なのはStrikerS、ついに終わってしまいました・・・
最終話を見終えて、ついついレポートほったらかしで「きょう×なの」を書いてしまいました^^;
なのはって恐ろしいなあ・・・^^
と、いうわけで「きょう×なの」最新話です
勢いで書いたせいか、微妙に長くなってます
では、続きを見るから先へどうぞ~
SIDE-Kyoya
「――……はあ……」
恭也は、最近になって温かくなってきた陽気の中をゆっくり歩きながらため息をついた。
というのも、朝からの自分の行動を省みてさしもの恭也もすっかり気が滅入っているからである。
――朝。朝食を終えたあと、恭也はリビングでくつろいでいたのだが……結果を言ってしまえば、まったく恭也の身体から力は抜けず全然くつろげていなかったりした。
まあ、その原因は自分でもよく分かっているのだが。
「おかーさん、これはどこ?」
「ああ、それはこっち。届く?」
「うん。大丈夫!」
原因とはつまり、これ。
台所から聞こえてくる、ありふれたごく普通の親子の会話。その会話の一方の声についつい意識を向けてしまうからであった。
「できたよー、おかーさん」
自分の知るなのはではないとわかってはいても、まったく同じ容姿の人間がすぐそばにいるのだ。それだけでなぜか恭也の身体はわずかに緊張してしまって、いつものようにとはいかないのであった。
かといってさすがに普段はそんなことはないのだが、やはり今日見た夢の影響なのか、なぜか今日だけどうしてもそれが気になってしまうのだ。
何分かそうしてそわそわとソファで過ごしていた恭也は、おもむろに立ち上がると台所の二人に聞こえるように声をかける。
「母さん、なのは。少し、外を歩いて来る」
「はーい、了解」
「いってらっしゃい、おにーちゃん」
「……ああ。いってきます」
恭也は応えると、そのまま玄関に向かい高町家を出た。
――そして、今に至る。
「我ながら、女々しい行動だとわかってるんだが……」
ふらふらと目的もなく海鳴の町をさまよい歩き、たどり着いた場所は小高い丘。父も眠っている景色のよい場所に設えられた霊園に恭也は来ていた。
父の墓の前に立ち、その墓に手を合わせる。
そうしていて、思い出すのは今日に限ってはやはりあの一日のことだった。
なのはと一緒に行った縁日に士郎と桃子も来ていて、お花を摘みに行った桃子を待っている士郎に二人でいるところを見つかってしまったこと。
勝手に出歩いて人様の子に迷惑をかけるな、と叱られ、すぐに身体ごと士郎に引き寄せられて耳元で「よくやった! さすがは俺の息子だ!」と囁かれて脇腹を殴ったこと。
そのせいで士郎の怒りに触れて怒られたこと。
……そういえば、なのはは自分が怒られたと勘違いしていて後で誤解だと説明するのにひどく苦労した覚えもある。
そして「俺のデートを邪魔するな」というありがたい言葉を贈られて再び二人で縁日に繰り出そうとした時。なのはに見つからないように嘘の指輪の話を聞かされたこと。
……少々腹の底から込みあがるものがあるが、まあいい思い出だ。死者は殺せないし、致し方ない。
合わせていた手を離す。そして、恭也は今度はこれまで背を向けていた霊園の裏にある草原へと振り返った。
木々と茂みの向こうにあるその草原をまぶたの裏に思い浮かべて、そこで出会った少女のことを思い出す。
天真爛漫に笑う子だった。
泣き喚いてもおかしくない状況に晒されながらも、決して泣こうとはしない強さもあった。
しかしそれでも、小さく零した不安と悲しみの声に彼女は無理をしているだけだったのだと気付かされて、自分の馬鹿さ加減に腹が立ったこともあった。
恭也は自分が無愛想で、人に好かれるタイプの人間ではないと考えている。さらには剣の道に生きてきたため、一般的な趣味やテレビの話などの話題にも対応できないつまらない奴だとも。
しかし、なのははそんなことは気にせずに接してくれた。会ったばかりの俺に笑顔を向けて、友達だと言ってきた珍しい女の子だった。
その好意は単純に嬉しかった。かつての御神の事件もあって人との関わりに臆病になっていた俺に差し出された幼い手は、自分に再び人との繋がりをくれる第一歩ともなったのである。
差し出された手を、握り返してお互いの名前を呼んだ時。あのはにかんだ笑顔を覚えている。
そして、そんな彼女に対して芽生えた気持ちも。
ずっと覚えている。今でも。
それが何を意味するのか、散々鈍いと言われ続けた恭也だって流石に気づいている。
ようするに、高町恭也は彼女のことが好きなのだ。あの日から今日まで、ずっと。
「……ここには、思い出が多すぎるな」
ふっと寂しげに笑みをこぼし、恭也は草原のほうへとゆっくり足を向ける。
朝に見た夢のせいか、普段は意識して近寄ろうとしない場所であるのに特に抵抗もなく足が動く。
それは夢を見たことであの頃のことを思い出した郷愁のような思いのせいか。
それとも、彼女への思慕にわずかなりとも浸かりたいからか。
――あるいは、何かが起こる予感がしたのか。
バチッ……。
「!?」
突如すぐ近くからとてつもなく大きな静電気のような音が響いて、恭也は咄嗟に後ろに跳んで距離をとった。
バチッ、バチッ……!
静電気のような音は断続的に周囲に響く。最初の音と比べて、段々と音の鳴る周期が短くなってきている気もする。
何が起こるのか。
恭也は身を低くしてもしもの時に備えた。
「音だけじゃないな……、風も出てきた」
しかし、丘から見下ろす町には恭也が今感じているような強い風は吹いていないようだ。草木が激しく揺れているのは恭也の周囲だけだった。
確実に、何か起こる。
恭也は気を練り、視線を鋭くした。
風は強くなり、ついには暴風とも呼べるような強さになっている。断続的に聞こえていた音も、すっかり連続して聞こえるほどになっていた。
バチンッ!!
