「さて、と。いい加減に話を元の道に戻さないとね」
「……逸らしたのは誰だったか、高町母」
さすがにまずいと感じた桃子は、誤魔化すようにあははーと高い声で笑った。
ついでに菜乃葉からも幾分キツ目の視線を頂いている。どことなくなのはに似ていることもあって、菜乃葉には逆らいづらく、居心地の悪い思いをする桃子だった。
「え、えーっと……確か、偶然きょう再会したんだったわよね? うん、それからそれから?」
((((かなり強引に誤魔化そうとしてる……))))
皆の心が一つになった瞬間であった。
不満は残るが、とはいえこれでは確かに話が先に進まない。
やれやれという思いとともに、はあ、と一息吐くと恭也は気持ちを切り替えて話し出した。
「……菜乃葉は、九年前からこっちずっと海外にいたみたいだ。両親は既におらず、向こうの親類を頼ったとのことだ。そうだったよな、菜乃葉」
「……へ?」
突然恭也の口から恥ずかしげもなく飛び出した口から出まかせに、菜乃葉は呆気にとられて反応が遅れた。
しかしすぐに恭也が自分のために嘘をついてくれているのだと気がつき、すぐに首をこくこくと縦に振る。
それを確認して、素知らぬ顔で恭也は続けた。
「しかし、あちらの親類とは折り合いが悪く、菜乃葉は自らで貯めていた貯金で昨日日本に来たらしい」
「あの、そうなんです。お世話になったことには感謝していますし、ちゃんと別れの挨拶も済ませてきました。ただその……」
ちら、と恭也に目を向ける。
恭也は任せろとばかりに力強い眼を菜の葉に向けた。
「どうやら荷物類が空港でなくなってしまったらしい。それも鞄一つ持ってきただけだったからまず見つからないだろう、とのことだ。……金銭については貯金があるらしいが、それでもショックだったらしく、昔来たことのあるこのあたりに気分転換に足を運んでみたところ――」
「恭也くんに会うことができて、話しているうちにそれならしばらくうちに来たらどうだ、と誘ってくれたんです。それで、今のところまだホテルもとっていなかったので一度足を運ぼうかな、ということで……」
「現在に至る、というわけだ」
恭也は最後にそう言って言葉を締めくくって、常と変らぬ落ち着いた装いで席についている。少しも動揺した気配などはない。
菜乃葉はそんな恭也を見て、驚きを隠せなった。とてもさっき「花子」とか言い出した人物とは思えない。
まさか恭也がこんなに嘘をつくことに長けた人間だとは思ってもみなかったのである。ところどころ穴がある気もするが、咄嗟に思いついた出まかせとしては上等な部類だろう。
感謝すればいいのか、呆れればいいのか判断に迷う菜乃葉だった。
「はぁー……、菜乃葉さんも苦労してるんだね……」
しみじみとした声で美由希が言う。
それに続くような形で、次々と皆の口が開かれる。
「本当だよな。あたしらと大して変わらない年齢に見えるのに、しっかりしてるし」
「せやなぁ。そないなことがあったゆうんに、落ち着いてはるし」
「お兄ちゃん、ナイス判断ですねー」
と、まったく今の嘘を疑っていない口ぶりに菜乃葉の心に良心の呵責がのしかかる。
とはいえ、こうしなければ手持ちのものが一つもない現状では路頭に迷うしか道がないので、いまさら訂正することもできないジレンマであった。
その時、恭也が小声で話しかけてくる。
(……とりあえず、こんなところで大丈夫だったか)
(うん、まあ……。それにしても恭也くん、嘘吐くのうまいね……)
(数少ない趣味だからな)
いや、それはダメなんじゃ……。
どこか誇らしげに言う恭也に、若干ひきつり気味の苦笑を浮かべる菜乃葉だった。
「……と、いうわけなんだが母さん。しばらくの間でいい、ここに菜乃葉を泊めさせてやってもらえないだろうか」
恭也がそう言うと、菜乃葉も慌てて言葉を続ける。
「あ、あの……もしご迷惑でなければ置いてもらえないでしょうか。ホテルという手もあるので、無理にとは言いませんけど……」
もちろん、ホテルに泊まるためのお金などがない菜の葉は野宿しかなくなるのだが、騙しているという負い目があるためかつい遠慮がちな言葉になる。
だが、その自信なさげに遠慮をする態度は美由希たちには菜乃葉の優しさと映った。そして、たった今伝え聞いた話は彼女らに人情を感じさせるに十分なものだった。
「ねぇ、母さん。あたしからもお願いするよ。菜乃葉さん、泊めてあげてもいいんじゃない?」
「「桃子さん(ちゃん)……」」
実際には居候という立場である晶とレンは美由希のように強くは言えないが、それでも桃子にじっと視線を向ける。
