きょう×なの その9
その日一日の授業の終了を告げる鐘の音が学校中に鳴り響く頃。
その甲高い機械音に誘われるように恭也は突っ伏していた机から顔をあげた。
「――おそよう、高町君。相変わらずよく寝てるわね~」
「…………そうかもしれんが、お前には言われたくないぞ」
心外だとばかりに言い返すと、声をかけた忍はあははー、と乾いた笑みを浮かべる。
「……どっちもどっちだと思うけどね、俺は」
その二人の友人、赤星勇吾はあきれた様子で二人の会話に加わる。
その言葉に二人ともが一斉に赤星の方に振り返ったので、その息のあった様子がおかしくて赤星は苦笑する。
「月村さんだって、高町が起きる五分前ぐらいまで寝てたじゃないか」
「あ、しぃーッ!」
焦ったように忍は人差し指を口にあてて赤星を睨むが、既に口から出た言葉は恭也の耳に届いていた。
忍が恐る恐る恭也のほうを見ると、恭也は怒る……というよりは呆れた顔をしていた。
「……やっぱり、か」
「……なんかしみじみと言われると、逆にムカつくんだけど」
「気にするな」
じっとりと睨む忍にとり合う気がないのか、恭也はきっぱりとその話題を切り上げようと試みる。
ところが、そこで言うことを聞くほど忍は大人しい性格ではなく、むしろ恭也がそう言えば彼女は尚のことヒートアップするのが常だった。
今日もこれまでを踏襲したのか、忍がぶーぶーと不平不満を恭也にぶつけている。それに恭也は鬱陶しそうにしながらも付き合い、ところどころで言い返したりしている。
そして赤星は苦笑を浮かべたままいつの間にか二人から微妙に距離を開けていた。
高町恭也と月村忍。この二人のこういったやり取りは最早このクラスにとってはなじみのものだ。騒がしいことお構いなく、二人はいつもこうして口げんかのようなことを
繰り返している。
喧嘩するほど仲がいい、という言葉の実例であるというのがクラスメート共通の認識。
騒がしいからと注意をしに行けば、その気配を感じてか二人ともその時点でぴたりと言い合いをやめる。そのたびに息が合うなぁ、と思うのも共通認識である。
騒がしさのわりに簡単に静かになってくれるので、いつからかクラスメートたちはこう決めた。
『よし! むしろ注意せずに鑑賞しよう!』と。
悪趣味極まりないと思わなくもないが、これが意外と楽しかったから始末が悪い。
日々変わるやり取りは今となってはこのクラスきってのお楽しみなのだ。
二人の友人、赤星勇吾もその話に乗ったものだから止める者もおらず、かくして二人のやり取りはこのクラスの名物と化したのだった。
と、いうわけで。
今日も今日とて、クラスメートたちは生暖かい視線で二人のことを見守る。
微妙に口元を弛めた、面白がる表情そのままで。
さて、この二人のいつものやり取り。通常は言い合うのに疲れた忍が引き下がって、恭也もそれにならうといった形で収束することになるのだが、今日は予想もしなかった
方向で事態がおさまった。
それは、忍の言葉に反応した恭也の言葉がきっかけであった。
「――な、なんて言い草なの高町君! 内縁の妻であるこの忍ちゃんに向かって……! うぅ……あの時私のことを好きだと言ってくれた言葉は嘘だったのね……」
「誰が内縁の妻だ。お前はまったく……。それにいつ俺がそんなことをお前に言ったんだ。勝手に捏造するな」
「ぶー……ノリが悪いわねぇ、高町君。そんなんじゃ女の子に嫌われるよー。「つまんないわっ」とか言われてさー」
まあ実際にはあまりそんなことはないだろう。
恭也はモテる。しかもそのモテる理由が優しくしてもらったから、とか怖い人かと思ったけどいい人だった、とかそういう恭也の内面に惹かれているものが大半なのだ。
だから、そういったことが理由で嫌うようなことはないだろうといえる。
それは彼を知る全員が思うところなのだが――、
いかんせん、彼は鈍いうえに自分は本当につまらない奴だと思い込んでいた。
「………………やはり、そうなんだろうか」
「「「「「へ?」」」」」
「……女性はやはり、俺のようなつまらない男は好かないのだろうか」
