幕間4 無印~A's
俺ことクロノ・ハラオウンは管理局執務官である。それも自分で言うのは何だが、そこそこ優秀な方だと自負している。
執務官の仕事は、事件捜査や法の執行の権利、現場人員への指揮など多岐にわたり、それぞれ命令を受けて動くことが多いが、執務官の権限で緊急指令を出すこともできたりする。その高い権力に比例して試験などは相当に難しいのだが……ここでは割愛しておこう。
さて、そんな俺は現在第34管理世界に来ている。それは何故かというと、まあ要するに仕事が回って来たのだ。俺達アースラ組に。
曰く、「お前ら休みすぎだろ! さっさと働かんかい!」ということ。
まあ忙しい管理局の現状の中で一か月も本局に滞在し、ミッドに足を運んだりとさながら休暇の如く過ごしていたので、当然っちゃ当然だが。
もちろん局内では事務仕事を中心に事件の事後処理、フェイトの裁判、ジュエルシードの管理引き渡し云々など色々こなしていたわけだが、それとこれとは話が別とのこと。
そういうわけで久しぶりに俺達は任務に出ることとなったのである。
「おっさん達A班は右な。で、B班が左。森ん中だし夜だから気付かれんとは思うけど、慎重に頼む」
「任せとけ、隊長!」
「了解しました」
俺の指示に、それぞれの班のリーダーが答えを返す。それに頷き返し、俺は暗い森の先に目を向けた。
――今回の任務はテロリストの殲滅。今俺が立っている位置から後方100メートルの位置にあるこの世界の管理局支部を守るのが任務である。
経緯を説明すると、まず五日前にこの世界にある3つの支部の一つが突然何者かに襲撃される事件が起こった。その支部は半壊し、不意を突かれたこともあって相手側に対した損害は与えられなかった。
そしてその翌日。解放戦線を名乗る組織が宣戦布告。「管理局の横暴を許すな!」と電波ジャックをして広々と宣伝し、事態が大事に。
初日に潰された支部から本局の方に既に事は知らされており、命令を受けた俺達が派遣されたというわけだ。
ちなみに俺たちが到着する一日前に二つ目の支部が襲撃されているが、そちらは撃退に成功。しかし、管理局側にも死者こそいないものの大勢の怪我人が出た。
双方痛み分けということで、一日のインターバルが生まれ、その間に俺たちはこの世界に到着したというわけだ。
そして今日。まだ一度も襲撃されていない三つ目の支部にD班を残し、俺達は再度の襲撃に備えて二つ目の支部に陣取っているわけである。
ちなみに支部にはC班を残して守備を固めてある。戦力の分散というのはあまり褒められたものではないが、まあ気にしない。斥候によれば敵グループにも魔導師がいるらしいが、その人数は五人。ランクはAAが一人にAが一人、あと三人がCだ。
俺はAAA+だし、おっさんはA。その他の隊員はCなのだが、こちらは正規に訓練してきた軍隊だ。そして何度も実践をくぐりぬけてきている。たかだかテロリストに舐められるような柔な人間はいない。
先程帰ってきた斥候隊員によれば、こちらに向かってきているのはAAランク魔導師とAランク魔導師の二人を筆頭に三十二人。こちらは俺を含めて十五人だが、負ける気は欠片もしない。
フィールドは闇に覆われた暗い森。明かりは背後にある支部から届く微かな光だけ。しかし、何も恐れる必要はない。
「報告によれば、AAとAの魔導師二人は突出してこちらに向かっている。残りの三十人はデバイスを持っていないようだから、恐らくは実弾兵装で向かってきているはずだ。こちらの作戦としては、後方の三十人をA班・B班で奇襲挟撃し、一気に追い込め。バリアジャケットだけでなく、シールドを簡易展開させておくのを忘れるな。バリアジャケットだけでも死にはしないだろうが、当たればすぐには動けなくなる」
「わかってるよ、隊長。油断はしねぇ。万全で行く」
こちらのほうが実力は確実に上だが、窮鼠猫を噛むという諺もある。こちらが確実に優位であることは事実だが、それが慢心に繋がってはいけない。
おっさんの言葉に俺も含めて隊員全員が頷いた。
「で、魔導師二人は俺が引き受ける。AAを相手にするのは骨が折れるだろ。その点、俺なら問題ない」
「おう、頼りにしてるぜ隊長!」
背を器用にも音を立てずに叩かれ、少し驚く。が、こういったスキンシップも仲間内ならではだ。俺もおっさんの背を軽く叩いて健闘を祈った。
『クロノ君。解放戦線が森の中に入って来た。約15分後に接敵します。各員に指示を頼みます』
「了解」
エイミィからの通信を受けて、その内容を秘匿念話を通じてC班D班含めた全隊員に指示を出す。A班とB班も持ち場につき、あと10分で接触するまでに時間が迫る。
深呼吸をひとつ。相手は武器を持ってこちらに向かってきている。こちらを、殺す気で。
だが、素直に殺されてやるわけもない。俺はぐっと息をつめて、集中力を高めていった。
■□
男には一つの自負があった。
AAランクという魔導師適性。管理局内にいる魔導師の中でも15%もいない、魔法への高い親和性。それは男の自尊心を大いに満たすものだった。
魔法があれば、何でも出来た。人より速く走り、人よりも強い力を振るい、人よりも優れた仕事に就ける。
