幕間5.5 無印~A's
「フェイト・テスタロッサ 試験を受ける(ver.まつろわ)」
「――せいッ!」
「ッ、バルディッシュ!」
≪Round shield≫
フェイトの前に現れた金色の壁に拳が阻まれ、甲高い音が鳴る。さすがに、馬鹿正直に突っ込むだけじゃ届かんか。
しかし、まだまだ!
「よっ」
「く……!」
足をしならせてシールドの横から蹴りを放ち、フェイトはそれをバルディッシュで受ける。足先に力を込め、立ち位置をずらす。そして今度は側面から拳を繰り出す。ラウンドシールドは術の構成式が簡単なわりに防御力が高いので咄嗟の防御にはいいが、一方向にしか展開できないのが玉に瑕だ。
よって、別方向からの連続攻撃には弱い。俺のように徒手空拳で戦う人間にとって、ラウンドシールドは一撃を凌がれはするが、それ以上にはなりえないのだ。
拳を突き出し、蹴りを放ち、時には上や下からも攻撃を加える。空中であるが故に、攻撃はすべて三次元によって行われる。しかも距離が近いために対処が難しい。
剣では振り回すことができず、ナイフでは突き刺したあとが続かない。そんな超近接距離では、拳と身体そのものの巧い扱い方が何より肝要となる。
磨かれた格闘技術と身体機能と魔法とを駆使して、相手を魔導師として死に体にしたまま攻め続ける。一撃必殺の威力はないが、これこそ近接空戦型の持ち味である。
フェイトは苦悶の表情を浮かべながら俺の連撃を防いでいる。バルディッシュで受け、時には流し。絶え間ない攻撃に、防御魔法を展開する暇もないのだ。悔しそうにフェイトはこちらを見ていた。
「こ、のぉ……ッ!」
俺の拳を受けたバルディッシュを強引に振り抜かれ、俺はわずかに体勢を崩される。その隙にフェイトは素早く距離を取り、態勢を立て直す。それを俺は静かに見送る。やろうと思えば即座に追撃して落とせるだろうが、そうはしなかった。
まだ開始から五分と経っていないのに、既にフェイトは息絶え絶えである。恐らくこんな近接戦闘――それも拳が届くような超接近戦をするのは初めてだったからだろう。予想以上に消耗しているようだ。
少し、緊張をほぐしてやるか。そう思い、油断なくこっちを見るフェイトに対して構え直しつつ、口を開いて声をかけた。
「前にも言ったが、俺のスタイルは近接空戦。超マイナーなスタイルだが、一度近づけば今見せた通りに相当な脅威になる。射撃や砲撃型のように距離を取る魔導師とは基本的に相性が悪いが……ま、俺ぐらいになるとそんなの関係なくなるわけだ」
口角を上げ、しごく単純なその理由を挙げる。
「ようするに、当たらなければどうということはないんだからな」
よけたり、捌いたり、あるいは接近することによってそもそも撃たせないなど。攻撃に当たらなければ、どうということはない。大佐は大変いいことを言いました。
しかも、あっちは撃つたびにどんどん魔力を消費していくが、逆にこっちはバカスカ撃つようなスタイルではない。よって、いくらでも力を溜めておけるのだ。
せいぜい問題となるのは常時動き続けるための体力だが、それは訓練で鍛えられる。ある程度成長すると止まってしまう魔力と違って、体力は鍛えれば鍛えた分だけ増していく。無限に増えるってわけではないが、ある程度生来の才能によって伸びしろが決まってしまう魔力と違って、体力のほうは融通が利くのだ。
そして、もともと格闘タイプの俺は体力増強にも余念がない。つまり、そう簡単にはやられんということだ。
「だ、だったら……!」
≪Get set≫
フェイトの周囲にフォトンスフィアが生成される。それらは発射されることなくその場に留まり、徐々にフェイトの身体を覆うような形になっていった。
「へぇ」
≪考えましたね≫
イデアの言に頷きを返す。
フェイトがとった手段は、俺のようなタイプの魔導師への一つの正解と言っていい。常に体の表面に魔力を纏わせ、接近されたらそれを攻撃用に転化させて迎撃させる。ただ防御するよりは、こちらのほうが断然俺はやりにくくなる。
ここらへんにすぐさま気がつくところはさすがというべきか。俺は拳を構え、フェイトを見据えた。
「いくよクロノ!」
「来い!」
フォトンの輝きを身に纏ったまま、フェイトは術式を起動させて魔法を紡いでいく。バルディッシュを通して魔力が顕現、指向性を持ったそれは一つの魔法となって俺に牙をむく。
