きょう×なの その14
小高い丘の上を、涼しげな風が転がるようにすり抜けていく。
春の日差しを感じさせる雲ひとつない蒼天は、その下に立つ二人を浮き出させるかのように広く澄み渡っていた。
その二人――高町恭也と高町菜乃葉は一つの墓石の前で膝を折ってしゃがみ、目を閉じてその両手を合わせていた。風と草木が織りなす音以外にこの場の空気を揺らすものはない。深く祈りを捧げる二人はただ静かに黙祷を続ける。
『高町家之墓』
高町恭也の父であり、菜乃葉にとっては別世界の自分にとっての父親となる高町士郎の眠る墓である。
生前ボディガードを生業としていた士郎は、友人であったイギリスの上院議員のクリステラ氏とその家族を守るために亡くなった。そのことは今でもそのクリステラ氏の娘であるフィアッセ・クリステラにとっては小さくない心のしこりであり、高町家にとっても忘れがたい事件であった。
とはいえ、フィアッセを悪く思う人間は一人もいない。なぜなら、それが士郎にとって望ましい結果だったとわかっているからだ。
“誰かの笑顔を守ること”
それを誇りとして剣に生きた士郎なのだ。家族なくして何が笑顔か。ゆえにフィアッセを守り、クリステラ氏を守ろうとしたのだ。士郎が望んだものだったならば、彼の死についてどうしてフィアッセを責められるだろうか。
とはいえ、士郎も大きな失敗を犯している。家族なくして何が笑顔か。それはわかっていたはずなのに、どうして桃子の笑顔を守ってやれなかったのか。
当時のことを思い返して、恭也は尊敬する父に対して唯一心の底から怒っていることを思う。士郎が死に、桃子は普段が見る影もないほど憔悴し、恭也と美由希はがむしゃらに剣を取り、なのはは父の温もりを知らずに育った。士郎は、大きな失敗を犯したのだ。
だが、同じような失敗をしでかした自分が言うことではない。
過去の己を思い起こし、恭也は自嘲した。
だがしかし、それでも自分は大切なものをなくす一歩手前で踏みとどまれた。それは何より家族のおかげであり、ずっと心に住み続けていたある一人の少女のおかげでもあった。
目を開け、横にしゃがむ少女の横顔を見る。
高町菜乃葉。こことは違う世界からやってきた、もうひとりの高町なのは。
彼女のことを覚えていたからこそ、恭也は踏みとどまれた。いつか彼女に再び会う時、顔向けが出来ないような真似をしてはいけない。幼心に、恭也はそう思ったのだった。
もし彼女がいなければ、恭也の膝は恐らく二度と歩けないまでに酷使されていたかもしれない。家族が止めてくれた時、それに頷くことが出来たのは彼女の存在を覚えていたからに他ならなかった。
もし彼女のことを知らなかったならば、きっと皆の制止を振り切って膝が本当に壊れるまで鍛錬を続けていたかもしれない。
確かに自分は膝を壊してしまった。日常生活にも手間取るほどにだ。だが、医者が言うにはいずれ完治するだろうということだった。また再び剣を思い切り振れる日が来ると言ってくれたのだ。その時の喜びを表現する言葉を恭也は知らなかった。それは剣に生きる者にとって、それほどの希望だったのだ。
そして近年になって腕のいい医者にかかることが出来たこともあって恭也の膝は完治した。激しい運動も度を越さなければ問題ないと保証されるほどに回復したのだ。
もしあの時、菜乃葉のことを思い出さずに我武者羅に剣を振り続けていたら。そう思うとぞっとする。菜乃葉がたとえ傍にいなくとも、恭也にとって菜乃葉は恩人とも言える人間でもあるのだった。
そういった様々な要素が絡み合って、恭也にとって菜乃葉の存在はとても大きなものとして心の中にあるのだった。
すっ、と菜乃葉の閉じられていた瞼が開かれ、長い睫毛が僅かに揺れる。そして自分を見つめる視線に気がついたのか、隣にいる恭也へと顔を向けた。
「――恭也くん?」
じっと自らを見る恭也に、菜乃葉は疑問符をつけて小首をかしげる。
そんな菜乃葉の様子に微笑を浮かべ、恭也は視線を外して再び墓に向けた。
「……もう、いいのか?」
「うん。いっぱいお話したから。あの日のこととか、わたしのこととか」
「そうか……」
菜乃葉の言葉に頷いて、恭也もまた感慨深げに目の前の墓石を見つめる。
父は確かに最後で間違ってしまったかもしれない。それでも、その信念とそれに殉じた精神は素直に尊敬できる。恭也はそう思う。