それは男にとって誇りであり、自分は凡夫とは違う才能を持っているのだと実感させてくれる、まさに男の全てだったのだ。
しかし、この世界に管理局がやってきて政府と契約を結んで以降、生活は大きく変わってしまった。
魔法関連の仕事は大きく制限され、残った事業のほとんどが管理局下に置かれることとなった。危険だ、保護だというお題目のもとに、魔法技術は監視・規制されていったのだ。
結果、確かに魔法技術はより洗練されて市井に広まり、この世界の技術と生活水準は上昇した。以後も魔法の恩恵はこの世界に大きな潤いをもたらすに違いない。人々は便利で強力な力に守られ、時にはそれを行使して生きていくのだろう。
だが、その一方で切り捨てられた者達もいる。男もその一人であった。
男は以前、土木業に従事していた。この世界は自然が豊富で、かつ成長途中の世界だ。土木関連の仕事は人がいて困ることはない程には盛況な様相を呈していた。
その仕事の中でも、花形の仕事がある。それが、魔法解体士と呼ばれる仕事だった。
古くなった建築物や危険な岩壁、邪魔な大岩などの障害物、トンネル、そういった様々なところで魔法によってそれらを壊し、崩す。それによって作業を早め、能率を高めることが彼らの主な仕事だ。
もちろん安全は確保しているし、場所によっては解体士の手を使わない場合もある。そんな時は普通に工業機械が使われるが、魔法解体士ならばものの数分で済むものが機械だとその何倍も時間がかかる。まさに解体士は非常に重要な仕事だったのだ。
一歩間違えれば大事故に繋がる仕事なだけに、解体士には高い魔法技術力が求められ、自然その門戸は狭いものとなっていった。また、その他にも花火などの娯楽にも通ずる仕事であったので、それに伴って魔法解体士は大変人気の高い仕事であり、狭き門でありながら、その倍率は相当なものであった。
男はその試験に一発合格を果たした。才能もあったが、本人の努力が一番だっただろう。男は泣いて喜んだ。魔法の神秘的な光をきらめかせ、新しきを創るために力を使う。その素晴らしい仕事に就くことが出来るのだ。
その瞬間、男にとって魔法解体士は大きな誇りとなった。そして、その誇りに恥じないように精いっぱい働いたのだ。充実した日々だった。結婚の話はついぞなかったが、それでも仕事に誇りを持っていたから。
だが、管理局の登場によって生活は一変する。管理局は男の誇りである魔法解体士を危険な仕事だと判断し、無期限停止処分を出したのだ。
管理局の魔法技術から見れば、この世界の魔法技術はまだ未熟なもの。だというのに、下手をすれば大惨事となりかねない解体作業に積極的に魔法を使っているというのだ。これは、管理局からすれば見逃せるものではなかった。
それゆえの無期限停止処分。しかし、これは無期限といっても実質的には期限がある。すなわち、この世界の魔法技術が一定以上まで成長すればいいのである。管理局もそのつもりで停止処分を出したのだ。
しかし、魔法技術がそこまで届くのが何時になるか分からない。管理局の試算では十年もかからないとのことだったが、生活を続けるためには今稼げなくては意味がない。
多くの解体士たちは管理局が斡旋した仕事へと再就職していった。男も当然そうした。
しかし、男は新しい仕事場にどうしても馴染めなかった。男にとって解体士は全てであり、魔法は唯一の誇りであったからだ。
結果、仕事は上手くいかず、人間関係も悪化。男は仕事を辞めた。
ふらふらと貯金で生活をする日々。しかし、次第に貯金も底をついていく。これからどうする……。そう沈み込んでいた男に声をかけたのが、解放戦線を名乗ってアンダーグラウンドで活動する反管理局組織だった。
魔法を独占し、他世界に干渉し、あまつさえその世界の魔法技術され縛りつける傲慢なやり方。それらは断じて許せぬ所業であり、管理局は純然たる悪である。――解放戦線の掲げる言い分は、男にとってひどく心地よいものだった。
そうして、男は解放戦線の一員となった。そして先日ついに表舞台に姿を現し、管理局支部を一つ潰して見せたのである。
その時、男の身体を走ったのは快感だった。自分の誇りを踏みにじった連中を力で征服する恍惚。それは麻薬のように甘美な味となって男の渇望を潤していったのだ。
二つ目の支部の襲撃の際、男は参加していなかった。後から失敗したと聞いた時、男は盛大に舌打ちをした。俺が行っていたら、失敗なんてしなかった。男にはその自信があったのだ。
だからこそ、今日の仕事は最高だった。仲間が落とせなかった第二支部。そこを自らの手で落とし、自分の力を見せつけるのだ。自分の魔法の才を。それを蔑ろにした管理局に。
クッ、と森の中をかける男の口から呼気が漏れた。隣で走るAランク魔導師資格を持つ青年がそれを聞きとり、首を傾げる。呼気は断続的に夜に響いた。
クックッ、ククク……。
それは、堪え切れない男の笑い声であった。夜の森の中を走りながら、静かに笑い声を洩らす男。隣を走りながら、青年は仲間であるはずの男に恐怖を抱いた。それは例えるなら幽霊と相対した時のような怖さ。己の常識外の存在へと抱く恐怖だった。
クク、クッ……?
