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新暦65年10月1日 午前
「ぅにゃぁぁあああ――ッ!」
「よーし、上手くかわしてるな。じゃあ、もういっちょ」
≪Sphere set≫
俺の周囲に九つの魔力スフィアを顕現。
こちらに背を向けて飛び回っているなのはに向けて、人差し指を向ける。
「ゴー」
≪アイサー≫
イデアの了解の声と同時に、九つの魔力弾がなのはめがけて飛んでいく。
これで現在なのはの周りを飛び交うスフィアの数は、合計三十六。しかも現在の訓練では移動範囲をあらかじめ決めてあるときた。
フェイトならまだしも空戦機動がまだ甘いなのはには、これだけの弾に囲まれた状況はさぞ辛かろう。実際、移動での回避に限界を感じつつあるなのはは更なるスフィアの追加に軽く涙目だった。
更にそれに加え――、
「よっ」
俺はスフィアのいくつかを操って一ヶ所に固まらせる。もちろんなのはから見やすい位置に。
そしてそれを見たなのはは、自分の近くにスフィアがないのを確認した後に覚悟を決めたのか、きりりと眉を立ててその固まったスフィア群を見据える。
恐らくは砲撃で一気にスフィアを掃討して、事態を打開するつもりなのだろうが……。
「レイジングハート! ディバインバスター!」
≪Using is forbidden now(現在使用禁止中です)≫
「ほえ? ……あ!」
なのははレイジングハートから返ってきた答えに一瞬呆然とするが、すぐに当初の取り決めを思い出したのか、慌ててその場から移動を始める。
それを見送ってから、俺は集めていたスフィアを解散させて再び不規則に飛ばし始める。そして再びなのはの涙目鬼ごっこが始まるのだった。
――そう、今回の訓練では移動範囲の制限の他に、ディバインバスターの使用回数制限もかけているのだ。
砲撃使用率の高いなのはにとって、これはとんでもなくやりづらいだろう。
しかも空戦機動はフェイトほどではないにしても、なのはにとっても生命線だ。砲撃魔導師にとって自分好みの距離を整えることは必須事項。そのための技能もなのはは充分に持っている。
それが制限されているのだから、なのはの持つ武器はほぼ封じられていると言っていい。
制限されていないものは、シューター、バインド、SLBだが……スフィア相手にバインドは意味が無い。SLBは撃つ暇がない。
というわけで、あとは消去法。これはシューターを使って、いかに少ない労力で効率的に自分にとって有利な距離や状況を作り出すかという訓練なのだが……。
「にゃー! か、かかかすったよ、いま! チッて、チッていったー!」
≪Calm down , master(落ち着いてください)≫
さすがのなのはも限定空間で三十六個ものスフィアが全方位から襲ってくるというのは、相当に堪えるものらしい。
うにゃうにゃ言いながら必死に逃げ惑う様は、何て言うかこう……。
「……これ、楽しいな」
≪マスターはドSになったようです≫
俺を鍛えていた時のロッテの気持ちがちょっとわかったかもしれない。
こう、自分の手のひらの上で誰かが動く様というのは、なんとなく気分を高揚させてくれるものである。いや、俺がSかどうかとかじゃなくてね。単純に人間特有の支配欲みたいなものが刺激されるのだろう。
もちろん俺が楽しいからといって、訓練が疎かになっているわけではない。変わらず一番の目的は最小労力で最大成果ということに違いはなく、俺は真剣になのはのことを思って訓練を課している。
やっている訓練は現状、理にかなったものであることは間違いない。それがたまたま監督側にとって、少しだけ楽しくなってしまうものだっただけだ。
そう、だからこれは仕方が無いことなのである。
俺は不規則に動く三十六個のスフィアと、その中に囚われて四苦八苦しているなのはに目を向けた。
「……さぁ、豚のような悲鳴を上げろ!」
「うにゃーッ!」
≪豚じゃなくて猫でしたね≫
≪Calm down , master≫
訓練終了を告げるまであと五分。なのはは弾幕に晒されて涙目になりながら、空を飛び続けるのだった。
9月にもちょくちょく地球に来ては訓練をつけていたが、ほぼ半日つきっきりになるのは初めてだったりする。
10月に入り、休暇となった俺は早速なのはへの特訓を開始。レイジングハートとイデアとも協力してなのはの無茶などを矯正する作業に入った。