いずれ、俺も大切なものの為ならこの命を差し出そうとも……。
そう思うようになるのかもしれない。そうまでして守りたい何かに出会えるのかも。
いや、あるいは既に出会っているのか――。
隣で同じく士郎の墓を見つめる少女のことを意識しながら、恭也はそう思った。
「――……お父さんが死んだ時」
「……ん?」
突然、菜乃葉が口を開く。それに対して恭也は反射的な返事を返した。しかしそれを気にすることもなく、菜乃葉は言葉を続ける。
「お父さんが死んだ時、やっぱりみんな悲しかったんだよね……?」
「菜乃葉?」
「お父さんが急にいなくなって、きっと凄く悲しかったんだよね。……もしお父さんが生きてたら、お父さんきっと凄く申し訳なく思ったんだろうな……」
「………………」
だからこそ、菜乃葉の父である士郎は喫茶店のマスターに納まったのかもしれない。これ以上家族に心労をかけるのは憚られたのかもしれない。
菜乃葉にもその気持ちはよくわかった。
「――今から四年前に、わたし生死をさまようほどの大怪我を負ったんだ」
「なにを……?」
「任務が終わっての帰還中。油断と、昔からずっと溜め込んできた疲れや、高位高難度の魔法を限度も知らずに使い続けた代償。突然の奇襲に対応できずに、わたしは簡単に落とされた。……もう二度と空は飛べない。それどころか、日常生活も危ういかもって、言われたんだ」
ぴく、と恭也の身体が揺れる。それは、恭也にとってとても身近な話であった。
「それでも、リハビリを頑張って頑張って、日常生活は問題なくなった。それから少しずつ訓練も始めて、昔ほどじゃなくてもほとんど自由に空も飛べるようになった。それが叶った時……わたし、本当に嬉しかった」
「………………」
「……でも、それ以来ずっと心の中から消えないものがあるの。どれだけ嬉しくて、今が楽しくても、絶対になくならないわたしの罪」
フェイトもはやても、みんなと一緒にいても消えることのなかったひとつの思い。一緒にいるからこそ苦しかった、自分が抱える暗い部分。
「――……すごく、申し訳なくて……」
罪悪感。
今でも覚えている。病室で目を覚ました時のフェイトやはやて、ヴォルケンリッターのみんなにアースラのみんな。その嬉しそうな顔を。涙に濡れた頬を。真っ赤になった瞳を。家族もまた同じようにして菜乃葉の回復を祝ってくれた。
そんなみんなの顔を見た時、菜乃葉の心に浮かんだのは喜びではない。
――ああ、申し訳ないことをした――
それが彼女が目を覚まして思った最初の思考だった。
自分の不出来のせいで、みんなは悲しみ、家族は泣き暮れ、ヴィータは未だにその時のことに囚われ続けている。なんて申し訳ないことをしたんだろう。悔やんでも悔やみきれない罪を犯してしまったのだと菜乃葉は思い続けたのだった。
リハビリを必死でこなしたのは、もちろん菜乃葉がもう一度空を翔けることを夢見たからだ。しかし、それだけではなかった。動かない身体は自分の犯した罪の象徴だ。みんなを悲しませてしまった過去の自分の象徴なのだ。
だったら、そこから脱却しなくてはいけない。みんなの悲しみや心配に報いるためにも、自分はもう一度元気になって空に上がらなければいけない。その強い思いこそが、激痛を伴う苦しいリハビリに耐え抜ける精神を幼い菜乃葉に与えてくれたのだ。
そんな自分の考えがよくないものだとは分かっている。それでも、それは菜乃葉の心にずっと影を落としてきた。なぜなら、それを抱えることは菜乃葉にとってどうしても振りきれない過去に対する責任のように思えたからだった。
あの時のみんなの顔が浮かぶ。心底の喜びにあふれた顔を。それを思うと、忘れてはいけないと思えるのだ。みんなを悲しませた事実を。それを申し訳なく思ったことを。
だからこそ、菜乃葉の心にしこりとしてそれはあり続ける。消せない罪を表す罪悪感として。
恭也から聞いた士郎の話は、そんな菜乃葉の過去にぴたりと当てはまった。違いは、菜乃葉が死んでいなくて士郎は死んでしまったということ。
菜乃葉の父である士郎も、あの事件の時は菜乃葉に何か言いたげな顔をしていた。それでも何も言えなかったのは、きっと士郎もいまだに抱えているのだろう。過去に自分の至らなさが起こしてしまった悲しい事件のことを。
こうして、菜乃葉が自らが抱える心の闇を吐露したのは恭也が初めてだった。やはりあっちの皆は菜乃葉のことを多かれ少なかれ知っているし、どうしても話すことに抵抗があった。