≪Thunder smasher≫
魔法陣が現れ、そこから電光とともに金色の魔力砲が発射される。それに向き合い、俺は固く拳を握りしめた。
「甘いッ!」
ライトニングシールド術式起動。雷耐性性質をもつ防御魔法であるそれを、ナックルバーストの術式に合成する。
≪Multi factor Complete. “Lightning Knuckle”≫
純白のガントレットを軸に環状魔法陣が回る。そして、拳の前面に形作られたスフィアを迫りくる砲撃に向けて突き出した。
「突貫!」
≪Action≫
魔力を放出してブーストとし、サンダースマッシャーに正面からぶつかっていく。力を溜めるために引いていた右の拳を勢いよく突き出し、互いの攻撃がぶつかりあう。
拮抗し、強い光が室内を照らし尽くした。
サンダースマッシャーは強力だが、雷耐性を持った攻撃を一点集中させれば突破することは不可能ではない。プレシアの時はそもそも威力からして違いすぎて突破できなかったが、フェイトの放つ魔法ならば、まだまだそこまで負けてやれるほどじゃない。
結果、俺の勢いと突破力によってサンダースマッシャーは撃破され、俺は身体ごとスマッシャーの向こう側へ。つまり、それを放ったフェイトのもとへと躍り出た。
だが……、
「いない?」
突き抜けた先にフェイトはいなかった。
代わりに、下から迫るひとつの気配。
すぐさま下を向けば、そこには音も立てずに間近に接近してきていたフェイトの姿があった。デスサイズの形状を取ったバルディッシュを振りかぶり、金色の魔力刃が俺を落とそうと今まさに迫る。
しかし、慌てず騒がず。俺は無言で空を蹴り、その場から前方へ飛び込む形でその攻撃をかわした。
そして突っ込んできたフェイトが勢いのままに今まで俺がいた場所を上へと抜けようとする。が、その前に俺は素早く身体を回転。反転倒立した状態となり、目の前にはまさに上へと抜けようとしているフェイトの姿。
俺はそこに拳を放とうとするが、その瞬間フェイトが身体に纏っていた魔力が指向性を持って発射される。驚き、一瞬拳が躊躇した瞬間、それらは一斉に俺へと殺到して爆発。魔力煙が一帯を覆った。
その間にフェイトは上空へと離脱。フェイトの表情はいまだ強張ったものだったが、それでも思惑通りに行ったゆえかほんの少しの余裕が見えた。
しかし。
「惜しかったな」
そのフェイトの背後から聞こえた俺の声にその余裕が消える。
反射的に振り向いた先にいるのは、腕を引いて既に攻撃の体勢に入っている俺の姿。
一瞬目が合い、フェイトの表情が驚愕に凍りつくのを見たと同時に、俺の拳がフェイトの身体を捉えた。振り下ろし気味に加えられた衝撃によって、小さな身体が斜め下へと真っ逆さまに落ちていく。
それを追いかけて俺も地表へと向かっていった。
「うっ……!」
苦悶の声を上げつつ地面にぶつかる衝撃を殺し、フェイトは地上に降り立つ。そして俺の姿を確認しようと上を見た瞬間、
「ここまでだ」
その見開かれた赤い瞳が見る視界を、突きつけた俺の拳が塞いでいた。
『はい、そこまで! これにて嘱託魔導師試験個人戦試験は終了します。お疲れ様でしたー!』
担当オペレーターであるエイミィの妙に明るい声がスピーカーから聞こえてくる。
その声に苦笑しつつ突きつけていた拳を下ろす。俺はふぅーと大きく息を吐きだし、フェイトはぺたりと地面に座り込んだ。
「よ、お疲れさん。結構いい線いってたぞ」
言いつつ、手を差し出して座り込んでいるフェイトに立つように促す。しかし、フェイトは気のない返事を返すだけで手を取ろうとはしなかった。
「フェイト?」
訝しんで名を呼べば、フェイトは何とも悲しそうな表情を浮かべてしょんぼりと肩を落とし、
「合格、したかったなぁ……」
と呟いた。
しゅんとしてうなだれる様は雨に濡れた子犬のようだ。こういうところ、本当にフェイトは保護欲をそそる奴だと思う。心なしか潤んできた瞳は本当に悲しそうで、問答無用で俺はなんて悪い奴なんだと思い込みそうになった。恐ろしい。
まあ、それは置いておいて。どうにもこいつ、何か致命的な間違いを犯しているように思えるのは気のせいだろうか。具体的には負けたら不合格だと思っているとか。
「あー……フェイト? お前さん、なんか勘違いしてない?」
「え?」
俺の懸念は図星だったのだと、なんだか驚いた表情を見せるフェイトから俺は悟った。
