2-5
――実は意外なことに、俺の起きる時間はべらぼうに早い。
「……ん……朝、か」
ベッドで上体だけを起こして、伸びをしつつ欠伸まじりに一言。現在の時刻、午前五時。まだまだようやく空が白み始めたばかりのころである。
なぜ俺がこんなにも早起きをしているのか。それはもう、単純に師匠らに叩き込まれているからに他ならない。師匠らとはつまりロッテとアリアの二人だが、この場合は特にロッテだ。ロッテは、上達のためには早朝の空気がいい内に身体を動かすことは有用だと言い、俺にずっと早朝の訓練を課していた。もちろん格闘訓練だけではなく、魔法訓練も行っている。要するにローマは一日にして成らず、ということである。
そしてそれ以降、早朝の鍛錬は俺の日課となった。それは学校に入って一人暮らしをしている今でも同じことである。日課といっても惰性でやっているわけではない。執務官資格を取る際に必要となる技術や、筆記で出る魔法理論を実践してみたりと、色々と考えながら鍛錬をしている。というか、じゃなきゃ鍛錬の意味ないしな。
あとは新魔法開発とか色々とやれることはあるので、この時間は結構有意義に使っている。――特に最近、かねてからの希望が思わぬ形で叶ったことで新しくやることが増えたので、一層この時間に意味を見出している俺である。
授業の訓練時間に使われるシャツと厚い生地のズボン、そしてブーツを履いた俺は、早速鍛錬を始める。
「さて、やっぱまずはこれかな」
言いつつ胸元で揺れるペンダントを指で触る。チェーンに通された菱形で青色の宝石。きらり、と太陽が出ていないせいで若干鈍い光を宝石が跳ね返した。
「セットアップ」
≪Anfang≫
機械音声とともに、青色の宝石は解放されて、徐々にその形を変えていく。白一色のパーツ類が形成され、それらはすべて俺の右腕へ。手を黒い手袋が覆い、拳を作った際に相手にぶつかるところには指一本一本に金属板が。手首には一際大きい装甲がつき、手に近い方の先端に青色の宝石が。二の腕側にはカートリッジの挿入口と排出口がついている。そして手首から二の腕の半ばあたりまでを覆う長いプロテクター。白一色の味気ないものだが、それは間違いなくガントレット型のアームドデバイスであった。
量産型簡易アームドデバイス『G-1』。ベルカ自治領で生産されているデバイスで、近接格闘戦をメインにする騎士見習いたちが使うものである。
当然使う人間は陸戦型であるので、空戦である俺には真の意味で適合しているとは言い難いが、それでも格闘戦専用のデバイスという存在は俺にとっては非常にありがたかった。S2Uでも戦闘は出来るが、それでも一番の得意距離である格闘戦で実力を出し切れないことは長らくの不安要素の一つではあったのだ。
右手に装着された真白いG-1を見て、俺はこれを受け取った時のことを思い出す。少ない光を受けて、また宝石がきらりと光った。
■■
シャッハさんとの模擬戦が終わった後。盛大にぶっ倒れた俺は、二時間もたってからようやく目を覚ました。二時間もと言ったが、身体に蓄えられていた魔力を全部あの攻撃に回していたんだから、逆にその程度の時間の昏睡で済んで良かったといえるかもしれない。
とにかく、ぶっ倒れた俺は訓練場に併設されているミーティングルームのソファに寝かされていたらしい。目を覚まして身体を起こすと、覗きこんでいたエイミィと目があった。
「………………」
「あ、起きた」
いきなり目の前に顔があって思わず言葉に詰まった俺とは違って、エイミィはすぐさま近くにいたシャッハさんとロッサに向かって手を振る。おーい、起きたよー……って、なんとも気の抜ける言い方だな。まあエイミィらしいが。
その知らせを受けて、二人がこっちにやってくる。俺も上体を起こし、ソファにもたれる形に座り直した。まだ少しぼーっとする気もするが、問題はなさそうだ。
「クロノさん、大丈夫ですか?」
「あ、ええ。なんとか大丈夫みたいです」
俺がたった今自分で思っていたことを伝えると、シャッハさんはあからさまにほっとしたように息をついた。
「よかった……。ひどく魔力を消耗していたみたいでしたから」
「まあ、最後のあれは端から見てても異常だったからねぇ」