そして一際大きく音が響くと、カッと目もくらむ閃光が恭也に襲いかかった。
「ッ……!!」
思わず目を閉じた恭也は、まずいと思い反射的に身体を左にずらす。
しかし、そんな恭也の警戒は結果としては意味をなさなかった。襲いかかった閃光は数秒とたたずに消え去り、攻撃のようなものもなかったからである。
「……?」
恭也は何とか直視を避けたおかげで無事だった目を、慣らせるようにゆっくりと開いていく。
ぼんやりとした視界が徐々に恭也の眼にうつる。さらに目を開いていくと視界もはっきりしてくる。
ようやく目の前の光景が目に映ると、恭也はそのまま目を最大限に見開いて言葉を失う。
「なっ……!」
目の前には、風景が裂けて真っ赤な空間を内部に映した切れ目が浮かんでいる。
強い風はその中から吹いてきているようだ。そして、静電気のような音はもはや雷として光を放ち、その裂け目の周りを囲っている。
「これは……いったい……」
強風と雷光を纏った空間の裂け目という不思議な事態に、そういった不可思議には慣れた恭也も驚きを隠せない。
呆然としていると、唐突に裂け目から吹く風が強くなった。
「くっ……!」
びゅうびゅうと吹きつける風に腕をかざして風除けを作るが、せいぜい目を閉じなくていいぐらいの効果しか生み出さなかった。
しかしそれぐらいでもいい。どうやらこの裂け目は何かを吐き出そうとしているようなのだ。それが危険なものなのかどうか見極められる目さえ生きていれば、後の対応は何とかすればいい。
変わらず吹きつけて来る風に対抗しながら裂け目の奥を睨みつけていると、小さな人の形が浮かんできた。
どうやらあの人間をこの裂け目は出そうとしているらしい。
さらに見極めるべく、少しずつ近づいてくる人影に神経を集中させていく。
ゆっくり、ゆっくりとその人影は近づき、その正確な全様を露わにしつつあった。
じっとそれを見続けていた恭也は、それがどうやら自分とそう歳の変わらない少女であるらしいことを悟った。
髪は茶色。服装は白を基調としたもので、手にはピンクの杖のようなものを握っているようだ。顔については、さすがにここからではわからなかった。
しばらくすると、裂け目はその少女を吐き出した。地面に投げ出されそうになった少女を恭也は受け止めて裂け目に目を向けると、その裂け目はだんだんと収縮していき十秒もすれば消えてしまった。
「……なんだったんだ、あれは」
恭也は思わずつぶやく。まるで経験したことのない現象だった。
……いや、待て。
確かに吐き出されるようなものは知らないが、吸い込むものなら知っているはずではないか?
中の空間も赤ではなく青で、ひどく穏やかな丸い穴のようなものを、自分は見たはずだ。
九年前の、この場所で。
「!!」
まさか、と思い恭也は腕の中の少女に目を移す。
茶色い髪は長く、髪型は両側でしばったツインテール。服は白くところどころにアクセントのような青い線が走り、胸元には赤い大きなリボンが飾られている。手に握られたピンクの杖は、大きな赤い宝玉をその先端につけていた。
顔は……似ていた。自分の妹に。まるで、成長すればこうなると言わんばかりの容姿だった。
「ぅ……ん……」
眉をゆがめて、少女がうめく。
声にも、聞き覚えがある。
まさか本当に、という思いが恭也の中で膨らんでいく。
「なのは……か?」
思わずもれた、といった様子の声だった。
しかしその声で気がついたのか、その少女は小さく身じろぎをした後にゆっくりと目を開いた。
「あれ……ここは……?」
まだ意識がはっきりしないのか、少女は顔をわずかに動かして周囲を確認する。
そうすると当然顔は恭也のほうを向くわけで、すぐに恭也と目が合った。そして、その目線がゆっくりと自分の体のほうへ下がっていって……、
少女は、自分が抱きかかえられていることを知った。
「ふわわわッ!?」
「あ、す、すみませんッ!」
驚きと羞恥で声をあげて身体を動かしたなのはの姿に、恭也もはっとしてなのはを抱えていた腕を外していった。
恭也の腕の中から解放されると、なのはは照れのせいかいくらか赤く染まった頬でぺこりと頭を下げた。
さっきは動転してしまったが、よく考えたら助けてくれたのだということに気がついたのだ。
「あの……助けて頂いたみたいで、ありがとうございまし――?」
「あ、いえ、お気になさらないでください。大したことは……」
恭也も動揺の抜けないままに同じく頭を下げる。
そして顔をあげて少女の顔を見ると、少女は驚きの表情を浮かべたあと、あからさまにほっとした顔をした。
「?」
初対面ではないかもしれないが、いきなりそんな顔をされたことに恭也は訝しむ。
「なーんだ。ここって海鳴かぁ……。うう、よかったぁ。管理外世界だったら目も当てられなかったよ……」
「管理外世界?」
恭也がオウム返しのように呟くと、少女はきょとんとした顔をした。
「あれ、知らなかった? 管理局が管理していない世界のことだよ。おかしいなぁ、確か基本的なことはお兄ちゃんにも説明したはずなんだけど……」
首をかしげる少女を見やりながら、恭也も盛大に頭をひねっていた。
やはり聞いたことのない単語だ。それに、少女は勘違いしているようだ。確かに自分に妹はいるが、それは決して自分と一つ二つしか違わない少女ではない。