面を上げたフェイトの顔には、どういうこと? という疑問が実に分かりやすく書かれていた。
≪フェイトさん。この試験は魔導師として十分な魔法戦闘技能があるかどうかを見るだけなので、判断の一因にはなりますが、これで合否が決定されるわけではありませんよ≫
イデアが丁寧にフェイトに言って聞かす。それを聞いたフェイトは、きょとんとした表情を浮かべていた。
「ま、そういうことだ」
「え……え? そ、そうなの?」
ずいっと身を乗り出して俺に確認してくる。それに素直に肯定を返してやれば、フェイトはあからさまにほっとした様子を見せた。
苦笑しながらもう一度フェイトに手を差し出ると、今度はフェイトもその手を取って立ち上がった。
「さっきも言ったが、結構いい線いってたからな。このまま試験続行だ」
「う、うんっ!」
気合いを入れるように力強く頷き、個人戦が終わったことでこちらに来たアルフと意気込んでやる気をみなぎらせている。
その様子を見て、やれやれと思いつつ小さく笑みを浮かべる。
『さ、次はアルフとの連携戦を見るよー』
「はいっ!」
エイミィの声が室内に響き、フェイトはそれに対して勢い込んで答える。
意気軒昂たる姿を見せるフェイトに頑張れとだけ言って、いくらか距離をとるために背を向けた。次は使い魔であるアルフとの連携戦。試験官は当然引き続いて俺が務めることになるので、開始に向けて離れなければならないのだ。最初から近くにいたら俺が有利すぎるし。
そんなわけでフェイトから離れた俺の背中に、小さくありがとうという声が聞こえたのを心地よく感じつつ、俺はイデアを構えて次の試験に備えるのだった。
さて、そんな感じだったフェイトの嘱託魔導師試験だが、結果については言うまでもないが合格だった。
そもそもフェイトは戦闘魔導師としてはかなりバランスのいいタイプであるし、実戦経験もそれなりにある。しかも魔力資質AAAの変換資質持ちとくれば、技術面はほとんど問題はなかったのだ。
あとは管理局法をはじめとする各種知識だったのだが、根が真面目なフェイトはそちらもみっちり勉強していた。ペーパーの方はほぼ満点に近い点数だったというから凄いもんだ。
周囲はそう言ってフェイトのことを褒め称えたのだが、フェイト本人はそんな賞賛に対して顔を赤くして照れるばかり。そしてその隣でアルフが誇らしげに胸を張るばかりだった。
とにかくそうして嘱託魔導師となったことで、裁判は随分とフェイトにとって有利に進む運びとなった。嘱託魔導師となったということは、管理局の一員――つまり身内になったということ。また、一応とはいえ入局したことが「社会への強い貢献意志がある」という事実へと結びついたのが大きい。
これによって、フェイトの裁判はほとんど方向性が決まることになり、数か月もしないうちに決着がつくだろうという見込みとなったのだった。
フェイトの嘱託魔導師試験合格と、裁判の見通しが立ったことを祝った食事会も催され、騒がしいことに慣れていないフェイトは終始戸惑い気味ではあったが、その表情は非常に嬉しそうであった。
ちなみにその模様はディスクに収めてビデオメールとは別になのはへと送られた。
その返信となるビデオメールが返ってきた時。そこに添えられていた手紙には、参加できなくて残念、おめでとうわたしも嬉しいよ、というなのはの優しい性格が垣間見える文章が書かれてあった。
嬉しくてたまらないといった笑顔でフェイトはその手紙を俺に見せてくれる。それを読んだ後、くすぐったそうに笑っている妹分の頭に俺はぽんと手を置くのだった。
「よかったな」
「うん!」
珍しく感情を露わにして笑うフェイトは、本当に幸せそうだった。
==========
あとがき
Web拍手用に書こうと思った嘱託魔導師試験まつろわバージョンです。
しかし、思い立って拍手にするのは取りやめました。
拍手のSSSとしては長いし、本筋に沿った出来事なので、やっぱり幕間の中に加えるほうがいいかなーと思いまして。
時期的には第三十三話でなのはの家に行く少し前です。実はあの間に試験があった設定です。
マンガであったフェイトの嘱託魔導師試験。
うちのクロノだとこうなるってやってみたかったんですよね。
やってみたらこんな感じ。
とりあえずフェイトは小動物チックな可愛さを振りまいていればいいと思うよ!
