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ちょっと長めになりました
●きょう×なの アナザー・イフ 「StrikerS時代」
わたしの名前はティアナ・ランスター。
二等陸士として現在八神はやて部隊長率いる、古代遺失物管理部「機動六課」のスターズ分隊に所属している。
訓練校以来の腐れ縁であるスバル・ナカジマも一緒にこの課に配属されて、腐れ縁はまだまだ続きそうな感じ。
猪突猛進気味な性格の……まあ、わたしの親友といえなくもないんだろうけど。素直にそう言うのはあいつを調子づかせるから言っていない。猪突猛進であるだけに、根が
真っ直ぐなところは嫌いじゃないんだけどね。
……と、まあスバルのことは置いておいて。
そんなわたしたちの所属するスターズ分隊。隊長は高町なのは一等空尉。
またこのなのはさんが凄い人なのだ。
現在の肩書が一等空尉。しかも若干十九歳だ。さらにエース・オブ・エースと呼ばれるほどに能力もあって、人望もある。
……正直、かなり自信をなくす存在よね。
そしてこれはシャーリーさんに映像を見せられて知ったことなんだけど……。
……なのはさんと、ライトニング分隊の隊長のフェイト・T・ハラオウンさん。この二人、九歳の時からAAAランクの魔導師だったらしい。八神部隊長にいたっては、Sランク
だったとか。
ここまでくると溜め息しか出てこない。
ぶっちゃけ化け物じゃないだろうか?
まあ、もしそんなこと言ったらなのはさんの笑顔のお仕置きが待っているだろうから言わないけど(訓練の時はホントに怖かった)。
そんな感じで凄い人たちなんだけど、あんまり男の影というか……恋愛っぽい雰囲気が感じられない。
一部では百合疑惑もあるそうだけど、それを真っ向から否定する確たる証拠がないのよね。
だから、てっきりあの三人には恋人とかそういうのを作る余裕がなかったんだと思うことにした。
だからこそ、こうしていま高い地位で管理局にいるんだと。
……まあ、そんな考えは今日のこれからの訓練で思いっきり壊されることになるんだけども。
その日はいつも通り、六課のシミュレーション訓練で市街地戦闘の訓練をしていた。
この装置がまた優れもので、擬似的に作り出されたビル群や街路などは本当に壊すことができるという、ありえないリアリティを持っている。
今まで基本的に戦闘用の魔法技術を中心に学んできたわたしにとって、これは結構な驚きだった。
しかも壊れてもシミュレーションを消してもう一度再構成すれば直っているのだから、まったくもって感心するしかないわホント。
ああ、話がそれたわね。
いつも通りの訓練をしていたわたしたちに、なのはさんの訓練終了の声が届く。
一気に脱力したわたしとスバル、それとライトニング分隊のチビッ子二人組――エリオとキャロも力を抜いて座り込んだ。
「お疲れ様、ティア」
「そっちも、スバル」
ちなみにティアというのはわたしの愛称のことね。
さわやかに笑うスバルに苦笑しながら、わたしたちはコツンと拳を合わせてお互いを労った。
「ほらー! そんなところで休んでないで、早くこっちに集合ー!」
空の上から陸の方を指さすなのはさんに頷いて、わたしたちは疲れた体を引きずって移動する。
ちなみにこのシミュレーション。規模がでかいだけに海の上に設置されているのよね。
だからこうして訓練が終わったら陸上の方に移動しなければいけない。
と、そうこうしているうちに陸に上がったみたい。わたしたちは横一列に整列する。
「はい、それじゃお疲れ様。みんな、だいぶ連携が取れるようになってきたね」
嬉しそうに笑うなのはさんに、こちらも自然と頬が緩む。
やっぱり、褒められると嬉しいものね。こうして訓練の成果が出ていることもやっぱり嬉しいものだし。
その証拠に他の三人も緩んだ顔をしている。特になのはさんを信奉する(決して間違った表現ではない)スバルなんか、ホントにだらしない顔になってるし。
「それじゃあ、今日の訓練はここまで! みんな、お疲れ様!」
「「「「ありがとうございましたー!」」」」
解放される喜びとともに礼をすると、なのはさんは付け足すように言葉を重ねた。
「あ、あとで今回の訓練の映像見ながら検討するからね。またその時間は知らせるので、油断して寝ちゃわないようにね」
えー……。
そう思ったのは恐らくわたしだけじゃない。
スバルも微妙にがっかりした顔してるし、エリオとキャロは……苦笑してる。
あの二人、やっぱり精神年齢が子供じゃないように思えるわ。スバルのほうが子供っぽいのは、年齢を考えたら問題なんじゃないだろうか?