それは例えば今日おこなったディバインバスターの回数制限がそれにあたる。
あれは単純な砲撃魔法だが、それでもなのはの場合はほんの僅かだが集束砲の特性を持っている。つまり、以前言ったような身体に負担となる外部魔力を使っているのだ。
また、それを除いても未成熟な身体とリンカーコアには似合わない砲撃規模なので、一回の戦闘で使える回数を制限して、簡単に砲撃には頼らないようにした。
結果は今のところ、なのはの砲撃頼りが浮き彫りとなる結果となった。今回の戦闘で許された回数は二回。にもかかわらず、何度かなのはは砲撃で一気に場面を切り開こうとする状況があった。
それも一つの戦術だが、いつもそんな強引な方法がまかり通るとは限らない。これ以上の成長を望むのなら、もう少し効率的でスマートな戦闘法を学ぶべきだった。
これもまた、なのはの高すぎる才能の弊害といえる。本来、砲撃型の魔導師であっても砲撃魔法は切り札として使うものだ。しかし、なのはは有り余る魔力と高い集束技能を持つがゆえに、牽制としても砲撃を使う。それでもまだ魔力に余裕があるのだから、末恐ろしい。
しかし、そんな強引な戦法は本当に巧い戦闘者にとっては付け入りやすい隙でしかない。
実際、俺との最初の模擬戦ではその隙を突かれての速攻でやられているし。
というわけで、この訓練はなのはの砲撃頼りの戦法を矯正しつつ、砲撃魔法によって生まれる負担も軽減するという一石二鳥の訓練なのだ。
我ながら素晴らしい訓練を考え付いたものである。
しかしながら、これまでとは全然違うやり方を求められることになり、しかも元々体力がそう多くないなのはにとってはやはりキツイらしく……。
「………………」
≪Master?≫
「あーうー……」
見事にへばっていた。
海上からなんとか桜台(なのはがいつも早朝訓練している高台)に戻ってこれたのはいいが、そこでなのははダウン。一応周囲に誰もいないのを確認しているからか、躊躇いなく近くのベンチに寝転んでいた。
そんななのはにレイジングハートは声をかけているが、それに応える余裕もないようだった。汗をかいたまま荒く胸を上下させる様を見つつ、俺はそのすぐ傍まで寄った。
「ほら」
「え? ……わぷ」
持ってきていたタオルを寝ているなのはの顔にかぶせ、その横に腰を下ろす。小さななのはが寝転んだところで、大きめのベンチは座る場所に困らない。
俺が隣に座ったのを確認したのか、なのははのろのろと起き上がってベンチに座りなおした。
そして渡されたタオルで汗を拭きつつ、深呼吸を繰り返して息を整えようとしている。
何度かそれを続けて、ようやく人心地ついたのか、なのはは最後とばかりに大きく息を吐き出した。
「ふぅ……タオルありがとう、クロノくん」
「ま、それぐらいはな」
タオルぐらい気遣いのうちには入らないだろう。
そう思って言った言葉だったが、なのはは小さく笑みを浮かべた。俺がどう思っていようと、なのははそんな反応にも勝手に優しいと判断してしまうようだ。始めこそそんな態度に照れていたが、慣れればどうということもない。
なのはは根っからのいい奴だと、ただそれだけのことなのだから。
「さて、動けるようになったなら家に戻るぞ。風邪ひかれても敵わんし、シャワーでも浴びてこい。反省会はその後ってことで」
「にゃはは。うん、了解」
手に持っていたタオルを丁寧にたたみ、なのははベンチから腰を浮かせて立ち上がる。
俺もベンチから離れて、なのはの隣に立った。
「んじゃ、行くか」
「うん」
二人並んで、桜台を後にする。
ゆったりと歩く藤見町は、住宅街ということもあって人通りはそこまで多くはない。そんな物静かな道を歩きながら、ふと横に視線を移した。
隣を歩くなのはの顔が目に入る。その表情は、はっきりと元気がないと言えるほどではないものの明らかに精彩を欠いている。恐らく、いよいよ10月となって俺たちの計画が始まろうとしていることを意識しているからだろう。
あの話し合いから既に二週間近く経った。しかし、未だになのはは答えを出していない。
なのははどちらに手を貸すのか。それとも何もしないのか。そして管理局側に立つなら、はやての命を天秤にかけることを覚悟し、俺たち側に立つなら家族やフェイトたちから嫌悪を向けられることを覚悟しなければならない。