恭也に話せたのは、きっとまったく違う世界の人間だからだと思う。菜乃葉の事情を聞いたこと以外では何も知らず、あの事件に真実なにも関係ない存在。それでいて、菜乃葉にとって信頼に値する存在。そんな恭也だからこそ、菜乃葉は始めてその胸の内を語ることが出来たのだろう。あの世界にいては、きっと一生できなかったであろう己の悔恨の話を。
「――…………」
菜乃葉の話を聞き終わった恭也は、黙して何も語らない。
恭也がいま何を思っているのか、それを知る術は菜乃葉にはない。あるいは突然こんな話をしだした菜乃葉のことを訝しんで、呆れているのやも。そんなふうにも考えてしまう。
いま菜乃葉が話したことは間違いなく菜乃葉にとっては最大級の秘密の一つと言っても過言ではない。それを覚悟していたとはいえ口に出したのだから、菜乃葉がそのような不安に駆られるのも仕方がないといえるだろう。
だがしかし、恭也が考えていたことは菜乃葉の危惧するような内容のものではなかった。それは恭也が次に口を開いた時に紡がれた言葉によって証明されることとなる。
「――……似たような話を聞いたことがある」
「え?」
菜乃葉のどういう意味かという問いに対して答えずに、恭也はおもむろに立ち上がる。菜乃葉もそれを追って立ち上がった。
「父が死に、家族が泣き暮れていた頃。父の代わりに皆を守らなければならないと、ただ我武者羅に自分を苛め抜いた。……その頃の自分は弱かった。それを誰よりも知っていたから、早く家族を守れるようになりたかった」
今も強くなったと言えるわけではない。それでも、あの頃の自分は本当に弱かったと思う。身体も、心も。
「……強くなりたかった。父の代わりが出来るほどに。だがしかし、それに固執するあまり周りが見えていなかった。……傷だらけになって無茶をするその姿に、家族はさらに泣いていたというのに」
「恭也くん……」
「……守りたかったのは家族の笑顔だったというのに。俺は、そんなことさえ気がつかなかったんだ」
士郎のことを悪く言うことなど出来ない。自分だって同じだ。同じ失敗をしている。
ただ、違うのは……恭也はぎりぎりで踏みとどまったということだけ。
「身体にガタが来ていたというのに、家族の心配の声に耳を傾けなかった。……そんな俺に、過ちだと気づかせてくれたのは――他でもない。菜乃葉、君だった」
「え……?」
「突然、菜乃葉が笑う顔が浮かんだ。その時、もし俺が無茶をして体を壊してしまったと知ったら悲しむに違いないと思った。……だから、そのすぐ後に家族に止められた時、俺は素直に聞くことが出来たんだ。……それでも、膝はかなり壊れてしまっていたが」
言いつつ、今はもう何ともない膝に目を落とす。
いわば、自分がいま剣の道を邁進できているのは菜乃葉のおかげだと言ってもいい。それに、家族の悲しむ顔に気づくことが出来たのも、菜乃葉の顔を思い出したことで周りを見る余裕が出来たからだった。感謝してもし足りない。
「家族が悲しんでいるのを知った時、申し訳ないと思った。自分は何をしていたんだと自分を責めた。……しかし、さすがというべきか。母さんだけはそんな俺の様子に気がついていた。ずっと自責を繰り返していた俺を呼び出し、俺の話を聞いた母さんはこう言ったんだ――」
今でも鮮明に思い出せる。あの時、恭也は心の底から桃子のことを尊敬したのだ。
『あのねえ……そんな顔されると申し訳なくなるのはこっちよ。まるで私達がいたからあんたが苦しんでるみたいじゃない。――いい、恭也。あんたが無茶をしたのは事実だけど、そんなことはどうでもいいの。あんたが気にするべきなのは、心配させてくれた私達にどうお返しするかよ。そんな昔のことなんて記憶の端っこに寄せときなさい。あれだけ心配させられたんだから、恭也にはその心配させた分だけ私達に報いる義務があるの。あんたがどれだけ自分を責めたって私達には何もいいことなんてないわ。それよりもちゃんと私達のことを考えてお返ししてくれるほうがよっぽど建設的よ。……ま、差し当たってはまずリハビリかしらねー、あんたの場合』
何も特別なことなんて言っていない桃子の言葉。どこまでも桃子らしいその飾らない言い回しで語られた内容は、ごく自然に恭也の中に溶け込んでいった。