なのはさんはそんなわたしたちの考えなんてお見通しなのか、しょうがないなぁというふうに笑っていた。
こういう時に、やっぱり大人の女の人なんだなぁ、と思うのよね。
包容力とか、そんな感じ? ホントに恋人いないのかしら。
「気持ちはわかるけどね。まあ、これも訓練だと思って頑張って。それじゃあ、これで解散。みんな、またあとでね」
と、なのはさんは締めくくった。
それでこのまま解散となるのがいつもの流れなんだけど、ここでいつもとは違うイレギュラーが発生した。
わたしたちはその光景に足が止まってしまって、縫い付けられたかのように動けない。
だって、百合疑惑さえあるような人よ?
見たことのない男性が話しかけてきたら、思わず注目しても仕方がないでしょうが。
「……なのは」
「あ、恭也くん。どうしたのこんなところまで」
しかも名前で呼び合っている。
明らかに親しい雰囲気よね、これは。
それにしてもその恭也と呼ばれた人なんだけど……、
黒っ!
そう表現するのが適切ね、きっと。
なにしろ服装から何から真っ黒なのよ? 髪も目も黒いって……まあこっちが生来なんだろうから服装を合わせただけなんだと思うけど……。
でも管理局の制服まで黒いってどういうことなんだろう?
ひょっとしてパーソナルカラーを認められるほどのエースとか?
いやいや、まさかガン○ムじゃあるまいし。
……ん? なんだったのかしら今の電波。
「いや、途中でフェイトに会ってな。そろそろ訓練が終わるから会ってきたらどうだ、と……」
「それでわざわざ来てくれたの?」
「まあ、そうなるんだが……迷惑だったか?」
「ううん! すごく嬉しいよ!」
「そうか……」
「うん!」
……………………。
え、なにこの甘い空気。
わたしが自分の思考に沈んでいる間に、なんとも言えない空気が漂っているんですけど。
まるであの二人の居る場所だけ空間が切り離されたかのように感じる。
そう、例えるとATフィー○ドで隔絶されたかのような――。
……って、またか。なんなのAT○ィールドって。今日のわたしは何かおかしい。
「ティア、ティア」
くいくいとシャツの裾をスバルに引っ張られる。
わたしはとりあえず電波のことは忘れて、それに答えた。
「なに?」
「あの人……誰なのか知ってる?」
スバルが小声で言うあの人とは、もちろん恭也と呼ばれた男性のことだ。
けれど、わたしだって知らない。
キョウヤって名前はどこかで聞いたことがあるんだけど……。
「さあ……わたしにもわからないわ」
「やっぱり? エリオとキャロにも聞いてみたけど、二人とも知らないんだってさ」
あの二人も知らない?