後者についてはお人好しばかりなので、そうなる確率はかなり低いと思うが、なのはにとってそれは慰めにもならない。この問題が、なのはのトラウマを直撃していることこそが本当の問題だからだ。
しかしだからこそ、この問題はなのは自身が答えを出すしかない。そして残念ながら、大して時間があるわけでもない。
酷な話だ。それに、俺からは何のアクションもできないというのがもどかしい。
今日、もう一度なのはにどうするのかを確認してみるつもりだが、どうなるか……。
高くなってきた太陽の憎らしいほどに眩しい光に晒されながら、胸のうちに重たいものを抱えたままに俺たちは歩くのだった。
新暦65年 10月1日 午後
第81管理外世界。
地球で言う南米のジャングルのような密林が大陸の多数を占める自然豊かなこの世界の上空に、俺と守護騎士たちはいた。
この場にいるのは、俺、ヴィータ、シグナム、シャマルの四人。ザフィーラにははやての護衛を頼んでいる。今後は守護騎士とローテーションを組んで、もう少し小規模でやっていくことになるだろう。今日は最初ということもあり、こちらに回せる戦力は全て駆り出すことにしていた。
ザッフィーはまぁ、主の護衛を欠かすわけにはいかないから来ていないけどね。
そして現在、シャマルは近くの魔法生物を捜索中。ヴィータはイデアと口喧嘩中。そしてシグナムと俺は、神妙に顔を突き合わせていた。
「……そうか、高町は来れないか」
「まあな。まだ決心がつかんみたい」
俺の報告を聞いて残念そうに目を伏せるシグナムに、俺はどうしたもんかと頭をかいた。
今日の午前中、訓練の反省会を終えた後になのはは言った。「……今日は、ごめんなさい」と。もちろん今日から行動開始ということはなのはにも言ってあったから、それを承知した上での言葉である。
なのはの問題は、大人でも容易に解決なんて出来ないデリケートな問題だ。たった九年しか生きていないなのはが、二週間で答えを出せなかったとしても責めることはできないだろう。
しかし、既に事は始まっている。なのはに残された時間は少ない。このまま悩み続けて全てが終わってしまったら、たとえはやてが助かったとしてもなのはは一生後悔するに違いない。そうならないためにも、なのはには何とか決断してもらいたい。
まぁ、最後に「夜にもう一度来て欲しい」と言われたことを考えれば、おぼろげながらに結論を出そうとしているのかもしれないが。
いずれにせよ、俺が顔を出すことで何か助けになるというなら、喜んでそうするまでだ。
――と、少し話がずれてしまったが、とりあえずそういうわけで今この場になのはが来ることはないのだった。
残念ではあるが、仕方がないことだと思ってもらうしかない。
「……しかし、少し意外ではあるな」
「意外って、何が?」
不意にそう漏らしたシグナムは、俺の返しの問いに、いや、と少し間を置いてから答えた。
「まだ短い付き合いだが、高町が真っ直ぐで優しい性格をしているのはわかる。友のためならば、すぐさま飛び出すかもしれん、と危惧すらしていたのだが……」
取りようによっては友人の危難に行動を躊躇うなのはを責めているともとれる内容の言葉だが、さすがにそんな意図はなく純粋な疑問のようだった。
だとすれば、短い時間の中でなのはのことをよく理解しているといえる。とはいえ、俺だってそこまで付き合いが長いわけじゃないが。
しかし、それでもなのはの性質はだいたい判っている。これは、なのはの判りやすさを素直だと褒めればいいのか考えなしだと注意すればいいのか……判断に困るところである。
まぁ、それは今は置いておこう。とりあえずはシグナムの疑問に答えることにする。
「まぁ、なのはだって出来ればすぐにでもはやてを助けたいのは間違いないさ。けど、これから行う行為が犯罪ってのがマズイ。……あいつも、微妙に複雑な事情持ちっぽいからな」
「複雑な事情?」
再び疑問を口にするシグナムだが、さすがにその問いに答えることはできない。何故なら本人から聞かされてもいない話を俺が知っているわけがないからだ。
ゆえに、俺は少しだけ苦い表情になって真実を誤魔化すのだった。
「本当にそんなものがあるかは知らないぞ。ただ、どうにもアイツは“いい子すぎる”って思っただけだよ」
「………………」
その言葉に何か思い当たることでもあったのか、シグナムは口をつぐむ。
そうしてしばしの間俺たちは黙っていたが、おもむろに彼女の口が再び開かれる。