(いや、待て……ひょっとして……)
自分はあの時の少女を平行世界のなのはではと考えていたはずだ。……とすると、あのなのはにも自分と同じ兄がいて、その兄と自分を勘違いしているという可能性がある。
ということはやはり、この少女はなのはなのかもしれない。
(しかし、あの時のなのはの年齢を考えると、向こうの俺はかなり年上のはずなんだが……)
それならばすぐに気づくのではないだろうか。
それもあってどうにも恭也は自分の考えに自信が持てなかった。
「それにしても、お兄ちゃんなんか若くなってる?」
「………………」
確かに枯れてるとは言われてきたが、恐らく十は上であろう向こうの自分と一目ではわからぬほどに似ているのだろうか。
さすがの恭也も少し落ち込んだ。
だがしかし、今の発言でこの少女があの時のなのはであるという確率は高くなった。
恭也は我知らず胸が高鳴るのを感じた。
しかし、まずは確認を取ることが先決だ。意を決して恭也が口を開こうとすると、それを察してか少女はそれを制止した。
「あ、ちょっと待って。連絡を取って、早く戻らなくちゃ」
出鼻をくじかれた恭也は、とりあえず大人しく従う。何もすぐにいなくなるということはないだろう。どうにも先ほど現れた事象は異常なものに見えた。
もしそれと似た移動法はあるにしても、あんなに突発的なことにはならないはず。話す時間ぐらいはあるはずだ、と考えて。
「――…………」
それから少女は身じろぎせずにじっと押し黙ってしまった。
恭也はただその少女が言う連絡とやらが終わるのを待っていた。
と、一分ほどたつとその少女は先ほどの落ち着きとは打って変わって、面白いほどに動揺し始める。
いったい少女の内で何が起こったのか、おろおろと挙動不審な動きで身体を揺すっている。
「え、うそっ、な、なんで!? え、――……や、やっぱり通じない! ど、どうして~!?」
なんだか非常にテンパった様子の少女を見かねて、というのもあって恭也はどこか控え目に声をかけた。
「あの、すみませんが……」
「え、あ、お兄ちゃん! うう、どうしよお~! アースラと念話がつながらなくって~」
「そのことはよくわかりませんが……」
いまだに慌てる少女の肩に手を置いて、落ち着かせるようにしてから恭也は口を開く。
「……まず、俺はあなたの兄ではありません」
「……え? あ、でも確かにお兄ちゃんより若い、かも。……じゃあ、本当に違う人?」
「はい」
恭也の肯定になのはは驚く。
次いで、何かに気がついたかのようにはっとするが、すぐに頭を振ってその考えを打ち消した。
「で、でもこんなに似てるなんて……」
「そのことなんですが……」
恭也は確信していた。
今のなのはの反応。あれは、ひょっとしたら自分と同じなのではないだろうか。
自分と過ごした一日のことを覚えているからこそ、今の状況を鑑みて何かに気がついたのではないだろうか、と。
だから、絶対に確認が取れる最終手段を使う。
恭也はズボンのポケットに手を入れ、今朝方そこに入れたばかりのものを取り出す。
「……これに、見覚えはありませんか」
「!!」
取り出したのは、わずかに色あせた桜色のリボン。恭也の武骨な手には似合わないそれは、かつてのあの日に少女から渡された大切な品だった。
そして、恭也はその彼女に指輪を渡したのだ。
「…………ぁ、あの……」
少女は恐る恐るといった様子で胸元に手を入れる。
恭也は一瞬何をするのかと動揺したが、それも少女の手に握られていたものを見て消えていく。
少女の手には、紐に通された小さな子供用の指輪がおさまっていた。
「やはり……」
「そ、それじゃあ……」
少女――なのはは信じられないとばかりに両手を口元にあてる。
「きょうや、くん……?」
恭也は力強くうなずいた。
「ああ。久しぶりだな、なのは……」
To Be Continued...?
とりあえず、第三弾。
もうこのまま続き書き始めようかな~、とも思っています。
とはいえ、まだ夏休みのレポートが終わってませんので、これからしばらくはそっちに時間をとると思いますので、いきなり更新できなくなりますが^^;
また次回に続きを上げたら、感想よろしくお願いします。
以下、拍手レス
SIDE-Kyoya
「夢、か……」
のそりと布団から起きた恭也は、珍しくはっきりとしない思考のままに小さく呟いた。
あれは確か、八歳……九歳のころだったかと今見た夢に思いを馳せる。
まだ父と二人で日本中を回っていた頃。最後に訪れたここ海鳴市で、父である士郎は心から愛する女性と出会った。そして最終的には結婚することになるのだが、それは今は置いておこう。
その日は現在の母である桃子と、デートするんだ! と言って張り切って出て行った士郎に呆れながら、恭也は夜の散歩を楽しんでいた。
すると突然、通りかかった霊園のほうから妙な気配が現れたのだ。怪しいということではなく、何もなかったところにいきなり現れたような気配だったから、妙なとつけたのだが。
気になり、注意をはらいつつも近づいてみると、そこには半身を起こして呆然とした表情であたりを見回している小さな女の子がいた。
あの子が気配の原因か……?