響いていた男の笑いが止まった。内心ほっとしつつも、青年が不思議に思う。
どうしたのか。そう男に問いかける前に、青年も男が笑うのをやめた理由を知った。
二人の前に、人影が立っていたのだ。何百メートルか背後にある第二支部からの光が逆光となり、顔は見えない。しかし、人影の大きさから察するに十五歳前後の少年だろうと青年は当たりをつけた。
「おいおい、坊主。子供はもう寝る時間だ。万がいち坊主が何も関係ないんなら、この場から消えな」
男も青年と同じように思ったのだろう、坊主と人影に対して呼びかけた。
しかし、人影は動かない。
それはつまり、男の呼びかけへの回答なのだろうか。男は、関係ないなら去れ、と言った。ならば、この場に残り去る素振りを見せないということは、関係者であるということ――。
「……そうかい。じゃあな、坊主」
一向に動きを見せない少年に、男はつまらなさげに手に持った杖型デバイスを少年に向け、一拍の間も与えずに少年を撃った。
魔力砲は一直線に少年に向かい、着弾した瞬間、魔力の余波が地面を滑って土煙を発生させる。
「な、おい、アンタ! 子供をいきなり撃つなんて……!」
「ああ?」
いくらなんでも倫理に外れすぎる。青年は管理局にもっと融通をきかせろと言いたいだけであって、子供を殺すことを是とした覚えはない。
義憤に駆られ語調を乱した青年を見て、男はあからさまに蔑んだ目を向けた。
「子供でも、敵だろ。管理局に所属してるんだからな。なら、殺そうがどうしようが勝手だろ。あいつらだって、この世界で勝手してるんだしなぁ」
口元を歪めて男は笑う。
それとこれとは話が違う。青年は喉元までその台詞が出かかったが、男の笑みを見て声を詰まらせた。
男の笑みは人として歪みきったものだった。自分の考えこそが正しいのであって、それ以外は等しく間違っている。それを本気で信じている。そんな狂信者の目をしていたのだ。
青年は口を閉ざすしかなかった。これでも、この男の実力は本物なのだ。自分が刃向かっても、敵わないことは分かっている。ましてや、こんな目をした人間だ。刃向かえば、仲間といえど殺すのを躊躇いはしないだろう。
だから、青年は口を閉ざすしかなかった。自分だって死にたくはない。義憤に駆られて死んだところで、いったい何になるというのか。
急に黙りこくった青年を一瞥し、男はいまだに土煙が晴れぬ先を見た。そこには男にとって憎い敵である管理局の支部があるのだ。早く、そこを潰したい。男はただそれだけを望んでいた。
「おい、行くぜ」
一応声はかけてやる、という気持ちが透ける適当な調子で青年に声をかけ、男は一歩踏み出す。
「――行かせると思うか?」
が、それは一歩を刻んだだけだった。それ以上は進まない。それが歩くという行為になる前に、土煙の中から聞こえた声に、男は足を止めていた。
男と共に青年も足を止めている。まさか、という思いをこの場限りで二人は共感していた。
「確かに管理局は勝手だし、ちょっと……いや、うん、傲慢なところもある。けど、それでもその世界との約束事を違えることはないし、フォローを欠かしたこともない。俺も管理局が大好きってわけじゃないけど、組織として最低のラインは守ってる。そこだけは事実だ」
晴れつつある土煙の中から、声変わりの最中なのか中途半端な低音で言葉が聞こえてくる。一歩、また一歩とこちらに近づいてくるのは、先ほどの少年なのだろうか。青年は、それを半ば確信しつつもそんなことを考えていた。
そうして、ついに二人の目の前に少年の姿がさらされる。互いの距離は10メートルもない。逆光も気にならず、少年の全貌を窺うことが出来た。
短く黒い髪と、同じ色のバリアジャケット。白いズボンを履き、両腕と両足は純白に輝く機械的な装甲が覆っていた。特に両腕を覆う装甲は分厚く、ガントレットと呼んでも差し支えない。恐らく、それが少年のデバイスなのだろう。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。管理局法で……というか、テロはマジで駄目だろ、常識的に考えて。というわけで、無駄だとは思うけど一応聞いておく。――降伏、しない?」
管理局、執務官。
その肩書を聞いて青年は唐突に口の中が渇いたのを感じた。