「……難儀なものだ。高町も、主も」
「本当にな。世の中、こんなはずじゃなかったことばっかりだよ」
重々しく息をつくシグナムに、俺も同調して肩を竦める。
意図せず口にしてしまったクロノの有名な台詞だが、生きている以上は後悔や未練、どうにもならない現実というものはついて回る。本人の意思に関係なく、運命っていうものは平等に幸福と不幸を分け与えるのだから。
神は天にいるだけで、世は常に事ばかり。得てして現実なんてそんなものだ。
……と、シリアスに纏めてしんみりしてみる。シグナムも特別おしゃべりというわけでもないから、何か話すこともない。適度に気を張っておける丁度いい空気、だったのだが……。
とある空気を読まない奴らが、そんな空気は知ったことかとばかりに俺たちのほうに向かってきていた。
具体的には、青い宝石と赤い少女が。
「お前デバイスのくせにウルセェんだよ! わけわかんねぇことばっかり言いやがって!」
≪デバイスの何が悪いか! それに私が言っていることを理解できないのは、そっちが馬鹿だからでしょう!≫
「んなわけあるか! いきなりジャブローとか何とか言われても何のことだかわかんねぇっつーの!」
≪この密林を見てジャブローを連想できないだと……。赤いくせに……常人の三倍幼いくせに……≫
「おい、喧嘩売ってんだな? 喧嘩売ってんだろ?」
空中で手のひらに乗るようなサイズの宝石に向かって怒鳴り散らす幼女というのは、実にシュールな光景だった。
魔法知識のない人間から見たらアブナイ奴にしか見えまい。というかそもそも、生まれて二年程度でしかないイデアと、生まれて百年かそれ以上っぽいヴィータが同等に言い合えていることに、ヴィータはもう少し何か思うべきじゃないだろうか。
と、そんなことをつらつらと考えていると、隣にいた烈火の将も同じようなことを考えていたようだ。部下と言っても差し支えない紅の鉄騎のはっちゃけぶりに頭痛がするのか、米神を指で押さえていた。
「ヴィータって、自分じゃ大人だって言ってるけどさ……」
「言うな……ハラオウン。頼む」
ヴォルケンリッターの将として思うところがあるらしいシグナムは、意外と抱え込みやすい性格なのかもしれない。
「でも、私はあんなヴィータちゃんもいいと思うけど」
そう言って近寄ってきたのは、魔法生物の探索に従事していたシャマルだった。
「シャマル」
「探索のほうは大丈夫だったか?」
「うん、オッケーよ」
きちんと仕事をこなしたらしいシャマルは、にっこり笑って手でオーケーサインを作ってみせる。
そして少しだけ表情を真面目なものに戻すと、イデアと言い合っているヴィータのほうに目を向ける。
「……ヴィータちゃん、昔はあんな風に自分を正直に出せる子じゃなかったわ。色々なことを自分の中に溜め込んで、諦めて。それで、いつも苛々して何かに当たっていた。そんな、余裕のない子だった」
「そう、か……そうだったな」
シャマルの言葉に頷き、シグナムも同じくシャマルが見る先を見つめた。
そこには、怒りを露わにしつつも、どこか楽しそうに言い争いを続けるヴィータの姿がある。言い合うだけで手を出さない時点で、本気で怒っていないのは明白だ。
それはつまり、ヴィータが心のどこかで望んでああしているということ。もっと言えば、今のヴィータは自分の好きなように振舞っているとも言えるだろう。
かつてのヴィータがシャマルの言うとおりの存在であったことを、俺は知識として知っている。しかし、それをずっと長い間傍で見続けてきた二人にとって、今のヴィータはどんなふうに映るのだろうか。
知識として知っているだけの俺には、それは到底想像できないことだった。
「だから、私は今のヴィータちゃんのほうが好きよ。はやてちゃんに会って、あの子も……私たちもみんな変わったわ。そして、私は昔の私たちより今の私たちのほうが好き。ヴィータちゃんを見ていると、本当にそう思うの」
今味わっている幸福の日々を噛み締めるかのように、そう告白するシャマル。
それに対してシグナムは在りし日の自分達の姿を思い浮かべているのか、じっと目を閉じている。
そして、そのままゆっくりと首肯するのだった。
「……そうだな。我らは本当に変わった。それは、精神的に最も若いヴィータが確かに顕著だ。昔は、無駄な話をすることもなかった。それが今や、ああなのだからな」
「ええ、本当に」
ふっと笑みをこぼしてヴィータを見やる二人。