となると、わたしたちには誰もあの人が誰であるのかわからないということになる。
ってか、わからないとなると途端に気になる。
いったい誰なのよ、あの人は。
「お、恭也も来てたのか。珍しいな」
そう言いながらわたしたちの傍まで歩いてきたのは、スターズ分隊の副隊長ヴィータさんだった。
その口ぶりからすると、どうやらヴィータ副隊長はあの人のことを知っているらしい。
これは絶好の機会だ。
早速わたしはヴィータ副隊長に質問することにした。
「ヴィータ副隊長……あのなのはさんと話している人って、誰なんですか?」
わたしはそう言って二人のいる方にちらりと目を向ける。
なんだか薄桃色ぐらいだったフィールドが鮮やかなピンクにまで濃くなっている気がする。
なんなんだろう、あの二人は。
スバルとエリオ、キャロの三人もわたしと同じ気持ちらしく、ヴィータ副隊長のほうを期待を込めた目でじっと見つめている
。
それにヴィータ副隊長はちょっと押され気味になりながらも、しょうがねえなぁ、と呟いて口を開いてくれた。
「アイツは恭也。高町恭也って言ってな。管理局の戦技教導官の一人さ。教えているのは専ら剣術オンリー。だが、アイツの使
う剣術は今のところ管理局の知る全世界最高の剣術だって評価されてる。
シグナムだって「力勝負なら勝てるかも知れんが、剣術勝負となれば勝てる要素が見当たらない」って言ってるぐらいだしな。
んで、なのはとの関係は、まあ見てわかるように恋人だな」
ああ、思い出した。
確か何かの雑誌に紹介されていたのを見たことがあったのだ。
『最高の剣術の使い手。剣術指南を始める!』
みたいなフレーズを見た。一ページだけの記事だったし、あんまり覚えてないけど。だから聞き覚えがあったのか。写真はなかったけど名前だけは載っていたし。
さて、気になっていたことを思い出せたのはいいんですが、ヴィータ副隊長?
なにか凄く気になること言ってませんでしたか?
「あ、あのーヴィータ副隊長。高町ってことは、お二人は兄妹なんじゃ……」
スバルが恐る恐るといった感じで副隊長に質問する。
それなのよね、気になったのは。
名字が一緒ってことは、兄妹ぐらいしか思いつかない。結婚しているならわざわざ恋人なんて言い方はしないだろうし……。
ヴィータ副隊長はなんて言うんだろう、と固唾をのんで見ていると、副隊長は予想だにしなかった反応を示した。
なんとこらえきれないとばかりに吹き出して笑い始めたのだ。
「あ、あの……ヴィータ副隊長?」
困惑気にスバルが声をかける。
まあ、普通困惑するわよね。自分の上司が突然爆笑し始めたら。
ケタケタと笑う副隊長は、気が済んだのか目の端に浮かんだ涙を軽くぬぐって、ああ悪い悪い、と全然悪びれた様子もなくわたしたちに謝ってきた。
何となく、近所の悪ガキっぽいという印象を持ったが、口に出すことはしない。
わたしはこう見えても賢明な人間なのだ。
「確かに、なのはには恭也って名前の兄がいるし、恭也にはなのはって名前の妹がいるけど、あの二人は兄妹じゃねえよ」
ヴィータ副隊長の言葉はわたしたちを混乱させるには十分なものだった。
恭也って名前の兄がいて、なのはって名前の妹がいる?
それで他人同士ってことは、どれだけ天文学的確率なんだろう。
まだ兄妹だって言われた方が納得できるってもんよね。
まあ、兄妹で恋人っていうのは非常にまずい気もするけど。
「ヴィータちゃん、なに笑ってるの?」
「ああ、いや何でもねえよ。気にすんな」
ヴィータ副隊長の笑い声でこちらに気がついたのかなのはさんと件の恭也さんがこちらに近づいてきた。
……って、うわあ。
近くで見ると、恭也さんってすごく顔が整ってるのがわかる。
ちょっと眉が寄った仏頂面をしているけど、それでも顔の造形には何の影響もない。むしろ引きしまった感じがして逞しい格好良さがある。
これ、もしあの記事に顔写真があったら今頃はもっと有名になっていたんじゃないだろうか。
主に女性層からの支持で。