執務官は管理局の中でもエリートの中のエリート。その資格を得るのは非常に困難を極めると聞いている。それもエリートといっても政治家のようなコネで何とかなるものとはわけが違う。それは本当に実力でしかなることが出来ない、まさに魔法のエリートなのだ。
もちろん、戦闘などはその最たるもの。その執務官にこんな少年がなっているという。それはつまり、尋常ではない魔法の才があり、また資格に伴う実力を有しているということ。
青年は無理やり唾液を絞りだし、口の中を潤した後にゴクリと音を鳴らしながらそれを嚥下した。緊張が身を包みこみ、肉がこわばるのが分かった。
「ちなみにお前らの後方部隊はうちの隊員たちが潰してるぞ。個人的にはここで降伏するのをお薦めする。……勘違いしてるかもしれんから言っておくけど、こっちだって問答無用で牢屋にぶち込むわけじゃないぞ? 話を聞くぐらいはするし、内容によっちゃあちゃんと上に話通すし」
というか、それぐらい出来なきゃ管理局はとっくの昔に終わってるよ。
どこか呆れたように言う少年の言葉に、青年は内心でなるほどと相槌を打っていた。確かに、そんな度量の小さな組織が長続きするわけはない。長く続くこともあるかもしれないが、それでも遠くないうちに自壊するだろう。
とすれば、少年の言うことは比較的信用できるようにも青年には思う。そもそも青年は自分たちの意見を聞いてほしいから蜂起したのであって、決して無駄に被害を出したいわけではないのだ。
それなら他にもやりようはあっただろうに、と思わなくもない。テロ組織に加担したのは、ひとえに青年が真面目で直情的であったために周りを見る余裕がないせいであった。
この時点で、青年はどうしようかと迷いが生じていた。このままなら、クロノも労せず任務を終えることが出来たかもしれない。
しかし、青年の隣にいる男は、それだけでは納得できなかったのである。
「……――はっ」
男が俯きがちに笑んだ。
それをクロノが見咎めた直後、男のデバイスが発光し、再びクロノに魔力砲が叩きこまれた。
クイックドロウ。速射性能を向上させる戦闘スキル。その速さゆえに一発の威力は下がってしまうが、しかし牽制としては申し分ないもの。男のスキルならば、一発の魔力弾がCランク相当。雑兵であればそれだけで大ダメージとなるほどのものだ。
それを躊躇いなく再び放った男に、さすがに隣の青年もぎょっとなった。
「あ、アンタ……!」
「く、くくくッ……、降伏だぁ? するわけないだろ、ガキがッ! 管理局は悪だ! 俺の生活を奪った、俺の仕事を奪った、俺の誇りを奪った! お、俺の誇りを……。許せないだろう、なぁ? お前らのせいで俺は、俺の才能がなぁ!」
男は狂っているわけではなかった。ただ、怒りのあまりに言葉が上手く出てきていないだけだ。しかし、青年はそれでも男が怖かった。狂っていないというのに、まだ何もしていない子供を殺すことが出来るというのか? 正常なまま、殺すことが……。
だが、青年のその心配は杞憂であった。
何故かというと、クロノはまったくダメージを受けていなかったからだ。
「……それが、アンタの戦う理由か。AAランクだっていうから、魔法の才は確かにあったんだろうが……結局は自分勝手な八つ当たりじゃないか」
気に入らない、という感情を隠すこともしない。クロノはただ男のことを睨みつけていた。
「な、にィ……!?」
男は自分の攻撃が効かなかったことが、相当衝撃的であったようだった。数瞬自失するが、すぐに持ち直してもう一度クイックドロウで魔力砲を撃った。
しかし、クロノの身体に当たると何の効果も表わさずに霧散した。
「ぐ、バカな、バカなバカなぁ!」
男が撃つ。
棒立ちとなっているクロノに当たるが、やはり掻き消える。
撃つ。掻き消える。
撃つ。
掻き消える。
撃つ。撃つ。撃つ。
しかし、その全てがクロノの身体に触れると消えてしまう。
クロノが一歩、前に歩いた。
「――ッ、バカなぁああッ!!」
自分の魔法が効かない。そのことに自身の誇りを汚されたとでもいうように、男は悲痛な叫び声を上げながら、それまでとは違い綿密に魔力を練っていく。
術式を起こし、可能な限りに魔力を集め、一点にその力を集束させていく。男は集中していた。かつてないほどに集中してその作業を行う。