それからもいくつか桃子とは話を交わし、気がつけば恭也はその時のことを悔やむということはあまりしなくなった。あの時、こうしてしまったという反省の気持ちは湧き起こるが、当時感じた強い自責の念はもはやない。
それよりも、何が自分にできるのかを考えることが大事だと気付かされたのだ。だから、恭也は率先して桃子の仕事を手伝うようになったし、美由希には御神の剣を伝えようと師匠となった。そしてなのはには良き兄として接することを決めたのだ。
その起点はやはり、桃子との話だったと思う。だからこそ、恭也は桃子に頭が上がらないということでもあるのだが。
「……母さんらしい言葉だった。だが、だからこそ俺は自分を責めることは間違いだと気付くことが出来た。……菜乃葉も、そうじゃないか。母さんが言っていることの意味は、わかるだろう?」
恭也に静かに問われ、菜乃葉はゆっくりと首を縦に振った。
桃子の言うことは、わかる。とてもシンプルな話だ。シンプルすぎて、そんな考えは複雑さを増す自らの感情の中では浮かぶことなどなかった。こうして人に言われなければそんなことにも気付かないほど、簡単で当たり前のことだったのに。
菜乃葉の周囲にはそれを言ってくれる存在がいなかった。フェイトやはやては桃子ほどの人生経験もなく、若い。受け止め、諭すことなどは出来なかった。クロノやユーノも同じようなものだ。クロノの場合、そういった説教のようなものを得意としていないこともあった。
唯一そのようなことを言ってくれそうなのはリンディだったが、彼女は桃子とよく似てはいるが、その立つべきスタンスがまるで違う。桃子が子供たちの傍に立ち教え導く人間だとしたら、リンディは一歩離れたところから見守り子供たち自らの成長を促すタイプだ。多くの部下を従える職の者として、リンディはどこかで客観的に見てしまう癖がある。桃子のように一人のために心の底から親身になって話す、ということが彼女は苦手なのだ。
だからこそ、桃子の話は心に響く。本当に自分のことを考えて話してくれていると信じることが出来るから。夫を亡くし、息子までもが破滅に向かうかのごとく突き進む姿を見ていた桃子の心中は何を思っていたのだろう。それを知る術はないが、桃子の言葉からは本当に恭也のことを大切に思う気持ちが伝わってくる。
優しさとはまた違う、これは人間的な強さだった。何も特別な力を持っていない桃子だが、それでもやはり恭也や菜乃葉は桃子にはかなわない。それを改めて思わせる桃子の言葉だった。
菜乃葉にとって、恭也と同じく桃子のその言葉はまさに急所をついたものだった。自分の抱える悩みが解決したわけではない。だが、単色だけで塗りこまれていた心にもう一色新たな色が現れたような新鮮さがあった。こういう考えもあるのだ、と考えさせられる。
それは、今までにないひとつの分岐点だ。単色だけの時はその色を選ぶしかなかった。だが、新しい色があれば、それを選ぶこともできる。混ぜ合わせれば、さらに選択肢が出来る。その濃度を変えれば、選択肢はもっと増えるだろう。そのうちから何を選ぶかは菜乃葉次第だ。……しかし、今はその選ぶ道が示されたということが大事だった。
もう、自責だけを抱える必要はない。菜乃葉はこれからのことを考えることが出来るようになったのだから。
「……――うん。……なんだか、すごく楽になった」
悩みそれ自体を解決できるかどうかは自分自身にかかっている。でも、それに向かっての道が示されたことは、素直に感謝できる。
凝り固まった思考というものは、いつだって未来への阻害になるのだということを改めて知ったような気がした。
これからどうしていくのかで菜乃葉はまた悩むだろう。だが、それは前向きな悩みだ。今までのように後ろめたさを伴うものじゃない。それがわかるから、菜乃葉はそんな変化を嬉しく思った。
「そうか……」
そんな菜乃葉の顔を見て、恭也は息をついた。喋るのが苦手な恭也が、精一杯伝えようとしたことがなんとか伝わってくれたようで、安堵したというのもある。
だが、それよりも菜乃葉の顔に浮かんでいた悲壮感がなくなったことが嬉しかった。だからこその安心であった。
「うん。……ありがとう、恭也くん」
「……礼を言うなら母さんにだろう」
「ううん、違うよ」
きっぱりとした菜乃葉の答えに訝しむ恭也に対して、菜乃葉は笑顔を浮かべる。