現に隣のスバルもちょっと見とれているみたいだし。キャロは……そうでもないみたいね。まだキャロには恋愛対象よりは単なる大人の人という認識が強いのかもしれない
。
と、わたしも滅多に見ない美形の男の人に見とれていると、唐突に背筋に悪寒が走った。
な、なに今の。
まるで魔王にでも目を付けられたかのような危険を感じたんだけど……。
「久しぶりだな、ヴィータ……」
「ああ、久しぶり。あたしらはホント顔合わせる機会がねぇよな。ま、なのはとはしょっちゅう会っていちゃついてんだろうけど」
「む……」
「ヴィ、ヴィータちゃんッ!」
ヴィータ副隊長にからかわれて眉根を寄せる恭也さんと、真っ赤になって焦るなのはさん。
なんだろう。なんだか、なのはさんが凄く可愛く見える。
いつもみたいに凛々しい感じじゃなくて、本当に普通の女の子みたいに。
というより、こっちが本当のなのはさんなのかもしれない。
わたしたちの前にいる時のなのはさんは、言ってしまえば仕事なわけで。こうしてリラックスできるわけではないから。
今みたいに自然体の状態がきっと本当のなのはさんの姿なんだろう。
そして、そうさせるのがきっとこの恭也さんなんだ。
なのはさんが一番安心できる居場所を作ることができる人。
そう考えると、この二人って凄い組み合わせなんじゃないかって思えてきた。
もちろん、いい意味でね。
いったい、どうやって知り合ったんだろう。
家族の名前が同じ人と知り合うって、結構凄い確率だと思うんだけど。本当に偶然だったのかもしれないけどね。
「それよりなのは……。彼女たちのことを紹介してくれないのか?」
「え? あ、うん、そうだね」
っと。
何だかお二人の目がこちらに向いている。
話からして、わたしたちのことを面識のない恭也さんに紹介するらしいけど。
「えっと……まずはわたしの担当するスターズ分隊の子たち。前衛で突撃型のスバル・ナカジマ二等陸士と、オールラウンダーで司令塔タイプのティアナ・ランスター二等陸士だよ」
「す、スバル・ナカジマ二等陸士です! はじめまして!」
「ティアナ・ランスター二等陸士です。よ、よろしくお願いします!」
い、いけない。これは緊張するわ。
だって、こうして改めて誰かに紹介されるって今までなかったことだし。
しかも、何気にわたしたちの端的な評価もされてるし。
とりあえず、先日のわたしの大失敗には触れていないので一安心ね。あれは本当にわたしの中で苦い思い出だわ……。
もちろん、反省はしているし、あれはあれで今後のために凄くいい勉強になったのは確かだけどね。
「それから、フェイトちゃんの担当するライトニング分隊から。速度重視の機動戦主体のエリオ・モンディアル三等陸士と、召喚魔法と補助魔法を使う支援の要キャロ・ル・ルシエ三等陸士」
「え、エリオ・モンディアル三等陸士です! よろしくお願いします!」
「あ、あの、キャロ・ル・ルシエ三等陸士です。よ、よろしくお願いします」
チビたちの紹介も終えると、恭也さんはきりっとした顔のままわたしたちの顔を順番に見つめた。
「……戦技教導官の高町恭也だ。あまり顔を合わせることはないと思うが、見かけたら挨拶ぐらいはしてやってくれ。……よろしく頼む」
軽く頭を下げる程度に恭也さんが礼をすると、わたしたちも慌てて頭を下げた。
びっくりした……。
年下で階級も圧倒的に低いわたしたちに対して何の躊躇いもなく頭を下げるなんて……。年齢とか地位とかにこだわらない人なのかも。
頭をあげると、ふと恭也さんと目が合った。
え? なんで?
偶然合ったにしては、目線がまったく逸れないんですけど。
って、今度はこっちに向かって歩いて来るじゃない!
え、ちょ、な、なんでよ!?
わたしが慌てていると、恭也さんはわたしの目の前でぴたりと止まった。
う……、なんかこうも顔立ちの整った人に見られてると思うと顔が熱くなってくるわ。
「……君がティアナ・ランスター二等陸士でいいか?」
「え、は、はい! わたしがティアナ・ランスター二等陸士です!」
って、ただ恭也さんが言ったこと繰り返しただけじゃない!