その様子はクロノから見ても淀みのない鮮やかなものだった。確かに、男には魔法の才能がある……いや、あったのだと確信させるほどには。
AAランクとして持てる力を余すことなく注いだ渾身の魔法。青年にはとても作り出せない、精密な構成と力を持つ魔力の固まり。
あの少年も食らえば、ただでは済むまい。そう青年に思わせるには十分な威力を持つだろう、それ。
しかし、それを見てもクロノは一歩も引かない。代わりに、右足を半歩引いて半身となり、右拳を引いて左拳を軽く突き出した構えを取った。
彼の渾身の魔法攻撃。クロノでさえも、見事だと思ったほどに術式が練られた魔法。それを半端にいなすことはしたくなかったのである。
「イデア」
≪Yes,master. Multi factor Complete. “Knuckle Burst”≫
クロノの引き絞られた右腕の先。拳の先端に魔力スフィアが形成される。同時に、拳を中心に回転を始める環状魔法陣。
それを遠目に見て、青年は思った。
――勝てない。
自分から見ても分かる。あそこに込められた魔力量が。自分の何倍も上。AAAまで届いているかもしれない、その魔力。
男にもそれはわかっているだろうに。それでも男は降伏はしない。なぜならば、彼にとって管理局は抗うべき悪だから。自分の誇りを汚した憎い敵だからだ。
ゆえに、男は最後のトリガーを引く。自らの手で、敵を撃滅するために。
「ッ死ねやぁぁぁあああッ!!」
≪Power Boast≫
男のデバイスが魔法名を告げ、その攻撃がついに男の手を離れて高速で発射された。もちろんその向かう先にいるのはクロノだ。
迫りくる攻撃に対してクロノが何をしたかというと……、引き絞っていた右拳を、ただ勢い良く振り抜いただけだった。
それだけでナックルバーストの巨大な魔力が放たれ、そこに混ぜられたクロノのレアスキルは男の渾身の攻撃をもたやすく打ち消した。それは多少威力を殺されつつもそのまま男へと向かい、力を振り絞った男はなす術なくその力の波に飲み込まれる。
男はそれでも何とか防御をするが、その間にクロノに懐深く潜り込まれていた。そのことに驚き目を見張るも、次の瞬間にはクロノの拳が力強く男の腹へと捻じ込まれていた。強烈な痛みに、目の裏が熱くなった。
自分の誇りでもあった魔法が、目の前の子どもには通じなかった。そのことを男は思う。自分がこだわってきた才能は、この子供に比べてこんなものにすぎなかったのか、と。
……もし。もし、他の解体士の仲間たちのように、今の仕事を放り出さず、やり続けていたら。もし昔の仕事に執着せず、もっと上手く生きることが出来ていたら。
そうしていたら、今とは違う未来もあったのだろうか。そんな、もはや益体もないことを思考しつつ、男は刈り取られる意識に従い、目を閉じた。
■□
「――ふぅ……」
脱力し、自分の力で身体を支えられなくなった男を肩に担ぐようにして支える。
終わった、か。
そう胸の内で呟きつつ、男の身体を支える力を強めた。
鬼気迫る表情と、裂帛の気合で迫って来たこの男。いったいこの世界で管理局と何があったのかは知らないが、凄まじい執着を感じた。魔法か、あるいは力そのものか。それに対する並々ならぬ誇りを持っていたのだろうと察することが出来る。
それは、あの最後の魔法を見ても分かることだった。あれは、努力なしでは作り出せない魔法だ。より効率のいい術式を研究し、より多く魔力を収集するにはどうしたらいいか考え、最大効率で魔力を集束させる技術を研鑽してきた結果が、あの魔法だ。
ただ才能に溺れるだけの人間には決して不可能な芸当。それほどの男が、あんなふうに向かってくるとは……。
(こりゃ、俺のほうでもちょっと調べてみるべきかな)
管理局の対応に悪いものがあったのかもしれない。なにせ、たとえ組織として最低のラインは守っているとはいっても、それが末端まで行き届いているわけではない。それ以外にも、想定外のミスということもありえる。
いずれにせよ、俺のほうからもアプローチしてみよう。この男から話が聞ければ一番早いんだが……。
「まあ、それは後にして……」