そう思って観察を続けていると、呆然としたままだった表情が見る見るうちに曇っていき、ついには泣き出しそうな顔になっていった。
それには恭也のほうが焦った。いくらなんでも目の前で泣かれるのを黙って見ていられない。それに、相手は自分よりもいくらか小さな女の子なのだ。まるでその子の兄になったかのような保護意欲も湧いてきて、無視することはできなかった。
仕方ない、と判断して恭也は草むらから音をたてて姿を現した。
それにびっくりした顔でこちらを凝視する女の子。
……とりあえず、こちらから話しかけてみるか。
そう考えた恭也は、早速目の前の少女に声をかけた。
「……こんな時間にどうしたんですか?」
話しかけられたことに悪ければ怯えるかもしれないと恭也は考えていたが、逆にその少女はほっとした表情を見せた。
良くも悪くも、人を疑うということを知らない女の子なのかもしれない。
そう思うが、恭也はそんな人間を嫌いではなかった。
「えっと……、わたしにもちょっと……」
「はあ……そうですか」
やはりこの少女は現状を把握していないらしい。
一目見た時から、明らかに今の状況に戸惑っているようだったから、その答えは予想できていた。
とはいえ、だとすればなぜこんな時間にこんなところにいるのだろうか。
誘拐、には見えない。家出ということもなさそうである。寝転んでいたことから病気なのかとも思ったが、見る限りはいたって健康そうだ。存外、症状が目には見えない類の病気なのかもしれないが。
恭也が己の思考の中で唸っていると、その少女はにっこりと笑顔を浮かべて恭也の手をとった。
その笑顔と仕草に、恭也は思わずどきりとした。
今まで感じたことのない感情だった。
「わたし、なのは。高町なのはっていうの。あなたは?」
これは自己紹介ということらしい。
とりあえず恭也はうるさい心臓を無理やり押さえつけて、その声に答えた。
「俺は、恭也。不破恭也です。よろしく」
「うん! よろしく、恭也くん!」
本当に嬉しそうに裏表のない笑みを浮かべるなのはに、恭也の心臓はやはりひときわ高く跳ねた。
(思えば、あれが俺の初恋だったのか……)
その後縁日を回り、敬語もそのうちなくなってずっと遊び歩いた懐かしい記憶。
別れ際に渡したリングの正しい意味を知った時には、父さんをボコボコにしてやるために真剣でもって斬りかかったっけ……。
実に懐かしい記憶だ。
結局士郎は倒せなかったが、士郎はその後桃子によって叱られていたので恭也の溜飲はいくらか下がったが。
しかし、出会って別れるまで実質一日しかなく、しかもその後九年ものあいだ会ってもいないというのに、いまだにこれだけ鮮明に覚えていることに恭也は内心で驚いていた。
もうあの時の少女の正体は気付いている。彼女はもうあの時には気がついていたんだろうが。
恭也は妹が生まれた時に、その事実を知ったのだ。
「信じられんが……話に聞く、平行世界とやらなのか」
高町なのは。
その名前はまぎれもなく、その一年ほどあとに生まれた自らの妹の名前に他ならなかった。
それにこの九年の間に成長したなのはの姿は、まさしくあの時の高町なのはの姿とそっくりだったのだ。
なのはが当時のあの少女と同じ年である六歳になった時、まさかと思っていた恭也の予想は確信に変わったのだ。
最初はタイムスリップかもしれないとも考えたが、六歳となったなのははその一年の間一日いなくなったりすることはなかったし、何か様子が変わったこともない。
そのことからタイムスリップ説は却下したのだった。
「……九年か……。もうそんなに経つんだな」
しみじみと呟いてみると、その過ぎた月日の分だけ思い出が蘇るから不思議なものだ。
その長い記憶の中でも、決して色あせることなく残っているあの一日の思い出。
いまだにこの胸にくすぶっている、忘れられない少女の姿。
……何てことはない。
高町恭也は、いまだにあの日の高町なのはのことを引きずっているのだ。
初めて恋をした、好きな女の子として。
「ガラではない、が……こればかりはな」
ふっと自嘲気味に苦笑して、恭也は黒一色の服を着込んでいく。
もう会うこともあるまい、という気はしていた。
なにせ平行世界だ。そうぽんぽんと行き来できるはずもない。
もし出来るとすれば、あの快活で真っ直ぐななのはだったら次の日にでも会いに来そうだ。しかし、もう九年もたっているのだ。来れないか……あるいはもう忘れてしまったのかもしれない。
「……それでも残るものはある、か」
余計な装飾のない部屋の片隅にある小さな机の引き出しを、すっと開く。
そして、大切に保管されている薄い桜色のリボンにそっと触れる。
「………………」
しばらくそうしていたが、恭也はおもむろにそのリボンを取り出すと丁寧に畳む。
そしてそれをポケットにしまうと、静かに障子を開いて家族の待つリビングへと足を向けた。
なぜ、今日に限って身につけようと思ったのだろうか、恭也にはわからなかった。
だが、恐らくはあの日の夢を見たからだろうと結論付けて、恭也はそのリボンをポケットの上から軽くなでるのだった。
恭也がリビングに入ると、そこにはもう既に全員がそろって各々の席についている光景があった。
「おそいよー、恭ちゃん」
「めずらしいですな、お師匠がこんな遅れるなんて」
「確かに師匠にしては珍しいな」
「おはよう恭也。あんたの場合は、まあたまには寝坊するぐらいがちょうどいいのかしらね」