間抜けな返答すぎる……。今さら後悔してももう遅いけど。
それでも恭也さんは気にしなかったのか、そうか、と呟いた。
「……君はこの間なのはとの模擬戦で無茶をしたそうだが――」
「! は、はい……」
やっぱりなのはさんは話していたみたい。
わたしにとって、凄く勉強になった事件。自分にとっての転換点だったと言ってもいいわたしにとって大きな意味を持っていた出来事。
けれど、それと同時に自分の情けないところとか弱いところとかが全部露呈した恥ずべきことでもある。
ただ我武者羅に強くなりたかった。
才能や環境に恵まれた人たちの中で、ただ一人平凡でしかない自分が嫌だった。
だから、強くなりたかった。
強くなって、足を引っ張ることがないように。
強くなって、才能や環境なんて努力でカバーできるということを実証したかった。
お兄ちゃんの魔法は決して間違っていなかったんだって。
お兄ちゃんは凄く優秀な魔導師だったんだということを証明したかった。
そのために急ぎすぎたがための――大失態。
なのはさんと話をして、自分がどれだけ馬鹿だったかよくわかった。
……けれど。
それでも、やっぱり自分はこの中で平凡でしかないのだ。
人一倍訓練しなければ追いつけないという思いは今も変わらない。
でも、なのはさんの言うこともよくわかってる。
だから、どうすればいいのかわからないんだけど……。
わたしが気づけば俯いて考え込んでいると、ぽん、と頭の上に重さを感じた。
反射的に顔をあげると、そこには右手を慰めるようにわたしの頭に置いている恭也さんの姿が見えた。
……え?
な、なななななんで!?
「……君は、強くなりたいと必死だったんだろう」
わたしが内心で激しく動揺していると、そんな優しい声が降ってきた。
「何かを守るために。何かを証明するために。何かを乗り越えるために。……そのために、強さを欲する。……俺にも、同じ経験がある」
「え……?」
「……父は剣で人々の笑顔を守る素晴らしい人だった。最後も、人の命を守るために剣を振るった。……俺は、父の代わりに家族を守らなければと必死になった。父の剣は人
の笑顔を守ることのできるものだと、この俺が証明しなければいけないと思った。……そして、俺は自分の膝を壊した。一時期は、日常生活にも困るほどにな」
言い聞かせるように語る恭也さんの言葉に、わたしは息を呑んだ。
それは、昔無茶のしすぎで瀕死の重傷を負ったなのはさんの話によく似ていた。
「……だが、俺の膝よりも、もっと大切なものを俺は壊していた」
自分の膝よりも大切なもの?
歩けなくなるかもしれないことより、大切なものを壊していたってどういうことなんだろう。
わたしは、じっと身じろぎもせずに続く言葉を待った。
「……俺は、何よりも守るべき家族の笑顔を壊し続けていた」
「!」
それは、どういう……。
「……俺が無茶をすればするほど、家族は俺を心配していた。いつか俺の身体が壊れるんじゃないかと。
……考えてみれば、当たり前だな。父が死んでまだそれほど日もたっていない。息子が、父の後を追うような勢いで無理をしていれば、心配するに決まっている。
……その俺の行為は、本来一番大切であったはずの家族の笑顔を奪っていたんだ。本末転倒もいいところだ。結局、俺は膝を壊した。……無理をするな、と泣きつかれてよ
うやく俺はそのことに気がついた」
そう語る恭也さんの顔は本当に後悔している面持ちで。
わたしは、声も出なかった。
「……だから、ランスター二等陸士」
真剣な目で恭也さんはわたしに目を合わせた。
「無茶をするということは、それだけ周りのものを壊し続けているということだ。自分の身体だけじゃない。自分を思ってくれている人の笑顔もだ。
……君にもいるだろう? かけがえのない親友や、心配してくれる人たちが」
はっとして、わたしはスバルのほうを見た。
照れ臭そうに笑う自分のパートナーの姿を。
それに、エリオにキャロ。なのはさんにフェイトさん、はやてさん。六課のみんな……。
自惚れでなければ、きっと皆はわたしのことを心配するだろう。
もしわたしがそこまで無理をすれば、スバルなんかは泣くかもしれない。
そう考えて、初めてわたしは自分がしたことがどれだけ周りのことを考えていなかったかを知った。