男を担いだまま、もう一人残っている二十になるかどうかぐらいの青年に向き直る。
その途端、びくっと肩を震わせる青年。
失礼じゃないだろうか。
「で、おたくはどうする? 降伏するなら、それもよし。抵抗するなら、悪いけど実力でいったん拘束せざるを得ない」
「……ほ、本当に、話を聞いてくれるのか?」
窺うようにこちらを見て、聞いてくる。つまり、言質が欲しいと。
「ああ。約束する。というか、俺自身もちょっと色々調べてみようと思ってるしな」
才能もあり、努力もしている人がなんでこうなったのか。管理局のせいだとしたら、俺からも出来るだけ何かすべきだろう。気になっちゃったし。
「……わかった。投降する」
「よし」
青年の答えを聞いて、俺はその両手をバインドで拘束。デバイスを預かる措置をとった。青年は大人しくそれに従っている。
それらの作業を終えると、俺はイデアを通じてエイミィへと念話を繋げた。こうすることで、念話も通信として繋げることが出来るのである。通信回線を使用しないのは、この場にテロリストの一員が意識を保っているからだ。情報の漏えいは立派な罪なのだ。
<エイミィ。状況を>
<了解。現在A・B班ともに任務を達成し、敵グループを拘束中。C班には十人ほど向かってきたけど、クロノ君が仕掛けてたトラップでほぼ全滅。こちらも拘束中。D班には異常なし。以上です>
<了解。つまりこっちの仕事は終わったんだな。解放戦線の本拠地は?>
<予定通りだよ。現地在住局員を中心に目下解決中。現地の戦力をほとんど傾けてるんだから、あと数分で結果が出ると思う>
<了解>
やれやれ。わざわざ呼んだくせに、リーダーを潰すという最大の手柄を渡すのは嫌とみえる。この世界の担当者としては面子があるんだろうが、そもそも助力を乞う時点であんまり意味ないような気が。
まあ、俺達も納得済みの作戦だから、別にいいんだけどね。
<それじゃ、いくらかこっちに人員くれ。拘束した連中を連れていく。それで任務終了だ>
<了解。A・B・C班の皆さん、到着までの監視お願いします>
エイミィが俺の意を受けて他のメンバーに指示を送り始める。これで俺がすることはもうほとんどなくなった。
さて、あとは人が来るまで休むとするか。もちろん、警戒は続けるけどな。
突っ立ったままだった青年に座るように促し、俺も近くの大きめの石に腰を下ろす。緩やかに座る青年は、本当にもう抵抗する気がないようだ。代わりに、俺の顔をじろじろと見てくる。
「なんだよ?」
惚れた、とか言われたらどうしよう。冗談交じりにそんなことを思いつつ、俺は青年と目を合わせた。
「……俺、解放戦線では情報も担当してたんだけど、思い出した。弱い攻撃は悉く弾き、強力な攻撃もさらに強力な攻撃で粉砕する執務官の話」
ひく、と俺の頬がひきつった。
「白い装甲をつけて、黒い服をまとい、攻撃を悉く無効化するうえ、その拳で容赦なく敵を打倒する。その尋常じゃない防御力と魔導師に対して無敗を誇るその執務官のことを――」
もはや俺の表情は相当に崩れて面白いことになっているに違いない。やめろ、その先を口にするな! そう言おうとするが、間に合わない。
そんな俺に気づかないのか、それとも語ることで自分の世界に入っちゃったのか、青年はついに最後の言葉を口にする。
「“鋼鉄の悪魔”と呼ぶとか」
「ぎゃああああああああああああああ!!」
くっせぇええええ!
マジでくせぇぜ、ゲロ以下の匂いがプンプンするぜぇえええ――ッ!!
やめて、俺をその名前で呼ばないで! 俺はそんな厨二くさい名前なんて持ってないんだよぉ! そんなの俺じゃねぇって何度言えば(ry
座っていた石の上から転げ落ちて地面をごろごろと転がる。悶絶だ! これこそ一分の隙もない悶絶だ!
ちくしょう、誰だよ最初に言い出した奴は! そいつマジでぬっ殺してぇ!
「や、やっぱりアンタが“鋼鉄の悪魔”だったのか!」
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
もうやめて青年! 俺のライフはもうゼロよ!
≪大丈夫ですか“鋼鉄の悪魔”!≫
「てんめええええええええええええええ!!」
イデアてめぇコラァ! マジてめぇ分解してがっちゃんに食わせるぞ! 塵一つ残さず消し去ってくれる!