そういえば、リリカルなのははA'Sの再放送が始まりましたね、久々に第一話をみたら「完全に魔法少女関係ないやん!!」と思わずツッコミを深夜なのに入れてしまいましたwww
いや~しかし地デジでみるとやはり絵がきれいですな、再放送とは思えないぐらいに。
メガミマガジンで始まった映画版なのはの漫画も衝撃的でしたけど(海にむかって泣き叫ぶシーンとか)今期のアニメは見るのが多すぎ、喜んでいいやら時間が足りなくて悲しむべきか・・・ホント、そうですね、悩みます。
可愛いと言ってくれてありがとうございます^^
StSでのクロノは艦長勤務でしたからね。実戦に出なくなった分、フェイトのほうが強くなったんでしょうね。
>タピさん
はい、今回はちょっと真面目な内容ですw
といっても漫画版の嘱託試験の焼き直しですけどねー。
おかげでギャグ要素はほぼなし。
唯一某大佐の名言だけとなりましたw
>外剛さん
私の中ではその二つ名で決定ですw
私も久しぶりにA'sを見ましたねー。
デジタルだと本当に綺麗です。画質が大幅によくなったことが再放送で一番嬉しかったですね。
今期はほかに超電磁砲、生徒会、キルミンを見てますね。他にも見たいものはあったんですが、時間的に無理だったりして泣く泣く切りました^^;
悩みますよねー、ホント…。
さてと感想ですが、現時点でクロノはなのはに対して強そうですね。なのはは近距離戦は苦手な筈なんで、クロノが近づいたら勝ちはほぼ確定と。ただ、なのはの砲撃はクロノのATFでは打ち消すのはきついので、その辺が課題ですね。
そして、クロノに対して対応索を即座に見せるフェイト。相変わらず小動物みたいな可愛さを持つ彼女ですが、既に才能の片鱗を見せていますね。クロノがこのクロノになったおかげで執務官試験に影響が出るのでしょうか。
では、次回の更新をお待ちしています。
なのはは足を止めての砲撃が本領ですからね。機動力でもって接近するクロノとはフェイト以上に相性が悪いです。なにしろクロノはフェイトと違って接近戦専門ですから。
現状、まだクロノでもなのはの攻撃は打ち消せますが、SLBなんかは絶対に消せませんし、今後成長したら大変でしょうねー^^;
フェイトの成長、執務官試験での変更点については、今後の展開次第ということでw
どうかお楽しみに^^
クロノに憑依って珍しい作品だったので興味を持ち読みました
いやはや・・・原作のクロノよりもかっこいいですね
自分は仮面ライダーとなのはのクロスを書いていますが、参考になりますね
ちなみにヒロインは誰ですか?
王道ではエイミィですが、私はチンクが良いと思います
なんかお似合いだし
フェイトのドジスキルも原作以上だと思います
将来ブラコンになったりして(笑)
なのはにもフラグが立ってますから将来大変そうですね
ではまた
はじめまして^^
興味を持ってくださって、ありがとうございます。
今作品のヒロインですが……今のところ秘密です。
現在フラグが立っているのはなのはとチンクですが、どう転ぶかはまだ秘密。
とはいえ、二人と疎遠になったりということはないと思うので、ゆっくりこれからの展開を楽しみにしていてください^^
そしてフェイトはドジっぽいところが可愛いですよねw
ゼルガーさんも理想郷のほうでの執筆頑張ってください。
それでは~。
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