訓練がうまくいかない、とかそういう迷惑をかけることは考えた。
けれど、そういった面でみんなに対する影響があったことは考えたこともなかった。
わたしは、本当に馬鹿だったんだ……。
恭也さんの話を聞いて、わたしは本当にそれを実感した。
自分のことが凄く情けなくなって、わたしはまた俯いた。
「……だが、強くなりたいという思いは間違いじゃない」
「え……?」
わたしは次に恭也さんが言った言葉が意外で、思わず顔をあげて恭也さんを見つめた。
それに対して、恭也さんはほんの少し表情を緩めて――、
「強くなりたいと思うことは、悪いことじゃない。……だから、焦らずに自分のペースでいい。ゆっくり、着実に鍛錬するといい。誰も、君を急かしたりしない。君のペース
で、しっかりやるように、な」
仕上げとばかりに恭也さんは、ぽんぽんとわたしの頭を撫でるように触った。
「……俺も、それを学んだはずなのについ忘れてしまったこともある。……だからこそ、先達として君が間違える前に言っておきたかった。
……余計なことだったかもしれないが……」
「そんな! ……そんなことないです!」
少し自嘲気味に恭也さんが笑った理由をわたしは知らない。
けれど、恭也さんに言われたこと。言ってくれた言葉は、確かにわたしの心の中のわだかまりを解かしてくれるものだった。
だから、わたしは否定しなければいけなかった。
恭也さんのしてくれたことは、余計なことなんかじゃなくて――、
「その……余計なことなんかじゃ全然なくて、嬉しかったです! わたし、まだその……悩んでいるというか、迷っているところがあって……。それを、どうしたらいいのか
わかってなかったですし……。自分だけじゃなくて、恭也さんのお話を聞いて、何を自分が悩んでいたのかとかどうしたらいいのかとか、ちゃんと考えられましたし――!」
ああもう、何だか何を言ってるのか自分でもわからなくなってきた!
こう、言いたいことは合ってるんだけどこんな風に言いたいわけじゃなくて。
もっと要約して、簡単に言うと――、
「――全然、余計なことなんかじゃないです! ありがとうございました!」
叩きつけるようにそう言って、勢いよく頭を下げた。
言ってくれたことに、とても助かったと思ったから。だから、お礼を言わなくちゃって。
それだけのことが、なんでああも長ったらしいしどろもどろな話になったのやら。
……うっわ、なんか恥ずかしいかもしれない。
無駄にテンパってた自分が馬鹿みたいだわ。
ってか、自覚すると普通に死ねるほど恥ずかしくなってきた。
うわ、絶対いま顔真っ赤だわ。
ど、どうしよう。顔あげられないんだけど。
「…………そうか」
ふと、内心でわたしがこれ以上ないほど取り乱していると、恭也さんのどこか安堵したような納得したような、不思議な感じの声が聞こえた。
下げられた頭に、もう一度ぽんと手が載せられる。そしてすぐにその手は放された。
……っていうか、子供扱いよねこれ。
さっきはあんまり気にしてなかったけど。
いや、まあ別にいいんだけどね。
「……ランスター二等陸士」
「は、はいっ!」
名を呼ばれてわたしは直立する。
目の前の恭也さんは真剣な顔をしていた。
「……君が俺の話を聞いてくれたことに感謝する。……それから、もし俺の話に何か感じいるところがあったなら、そのことを忘れないでほしい。
……そのうえで、これからの訓練を頑張ってくれ」
「は、はいっ! り、了解しましたっ!」
緊張も手伝ってか、今のわたしの敬礼は実にすばらしい出来だったと思う。
背筋がぴーんと伸びた理想形だ。
けれど、それが逆におかしかったのか恭也さんはふっと笑った。
もちろん、わたしの目の前で、だ。
「………………」
……やばい。
なにがって……。だって、ねえ?
恭也さんって、ただでさえ美形なのに。それが、こんなに柔らかく笑うなんて。
反則よ、これは。
絶対そうよ。間違いない。さっき以上に顔が熱くなっていくのがわかるもの。
……かっこいいなあ。
あんなふうに人のことを思って、自分の昔の失敗を話して聞かせてくれて、そのことを本当に何でもないようにしてしまう。
それに、わたしの一番ほしい言葉をくれた。
そのうえ、あんなふうに微笑まれたら、もう、ね。
顔が熱くなって、心臓がどきどきするのも仕方がないっていうものでしょう?