「そうか、勝てないわけだ……。相手があの“鋼鉄の悪魔”だったなんて……」
「アッ――――!!」
……結局、俺はエイミィが手配した人員や他の隊員が来るまで悶絶しっぱなしでした。
心に多大なダメージを被った俺は、ふらふらした足取りで支部まで戻る。そして、その日はそのまま何も考えずに眠りについた。
ああ、心が疲れたよ。ホントに。
―― 一週間後。
あの男の話を聞き、俺とエイミィで一緒になって調べた結果、男が言うとおり魔法解体士という仕事を管理局は禁止としていた。しかし、その代わりに魔法解体士の人たちには出来るだけ同額の給金を得られる仕事を斡旋した、と。
その対応そのものは俺も間違ったものではないと思う。が、そのあとが少しいけなかった。
現地の担当者は解体士がこの世界の発展にいかに寄与してきたのかを軽視していたのだ。それゆえ、解体士は無期限停止としてこの世界の自然な発展に任せることにしたそうなのだが、この場合は解体士に特別文化援助制度を適用すべきだったと思う。
特別文化援助制度とは、現地世界の特殊な職業や職人、文化を絶やさないために管理局が援助して残そうという制度だ。
この世界の魔法解体士という職業は他の管理世界にはない特殊な需要を築いている。建築物から自然物まで解体には基本的に解体士を使うという汎用性の高さや、その技を競う大会があったり、解体に使う魔法で花火などの娯楽を提供したり、と実は他にも色々やっていたらしいのだ。それらの行いは34管理世界の現在を形作るのに、生活面からも文化面からも深く関係している。
また、その採用が狭き門であることもある。これによって解体士の仕事はその歴史的重要性とともに希少性も持つことになるわけだ。
これらのことを担当責任者に話すと、明らかにしまったという顔をした後、平謝りで謝られた。考えが至らなかった、申し訳ない、と。
話し合いの結果、以後魔法解体士職は保護を受ける形で残り、管理局側も協力して技術の向上に努めていくようだ。あと五年もあれば技術も安全水準まで追い付き、一般職業として復帰させられるらしい。
これで男が救われたとは思わないが、少しはマシになるだろう。担当者も今後こういったことがないように、細かいところにも目を行き届かせますと言っていたし。
とりあえずはそんな形で今回の任務は終結。今後この世界にテロが起こらないことを願いつつ、俺達は34世界を後にしたのだった。
「ふぅ、疲れた……」
アースラの艦内を肩をほぐしながら歩く。
今回の任務はホントに疲れた。事件自体もそうだが、精神的にもきつかった。
いつから言われるようになったのかは知らないが、いつの間にか俺に付けられていた二つ名。犯罪者の間だけで伝わっているものだが、最近は局にも伝わりつつあるらしく、マジで洒落にならない。
ていうか、なのはより先に悪魔と呼ばれることになろうとは……。
精神的に死ぬってホントにあるんだね。
「お、隊長!」
「ん? あ、おっさん」
向かいからやって来たのは、アースラ所属の武装隊のリーダー。通称おっさんだった。
おっさんは髭もじゃの顔に男臭い笑みを浮かべて、俺の肩を叩いた。
「なんだ隊長、えらく疲れた顔してるじゃないか! 若いんだからもっと元気出したほうがいいぞ、はは!」
「痛いって、おっさん。ったく、おっさんは元気だよなぁ、いっつも」
「ああ、それが俺の取り柄の一つだからな!」
おっさんはニッと歯を見せて笑う。
他の取り柄にはどんなものがあるんだろう。気にはなったが、ここで突っ込むのはやめておくことにする。
「毎回、おっさんには面倒かけて悪いね。今回もおっさんが上手く二つの班を纏めてくれてたんだろ?」
A班とB班ともに、俺とは離れたところでの活動だった。その時におっさんが中心となって動いていたのは容易に想像できる。きっと、いつも通りおっさんが頑張ってくれたのだろう。
本心から感謝して言った俺の言葉に、おっさんは俺の頭を乱暴にくしゃくしゃと撫でることで応えた。
「気にすんな、隊長。俺達はお前さんのことを気に入ってるんだ。これっぐらい屁でもねえさ!」
仕上げとばかりにもう一度肩を叩かれる。やはり痛い。しかし、今回は文句を言う気にはなれなかった。
「任務でも、個人的にでも、困ったことがあったらいつでも俺たちを頼ってくれて構わねえぜ。アンタは俺たちの隊長だが、俺たちは仲間だろ。気軽に頼ってくれや!」
がはは、なんて大声で笑いながら、おっさんは俺の横を通って道の先に消えていった。
力強く叩かれた肩をさすり、俺は苦笑を浮かべて溜め息をつく。
「……かなわないな」
これが大人の男ってやつかねぇ。
そんなことを考えつつ、いくらか軽くなった気持ちで俺はアースラの中を進むのだった。
続
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あとがき
前回はもう幕間終わりかも、と言いましたが、やっぱりもうちょっと続けます。
A's編のプロットを見直しているので、時間稼ぎの意味もありますけど^^;
現実逃避を兼ねて書き上げた今回の話。クロノが任務に出て、まあよくあるテロリスト鎮圧を行うってものですね。
一応管理局ヘイトでもマンセーでもありません。それなりに双方に救いがあるようにしたつもりですが…大丈夫かな?