真剣にそう呟いた恭也に、教室中の全員が言葉をなくした。
「………………」
特にいつものようにからかうつもりだった忍は衝撃が大きいようで、ぽかんと口を開いたまま固まっていた。
「……なにを呆けているんだ、月村」
「…………あ、うん。……ちょっと、インパクトがね……」
「……?」
忍は驚き冷めやらぬ様子で呟くように恭也に答えたが、内容のまとまらない返答を聞いた恭也は首をかしげるだけだった。
「な、なあ高町」
「赤星か。……よくよく見れば、なぜ誰も口をきいていないんだ?」
静まり返ってしまっている教室を見回し、心底不思議そうに恭也は言う。
お前の意外すぎる発言のせいだ、とは言わず、赤星はさあと返して誤魔化すだけだった。
「いや、それより高町。さっきのお前の言い方だと……誰か好きな子でもいるのか?」
「なっ……!?」
赤星の言葉に恭也は普段の彼からは想像もできないような動揺を見せる。
むしろその反応に驚いたのは周囲の人間である。
常に冷静沈着、いつも一歩引いた場所から事態を見ているような、彼らにしてみればいわゆる“大人”の雰囲気を持っていると認識されていたのが、高町恭也という人間である。
クールで優しくカッコいい。
そんなイメージが定着していた高町恭也。
それが、まさか。
顔を赤くして声をあげるという、いかにも「ああ、照れてるし驚いてるや」というような反応を見せるとは露にも思っていなかった。
ある意味、恭也以上の衝撃を受けたクラスの面々だった。
「な、なぜそう思う。赤星」
「なぜって……お前……」
あれは、どう見ても好きな子が自分のことをどう思ってるか気にしてる様だったぞ。
と、言ってやると、
「……!」
無言で恭也は衝撃を受けていた。
その様子に赤星はあきれ果てる。
(変なところが鈍いよなぁ、こいつ)
これまで恭也は人から向けられる感情に鈍いのかと思っていたが、どうやら恋愛感情に関連するものすべてに対して鈍いようだ。
まあ、自分の気持ちには気づいているようだから自分のことは例外なのだろう。
それもまたおかしな話ではあったが。
「で、どうなんだ? 高町」
「く……そ、それはだな……」
「「「「うん。それは、それは?」」」」
「……ちょっと待て。なぜこう誰も彼もが聞きに来る!?」
赤星になら、と思わず口を開きかけた恭也だったが、目の前にいるのはいつの間にやら赤星+クラスメートほぼ全員である。
さすがにそんな羞恥プレイは御免こうむりたい恭也は、大声で疑問を唱えた。
「ま、まあまあ。気にするなよ高町」
赤星がとりなすように言うと、一斉に周りの人間が首を縦に振る。
その様は不気味の一言だった。
「……気にしないなど、無理に決まってるだろう……」
いまだかつてないほどのまとまりを見せるクラスメートたちに、激しく疑問を覚える恭也であった。
しかも、自分を逃がす気がないように思える。
というか、雰囲気的に逃げられなさそうだ。
技術的にというより、精神的に。
なんとなく、万事休すか、と思っていた矢先。
恭也の携帯に着信が入った。
「……っ!」
これぞ天の助け、と言わんばかりに恭也はポケットの中で震える携帯電話を急いで取り出す。
使い方はなのはにレクチャーされてしっかり覚えている。
二つ折りのそれを開きディスプレイを見てみると、喜んでいた気持ちもちょっと陰った。
(く……母さんからか……)
恭也の内心は複雑だった。
桃子がらみの連絡や呼び出しはいつも碌なことがない。
というより、あの母親にまともなことを期待する方が間違っている。いつからか、そう思い始めた恭也である。
真剣になれば、恭也とて感嘆するしかない誠実さと優しさを兼ね備えた尊敬に値する素晴らしい人物なのだが……。
普段があまりにもアレすぎた。
とはいえ、今この状況ではこの電話こそが唯一の好機でもある。
一瞬、内心で盛大な葛藤を起こした結果――、
「……もしもし」
恭也は大人しく電話に出ることを選んだ。
『あ、恭也ー? わたしわたし』
新手の詐欺だろうか? 一瞬とはいえ恭也はそんなことを考えた。
