じゃ、ない……? うん、悪い人じゃないんだよ!」
「なんで二回言ったのよ」
『あ、そうそう。なんか最近、コイツの話す話題がなのはや、アリサちゃんとすずかちゃんの話ばっかりでさ。何度も嬉しそうに話してくれるんだよ、新しい友達が出来たって』
『ク、クロノ……っ! な、なんでそんなこと言うの!』
『ははは、良いではないか良いではないか。ま、そんなわけで出来ればこれからも仲良くしてやってくれよな。兄代わりとしてよろしく頼む』
『も、もう……!』
「クロノくん……」
「いい人だね。本当にフェイトちゃんのこと、大切に思ってるみたい」
「そうね。まあ、言われなくてもフェイトとはもう友達だけどね」
『あ、それから』
「にゃ?」
「へ?」
「ん?」
『なのは。例のアレについては安心しろ。俺はしっかり秘匿してある』
『え? クロノ、なんのこと?』
『んー……そうだな。なのはが俺たちといた時に撮ったホームビデオみたいなもの、かな』
「ほーむ、びでお……? ……――ま、まままさか!?」
『なのはの? なら私、それ見たいん――』
「ダメなのぉ―――ッ!!」
「きゃぁ!」
「きゃっ! ちょっと、なに急に叫んでるのよ!」
「だだだって、そ、それどころじゃないのぉ!」
『悪いなフェイト。なのはから誰にも見せるなと言われてるんだ、諦めてくれ。……というわけでなのは! 安心して俺に任せておけ!』
「――内容はこれで終わり、ね。にしても、最後は親指立てて歯を光らせてウインクとか。器用なやつね」
「…………ふ、ふふふ」
「な、なのはちゃん……?」
「ち、ちょっと。あんた、どうしたのよ……」
「ふ、ふふ……。そうなの……そうくるなら、こっちも容赦しないのクロノくん。今度会ったら……」
「あ、アリサちゃん! な、なのはちゃんが怖いよ!」
「あ、あたしだって怖いわよ! ああもう、やっぱり全然いい人なんかじゃないじゃない!」
なのはの目からハイライトが消え、すずかとアリサは怯えまくり、その場はまさに混沌の場と化したそうな――。
続
==========
あとがき
今回は前話で言っていた、高町家に呼ばれているというイベントのお話です。
とりあえず内容はほのぼの? とにかく私がなのはを書きたかった回ですね(ぉ
これでようやく幕間も終わり、かな?
とはいえ、A’sのプロットに変更点が出てきたりもしているので、なかなか思うようにいきませんけどね。
ちなみに最後に出てきたホームビデオ(笑)は第二十三・五話のお話です。
見ていない方は一度見てみてくださいね~^^
人とデバイスの漫才サイコー!!
奥さんズは老けていく姿が想像出来ん・・・・・。
リンディさんの☆すぐにわかる魔法講座!
は盛大に笑かしてもらいましたwww
というかとらハのリリなの思いだしたZE☆
ユーノ君・男子・9歳・ペット
傍から聞くと危ない感じに見える。
あーあのスペシャル映像かー。
高町家での視聴はするべきじゃない?やっぱ。
あと、エイミィへのお土産はやっぱ翠屋の?
対なのはの切り札になるのは間違いないですねw
しかし、おしゃる通りに使いどころですよね。下手に使うと砲撃されて終わりですしw
またこのビデオが出てくるかは未定ですが、使い勝手はよさそうです。
>フツノさん
エイミィへのお土産は翠屋のシュークリームです^^
今回はほのぼのなお話の回を目指しました。
クロノの駄目っぽさが露呈する回でもありましたがw
楽しんで頂けたようでなによりです^^
はてさて、上映するかどうかはまだ未定ですね。
もともとただのネタで出したものですし。今後出番があるかも未定ですが、たぶんどっかで出てくると思いますw
A's編、今いろいろ直しているのでまだ時間かかりそうですが、楽しみにしていてください!
この記事にトラックバックする: |