シャッハさんに続いてロッサが呆れ気味にそう言うと、俺もつられるように苦笑した。あの技の異常性は自分で理解している。魔力を一発につぎ込まなければ使えない技なんて、殺してくれと言っているようなものだし、汎用性が売りのミッド式魔導師としては考えられない魔法だっただろう。ただただ一撃による粉砕に特化した魔法。どちらかというとそれはベルカ式の魔法概念だ。
だというのに、俺はミッド式でしかもデバイスは杖。なんでそんなもん考えたの? と言われてもしょうがないものなのだ。
「まあ……まだ試したことのない魔法だったから。模擬戦自体もいい勉強になったしさ。今日はありがとうございました、シャッハさん」
俺がそう言って頭を下げると、シャッハさんは慌てたように口を開く。
「そんな、今回はそもそも私がクロノさんを呼び出したようなものですし……私のほうこそ私の提案に乗って頂いてありがとうございました」
シャッハさんもそうして頭を下げてくれたので、頭を下げ合うというなんとも日本人らしい光景になってしまった。ここで、いえいえそんなこちらこそ……とさらに返せばいいんだろうが、それはさすがにやめておいて、次の話題に持って行く。
「そういえば……今は何時だ?」
俺が問うと、すぐ傍にいたエイミィが答えた。
「午後六時半。もうすぐ夕食の時間だね」
「道理で。腹が減ってると思った」
空腹を訴えてくる腹を撫でさすりながら言うと、三人は小さく笑った。俺も唇の端を歪めてほんの少し笑う。
「それじゃあ、うちに戻って夕飯にしようか。ねぇ、シャッハ?」
「はい。腕によりをかけて作らせて頂きます」
顔に笑みを浮かべたままそう言う二人の言葉に、俺とエイミィは笑って賛成の意を示した。そしてそのまま俺たちはロッサの家まで戻り、そこでシャッハさんが作る美味しい料理に舌鼓を打ったのだ。それはもう美味しく、シャッハさんの年齢が俺たちと三つ、エイミィとは一つしか違わないとは思えなかった。
そのことをエイミィに言ったら「わ、私はいま修行中だから」と疑わしい回答が返ってきた。思わず、嘘だッ!! と某鉈少女のごとく思いっきり否定すると、黒い笑顔でどういう意味かな……かな、と詰め寄られた。非常に怖かったのですぐに謝った。オヤシロサマは恐ろしいね。
そんなこんながありつつ、夕食の席は楽しく終わった。美味い料理をいつも食えるロッサへの憎しみも芽生えたが、そこらへんは大人の心で抑え込んだ。まあ、学校でもよく遅刻を繰り返していることを明かしてはしまったが。真っ青になったロッサと青筋を浮かべたシャッハさんが印象的だったとだけ言っておく。
そして夕食のあと。俺はシャッハさんからあるものを手渡された。青色に輝く菱形の宝石。一瞬、ジュエルシードみたいだと思ったが、よく見るとちょっと違う。ジュエルシードはどこか丸みを帯びていたが、こっちはカクカクにカッティングされている。例えるならエヴァのラミエルだろうか。あれを少し平べったくした感じ。色的にもほとんどラミエルだった。
「模擬戦の最中、クロノさんはやはりベルカ騎士よりの魔導師だと感じました。そして、あの最後の攻撃。杖のデバイスでは効率が悪いですし、何よりあの攻撃の後に無防備になってしまいます。ですから、Aランク試験合格のお祝いもかねて、これを差し上げたいと思います」
そうして渡されたのが、量産型簡易アームドデバイス『G-1』。ガントレット型。カートリッジシステム搭載。俺が扱う上でのほとんどの問題をクリアしたデバイスであった。
「ただし、量産型の簡易版ですのでカートリッジ使用可能なのは一度に二発まで。それ以上は壊れちゃいますから。その他にも右腕だけにしか装着できない、などの欠点はあります。でも、二発とはいえカートリッジを使えるのなら、あの技の負担は大きく減るでしょう」
確かにその通りだ。今は俺の全魔力を傾けることで発生させている破壊力だが、そのうちのいくつかを二発とはいえカートリッジに頼れるならば、使用後の無防備状態や魔力枯渇による昏倒なども避けられる。三半規管については……まあ、訓練あるのみだろう。