「……母さん。珍しいな、何の用だ?」
『あんた、いま変なこと思わなかった? ……まあいいけど。それで、恭也』
「なんだ」
『今すぐ翠屋に来なさい』
「は?」
『いい? 今すぐよ。急いで来なさいね。じゃないと、後悔するのはあんたよ』
「ま、待て。話が見えん。いったいなんの――」
ガチャ。
ツーツーツーツー。
「………………」
強制的に切られた携帯を手に握って呆然とする恭也。
胸の内は理不尽な思いでいっぱいだった。
(まったく何が言いたいのかわからなかったんだが……)
だがしかし、今すぐ来いとまで言われるほどのことだ。
何かしら自分の力が必要な状況に陥っているのだろう。
翠屋という時点でヘルプを頼まれた、という線が濃厚なような気がするが。
それでも、今はいい。
今はとりあえず、この教室から一刻も早く出たい。
「……母が緊急の用事だそうだ。俺はこれで帰る」
そう言われてはさすがに強硬に出るわけにはいかず、クラスメートたちは潔く恭也の方に乗り出していた姿勢を戻して、いつもの教室の光景に戻っていく。
その様子に内心ほっとしたのは恭也だけの秘密である。
「……何かあったのか?」
緊急の用事、というところに、あるいはまさかの事態を想像したのか赤星は真剣な顔で恭也に問いかけた。
それに恭也はふっと微笑み、首を振る。
「……いや、翠屋に来いと言われたからな。恐らく、ヘルプだろう」
その言葉に安堵したのか、赤星は緊張感を解いて、そうかとだけ返した。
「ああ。……じゃあな、赤星」
「またな、高町。今度はちゃんと聞かせろよ」
「………………」
最後の赤星の言葉には答えず、恭也は教室を後にした。
赤星はそんな恭也にやはり苦笑を浮かべて肩をすくめるのだった。
……そしてその裏で、忍はぶつぶつと呟いていた。
「……やっぱり、美由希ちゃんたちが言ってた例の……、これは、早く対策を練らないと……」
かくして、彼女たちは新たに現れた恋敵に一層の警戒を強めるのだった。
To Be Continued...
でもこの反応、恭也が翠屋に帰り着くまでに、海鳴中の恭也スキ~に知れ渡っているんだろうな。
恭也、ガンバ!
最後に、ゆきいわさん、無理せず頑張ってください。楽しませてもらいました。
高町菜乃葉対策会議も、なにやら不穏な動きが。白い悪魔様の逆鱗に触れぬよう、気を付けなければいけませんね。
それでは、次回も楽しみに待ってます。
菜乃葉さんに対する存在がついに出てまいりますw
まあ、まだもう少し先ですけど
海鳴中の恭也スキーには、また次回で知れ渡るかと~
次の話まではすぐに上げますので、また読んでやってください
それから、お気遣いありがとうございます! 今回はちょっと頑張りましたが、また次からは自分のペースで頑張ろうと思います~
>部下sさん
はじめまして! 感想ありがとうございます~
いやー、おしい! 実は微妙に違うんです
ちょっと私が調子に乗りすぎたので、翠屋の制服ではないのですよ
ぜひ次話でご確認を~^^
>ziziさん
TTK…今度からそう言おうかな
恭也は絶対に耐性がないはずだ! という勝手な想像のせいで生まれたお話でした~
TTKの存在がどうかかわってくるのか…どうしようかなぁこれから^^;
とりあえず、次回から又お楽しみにです!
今回は自称”女性にもてない男”こと、高町恭也(19?)の一幕でしたか。
……うん、確かに恭也の反応ですね。
散々”自分がもてるはずが無い”と発言していた原作を思い出しました。
その恭也がこういう反応をすれば、クラスメイトが聞き耳を立てるのもむべなるかな。
危機感を抱いた自称内縁の妻、異世界では見事正妻?となった月村忍嬢達の今後の反応、非常に楽しみです。
ちょっと今回は頑張りました^^
恭也のニブっぷりを自然な感じにするのって難しいですよねー
Fateの士郎にもいえそうですけど
とりあえず、うちの恭也はこんな感じで行こうと思います
忍たちの今後にもぜひご注目を~w
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