「おはよう、お兄ちゃん!」
それぞれがそれぞれの言葉を恭也に投げかける。
まあ確かに普段は歳に似合わず早起きな恭也にしては珍しいことと言える。だがしかし、今日は美由希にも事前に鍛錬を休む旨を伝えてあったし、問題ないだろうと恭也は思う。
「ほら、とりあえず早く座りなさい。それと、朝に言うことは?」
「……おはよう、母さん。みんなも」
「はい。よくできました~」
満面の笑みを浮かべて、桃子は食事前の音頭を取る。
「ではみんな揃ったことだし。手を合わせて~」
「「「「いただきまーす」」」」
言葉と同時に青い風と緑の風が食卓の上で吹き荒れる。
かちーん、という甲高い音と共に二人のお箸がとあるおかずの上で見事にかち合った。
「……おい、これは俺のだぜ。どきなドン亀」
「……そっちこそや。これはうちが目を付けたもんや。遠慮せんかいお猿」
んだと? やるんかい、お? という一昔前のヤンキーのようなやり取りを視線だけでかわす二人。
目と目で通じあってる時点で仲がいいんじゃ、という無粋なことは誰も言わない。言っても否定されるのは目に見えているし、桃子曰く「だって面白くないじゃない」ということだからである。
そうしてとりあえず拮抗していた二人に、突然事態を動かす伏兵が現れる。メガネに黒い三つ編みの少女――美由希だ。
美由希はすっとごく自然に箸を伸ばすと、これまたごくごく自然に牽制し合っているお箸の下をくぐって目当てのおかずをかすめ取る。
ちなみにそのおかず、なぜか最初から一品しか作られていなかった。
そしてなぜか桃子はそんな美由希の行動を見て、隠れてつまらなそうに舌打ちをした。
付け加えると、今日の朝食は桃子が腕を振るったものである。
「あー! 美由希ちゃん、それは~」
「うちが食べよう思ってたのに……」
美由希はそのまま口に持って行ったそれを美味しく頂いてから、二人に諭すように口を開く。
「だって、二人ともいつまでも食べないから。またいがみ合ってるとなのはが怒るよ」
「「うっ」」
言葉を詰まらせた二人がなのはを見ると、なのはは可愛く頬をふくらませて私怒ってます、というポーズをとっていた。
「もうっ、二人とも! なんでご飯の時ぐらい仲良く食べれないんですか!」
「だってこいつが……」
「せやかてこいつが……」
「言い訳をしないの!」
「「はい……」」
桃子はそんないつも通りの朝の風景を見て、楽しそうにくすくすと笑う。
いくらか趣味の悪い楽しみ方をする時もある桃子だが、それも元をただせば家族としての楽しい時間をもっと感じたいからだった。
家族で和気あいあいと食事をとる風景……。ああ、なんて楽しいのかしら!
……やはり、ちょっと方向性は間違っているのかもしれない。
「ホントあの二人も懲りないわねー、恭也」
「………………」
「……恭也?」
普段から他人の気配やら何やらと反応するくせに、呼びかけても反応がないなんて、と訝しんで桃子は恭也の様子を盗み見る。
すると、目に飛び込んできたのは恭也が憂いのある目で三人のやり取りを眺めている姿だった。
(……いえ、これは……なのはを見ているのかしら?)
恭也の視線を詳しく辿ってみると、やはりいつもの説教劇を眺めているというよりは、なのはのことを見つめているように見える。
しかし、あんな翳のある目でなのはを見るなんていったいどうしたというのだろうか。
憂いを浮かべたセンチメンタルな目というか……なんだろう。なのはに何かあるんだろうか。
気になった桃子はひとまず恭也に尋ねてみることにした。
「恭也、どうしたの?」
「……ん、ああ、母さん? どうしたんだ」
いや、それはわたしが今言ったんだけど……。
「なんか、なのはのことじーっと見てなかった?」
「なのはを? ……気のせいだろう」
桃子の言葉に、恭也はそっけなくそう返した。
はて、気のせいではないと思うのだが……。
桃子はそう思うが、恭也が違うと言う以上それ以外の回答は得られないだろう。本当に三人の様子を見ていただけかもしれないのだ。
まあとにかく一応は納得して、桃子は朝の食事を再開する。
かちゃかちゃと食器が合わさる音と、騒々しいながらも楽しげな喧噪。誰の顔にも笑みの絶えない食卓。それはいつもの高町家の風景だった。
「――…………」
しかしそんな中において恭也の表情は相変わらず冴えず、泰然として落ち着き払った普段の彼の様子は食事を終えてもまだ見られることはなかった。
To Be Continued...?
カッとなってやったシリーズ第二弾。
当然、反省はしていない。そして、これ以上続くかどうかも未定です。
以下、拍手レス
――A Past Day
それは本当に唐突の出来事だった。
突然目の前の空間がぱっくりと開いたかと思うと、その切れ目に自分の体は吸い込まれるように投げ出されてしまったのだ。
声を上げる間もなく意識がなくなり、目を覚ましてみれば小高い丘の草の上。星空を見上げていることから寝転んでいるらしいと自分の状態を悟った少女は、六歳という年齢に見合う小さい体の半身だけを起こしてあたりを見回した。
見下ろす町は家の明かりで煌いていて、綺麗だった。それ以外には、すぐ近くにお墓が見えることから霊園があるらしいことぐらいしかわからない。
何となく見覚えがある気もするが、夜のせいかよくわからない。
ここはどこなんだろう?