「おかーさん、なのはからもお願いします。菜乃葉さんのこと、泊めてあげて」
なのはからの声援も受けて、美由希たちは決定権を持つ桃子の反応をじっと待つ。
その皆の優しさを見つめながら、菜乃葉は押し寄せる胸の痛みと必死に闘っていた。
(うぅ……胸が痛いよレイジングハート。なんだか凄く優しさが痛い……)
≪This is sake of master and, there’s no help for it under the present conditions.(これはマスターのためですし……現状では仕方がないかと)≫
(そうなんだろうけどね~……)
とはいえ、結局はだまくらかしているわけで、元来まっすぐな気質の菜乃葉にはなかなか酷なことだったかもしれない。
ため息をつきつつ念話を切ると、ちょうど桃子が腕を組んで悩んでいた顔を上げたところだった。
恭也含め、全員がその様子に注目する。菜乃葉も例に漏れず、桃子のことをじっと見つめた。
「……そうねー……、恭也」
「……なんだ」
「言いだしたのはあんたなんだから、もし何かあった時はあんたが全責任を負うことになるわよ。それでもいい?」
「っあ、あの、そっ……!」
自分のことで恭也にそこまで迷惑がかかる、と即座に思った菜乃葉は思わずそれならやっぱり、と言葉を続けそうになったが、恭也の大きな手が顔の前に差し出され、言葉を切った。
慌てて恭也のほうを見ると、恭也はどこにも気負いのない自然な表情でそこにいた。
「……ああ、それでいい。俺が言いだしたことだからな。それぐらいの常識はある」
はっきりと言い切った恭也に、菜乃葉は何も言えなくなってしまった。
自分のせいでいらない荷物を恭也が背負ったようにしか思えない菜乃葉は、顔を俯かせて膝の上の両手をギュッと握りこむ。
十五になって、管理局でもそれなりの地位と実力も手に入れた。けれど、やっぱり自分は誰かの世話がなければ何もできない子供なのだ、と思い知らされた。
そのことが悔しく、また恭也に本来必要なかった苦労をかけたことを思うと情けなく思う。
そう内心で自分を責めていると、恭也が唐突に菜乃葉の頭にぽん、と手を置いた。
びくっと身体を震わせて隣に座る人物の顔を見上げると、泰然とした態度のままで恭也は気にするな、と言っているように思えた。
そんな彼の優しさに、菜乃葉は救われる思いだった。
迷惑をかけてしまったことは、事実だ。これは、大きな借りというものだろうと菜乃葉は考える。
なら、絶対にこの借りた恩を返さなければいけない。そうすることで初めて、恭也の優しさに報いることができるような気がした。
そのことを胸の内にしっかりと刻み込み、菜乃葉は俯いていた顔を少し上げた。
そして恭也のほうを向いて、小さな声でありがとう、と呟く。
すると、恭也は照れたのか菜の葉からふいっと目をそらした。
その様子に我知らず笑みが浮かぶ菜乃葉。さっきまでのような気持ちはどこにもあらず、温かい気持ちが心を占めていた。
――しかし、忘れてはいけないのが此処はリビングで、この家の住人が全員ここにいるということである。
「……ねぇー、仲がいいのはわかったからもうちょっと桃子さんのお話、聞いてくれないかなあ」
桃子の言葉に応える二人の様子はそれはもう面白かった。
恭也・菜乃葉ともに電撃でも食らったかのように大きく身体を揺らして、がたがたと慌ただしく椅子に座りなおす。そして菜乃葉は真っ赤な顔で縮こまり、恭也も幾分顔に赤みがさしていた。
しまいにはちらちらと互いに互いの顔を盗み見る始末である。
落ち着きなさげにそわそわとしている二人を眺めて、桃子はようやく訪れたらしい恭也の春に内心小躍りしてにやにやとその様子を見つめていた。
そして、ある意味で恭也たちより落ち着きをなくしたのが美由希、晶、レンの三人である。
彼女らは小声でひそひそと囁き合う。ちなみに、場所はテーブルの下だ。
(ま、まずいで美由希ちゃん。お師匠、なんや見たことがない表情しとります!)
(た、確かに。わたしもあんな恭ちゃん見たことないよ……)
(あれは、確実に菜乃葉さんに好意を持ってますって)
見るからに怪しい会議であるのだが、恭也と菜乃葉は自分のことで今は精一杯で気にしていないし、桃子は面白そうなので放置している。なのはは、呆れ顔でお茶を飲んでいた。
小学生に呆れられているとはつゆ知らず、彼女らの会議は続く。
(……ここは、忍さんらにも知らせるべきちゃいます?)