その視線には仲間に向ける慈愛が込められていた。
しかし、その優しげな瞳はすぐさま炎のように苛烈な光を灯す。それは強い決意が見せる幻のようなものであるが、その決意が何があろうともなくならない不変のものであることは疑いようのないものであった。
「だからこそ、今の幸せをなくすわけにはいかん」
「私たちに平穏と幸福をくれたはやてちゃんを、死なせるわけにはいかない」
力強い光を見せる瞳は、まさに主に忠義を尽くす騎士のものだ。どんな万難を排してでも、それこそ自分の命さえ厭わず、主の命を救ってみせる。その強い決意が溢れてくるかのようだった。
圧倒されるような、強い意志。見事と言わざるを得ない、騎士の誇りを見せ付けられている気がした。
だが――。
「それは尤もだ。けど、それでお前らの誰かが死んだりしたら意味ないんだぞ。そこらへんは判ってるか?」
死すら目的のためには手段にすぎない。
本気でそんなことを言い出しそうな雰囲気が今の二人からは感じられた。それが、一抹の不安となって俺の口から出る。
はやては、ここにいる誰かが死ねば一生その悲しみと後悔を背負って生きるだろう。それは、はやてを救ったとは言えない。絶対にそうなってはいけないのだ。
しかし、そんな俺の心配は杞憂だったらしい。
シグナムは不敵に笑い、シャマルはたおやかに笑う。
その両者の反応が言葉以上に物語っていた。愚問だ、と。
「……悪い、変なこと訊いたな」
無駄な心配だったと知って気恥ずかしくなった俺は、照れ隠しに頬をかいた。それに対して何も言ってこないことも照れを加速させる。
俺は空気を変えようとわざとらしく咳払いをして、一つ息をついた。
「――それじゃ、早速始めようか。シャマル、いいか?」
「ええ、いつでも」
シャマルの返事に頷き、俺は離れたところで飽きもせずじゃれ合っている二人……一人と一台? まぁどっちでもいいが、ともかく両者を呼び寄せる。
「おーい、お前ら! そろそろ始めるから集合ー!」
ぱんぱんと手も叩くと、仲良く喧嘩していた二人……もう二人でいいや。二人はすぐにこっちにやってきた。さすがに今一番優先しなければならないことを忘れるような真似はしないってことだな。
「じゃ、イデア」
≪はい。Set up≫
起動の声とともに、両腕にガントレット、そして黒い法衣のような服が上半身を覆う。下半身には白いズボン。最後に両足の先から膝までを覆う装甲に、肩にプロテクターがついて、バリアジャケット展開完了だ。
これで、準備万端。シグナムにヴィータ、シャマルは既に騎士甲冑を纏っているので、あとはもう行動するだけだ。
四人で何とはなしに視線を絡ませて、互いに一つ頷く。
無言で、これまでの平穏を捨ててこれからの平穏を手に入れるための行動を起こす決意を新たにする。
空気がぴりっと張り詰めた気がした。
「それじゃあ、それぞれの分担を話すわね――」
シャマルのその言葉を皮切りに、いよいよ計画が開始される。
闇の書攻略、はやて救出のための第一歩。そのために俺が考えた方策。それは、その一歩目からして見事に犯罪行為だった。
魔導師襲撃に比べればその罪の重さは比べるまでもないが、犯罪は犯罪だ。で、それが何かと言うと、答えは簡単。――すなわち “魔法生物のみからの蒐集”である。
一見、罪があるようには見えないかもしれない。実際、現地の住人たちが魔法生物を捕食していたりしても、管理局が咎めることは余程のことがなければありえない。なぜなら、それがその世界の、あるいはその民族の文化であるからだ。
その文化がものすごく猟奇的だとか、残虐すぎるものであったりといった、人間が持つべき最低限の倫理に触れるようなものじゃない限り、そういった行為が罪に問われることはない。文化とは尊重し、保護していくべきものだからだ。
だが、俺達が同じく魔法生物を害そうものなら、それは弁明の余地なく犯罪である。
なぜなら俺達は次元世界の住人であり、そんな文化を持つわけでもないからだ。
この場合の次元世界というのは、次元間航行を可能にした技術を持つ、という意味である。俺はミッドチルダ出身で管理局員でもあるのだから言わずもがな。ヴォルケンリッターは単独で次元間を移動できるほどの騎士だし、昔から多くの世界に現れていた以上、次元世界や管理局の存在を知らないはずがない。
よって、一定以上の知識と技術を持つ世界出身者あるいは存在とみなされ、管理法の適用が認められてしまうのである。