ようやく湧いて来たその疑問に、軽く身体がぶるりと震えた。
見も知らない土地なのだろうか。だとすれば、自分はこれからどうすればいい。
漠然とした恐怖と不安に押しつぶされそうになった時。がさ、と草の音がして反射的にそちらを振り向く。
と、そこには自分よりは一つ二つは年上であろう少年が、こちらを見ていた。
「……こんな時間にどうしたんですか?」
それはこちらの台詞だ、と心のどこかで思いつつも、その少年の登場にほっと息をついた。
自分だけではないという安心感を得た。
それは、本当に嬉しく、心からほっとできるものだったのだ。
「えっと……、わたしにもちょっと……」
「はあ……そうですか」
自分よりも年上であろう少年が、なぜか自分に敬語で話すことに違和感を持つ。が、まあそういう子もいるだろうと納得した。
仲良くなればそんな気遣いもなくなるだろうとも思った。
まあ、とりあえず。
自分がするべきことは、仲良くなるための第一歩を踏み出すことだろうと幼い少女は考えた。
そう、まずは自己紹介。
そこから友達になろう。
なのはは目の前の少年の手を握って、笑顔を浮かべた。
「わたし、なのは。高町なのはっていうの。あなたは?」
「俺は……――」
SIDE-Nanoha
がばり、となのははベッドから身を起こした。
懐かしい夢を見た。
九年前の、忘れられない大事な思い出。家族の誰にも言っていない大切な記憶。
それが信じられない内容のものであるから、という理由もあるが、それ以上になのはは話したくなかったから家族には話していなかった。
何となく、である。まあ強いて言えば、自分だけの思い出にしておきたかったといったところだ。
まあ、いま話せば「へぇ、そんなことがあったんだー」なんて納得してくれそうな気もするが。
んー、となのはは半身を起した状態のままで欠伸まじりに伸びをした。
久しぶりにいい夢を見た。
彼が出てくるなら、それはなのはの中で問答無用にいい夢に指定されるのだった。
「なのはー。今日はいつもよりちょっと遅いわよー。起きてるー?」
「あ、はーい!」
母からの呼び声に返事を返し、目覚まし代わりにしている携帯の時計を見ると、ぎょっとなのはは目を見開いた。
確かに、いつもより遅い。目覚ましもスヌーズ機能に入っている。
と、その瞬間に携帯が再び鳴り始め、なのはは驚いて思わず携帯をとり落とした。
が、すぐに拾い上げて音を止める。
ほっとなのはは一息ついた。
「に、にゃはは……。びっくりした……」
冷や汗を流しながら言うなのはの顔は、ちょっと引きつっていた。
「なーのーはー?」
「あ、はーい! すぐ行きまーす!」
再びかけられた声に慌ててそう返して、着なれた学校の制服に手を通す。リボンで頭の片側にしっぽを作ると、仕上げとばかりに机の上のものに手を伸ばす。
九歳の頃からのパートナーで友達の、赤い宝石と。
子供っぽい安物のリングに紐を通しただけの、幼いペンダントに。
「………………」
顔をほころばせてそれを首にかけ、一応校則違反なので見つからないように制服の中に隠す。
「よしっ!」
いつものスタイルになったことを確認して、なのはは心なしか急いで部屋を出た。
「おはよー、なのは!」
「おはよう、なのはちゃん」
「なのは、おはよう」
「おはようさん、なのはちゃん」
いつも通りに教室の扉を開けて中に入ると、いつも通りの挨拶を友人たちがかけてくる。
なのははそれに笑顔で答えた。
「うん。おはようアリサちゃん、すずかちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん」
それから自分の机に近づき、鞄を置いて席に着く。
するとそれを見計らったかのように四人が寄って来る。それがなのはたちの朝の習慣であった。
「なのは、相変わらず朝弱いの? いつもあんたが最後じゃない」
訊くのは活発な少女、アリサ・バニングスである。
確かに彼女の言うとおり、なのははいつもこの五人の中では最後に登校してくる。小さいころから知っている間柄だけに、そういったことには目ざとく気づくのであった。
そんなアリサの言になのはは苦笑した。
「今はそんなでもないと思うんだけど……。管理局のほうの仕事もあるから、寝坊だけは本当にすぐに矯正したしね」
「ああ、確かに苦労しとったなぁ~」
「ホントにね」
昔を懐かしむようにしみじみと言うのは、はやてとフェイトの二人。
なのはと同じく管理局で働き、三人同士で部屋をとって休むことも多い彼女らは当時のなのはの苦労をよく覚えているのだった。
まぁ、しかしなのはにしてみればそれはかなり恥ずかしい思い出らしく。
「ち、ちょっと二人とも。そんな微笑ましいものを見るような目で見ないでくれる?」
到底ふたりの生暖かい視線に耐えられるものではなかったようだ。
「くすくす……。でも確かに最近は寝坊はなくなったよね、なのはちゃん」
上品に笑いながら言うすずかに、なのはは降参とばかりにため息をついた。
どうにもみんなは朝に弱い自分をいじりたいらしい、と半ばあきらめ気味でやけくそっぽいため息であった。
そんななのはの様子に、彼女らは満足したのか今度は少々違う質問を投げかける。
「でも、今日はそれでもちょっと遅かったよね。何かあった?」
フェイトの何気ない問いかけに、なのはは後日にあれは本当に不覚だったと自省することになる反応を返してしまう。
フェイトの言葉で朝の夢を思い出したなのはは、ちょっと頬を染めてはにかみ、制服の中のあるものを制服の上から手を当てたのだ。
その胸に手を当て、赤い頬で小さく微笑んだ姿は……四人の乙女の直感にニュータイプのごとく閃きをもたらした。
「男か!!」
「ふぇ!?」
大声で叫んだアリサになのはは間の抜けた声でもって答えた。
ちなみにそのアリサの発言を聞いて、びくっと反応したあとにそわそわと身体を揺らす男子多数。
いまさらだが、なのはたち五人は皆かなり可愛い。よって、当然男子学生から多大な人気を誇っているのだった。
はあはあ、照れた姿萌え……。
そう呟いた少年もいたが、とりあえず彼は周りの友人たちによってフルボッコにされた。
「あ、アリサ! 声が大きい!」
「そ、そや! いくら何でも公開尋問はいただけんて!」
放っておくとそのままなのはを問い詰めだしそうなアリサを察して、フェイトとはやてがすかさず止めに入る。
さすがに公衆の面前で色恋について言及されるのは酷だと思ったからだ。
ちなみになのははその間顔を真っ赤にして固まっていた。
すずかがなのはの気を取り戻そうと奮闘しているが、今のところその努力が実を結んではいないようだ。
と、そうこうしているうちに朝のHRの開始を告げるチャイムが響き渡る。
それを聞いてアリサはようやく力のこもった身体から力を抜く。
フェイトもはやてもほっとした面持ちでアリサから手を離した。
しかし、アリサはそんなことで諦めるような女の子ではなかったのである。
「いい、なのは! 昼休みにしっっかりと! 聞くからね!」
いちいち言葉を切って言い切ったアリサはそのまま、ずしずしと自身の席まで戻っていく。
そしてフェイトもはやてもやはり好奇心が勝ったのか、もう止める気はないようだった。
すずかともどもそれぞれの席に戻っていく。
あとにはいまだに赤みの残る頬をしたなのはが残されるだけだった。
「おーい、出席とるぞー」
教師の声がHRの開始を告げるが、なのはの心境はもうHRなど完全に思考の彼方に追いやっていた。
そして、はっと気づく。
(わ、わたし……ひょっとしてピンチ……?)