ちなみにクロノの二つ名(笑)も判明。
誰にだって黒歴史はあるものです。それを刺激されるのは……((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル
今回、男の設定を書いているときが一番筆が進みました^^
「それは例えるなら幽霊と相対した時のような怖さ。」だと思うのですが・・・
>そんな教信者の目をしていたのだ。
「そんな狂信者の目をしていたのだ。」だと思うのですが・・・
感想
・・・「鋼鉄の悪魔」って、クロノも悪魔って呼ばれてたんですか。これでなのはが管理局に入って「白い悪魔」と呼ばれだしたら管理局には二人の悪魔が居ると言われるんですかね。悪魔コンビ、嫌な名前だな。
なのは達にはA's編で知られるんですかね?なのは達に知られたら普段言われるよりも悶えそうですね。
以前から分かり切っていた事なんですが、イデアはこのクロノの最高のパートナーですねw
そして地味に活躍している魔力遮断、低ランクの者、自分より弱い者には最強の盾……なんてチート(自分より強い者には紙ですが)w
魔力遮断、というかATフィールドで思い出しましたが、Docomoからエヴァケータイが発売されるようです……ドコモやってくれたなw
では次回も楽しみに待っています。
今回のクロノカッコいい!!とか思ったのに落とされたぜ!!www
あー敵さん見てたらこのセリフ思い出した。
『悪には悪の、正義がある!!』
何のセリフか忘れたけど。
メイン武器が拳(カズマ)、奥の手でドリル(グレンラガン)、そして螺旋フィールドのようなATフィールド。
・・・・・グラサンとか追加しない?
また、たしかに転生してると言っても、犯罪者の事情に対しての推察からやはりエリートであるのが見えてなるほどなと思いました。
後は、鋼鉄の悪魔に大変笑わせて貰いました。確かに、BJにATFを仕込んであるから低ランクの人達にとっては某クライド君のような反則でないとまさに彼は悪魔でしょう。
というよりも、試験一日前に何書いてんだろう……
誤字訂正しておきましたー。
管理局には二人の悪魔がいる…! ざわ…ざわ… ってことになりそうですねw
嫌なコンビですねぇ、本当に^^;
>灰さん
イデアはもう仕方ないねw
今回のテーマはクロノTUEEEでしたが、結局ネタに走ってしまいました。でも、実際クロノが低ランク魔導師にとって天敵なのはわかってもらえたかと思います。
エヴァ携帯、欲しいなぁ。
>キョウさん
内定おめ!
いいなぁ。どこでもいいから内定欲しい。
安西先生…内定が、欲しいです……。
>フツノさん
鋼鉄の悪魔(笑)
うちのクロノは本当にすみません…^^;
「悪には悪の正義がある!」って、バイキンマンの台詞かな? ググったらバイキンマン出てきたのでw
あと、サングラスはたぶん出ませんよw
>鎖さん
管理局って絶対管理世界の人間からは恨み買ってるよな、と確信している私です。
まあ一部でしょうけどね。そこらへんを表せていたらなぁと思います。
しかしクロノは本当に格下には強いですw 場合によっちゃあチンクのように各上を打倒することもできますしw
チート主人公乙w
テストは頑張りましょうw
タピというものです
前々から読ませてもらっていましたが
コメをするのは初めてです
自分も小説を書くのですが
実は参考にしていたり・・・・・
ありがちの対テロですが
実際書くとなると結構苦労します
特に敵の設定が・・・
よくクロノの管理局にたいする
忠誠心(笑)が見れて面白かったです^^
はじめまして!
こんなSSを参考にしてはいけませんよ! でも執筆頑張ってくださいね^^
うちのクロノは命令違反を繰り返すこともあって、管理局に対しての意見は微妙です。
嫌いじゃないけど、染まっているわけでもないって感じですかねー。
>犬吉さん
なのははきっとすごく喜ぶに違いないw
どっちもどっちな気もしますけどねw
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