まぁ、ヴォルケンズはそもそも闇の書の一部でもあるから、その時点で法に触れていると言えなくもないが……それはこの際関係ないことだろう。
つまり、そういった理由から俺達が魔法生物を私利私欲で害することはれっきとした犯罪なのだ。
自然生物保護管理法……日本で言う動物愛護法に近い法律には、きっちり「適正な手続きの下、あるいは生命の危機等の特別な状態に陥っている等の場合を除き、無闇に現地生物を傷つけることを禁ずる」とされている。
これに加えて魔法生物保護に関してはまた別口の法律があり、そっちのほうでも無闇に傷つけることは当然禁止されている。
まあ、ミッドチルダでも基本的に動物は器物扱いだから、人間を傷つけるよりは遥かに罪が軽いのだが……それでも、純粋な意味での器物を傷つけるよりも生物を傷つけたほうが罰則は少し重くなる。
リンカーコアを蒐集するだけで殺しはしないし、理由が理由なので上手くいけば情状酌量も受けられるだろうが、実際のところはどうだかというのが現実だ。
と、まぁこういうわけで魔法生物への蒐集は犯罪行為になる。このことをなのはにも事前に話してあったから、なのはは自分がどうするか悩んでいるのだった。
とはいえ、魔導師襲撃に比べれば魔法生物襲撃のほうがリスクが低く、精神的に楽なのは確かだ。人間相手というのは、いくら効率的だからってさすがに良心が咎める。
更に言えば、俺が高町家ではやてと出会ってしまったがために、このはやては原作とは違って守護騎士達の行いを知っている。
知らなかったがゆえにほぼ無罪となった原作とは違うのだ。魔導師襲撃なんてやらかしたら、はやてが被る罪が洒落にならないものになる可能性がある。魔法生物のみ、と限定したのはそういった理由もあった。
少々効率が下がるのは否めないが、はやてのためと言われれば守護騎士に否やはなかった。魔導師襲撃は行わないと誓ってくれたので、その点については信用することにしている。
――この“魔法生物のみからの蒐集”が計画の第一段階。正確には、それによって闇の書のページを400ページまで埋めることが俺たちの計画の第一段階となる。
では第二段階が何かと言うと……まぁ、その時になればわかることだろう。400ページといえば、その理由は一つしかない。
「――うん、みんな自分の担当区域はわかってくれたわね?」
シャマルが見つけてきたこの世界に住む魔法生物の情報を聞きつつ、自分達がするべきことについても説明を受ける。
あんまり一つの世界で多くの魔法生物を傷つけると、すぐに巡航している局の艦にバレるかもしれないので、やりすぎないように気を遣わなければならない。
というわけで、俺達四人はそれぞれ今いる世界と近隣の世界に行って、シャマルが示した生物を適度に襲ってくることとなった。
奪ったリンカーコアは闇の書が自分で蒐集してくれるので楽は楽だ。いつの間にか傍でふよふよ浮いている闇の書を見ながら、そう思う。
「じゃあ、早速いきましょう。クロノ君を待っている間にカートリッジは沢山作っておいたから、残弾については心配しなくても大丈夫だから」
その言葉に力強く頷く守護騎士二人。
俺が休暇になる前の半月は、シャマルは基本的にカートリッジ作成に力を注いできたらしい。心強いのだが、見た目銃弾にしか見えないものをジャラジャラ量産するシャマルを想像すると、ちょっぴり怖かった。
「あ、もちろんクロノ君も使ってくれていいですよ。イデアはカートリッジ搭載型みたいですから」
「おお、助かる。その時は遠慮なく使わせてもらうよ」
≪ミッドでカートリッジ搭載型は珍しいですからね。マスターはいつも入手に苦労していました≫
いまだ近代ベルカ式がミッド式と肩を並べるほどではない現在、局ではなかなか量が手に入らない。そのせいで、足りない分は聖王教会のほうに頼んでるからな。しかも教会は管理局とは別組織だから、経費で落ちないという……。
俺は執務官という高給取りかつロッサの伝手もあって多少は安く譲ってもらっているからいいものの、一般局員にはキツイ出費だと思う。
原作では特に何も言われていなかったが、意外な金食い虫だった。近代ベルカ式もランドのカートリッジシステム改良のおかげで、いずれ主流であるミッド式に並ぶとまで言われるようになってきた。だから、もう少し待てば少しは楽に手に入るようになると思うんだけどな。