しかし、簡易量産型とはいえカートリッジシステム搭載のものとは……ひょっとして値が張るんじゃないだろうか。さすがにそんなものを受け取るのは抵抗があるため、俺はそうシャッハさんに聞いてみると、シャッハさんはちょっとバツが悪そうに苦笑した。
「その……それ、私が昔使っていたものなんです。まだヴィンデルシャフトを使う前、近接格闘のスキルを上げるために訓練時に使用していたんですが……今は使わなくなってずっとしまってありました。それで、どうせなら使っていただける人に渡した方が、と思ったもので……」
自分のお古ということが居心地の悪い思いを感じさせるのか、シャッハさんは恐縮してそう言った。が、俺にとってはお下がりとはいえいずれ変えようと思っていたデバイスをタダで手に入れられたわけだし、何より思い入れもあるだろうものを俺に譲ってくれるその気持ちが嬉しい。俺はありがたく受け取るとともに、シャッハさんにお礼を言う。それにシャッハさんは気持ちのいい笑顔で答えてくれた。
■■
それ以降、朝の訓練では積極的にこのG-1を利用することにしている。だが、やはりこれまでの杖型のデバイスとは扱い方も全く違っているし俺の身体(三半規管含め)の鍛錬も十分ではないので、普段はまだS2Uのほうを使っている。S2Uには特別な思い入れがあるから、簡単には手放せないというのもその理由だが。
「――ふぅ……」
朝の鍛錬を一通り終えて、俺はひとつ息を吐く。動きまわって息が切れていた呼吸も短時間で整えて、腕時計で時間を確認。
鍛錬を終えるいつもの時間より十分遅れていた。
「……やばっ! メシ食う時間がなくなる!」
これから帰って汗を流し、着替え、講義に必要な教科書などを準備し、食堂に行く時間を考えると、十分の差は結構デカい。俺は朝飯を食い損うかもしれないという事態に顔を青くし、そこら辺に置いてあったタオルやらドリンクやらをひっつかむと一目散に寮へと駆け戻っていくのだった。
さて、朝はいつもそんな感じに過ごしている俺は、朝食が終われば当然だが講義に向かう。エイミィとはコースが違うから授業では一緒にならないが、ロッサとは一緒だ。逆に、朝食は寮が近いエイミィととるが、外部に家を持つロッサは別になる。そして昼食では三人。夕食は朝食の時と同じだ。
あの二人が一番仲が良く、おそらくはあの二人にとっても互いにそうだろうと思う。しかし、三人一緒というのは意外と少ない。休日はその限りではないが。
「……のように、空戦適性のあるものは大火力に依存する傾向が強い。砲撃魔導師はその典型だな。一部の砲撃魔導師を除いて、多くは後方からの一撃必倒ばかりを狙う。ゆえに例えばハラオウンのような奴相手にはひどく相性が悪い。ハラオウンが稀少例だからと思うなよ? 少し知恵を使えば懐に潜り込む術など簡単に思いつく。お前らはようやくその傾向が薄れてきたが、総合型でさえ砲撃に頼っている現状は好ましくないぞ」
今は今日おこなわれた模擬戦の反省会が訓練場傍のミーティングルームで開かれている。今日は俺たちのクラスの担当教官でもあるロウラン教官がその指導を務めたので、反省会もそのままロウラン教官が行っている。
今日の模擬戦は、このクラスの人間全員に空戦適性があることから実施されたものだ。そもそも執務官や監査官などの職に就くだろう人間が働く場所を選べるわけもないので、地上は問題ないとしても空で戦える術は全員が持っていなければいけないものだ。たまに学校入学後に身につける者もいるらしいが、例年通り俺たちは全員が適性を持っていたので、今日の模擬戦はいつも通り行われたということだ。
空に四人が一斉に上がり、制限時間内に勝ち残れ。それが今回出された勝利条件だった。三人倒せばもちろん模擬戦終了。時間切れ時点で二人以上残っていた場合も模擬戦終了。その最後まで残った人間同士で倒しきれなかった理由を話し合い、解決策を提出することとなっている。一人勝ち残った人間は何も無し。負けた人間は反省会でよく学び、後日教官に負けた理由をレポートにして報告。合格を得られればこの模擬戦の単位をやるというものだ。
これはまだ優しいほうである。中には「今回の授業で撃墜された人間は最終試験参加資格は与えない」と言い出す教官もいる。もちろんそう言う授業はそれなりにクリア設定が低いものになっているのが常であるのだが、厳しいことに違いはない。