(……みんなで対策を練ろうってこと?)
美由希は気が乗らないのか、訝しげにそう聞いた。
(美由希ちゃん、ここは仕方がないって。明らかに師匠と菜乃葉さんの雰囲気は危険だし)
(う~ん……それは、確かに)
今だって姿勢を直したところで、お互いの様子を気にかけているのはバレバレである。
確かにこれはまずい、と美由希も考えた。
(……それじゃあ、あとで忍さん、那美さんに連絡。秘密裏に集合。オーケー?)
((ラジャー))
美由希の言葉に、晶とレンは敬礼をして返す。その二人に美由希も一つ頷いた。
かくして、第一回恭也と菜乃葉の関係会議は終了された。三人ともテーブルの下から出て席に着く。それについて言及する者が誰もいない、というのがまたこの家ならではの異常性であった。
なのはの呆れ顔はそのままだったが。
ちなみに、この会議は以後“高町菜乃葉対策会議”と名前を変えて存続することになる。議員数は五名。構成メンバーが誰であるかは言うまでもないだろう。
全員が落ち着き、席に着いたのを確かめると、桃子はにっこり笑顔で再び口を開いた。
「……と、いうわけで。ただ今を以て、高町菜乃葉さんがこの家の一員となりまーす! みんな、先輩として色々教えてあげるようにね!」
「「「「はーい!」」」」
律儀に手を挙げて返事をする面々に、菜乃葉は思わず吹き出してしまう。隣で恭也は若干呆れながらも優しい顔でその様子を見つめていた。
「それじゃあ、まずは自己紹介しましょうか! まずは私、この家のあるじ高町桃子。お義母さんでも、桃子さんでも好きに呼んでね。お仕事は翠屋っていう喫茶店の店長やってます。困ったことがあったら、いつでも言ってね~」
おかあさん、という響きがどことなく変な感じに聞こえたような気がしたが、気にしないようにして菜乃葉はよろしくお願いします、と返した。
「次はあたしかな。高町美由希っていいます。恭ちゃんの妹で、なのはのお姉さん。趣味は読書……かな。これからよろしくお願いします」
「次は俺だな。城島晶っていいます。この家でお世話になってて、料理当番やったりしてます。特技はそれと、空手かな。とにかく、よろしくお願いします」
「そんでうちは鳳蓮飛いいます。レンって呼んでやってください。趣味は料理と日向ぼっこです。そこのおサルと交代で料理当番なんてやってるんで、美味しい料理ごちそうしますね。これからどうぞよろしくお願いします」
「……おい、カメ。いま俺に喧嘩うったよな」
「何ゆうとるんや。事実ゆうただけやろ、お・さ・る」
「ぶっ殺す!」
「返り討ちにしたるわ!」
「や・め・な・さぁ~い!!」
いきなり喧嘩を始める二人に負けないほどの大きな声で、なのはは怒声を張り上げた。
「もう、どうしてそんなに喧嘩するんですか!」
「だってこいつが……!」
「人のせいにすんなや!」
「二人とも同罪です!」
「「はい……」」
なのはが怒り諌めると、二人はしゅんとして素直に従う。
それからもなのはは止まることなく恒例となったお説教を開始して、それを聞く晶とレンは肩を落として神妙にしていた。
そのあまりの異様さに菜乃葉は、小声で恭也に話しかける。
「……な、なんだか凄いことになってるけど……」
「……いつも通りだ、あれは」
溜め息まじりにそう返されて、菜乃葉は冷や汗を流しながらもとりあえず相槌を打っておく。
い、いつも通りなんだあれ……。
まあ、普通の生活をしていればそう思うだろう。まさか九歳の小学生に彼女らぐらいの年齢の人間が説教されているなどとは、間違っても考えない。
菜乃葉はこっちの自分はどうやら全然自分とは違うみたいだ、と一層これまでの認識を新たにした。
「ふぅ……もう、これからは気をつけてね、二人とも」
「「はい、わかりました……」」
どうやら二人へのお説教を終えたらしいなのはは、叱りつける厳しい表情を少し緩めると、改めて菜乃葉のほうに向きなおった。
「えーっと、お待たせしたみたいですみません……。さっきも言いましたけど、わたしは高町なのはっていいます。今は小学校に通う三年生です。たまにお母さんのお手伝いなんかもしていますから、翠屋のほうにも顔を出してみてください」
さりげなく宣伝するなのはの愛らしさに、思わず菜乃葉の頬も緩む。
結局、自分自身とは違う高町なのはなのだと認識してしまえば、ただの素直で可愛らしいいい子でしかなかった。
「よろしくね、なのはちゃん」
「はい! えっと……菜乃お姉ちゃん!」
「え?」
菜乃お姉ちゃんと呼ばれたことに驚き、思わずといった様子で声が漏れる。