でも結局それまでは自腹しか手がないので、カートリッジ搭載型はとにかく金がかかる。ゼストさんという伝手があるとはいえ、クイントさんもきっと苦労しているんだろうな、と妙な仲間意識を覚えてしまう俺だった。
そんな俺の小市民的悩みを余所に、騎士達は既に覚悟完了しているようで、力強い眼差しはいつでもいけると言葉以上に物語っていた。
これから行うことを考えれば、俺の立場的にはこいつらを捕まえなければならないわけだが……そんなつもりは毛頭ない。
そんなことをしたところで今回の闇の書が何とかなるだけで、闇の書そのものに決着をつけられるわけではない。管理局から指示されている対策や、グレアム提督の計画では、どちらも根本的な解決にはならないからだ。
だからこそ、この件に関しては管理局に従うことは出来ない。はやてやヴォルケンリッターと知り合って、情が移ってしまったことも一因だが、それ以上に闇の書の物語に決着をつけたいという思いが強いからだ。
はやても、守護騎士も、誰も犠牲にすることなく闇の書事件に決着をつける。そうすることで、父さんの無念も、父さんが掲げた理想にも決着をつけることができる。そう確信しているからこそ、ここは譲れない。
その決意を胸に、俺は三人と向き合う。
強い意志を秘めた瞳は、きっと彼女達だけじゃない。俺もまた同じ目をしていると自信を持って言える。
そして、俺は高らかに宣言する。
「はやてを救うため、闇の書の闇を終わらせるため、作戦開始だ!」
その言葉に力の籠もった頷きを返し、彼女達はそれぞれの担当場所へと飛び立つ。俺もすぐに後を追うようにその場から飛び立っていく。
前回より11年。ここに、今代で最後となる闇の書事件が始まったのだった。
新暦65年10月1日 PM19:30 藤見町
なのはから指定された時間。その時間ちょうどに高町家の前に立つ。
時間的に夕食を終えた後ぐらいだろうか。そんなことを考えながら、俺は門をくぐり呼び鈴を押した。
耳に馴染む独特の音色が響き、わずかな間を置いて扉が開かれる。
開かれた扉のその先。そこには少し硬い笑顔を浮かべたなのはがいた。
「よ、来たぞ」
「うん。いらっしゃい、クロノくん」
俺まで硬くなってはどうしようもない。そんな思いから、俺は意図的に軽い調子で振舞った。
しかし、それでもやはりなのはの表情がいつも見るような爛漫な様子を見せてくれることはなかった。
これから何を話してくれるのか。既に察しはついてるから、それも仕方ないのかもしれないと考えて気持ちを切り替える。
「それで、話を聞かせてくれるんだろ?」
「うん。えっと、それじゃ、わたしの部屋で……」
何度か入ったことのある高町家、そしてなのはの部屋。だが、今日はその時のような気分でいることは出来なさそうだ。
リビングのほうから感じる視線に小さく頷きを返しつつ、俺はなのはの後をついていくのだった。
続
==========
あとがき
ようやく本編更新。闇の書事件スタートです。
と言いつつ、次回はまだなのはのお話だったりと事件の本筋に本格的に入るのは少し先になりそうですが……^^;
なのはのことも大事なので、どうか本編が進まないからって石を投げないでくださいね。
よろしくお願いしますw
さて、まだまだ話の冒頭ですが、これから少しずつ物語を進めていこうと思います。
なのはの話が終わったらシリアスも終わりそうなので、そこを過ぎたらネタを……ネタをもっと……! と考えていたりもします。
とりあえず次回はなのはさんとのお話。どういう感じにすればいいのか、今から困っています^^;
それでは、また次回もどうかよろしくお願いします。
更新お疲れ様です
なのはかわいいよなのは、ということでなのはかわいいです(ぉ
なのはの話というとアレですね~
闇の書の解決に比べれば楽……でもないですね;
本当に特に最近はこんなはずじゃなかったことだらけですorz
まぁ、なのはにとってこの二律背反は辛いでしょうなぁ……
フェイト嬢との友情が壊れない事を祈るばかりです。
CP的には、クロなの確定?
個人的にゃ、きょうxなのかクロxなの、はたまたきょう&クロに類似したオリキャラならオッケーだすw
ねっからの、りりちゃファンですのでw
ではでは
まぁ、なのはにとってこの二律背反は辛いでしょうなぁ……
フェイト嬢との友情が壊れない事を祈るばかりです。
CP的には、クロなの確定?