甘えという部分が多少の余裕を残して削られているのだ。将来俺たちが就く職業のことを考えれば、それぐらいやってもまだ足りないといった感じではあるようだが。
ロウラン教官もそのあたりは賛成のようだが、どこかで多少緩めないとまずいと判断したのか、教官の授業はいつも少し余裕があって自由度が高い。その分、俺たちの本質が見えて教導の役に立っている、とロウラン教官は笑っていた。
「砲撃魔導師が一部で“大砲屋”と揶揄されていることは知っているだろう? いつも砲撃魔導師は状況を見ずに前線に横槍を入れてかき回す。後ろからデカいのを撃つだけで、前線のことを考えていないってのの暗喩だな。前線で戦う者にしてみれば砲撃魔導師はそれだけの存在だ。圧倒的火力は確かに魅力的だが、それでは前史の大鑑巨砲主義と変わらん。どれだけ大火力で撃ったところで、敵を一掃することなど出来んのだ。そんなことは広域魔導師に任せればいい。
――いいか、砲撃の真価は遠距離から正確に相手を打ちぬけるところにある。そしてその威力が他と比肩しえないことが砲撃魔導師の強みだ。ばかすか撃って敵を倒せばいいわけじゃない。その価値を推し量って、最も有効な状況でそれを利用することを考えろ。お前らは人の上に立つんだ。それぐらいはやってみせろよ」
「「「「はいっ!」」」」
ロウラン教官の言葉に、威勢のいい返事が応える。ロウラン教官には人望がある。言いたいことははっきり言うが、その内容は吟味すればいつも俺たちのためになっている。表面上だけを捉えては好ましく見られないだろうが、人の言う言葉の裏を読むことは目指す仕事柄から会得している。ゆえに、俺たちにとってロウラン教官はとても頼れる存在だった。
だからこそ、言われた言葉の正しさをすぐに理解して次に繋げようと努力する。即座に帰ってきた全員の返事はそれをよく表していると言えるだろう。
ちなみに、砲撃魔導師が“大砲屋”と呼ばれる所以は、この世界にとって質量兵器が忌むべきものであることからも来ている。忌むべきものの代名詞でもある“大砲”。その言葉を借りるほどに、前線の代表格である近接魔導師には砲撃魔導師の傍若無人っぷりが許せないのだろう。なにしろ、自分たちの頑張りを無効にする攻撃を後方という安全地帯から行っているのだから。
また、砲撃魔導師の多くが才能豊かな者であることも大きい。空に上がれず陸に行った者も少なくないので、空にいながらその花形たる砲撃師の位置にいることへの妬みもあるのだ。
ベルカでは質量兵器うんぬんという確執はなかったので、ミッドほど大砲屋という言葉に反応を示すことはない。だが、積極的に使うこともない。ミッドとは協調の道を歩んでいるのだから、ミッドでの風潮を軽く扱うことは出来ないからだ。だから、彼らにしてみればそこまで目くじらを立てることでもないが、ミッドが嫌っているので同じように嫌っているのだ。もっとも、最近はベルカでも若い人間はそういった影響を受けて質量兵器は忌むべきものだと認識しているが。
だがしかし、俺にしてみれば後方から一気に勝負を決めることのできる大砲は優れた武器だと思っている。それに、後ろからの一撃で決められるのなら、そのぶん前線の兵の犠牲は減る。悪いことではないと思う。だが、きっと正規の軍人にとっては活躍する場を奪われることは何より腹立たしいのだろう。今はまだ、俺にはそこまでの感情はないのだが。
ふと湧いた思考に捕らわれ、俺は思わず自分の中に潜ってしまった。そのためか、俺は自分が教官に見られていることなど全く気がついていなかった。
「ハラオウン!」
「――ぅおっ、は、はい!」
突然呼びかけられて間抜けな返事を返す俺に、周りは苦笑。教官はため息。ロッサは肩を震わせて声が漏れ出るのを防ぐように口を押さえていた。……ロッサ、あとで死なす。
「……確かにお前にはあまり縁のない話かも知れんが、一応はお前も砲撃魔法は持っているだろう。それに、自分のスタイルではない戦い方を学ぶことは知識を増やし、視野を広げるという意味でも非常に有意義だ。それがわからないわけではないだろう」
「も、もちろんです」