恭也さんはもうわたしの傍から離れて、今はライトニングのチビッ子二人のところにいるみたいだけど。
何となくその姿を目で追ってる時点で、なんかもうダメよねわたしって。
そんなに惚れっぽい性格じゃなかったはずなんだけどなぁ……。
「……――ね、ティア」
「……スバル?」
まだちょっとぽーっとしたままだったわたしに声をかけてきたのは、わたしの頼れる相棒にして、大切な親友。
どことなく決意を秘めたような眼差しで、わたしのことを見据えていた。
「あたし、心配するよ。ティアがそんなに張りつめてたら。……あたし、ティアの親友だもん」
「スバル……」
真剣な顔で言ってくるスバルに、わたしはさっきの恭也さんの言葉を思い返していた。
かけがえのない親友や、心配してくれる人たち、か……。
わたしは思わずスバルの顔をそのままじっと見つめてしまった。
今みたいに心配してくれる人がいる。
そのことが嬉しかった。だから、つい見入ってしまった。
うん。嬉しかったことは嬉しかった。
……しかし、だ。
なんていうか……。
スバルにそういうことを言われると、確かに嬉しいんだけど、嬉しさよりも悔しさが先にくるのはなんでなんだろうか。
「? ……ティア?」
きょとん、と困惑の色を濃くしたスバルに向かって、わたしは手を伸ばした。
「にょわっ!?」
「……相変わらずよく伸びるわね、アンタのほっぺた」
これでもかというぐらいに、みょいんみょいんと引っ張ってやる。
「ひ、ひぃあ~~?」
涙目で情けない声を出す相棒の姿に満足したわたしは、ぱっと手を離す。
すかさず己の頬に手をあててさすっているスバル。
うん、やっぱりこうじゃないとね。
「うぅ……ひどいよ、ティアー」
涙目で不満を漏らすスバルに、わたしはちょっと目をそらした。
やっぱり、面と向かっては言いづらいし、改めて言うのは恥ずかしかったから。
「……アンタが心配してくれることぐらい、わかってるのよ。……親友、なんだから」
「へ……?」
呆気にとられて固まるスバルの姿に、わたしは目どころか身体ごと逸らしてやった。
確かに、普段わたしが言わないことかもしれないけどね。
そこまで呆気にとられなくてもいいじゃない?
わたしは、普段そこまでつっけんどんな態度をとっているのだろうか。
ツンデレ?
誰だ言った奴は。わたしは普通だ。
「へ……へへへ」
「な、なによ」
「うふふふ~。いやぁ、べつに~」
にやにやと気持ち悪く笑うスバルは明らかに調子に乗っていた。
くっ……! だからスバルの前でこういうことは言いたくないのよ!
スバルのやつ、すぐに調子に乗るんだから、まったく。
「……ね、ティア」
「……なによ」
スバルに背を向けた恰好のまま相槌だけ返すと、スバルはわたしの前に回り込んで覗き込むようにわたしの顔を見た。
眩しいぐらいの笑顔で。
「これからも頑張ろうね、ティア!」
「……うん。頑張ろう、これからも」
毒気のない笑顔にあてられたのだろうか、わたしは素直にそう口にすることができた。
にっ、と少年みたいに快活な笑みを浮かべてスバルはわたしの言葉に満足げに頷く。
そしてご機嫌のまま恭也さんとエリオとキャロのところに歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、わたしは晴れやかになった自分の心を思った。
恭也さんに言われたこと。聞いたことは、すごく大切なことだと思う。
何かを守りたくて。そのために力を欲したわたしには、忘れてはいけない大事なこと。
きっと、わたしが無茶して自分を傷つけてお兄ちゃんの評価を取り戻したって、きっとお兄ちゃんは喜ばない。そんな気がする。
それに気づくことができたのも、あの人のおかげだった。
高町恭也教導官。
なのはさんの恋人。
いったい、恭也さんはどんなふうに生きてきて、そして二人はどうやって知り合ったのだろう。
なんだか、すごく気になってしまった。
かつて、同じように皆を悲しませたと言っていたなのはさんも恭也さんに会うことで何か変わったのだろうか。
それとも、もとから知り合いだったのか。
まあ、それはわからないわけだけど。
……とりあえず、わたしに言えることは。