それに思い至ると、なのはは今度は顔を青くさせて固まるのであった。
そしていくつかの授業を終えた昼休み。
チャイムが鳴るやいなやフェイトとはやてに両脇を抱えられたなのはは、ずるずると引きずられながら教室を後にすることになった。
ちなみにアリサは先導していてすずかは最後尾で苦笑を浮かべてついてきている。
売られていく子牛の気持ちがわかりました、とはなのはの談である。
そうして連れてこられたのは、すっかり春めいてぽかぽかとした陽気が暖かい屋上。階段はもちろん自力で登りました。逃げようとしたが、フェイトに一瞬で捕まったから早々に諦めたのである。
基本的に運動が苦手ななのはが、速さが売りのフェイトに敵うわけがないのである。
とりあえず五人で円を作るように座って、お弁当を広げて、いただきますと言ったところで、アリサがびしっと箸をなのはに向けた。
……すぐにすずかに注意されて下ろしたが。仕切り直しとばかりに、アリサはびしっと指を突きつけた。
「さあ! 吐いてもらいましょうか!」
にやり、と心底意地の悪い笑みを浮かべるアリサは正しく邪悪だった。
「は、吐くって……なんのこと?」
とぼけてみせるなのはに、アリサはさらにヒートアップして声を大にする。
「決まってるでしょ! 男よ男! 男、できたんでしょ?」
「……できたっていうより、いるんじゃない?」
「そやなー。昔っから、たまにどっか遠く見てる時あったしな、なのはちゃん。今日みたいにあからさまやなかったけど」
「き、気付いてたの!?」
フェイトとはやての言葉に、なのはは驚いて思わず疑問を口にした。
そんななのはの様子を、二人は目を見合せて笑う。
「だって……」
「なあ?」
その態度がバレバレだったと物語っていて、なのはは顔から火が出る思いだった。
「だあぁぁかぁらー! 結局どうなの? 誰かと付き合ってるの? そうじゃないの!?」
耐えかねたのか爆発したように叫ぶアリサに、すずかはこらえ性がないなぁ、とちょっと呆れた視線を向けた。
しかしすずか自身も気になるのか、わずかに身を乗り出す。
「それで、なのはちゃん。お付き合いしている人はいるの?」
「そやそや。いい加減あたしらも気になってるんやから。どうなん?」
「わたしも、気になるな。ユーノとかじゃないみたいだし……」
さあ吐け。
女三人そろえば姦しいというが、四人そろえば恐ろしいものだとなのはは実感した。
顔を赤くして、あーうーと声にもならない呻きをこぼして、頬を掻いて目を泳がせるなのはの姿はとても管理局のエースと呼ばれる存在には見えなかった。
が、ついに決心がついたのか自分を落ち着かせるようにひとつ息をついた後に、しょうがないなぁ、と一言だけ不平を洩らした。
「……詳しいことは言わないよ。それでもいい?」
「えぇー」
大いに納得のいかない様子のアリサに、ぎろりと殺気のこもった眼で睨むなのは。
次の瞬間アリサはこくこくと人形のように首を縦に振った。
(あれは怖いよ……)
(さすが管理局の白いあく――)
(はやてちゃん、なに?)
フェイトとはやての念話に目ざとく気がついて介入してきたなのはに、びくっと震え上がる二人。
(な、なんでもないで~)
(う、うん)
(……そう。ならいいんだ)
ぷつりとなのはの介入が途絶える。
ほっと息をつく二人だが、最後に一言だけ念話で互いに伝えあった。
(やっぱり……)
(怖いわな……)
そしてこれ以上続けるのはもっと怖いので、早々に念話は打ち切ってなのはの話を聞く態勢に入る。
すずかはもとより話し出すのを持っており、アリサもなのはの話を聞く用意を整えている。
膝の上に広げたお弁当は一切無視して。
とりあえずなのはは咀嚼していた卵焼きを飲み込む。それからゆっくりと口を開いた。
「まず言っておくけど、付き合ってはいないよ。それどころか、会ってもいない」
「え、ネットとかそういうん?」
会っていないという発言からだろうはやての言葉に、なのはは勘違いさせたらしいことに気がついて言いなおした。
「違うよ。小さい頃に一度だけ会っただけなの。それ以来会っていないってこと」
「……そういえば、小学校の頃からたまにぼーっとしてた時あったわね」
「わたしやアリサちゃんと仲良くなった時にはもうそうだったかな……?」
「わたしが彼と会ったのは、六歳になって少しした頃。だから、アリサちゃんたちと友達になって一年たつかどうかって頃かな」
「結構、昔なんだね」
フェイトの言葉に、なのははそうだねと笑って返す。
そうしてなのはは丁寧にウインナーをつまんで口に入れる。と、アリサが何やら唸っているのが見えた。
「どうしたん、アリサちゃん」
はやてが問いかけると、アリサは唸りながら返事を返す。
「うーん……いや、確かその頃に何かあったような…………っあ!」
思い出した、とばかりにアリサは手をたたいた。
「なのはの一日失踪事件!」
「あ、そんなこともあったね!」
アリサの言葉にすずかも思い出したのか、ぱちんと両の手をたたいた。
「なにそれ、なんなん?」
「なのはの一日失踪事件?」
対してはやてとフェイトは頭上にクエスチョンマークを浮かばせている。
「そっか。二人はまだいなかったもんね」
アリサがそういえばといった様子で言うと、それに続いてすずかが二人に説明する。
「小学一年生の最後のほうなんだけどね。突然なのはちゃんがいなくなったの。学校からは帰ったのに、家にいない。町を探してもいない。私やアリサちゃんも探したけど、どこにもいなかったの。