「ましてお前は近接空戦魔導師。空の脅威である砲撃魔導師の戦術や特性を学ぶことは、ある意味でお前にとって最も必要なことではないのか?」
「お、おっしゃる通りです」
もはや俺は教官の言葉にハイと答えるイエスマンでしかなかった。さすがは元日本人というべきか。むしろ今の姿のほうが慣れ親しんだ懐かしさがあるような感じもする。……自分で言っといて何だが、もっと反省しろよな俺。
ちなみに、教官が言った砲撃魔法とはもちろん『ブレイク・インパクト・バースト』ではない。俺が持っている魔法の中で唯一高ランクである『ブレイズ・キャノン』だ。たぶんバーストも高ランクに入るとは思うんだが、あれは本来の意味では拳で殴った瞬間にその拳に圧縮されていた魔力を解放して相手に大打撃を与える、というオリジナル魔法『ブレイク・インパクト』の発展型である。ブレイク・インパクト自体のランクは恐らくBかB+といったところ。だからか、バーストが確実にA越えかと言われたらそうとは言えない。圧縮される魔力量によってはAを越えることはないからだ。シャッハさんの時は全魔力を注ぎ込んだからあれだけの威力になったが、常時そうだというわけではない。
そんなわけで、俺が実際に持っていると断言できる高ランク魔法はブレイズ・キャノンだけである。もっとも、それを超える魔法なら構想段階だけど既にあるんだが。
「まあ、いい。ちょうど時間もきりがいい時間だ。続きは休憩をはさんだ後の講義でしよう。次は戦術概論。俺の授業だからな」
「ほっ……」
教官の言葉を聞いて肩の力を抜いた俺に、それを見咎めていたのか教官が再び声を掛ける。
「ハラオウン、お前にはあとで大いに質問するからな。頭を柔らかくしておけよ」
「げっ!」
意地の悪い笑みと共に告げられた言葉に、思わずうめき声が漏れる。それを聞いて笑うクラスメイトたちと、その様子を満足げに見渡してからミーティングルームを出ていく教官。
くっそう、ほんのちょっと思考が横道にそれただけで、まさかこんな目に遭うことになるなんて。ついてないぜ、ホント。
がっくり肩を落とす俺を見て、笑う仲間たち。くっそ、お前ら覚えてろよ。いつか名前書いたら死ぬノートに書き込んでやるからな。負け惜しみのようにそう思いながら、俺は次の授業をどう乗り切るかを考え始める。
――と、その前に……。
「笑いすぎだテメェ!」
「ぷ、くっく――ぐふぅっ!」
隣で口を両手で押さえて涙まで浮かべていた男の腹に、ボディブローを食らわせる。くずおれる奴の身体。はっ、どうだコノヤロウ、一歩に勝るとも劣らない強烈なリバーだぜ。てめぇはしばらくそこで地獄の鬼と対面してな。
心中で言い捨てて、俺は振り返ることなくミーティングルームを出ていく。背後では、長い緑の髪を持つ男がうずくまって悶絶していたそうな。
そんなこんなで昼休み。俺は食堂でエイミィと落ち合った。そして俺は味噌ラーメン、エイミィは定食Aを注文して、向かい合うように座って食事を始める。
「……ねぇ、今日はロッサくんがいないけど、どうかしたの?」
「ああ、アイツは急に腹痛を訴えてな。今は医務室の住人だ」
「そうなんだ。じゃああとでお見舞いに行ってこようかな」
「気にするな。自業自得だ」
「え?」
「気にするな」
「う、うん……」
エイミィはまだ納得していないようだったが、俺の強い口調に気がついたのか引き下がる。自業自得……まあ、自業自得だろう。なにもあんなに笑うことはなかっただろうに。誰だって涙浮かべるほど笑われれば腹が立つに決まってる。
まぁ……ロッサはいい友人だったがね。奴の笑い声がいけないのだよ。
にやり、と笑ってスープを一口。どこからか、謀ったなクロノ! とか聞こえてきた気がするが、気にしない。所詮は坊やの言うことさ。
くっくっく、と少々声を漏らして笑うと、正面に座るエイミィが若干椅子を後退させた。……失礼な。
んで、昼休みを終えた午後の授業。いつも通りに退屈な座学が続き、これといって特筆すべき事柄はなし。追記として、ロッサの席は空席だった。
寮に帰って夕食をとる。今日のメニューはハンバーグに備え付けのサラダ。フライドポテトにパンが二つ。もちろん足りないので、料金を多く払って大盛りにしてもらう。ハンバーグが二個に増えた。フライドポテトの量が増えた。パンが三つになった。ちょっと幸せになった。