わたしにとって、恭也さんは今日この日をもって特別な存在になったということだった。
恋うんぬんは置いておいて。
言うなれば……師匠? 心の師匠というか。まあ、恋心に似た気持ちがあることは否定しないけど。
いつもの訓練の日のはずが、なのはさんの百合疑惑が晴れたり、わたしの悩みが解消されたりと、なんともイベントづくめの日になったものだ。
人生、なにが起こるか分からない。
いいことも、もちろん悪いことも。
でもまあ、わたしとしては。
こんな出来事なら、諸手をあげて大賛成で迎え入れる。
今までのわたしならそんなことはなかっただろうけど、今日はっきりとわたしの中で何かが変わったのを感じた。だから、これからはそんな余裕も持っていけるだろう。
よく心に余裕ができれば、世界が広がるというが、それは真実だとわたしは思う。
その証拠に、見上げた青い空は今まで見たことがないぐらいに広く、澄み渡っていた。
~おまけ~
空を見上げていたわたしの耳に、まるで地獄の底から響くような声が届いた。
「……ティアナ?」
「はっ……はいっ!」
「……恭也くんは、わたしの恋人だよ。わかってるね?」
「は、はいっ! そ、それはもうっ……!」
「そう……。なら、いいんだ……」
「…………!」
怖い。
模擬戦のときは手を抜いていたことがよくわかった。
なのはさんは、魔王は魔王でも大魔王だったんだ。
……うん。恭也さんのことはすっぱり諦めよう。
幸い、まだ明確に恋じゃなかったわけだし。
まあ、ちょっと希望を持ってもいいかな~、って気持ちも
「……ティアナ?」
「はっ、はいぃっ!」
……うん。やっぱり諦めよう。
===============================
あとがき
というわけで、お送りしました「きょう×なのStrikerS」!
書き終わった後で気がついたんですが、どことなくスバル×ティアナっぽかったり^^;
これは恭也があの時の模擬戦の話をなのはから聞いて、これは一言言っておきたいと思い訪ねてきたという設定です
ティアと恭也以外があまり目立たないSSです
最後でちょっとなのはさんを目立たせてみましたがw
感想お待ちしています~
教導官になった恭也に鍛えられた局員はまず間違い無く「魔法とは別のスキル」が上がりそうです。
そしてラストに出てきたなのは・・・・抜け目無いと言うか黒いというか・・・。
最後に、要望じみたことへの反応ありがとうございます。でわ、次回の更新頑張ってください。
とらハ3を知っていて、StSを見た人がみんな言いたくなったであろうことの見事な要約でした……。
でも、「きょう×なの」だというのになのはさんの一番目立つところが黒化(あるいは魔王化)部分というのはこれ如何に(笑)
恭也が管理局に参加した経緯も気になりますが、それは本編の展開を期待することにします。
いったい4年間で何があったんだろうか?本編が進めば自ずから分かるでしょうね。
恭也が、ガジェットや戦闘機人と戦ったら、その周囲がスクラップだらけになりそうだなと、思ってみたり。
なのはも、恭也が無自覚に女性を落としてしまうから、苦労しているんだろうな。ティアにやった様な事が、日常茶飯事だったりして。
楽しませていただきました。本編の続き(こちらも続編が書けるようでしたら)を、楽しみにしております。無理しない程度に、頑張ってください。
ご要望どおりのものに出来上がっていたでしょうか?
楽しんでいただけたなら嬉しいです^^
どうも私は黒いなのはを書くのが楽しいらしいです
最後のおまけはノリノリでした^^;
>たのじさん
恭也とリリカルのなのはのあの事件って、ちょっと似てるんですよね
そこのところをティアに諭す感じで書きたかったんですよね
なのは黒化については申し訳ない。趣味ですw
本編もどうか見捨てず付き合ってやってくださいね~
>vさん
恭也はホントにそういった面では典型的なギャルゲ主人公体質ですよね~
なのはは本当に苦労していそうですw
本編もまた更新したら読んでやってください
ありがたい言葉ありがとうございます。無理せず頑張っていきたいと思います!
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