けど、次の日の夜にいきなりなのはちゃんが家に帰ってきたらしいの。今までどこにいたんだ、って聞いても答えてくれなくて……どれだけ聞いても絶対に教えてくれなかったから、結局そのままになったんだよね?」
すずかの説明に、アリサは腕を組んでうんうんと頷いている。
フェイトとはやては、目を丸くしていた。
「そんなことがあったんだ……」
「はー、なんやなのはちゃんも結構波瀾万丈な人生やね」
そのはやての言い方に、なのははごはんを口に含んだまま苦笑した。
確かに言われてみれば、わりと波乱万丈な人生な気がする。まあ、魔法なんてものに関わっている時点でこの世界では普通の人生とは言えないだろう。
そしてしっかりと口の中のものを嚥下してから、口を開く。
「ん……まあ、お話はその時のことなんだけどね。わたしはその時、ある男の子と会ったの。突然の出来事で不安になってたわたしを慰めて、安心させるようにしてくれた。
それから、ちょうどお祭りの日だったらしくて縁日に連れて行ってもらって。ずっと遊び回って、その子のお父さんに怒られて。でもすごくよくしてもらって……」
その時の情景を思い返しているのか、なのははたまに見せる遠い目をする。
「それで、その一日の終わりの時。お別れの時にわたしはリボンをあげて、その男の子はこれをくれたの」
お箸をおいて、制服の胸元を少し緩めて手を差し入れる。
そして取り出したのは、紐に通された子供用の小さなリング。
それを愛おしそうに手の平に乗せてなのはは続けた。
「『父さんに聞いた話だと、指輪を女の子に渡すのは親友の証らしい。だから、これを渡す。また会えるように』って言って。今思えば、その子お父さんに騙されてたんだね」
くすくすと可笑しそうに笑う。
フェイトたちもその微笑ましさに思わず笑みがこぼれた。
女の子に指輪を渡すということは、恋人とかプロポーズだとか、とにかく特別な関係になるということだ。ろくなことを教えない父親だとは思うが、それをそのまま信じてしまったその男の子の純粋さが微笑ましかった。
「それで、その子の名前はなんていうの?」
アリサの質問に、なのはは首を横に振ることで答えた。
「へ? ひょっとして知らないとか?」
「ううん。知ってるけど……ごめんね、言えないの」
「どうして?」
今度はすずかからの疑問の声だった。
「言えないから。そうとしか言えない。彼の名前は、ちょっと特別な意味があるから」
特別な意味? と全員が首をかしげたが、なのはにとって大事なことらしいので無理にでも聞きだそうとは思わない。
四人の考えはそれで一致していた。
そんな皆の優しさに微笑みながら、なのはは話を続ける。
「……男の子からもらう指輪の意味。今でこそその意味がわかるけど、その時はわたしもその子も本当にそういう意味で取ってたからね。すごく大事にして、いつでも持ってられるようにペンダントにしたんだ」
「へぇ~……って、なのは。指輪の意味がわかるってことはじゃあ……」
「うん。まあ、そういうことかな」
今でこそ指輪の意味がわかる。それでもなお身につけ続けているということは、なのはがその男の子に特別な思いを抱いているということに違いなかった。
かすかに照れながらもなんだか幸せそうななのはの笑顔に、アリサやはやてたちは毒気を抜かれたように脱力した。
「……なんや、かなわんなぁなのはちゃんには」
「うん。すごくいいお話だった。なのはは、ずっとその子を思い続けてるんだね」
「だからアリサちゃん、からかっちゃダメだよ」
「う……わ、わかってるわよ!」
それぞれがそれぞれの反応を返して、わいわいと騒いでいる中、当のなのははゆっくりとお弁当箱をしまい、両の手の平を胸の高さで合わせる。
その仕草に四人がふと気を取られて、なぜか注目してしまう。
そして――、
「ごちそうさまでした」
キーンコーンカーンコーン。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
手の平を合わせたままのなのは。
唖然となった四人。
止まった時間。
しかし、実際に時間が止まるわけなどなく。
再び、時は動き出す。
「「「「えええええええええええええ――――ッ!?」」」」
「ちょ、まだ食べ終わってへんねんけど!?」
「ああ、わ、わたしも全然――!」
「な、なのはちゃんのお話に夢中になっちゃって……」
「ああもう、時間ないじゃないのよぉ――ッ!」
途端に慌てだす友人たちに小さく微笑みを洩らして、なのははさっさと食べ終わったお弁当箱を持って立ち上がる。
そして屋上の出入り口に向かって歩き出した後ろ姿に、様々な声が投げかけられる。
「ま、待ってぇな、なのはちゃん! 教えてくれてもよかったやん!」
「お、お腹すいた……」
「うう、授業始まっちゃうよぉ」
「なーのーはぁー!」
それぞれの性格を表すかのような声を背中で受けながら、なのはは制服の中から出されて胸元に光るリングを指でつまんだ。
何度となく触れた、指になじむ感触がする。
それを感じながら、懐かしいあの時の記憶をそっと思い返す。
そして気づけば、彼の名前が口をついて出ていた。
九年前のあの日、絶対に誰にも言わない。誰にも言えない、と誓った彼の名前が。
「今どうしてるのかなぁ、恭也くん……」
To Be Continued...?
ついカッとなってやった。反省はしていない。