その後は部屋にこもって執務官試験の勉強勉強また勉強。黙々と勉強を続け、時々は休憩をはさんだり、デバイスの手入れをしたり、魔法の開発とかを行ったり。そんな感じに時間を使って、いつも寝る時間が来たら就寝。
これが俺の一日のサイクルだ。昼飯や夕飯のメニューはその限りではないが、大体いつも似たような毎日を送っている。たまにロッサの家に寄ったり、お互いに訓練したり、放課後に集まってだべったりすることはあるが、あくまでたまにであっていつもではない。俺一人で過ごすときは大体こんなものだった。
この学校に入って三ヶ月半。それなりに慣れてきて、この生活も楽しくなっている。ロッサがいて、エイミィがいて、シャッハさんがいて、教官がいて、皆がいて。随分とこの世界にも馴染んだものだと思う。魔法なんてものも今や常識の一部だし、この世界が自分の世界だと思うことになんの抵抗もない。それだけ、俺にとってこの世界の占める割合が大きいということなのだろう。
確かに、元の世界にも思い入れはあったが、それでも俺が今生きていて、これからもいようとしているのはこの世界だ。優しい母さんがいて、面白い友人たちがいるこの世界なのだ。そのことに迷いはない。俺は、クロノ・ハラオウンなのだ。
そして、周りの人たちも皆、俺のことを“クロノ”と呼んでくれる。母さんと父さんがつけてくれた、俺の名前を。クロノ・ハラオウンは誰でもない。俺なのだ。なら、俺は何にも遠慮することなく俺として生きていけばいい。だって俺は、この世界で生まれてきた命なのだから。
父さんが死んでまで守ろうとしていた俺の命、母さんの命、皆の命。俺も同じように、誰かの何かを守るために生きていく。父さんが死んだ時に、そう決めた。だから、俺は絶対にこの世界を生きるのだ。そして、満足して死んでいく。父さんのように。……ま、父さんと違うところは、俺が死ぬのは畳の上だってことだな。寿命以外の理由で死んだりはしてやらない。誰も悲しませたりなんかするもんかよ。母さんをもう一度泣かせるのは死んでも御免だ。
そのために、俺はこうして日々を過ごし、力を蓄えながら日々を生きる。――俺が知るクロノの運命。そんなもの知ったことか。そんな決められたシナリオなんてものは人生に存在しない。あったとしても、それがどうした。そんなものに従って生きるのは耐えられない。それでは、父さんのような生き方をしたいと願った俺の意志がなくなってしまう。
ただ運命にまつろい生きる日々。そんなものは願い下げだ。ならば、俺は俺というクロノとしての生を願う。たとえ原作と呼ばれるシナリオが用意してあったとしても、それに従うばかりではない、まつろわぬ日々。そんな日々を生きるために、俺は力をつけているのだ。
と言いつつ今でも原作になぞろうとしているのは最初のころの名残もある。まだ、この「リリカルなのは」の世界を物珍しさで見ていた頃の。
だがしかし、それだけが理由ではない。俺は原作について、ある程度なぞっていかなければ俺の持っている知識は無駄になってしまうと考える。それに、せっかくだからハッピーエンドを目指したいと思っている。そのために俺の知識を使える状況――つまり、原作に近い内容であることはどちらかと言えば望んでしかるべきだ。知識として不幸の芽は既に知っているのだから、多少は何かできるかもしれない。だからこそ、今はまだ原作を目指す。最後の結果がハッピーエンドで終わるように。
そのためにもまずは執務官である。意外に勉強が手ごわいのにはホントに参る。毎日毎日勉強勉強……鉄板の上で焼かれる鯛焼きのように嫌になってしまうよ。
そんな感じに集中が切れた時は寝るに限る。そういう時、俺は迷わず寝ることにしている。無駄に起きてて時間を浪費してもしょうがないし。
……そして、目を覚ましたらいつもの日々が始まる。クロノ・ハラオウンの一日が。
さあ、明日友人にあったら何を話そう。第一声は何にする? 考えたそのまま実行するわけではないが、向こうの反応を想像すると楽しいじゃないか。
いったい明日はどんな一日になるのだろう。そんなごく当たり前の期待を胸に抱いて、俺はゆっくりと瞼を閉じた――。