個人的にゃ、きょうxなのかクロxなの、はたまたきょう&クロに類似したオリキャラならオッケーだすw
ねっからの、りりちゃファンですのでw
ではでは
…にゃーにゃー言うなのはかわいいよなのは(笑
そして、とうとう犯罪に手を染めはじめたクロノ。いくら彼女らの為とはいえ執務官の君はまずいやろ…。
ヴィータとイデアのやり取りに毎回によによしながら読ませていただいてま酢(笑
なのはかわいいよなのはw
なのはの話は恐らくご想像の通りのアレです。
なのはにとってはまさに鬼門。闇の書とは別ベクトルで重大な話ですよね。
どんな感じになるのか楽しみにしていてください^^
>de-さん
なのはの考えについては、今日理想郷で更新されてた某SSで考えていたことと同じような考えが出てきてショックでしたw
もうこれは使えないとなって、一から練り直しですよorz
というわけで、なのはの決断は少し延びそうです。
でも応援を頂きましたので、頑張ろうと思います。
どうかお楽しみに~^^
>godcatさん
なのはかわいいよなのは。
なのはがどう行動して、フェイト含む管理局サイドがどう出るか。どうかお楽しみに^^
CPはいまだ未定。
だんだんとこれでいいかな、とは思えてきていますけどね。
これについてはその時になるまで私の口からは言わないということでw
PS
連続投稿はお気になさらず。
これからもコメントなどよろしくお願いします^^
>是或さん
なのはかわいいよなのは。
次回、なのはの決断にご期待ください!
そしてクロノ。仰るとおり、クロノが犯罪の片棒担ぐのはマズイです。立場的な意味で。
その辺、原作からどんどん乖離していっています。まあ、大きく変わるかは今後しだいですけどね。
ヴィータとイデアのやり取りも楽しんでいただけているようで何よりです。
次回二人の絡みはたぶんありませんが、どうかお楽しみに^^
なのはかわいいよなのは。読んでる間なのはがニャーニャーいいながら弾避ける姿が脳内にありありと浮かぶ俺はゆがんでいるんだろうな……。
イデアとヴィータはなんだかんだいっていいコンビだなあ。でも密林見るだけでジャブローが想像できるデバイスって……。
クロノ×なのはは確定かな?俺ホイホイなCPだから大歓迎だけどね!
この調子でいくとクロノの執務管資格が剥奪、てことにもなってきそう。一応違法行為してるわけだし弁護とか誰がやるんだろ。
そしてなのはのトラウマの話。なのはにとって過去のアレはかなり大きい影響があるだろうし……どういう答えをだすのか。
次回の更新も楽しみに待ってます。
「俺は早速なのはの特訓を開始。」の方が読み易いと思うのですが・・・
>実際、俺との最初の模擬戦ではその隙を突かれての速攻でやられてるし。
「俺との最初の模擬戦ではその隙を突いた速攻でやられてるし。」の方が読み易いと思うのですが・・・
感想
にゃーにゃー言いながら涙目で逃げまくるなのはにちょっと萌えました。クロノにはこれからもなのはをからかって欲しいですね。
誕生から二年しか経っていないデバイスと言い争うヴィータは可愛いですね。
次回はなのはの答えとなのは以外の高町家との話し合いかな?楽しみです。
こんばんわ、更新お疲れ様です。
クロノ君とイデアが軽いから忘れがちだけど、内容的にはくっそ重いですよねぇ…
そして、上でも書かれてますが、クロノ君相当立場不味くなるんじゃぁ…少なくとも、原作通り提督ってのは厳しくなりそうな…
そして、イデア、君は何を覚えてるんだw
いいぞ、もっとやれw
なのはかわいいよなのは。
なのはの訓練風景はきっと和むに違いないですよねw
イデアとヴィータも、もうこういう形で定着しそうですw
そして執務官資格剥奪ですが、そういう可能性もありますね。
そこらへんの落とし所も当然考えてありますので、A'sが終わった時にどうなるのか楽しみにしていてください^^
次回のお話も、お楽しみに。
>俊さん
おっしゃった箇所に少しだけ手を加えておきました。
なのはかわいいよなのは。
いつの間にかああなっていたイデアとヴィータは、もうどうしようもないですw
次回はなのはとのお話。どうなるのか、どうか楽しみにしていてください。
>弟月さん
意外となのはのバックボーンて捉えようによっては、フェイト以上に重いんですよねぇ^^;
とんでもなく重い感じにはしたくないんですが、さてどうなることやら……。
そしてクロノの立場が悪くなることは、皆さん言っているようにかなり有り得ることです。
落とし所がどこなのか、A's終了後にご期待ください^^
イデアはもうどうなっちゃうんでしょう……。
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