「恭也くんがこうして話してくれたことが嬉しいんだよ。わたしと同じ……話したくなかったことなのに。……だから、ありがとう恭也くん」
にっこり微笑んでそんなことを言われ、恭也は自分の頬が熱くなるのを感じた。咄嗟に顔をそらして菜乃葉を見ないようにする。だが、それが照れ隠しであるということは菜乃葉にはバレているようで、菜乃葉が小さく吹き出したのがわかる。恭也はいっそう恥ずかしくなってきた。
「ね、恭也くん」
「な、なん……!?」
恭也が答える前に、菜乃葉は恭也の手を取って歩き出す。
突然にぎられた手のひらから伝わってくる菜乃葉の体温に、恭也はさらに赤面しそうになった。よくよく見れば菜乃葉の顔も上気して赤く染まっているのだが、それに気づく余裕は今の恭也にはなかった。
恭也の手を引きながら二人は霊園の入り口まで戻ってくる。そこで握った手はそのままに、菜乃葉は上半身だけ少し捻って恭也の顔を真っ直ぐ見詰めた。
「……恭也くん、わたしの顔を思い出したって言ってたよね」
「え……あ、ああ」
いきなりの言葉に面食らいながらも、恭也は菜乃葉が言っているのは自分が膝を壊した時のことだと理解して、頷いた。
菜乃葉はさらに一言だけ言葉を続けた。
「どうして?」
その一言に、恭也は口ごもる。
「そ、れは……」
そこから先が恭也の口から出ることはなかった。
恭也とてその理由は何となくだがわかっている。これだ、と確証があるわけではない。ただ、たぶん自分が菜乃葉のことをそう思っているからではないだろうか、という推測があるだけだ。それでも、どこかでそれが間違いないとも思っている。
幼い頃でもあんなにはっきりとしていた感情。きっと、だから菜乃葉の顔を思い浮かべたのだろう。
それでも、それを恭也が口にすることはない。突然のことだったし、恭也自身も本当に自分がそう思っているのかまだ自信がない。だから、言葉に詰まったまま何も言えなかった。
菜乃葉は恭也が何も言わないことに落胆はしなかった。自分でもあまりに唐突だったとわかっているからだ。ただ、恭也が言いづらそうにしている姿を見て、これ以上困らせちゃ悪いかな、と思ったから、それ以上何も言うことはなかった。
言いづらそうにしている理由が自分と同じならいいのに。ただ、それだけを思った。
「……帰ろっか、恭也くん」
「あ、ああ……」
菜乃葉に促され、二人は小高い丘から海鳴の町へと帰路についた。
この穏やかな霊園に来た時よりもわずかに軽い足取りで、二人は並び合って丘に続く坂道を下りて行く。目線の先には広がる海。周囲には若々しい緑の姿。ささやかな風に揺られながら、二人はゆっくりと坂を下る。
菜乃葉から繋がれた手は、その間もずっと繋がれていた。
~おまけ~
そうして二人が家に帰ったころ、忍らを始めとする五人は街中を歩き回っていた。それというのも、二人の行き先などをまったく聞いていなかったせいでどこに行けばいいのかすらわからなかったからである。
「あーっもう! どこにいるのよ二人はぁ――ッ!」
「師匠達が行きそうなところはもう回ったんですけどねぇ」
「あと他にどっかありましたっけ?」
忍の癇癪に晶とレンが若干疲れ気味にそう返す。海鳴はそれなりに広い。その街中を歩きまわっていれば疲れて当然である。
「菜乃葉さんはまだこの町に詳しくないはずだし……どこ行ったんだろう」
「高町先輩が案内している、とかはないんですか?」
「うーん、恭ちゃんは一応案内はしたって言ってたんですけど」
「じゃあ、違うんですね」
うーん、と美由希と那美も首をひねる。しかし、考え込んだところで何も出てくることはない。もうほとんど思い当たるようなところは回ってしまっているのだ。はっきり言ってお手上げだった。
「あー……これだけ探していないんだから、もう帰ったのかもね。今日はもう疲れたし……今度あらためて高町家にお邪魔させてもらうことにしようかなぁ」
おいおい、あんたが一番乗り気だったじゃないか。
忍の発言に思わずそう思わなくもなかった面々だったが、しかし忍が言うように疲れてきているのも事実。よって、結局今度時間を作って忍と那美を菜乃葉に会わせるということで話をつけ、彼女らはそれからそれぞれ別れて帰宅することとなった。
というわけで、美由希と晶にレンの三人も高町家へと帰ってきたわけだが……。
当然そこには先に帰った恭也と菜乃葉がいる。