次の日。
「よ、ロッサ。昨日の午後の授業、どうしたんだよ」
「君のせいじゃないか!」
そんなふうに何気ない、俺の過ごす日々。
※嘘だッ!!、某鉈少女、かな……かな、オヤシロさま
「ひぐらしのなく頃に」より。嘘だッ!!は竜宮レナの有名なセリフ。某鉈少女とはそのレナのこと。鉈を凶器として持っていることから。語尾を二回繰り返すのはレナの口癖。オヤシロさまは物語の根幹にかかわる存在のこと。シュークリーム。
※ラミエル
エヴァに登場する敵。第五使徒ラミエル。立方体で青い水晶のような身体をしている。武器は加粒子砲と呼ばれる砲撃。新劇場版では異常ともいえる戦闘能力を披露した。ディバインバスターとどっちが強いんだろう。
※名前書いたら死ぬノート
もちろん「デスノート」。名前を書くと心臓麻痺などで相手を殺すことができる。詳しくは原作で。新世界の神になろう。
※一歩、リバーブロー
ボクシング漫画「はじめの一歩」の主人公、幕の内一歩の得意技。彼に殴られると、まるでその部分が消し飛ばされたかのように錯覚するほどに、一歩のパンチ力は高い。
※「ロッサはいい友人だったがね。奴の笑い声がいけないのだよ。」「謀ったなクロノ!」「坊やの言うこと」
「機動戦士ガンダム」でのガルマ・ザビとシャア・アズナブルとの会話より。正しくは、「君はいい友人だったがね、君のお父上がいけないのだよ」「謀ったな、シャア!」となる。「坊やの言うこと」のほうは、ガルマが死んだことを告げるギレンの演説を聞いて、シャアがこぼした一言「坊やだからさ」から。
※鉄板の上で焼かれる鯛焼き
有名な曲「およげ! たいやきくん」より。「毎日毎日、僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ」という歌詞から。450万枚以上の売り上げを記録しており、その記録はいまだに破られていない。
あとがき
これでだいたい士官学校編は半分ぐらいまで来たかな。
順調に行けば後半分で終わります。短くなることはないと思います。長くなることはあるかもしれませんが^^;
ネタが多い話でした。
それと引用の「ひぐらしのなく頃に」で思い出しましたが、クロノもいつか「自分殺し」の罪と向き合うのでしょうか?
そしてついにクロノ向きな武装と思いきや量産型ですか。
一体、彼の武器はどうなるのでしょう。
個人的には、スパロボのアルトアイゼンみたいな超接近戦用リボルバーやビルトビルガのような出たとこ勝負のギャンブルじみた武器が似合う気がします。
そしてなのはとクロノで合体攻撃を。
それとこのクロノは、ロッテに傾倒しているようですが、アリアの方はどんな感じなんでしょうか?
新魔法の開発など地味にアリアの影がちらつきますが、原作より明らかにロッテの修行比率が多そうなのでアリアがゴネテいそうな気が。
ちょうど「ケンイチ」の時雨みたいに。
報告ありがとうございます。
早速修正しましたよー^^
>レネスさん
ありがとうございます。
よければまた次回も読んでやってくださいね~w
>ゼノンさん
ありがとうございます。
クロノの場合、憑依と言いつつもその実は転生に近いですからね。自分殺しっていうのは当てはまらないかもしれないですね。
クロノの新デバイス『G-1』。まあ、量産型という点からもわかるように、あくまでつなぎです。どんなデバイスになるのかは乞うご期待! ……期待されすぎても困りますけど^^;
リーゼについては、確かにクロノはロッテに傾倒しています。でも、アリアもちょこちょこ出てくると思いますよ。魔法理論や独自魔法作成のスキルはアリアから学んだものですからね。アリアが時雨のようにゴネているかどうかは……そのうちどこかでw
ビンゴ!☆
まさにその通り。内部で生成される魔力を収束・圧縮して撃ち出すのが「ブレイク・インパクト・バースト」です!
もし外のを使い出したら、確かに殴るSLBw
まあ、そこまでくるとSランク以上の技術なので、しばらくはそんなことは無理でしょうけどね^^
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