なのはのほうを見やると、なのはは照れ臭そうにえへへ、と笑っていた。
「お姉ちゃんのことはお姉ちゃんって呼んでるので、菜乃葉さんは菜乃お姉ちゃんって呼びますね」
満面の笑顔で言うなのはに、菜乃葉はどうしたものかと戸惑ってしまう。
そう言われることは嬉しいが、あくまで自分は無理にやってきた居候なのだ。そこまで親しく呼ばれるのもなんだか恐縮してしまう。
「――菜乃葉ちゃん」
そんな菜乃葉の様子を見ていた桃子は、優しく声をかける。
菜乃葉が桃子の方へと顔を向けると、彼女はとても穏やかにまさしく母性で包み込むかのような温かな笑顔でその眼差しを受け止めていた。
「ここは、みんなの家。だから、この家に住む人はみーんな家族」
そう微笑んだまま告げる桃子の姿に、菜乃葉はなぜか目が逸らせない。じっと見つめていると、桃子はにこっと笑った。
「つまり、あなたももう私たちの家族ってことよ。名字は一緒だからちょっと変かもしれないけど……――高町菜乃葉ちゃん、ようこそ高町家へ」
屈託なく笑う桃子に菜乃葉は数瞬驚いたように目を見張るが、それもゆっくりとほぐれて柔らかな微笑みへと変化していく。
桃子が言うには、もう自分はこの家の家族の一員なのだということらしい。
なんともはや、もの凄く大らかで優しいなあと思う菜乃葉だった。
たとえ自分の知る母ではなくても、こうして目の前にいる母はやっぱりこんなにも優しい。そのことが、どこか誇らしくもあり嬉しく感じる。
きっと、そんな桃子の娘だからなのはもさっき自然とああいう呼び方をしたのだろう。
彼女らの中で、菜乃葉はもう家族という認識になっているのだ。
(……なら、わたしもちゃんと応えないとね)
菜乃葉は居住まいを正して、ゆっくりと頭を下げた。
「これから、よろしくお願いします」
そうして顔をあげた先にある皆の笑顔を見て、菜乃葉は不安だらけの現状にあって本当に安心したように肩の力を抜くことができた。
これからどうするかはまた考えなければいけないことだが、本来感じるべき不安は小さく随分と落ち着いている自分に菜乃葉は気がついた。
それはやはりこの家族の持つ優しい空気が原因であるだろうし、再び出会えた恭也のこともあるだろう。
とりあえず、この世界で頑張りますか!
そう前向きに決心すると、菜乃葉は自分をじーっと見つめてくるなのはの視線に気づく。それに微笑みを返すと、なのはも明るい笑みを返してくれる。
その姿はまるで本当の姉妹のようだった。
そして隣で同じく微笑む恭也に目を向けて、菜乃葉は笑う。
――これから、よろしくね恭也くん。
そんな意味を込めて。
To Be Continued...
これで第一部完、ってところです
Novelにてこれまでのまとめを上げておきますので、ブログが面倒な方はそちらで読み直してください
……読み直してくださる方がいるかどうかは、自信ないですが(-_-;
さぁ、次は第二部ですね!(笑)
結局リリカルな方のなのはの素性は隠されましたか……。
どのように折り合いを付けていくのかが予想できませんが、それ故に続きが待ち遠しいです。
……桃子さんに圧倒されそうな予感が……。
にしても、とらハななのはの精神年齢、ある意味リリカルななのはより高いんでは……?
都築先生曰く、徹底した平和主義者な年少者と、かなり突撃思考な年長者の絡みも実に楽しみです。
Novelコーナーがあるのに、ブログで連載してますからね。気づく人は少ないのかも…
ほのぼので面白かった、ということでありがとうございます!
よければ次も見てやってくださいねー^^
>i.dさん
菜乃葉が住むことが決定したところで、第一部完です
次回からは菜乃葉の高町家での生活…というか、とらはキャラとの出会い?なんかを書きたいと思います
…まあ、予定は未定なんですけど^^;
>a.clineさん
まだ始まったばかりの恭也×なのはの連載ですが、どうぞよろしくお願いします~w
>たのじさん
やっぱり最初から話すのもいいですけど、秘密なのもいいと思うのですよ
でも、確かに桃子さんの性格的に気にしなさそうですねw
私としては、とらはのなのはのほうが、個人的には幼いと思ってます
そこらへんの二人の違いも描けたらいいですねー
それでは、次回もよろしくお願いします
とらハのSSを読むのが毎日の日課となってる者です
今回たまたま漂流してたら流れついたのですが、とても面白いSSに巡り合えて感動しました^^
また次回も楽しみにさせていただきます
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