思わず強い脱力感に三人が見舞われたのも仕様のないことだろう。
とりあえずリビングで腰を落ち着けて、三人は二人に一体どこに行っていたのかを尋ねる。返ってきた答えは簡潔に一言だけだった。
「墓参り」
そんなとこでデートするなんて誰も思わねーよ……。
三人はうなだれて今日一日の間に溜まった疲労を思って涙するのだった。
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あとがき
超久しぶりの更新です。
ようやく「その12」もこれで終わり。今回のお話は菜乃葉の抱える悩みのお話でした。
「StrikerS時代」でも書いたように、恭也となのはの過去の体験ってなんか似てるんですよねー。
そこのところを書きたかったので、こうして今回のお話が出来上がったというわけです。
最後は少女マンガくさい感じで締めてみましたw また感想などくださると嬉しいです。
それでは~^^
互いに過去を吐き出して、一歩前進というところですか。
とらハ版恭也は、原作でも告白「させる」までが一苦労なので、今後もなのはさんは苦労することでしょう……。
人間模様と、ちらりと出て伏線にもぐってしまった「世界の謎」、どちらも楽しみにしています。
膝がこの時点で既に完治してるとのことで、原作よりも御神の剣士として完成に近いのかも? 神速など、戦闘シーンでの活躍が期待されます。
StSでは何かと恭也っぽくなってたなのはさんですが、後遺症と呼べるものが残っているのでしょか。似た過去を持ち、それを共感し支え合えるのは、(とらハ)恭也×(アニメ)なのはの魅力の一つですねw
完全にではないにせよ、受け入れる切欠となったようでよかったです。……近い未来には魔王(冥王?)化されるのは確定しているわけですし(笑)
それにしても……ここで寸止めですか!? そのじれったさが面白い所ではありますが(爆)
お二人の恋も順調に進行し、また一歩前進といったところですかねw これからの甘い展開も凄く期待してますw
要所で活躍している桃子さんや今回不発となったTTKメンバーなどでも、続きをまた楽しみに待っております。
四月を向かえ何かと忙しいかもしれませんが、無理のない範疇で執筆頑張って下さい。
長くなってしまい申し訳ありませんが、それではまた~。
それに、菜乃葉の怪我のお話も出てきましたね。こういう部分でも恭也と菜乃葉は似ているのかもしれないですね。
これからも応援しておりますので頑張って下さいませ~。
このオチは前々回のときから考えてましたからねー。
ちゃんと出せてよかったですw
ラブ臭してくれましたか~。次回はそういうの中心にやってみるかなー^^
>νさん
最後まで書き終わってから、「あ、これオマケ書いたら雰囲気ぶち壊しじゃん」と私も思いました^^;
それでもどうしても出したかったので書いたわけですがw
それにしても二人がホント中学生日記みたいになってるなぁ^^
>たのじさん
お待たせしましたw
StrikerS時代にも通ずるネタが今回のテーマでしたね。恭也となのはの過去の共通性っていうアレです。
恋模様については…きっと大変でしょうねぇ。お互いに鈍いですから。基本的にw
どうかこれからもお楽しみに~^^
>ziziさん
恭也の強さに関しては、原作とそれほど違いはありません。ただ、思い切りやっても膝は平気というだけです。……だいぶ違うかw
なのはに後遺症があるか、という話ですが、たぶん何がしかあるんじゃないですかね。あれだけの大怪我ですし。まあ原作では平気そうだったんで、そんなにキツイものじゃないんでしょうけど。
恋愛についてはかなり引き伸ばしw
次回、第3集は恋愛主にしたいなぁ。それも楽しそうだ~^^
今後もぜひお楽しみに!
>FINさん
いやー、幼いころに菜乃葉に会っているという違いがある以上、何か異なっていて当然だろうと思いまして。
それでこういう話の流れになったわけです。
とりあえずこれで二人の過去についてはひと段落。菜乃葉もこの世界に馴染んできました。できれば次は恋愛主にしたいですね。
FINさんのHPも時たま時間見つけてのぞいています。
近いうちにウチからもリンクしようと思ってますので、リンクしたら連絡しますね~。
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